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第二話

 マルコと仲直りする為の作戦会議を開く為、私は朝からロベルの家の畑に来ていた。畑には春野菜が瑞々しく実り、今が食べ頃だよと美味しそうな見た目で主張している。

 畑を見回していると、見覚えのある体格のいい男性がちょうど立ち上がったところだった。


「ロベル!」

「おお、アンナ。いらっしゃい」


 柔和な笑みを浮かべて手を振るロベルに近づくと、どうやらキュウリを収穫しているところだったようだ。


「いい色してるね」

「だろ?食べる?」

「食べる!」

「よしよし、今日手伝ってくれる駄賃にやろう」

「…本来の目的覚えてる?」

「ちゃんと覚えてるよ。こっちの籠持って」

「はーい」


 籠に入った青々としているキュウリに見惚れながらロベルの後をついていき、小屋の中に野菜を置いた。ロベルは籠の中からキュウリを二本取り出し、水で綺麗に洗ってそのうちの一本を私に差し出す。

 ちょこっとだけチクチクするキュウリの表面は艶やかな緑色をしていて、ヘタをかじってゴミ箱に捨てたら思い切りかじりつく。すると溢れんばかりの水分が口の中に広がり、少しの青臭さが舌の上を転がった。


「んー美味しい!」

「おーうまいなぁ」


 隣で同じようにぼりぼりとキュウリを貪るロベルはどこか幸せそうで、自分も多分同じような顔をしていると思う。

 キュウリを無心で食べていると、ひょいと小屋の入り口に見慣れた顔が見えた。


「ロベル、ちょっと街に行って野菜を届けてくるよ…って、おお、アンナちゃん!」

「ヨーゼフおじさん、おはようございます」

「おはよう。また手伝ってもらっちゃってたようで、悪いねぇ」

「いえいえ。私の家の畑もよく面倒見てもらってますし、これくらいなんてことないですよ。むしろいつもありがとうございます。ヨーゼフおじさんとロベルが見てくれると、私たち家族が面倒みるより畑の野菜が美味しくなっちゃうからいつも感謝してます」

「あはは、嬉しいこと言ってくれるなぁ」


 うちには小さな畑がある。父の趣味で野菜を育てているのだ。ただ父は仕事が忙しくてあんまり畑を面倒みてあげられてないけど。


「カルロは元気?」

「父は最近忙しいみたいですねぇ。職場から帰ってくるとゲッソリしてます」

「図書館の司書さんも大変だなぁ」

「ほんとは農夫になりたかったって、いつも愚痴こぼしてますよ」

「カルロは畑仕事が好きだったからなぁ」

「まぁ、母と結婚する条件が司書になることだったので仕方ないですね」

「あいつはマルタにベタ惚れだったからなぁ。好きなことすら諦めてしまうほど入れ込んでたんだ。今でも熱々だろう?」

「ええ、こっちが嫌になるくらいには」

「はは、アンナちゃんは手厳しいな」


 父は近くの街で図書館の司書をしている。だけど畑仕事が好きすぎて諦められなかった結果、趣味で野菜を育てている。でも父は忙しいので面倒見てるのは主に私と、好意で手伝ってくれているロベルとヨーゼフおじさんだ。

 そんな関係もあり、私は畑のことを教えてもらうついでによくヨーゼフおじさんの畑を手伝っている。だけど最近はあんまりロベルの畑に手伝いに来ることはなかったから、ヨーゼフおじさんと会うのも久しぶりだ。


「そういえば昨日サーラちゃんから聞いたよ。サーラちゃん結婚するんだって?」

「はい」

「急だったからびっくりしたよ。でも、おめでとう。サーラちゃん幸せそうだったね」

「ありがとうございます。…すみません、姉は恥ずかしくてずっと秘密にしてたので」

「いやいや、気にしないでくれ。サーラちゃんは恥ずかしがり屋だったからな。びっくりしたけど、凄く幸せそうでよかった」

「はい。…それよりおじさん、だんだん行かなくていいの?」

「おや、そうだった。それじゃロベル、ちょっと行ってくるよ」

「はいよー」

「じゃあまたね、アンナちゃん」

「はい、また」


 ロベルに似た面影を持つヨーゼフおじさんは、ロベルそっくりの笑顔を見せて小屋を去っていった。いやこの場合、ロベルがおじさんに似てるのか?


「じゃあとりあえずお昼まで畑手伝ってもらっていい?」

「もちろんですとも」

「日に焼けないように気を付けてたのに手伝ってもらって悪いな」


 しばらく畑に手伝いに来なかった理由をあっさり見破られていたようである。


「べ、別に気を付けてないし…」

「おや、そうでしたか」


 どうしてこの男はそんな細かい所に気付くのだろう。これだからモテる男は。


「さー、ちゃっちゃっとお仕事して会議するよ!」

「はいはい」


 やる気のなさそうな返事をしつつ、どこか嬉しそうに笑っている幼馴染につられて私も笑った。



 ◇◇◇



「ふー終わったー」

「おーお疲れー」


 畑仕事で付いた土を軽く落とし、水で手を洗う。


「あ、爪の中に土入って出てこない」

「よくなるやつ」

「とれたとれた」

「俺も無事、爪と皮膚の間を土に侵略されて苦しんでいた己の指を救い出しましたよ」

「大袈裟だなぁ」


 くだらないことを話しながら洗い終え、布で手を拭いているとロベルがじっと私の手を見ていることに気付いた。


「ん、何?」

「いや…指、怪我してる。ごめん、気付かなくて」

「ああ、これ?違う違う。これは畑でできた傷じゃないよ。お姉ちゃんの結婚式で使う絨毯に皆で刺繍を縫ってたときにできたの」

「…あーなるほど。でも怪我してたなら言ってよ。土いじってたら酷くなるかもしれないだろ」

「心配性だなー。このくらい大丈夫だから」

「大丈夫じゃない」


 そう言ってロベルは私の手をロベルの胸の辺り方へ引き寄せ、私の不注意で針を刺してできてしまったささやかな傷をそっと撫でた。その時のロベルの表情があまりに大人っぽくて、私は昨日に引き続きまた動揺していた。だってなんだかその、表情も触り方も、あまりにも…。


 そういえば最近マルコのことばっかり気にしていて、三人でいることはあってもロベルと二人で一緒にいることは殆どなかった。

 だからなのかな。ロベルがこんな顔をすることを全然知らなかった。男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて言葉があるけど本当にこんなに変わるなんて。


「ろ、ロベル…?」

「ん?ああ、ごめん」


 手を離したロベルはいつものロベルで、それが余計に混乱する。


「か…」

「か?」

「会議!作戦会議をします!」

「おーそうだった。じゃあ会議しますかねー」


 よかった、動揺を悟られた様子はない。


「…どうすれば良いと思う?」

「んーまだマルコは失恋の痛手を負って回復しきれてないと思うから…もう少し時間を置いて、マルコが落ち着いたらそれからきちんと話し合えば良いんじゃないですかね?」

「普通、実に普通の意見」

「アンナさんや、意外とこういうのは普通のことが大事なんですよ」

「そういうもんですかね…」

「そういうもんですよ」

「……」

「……」

「…え、会議これで終わり?」

「方針は決まったじゃん」

「確かに」


 想像よりだいぶ早く結論が出てしまった。


「…でも時間置くとしたら、私マルコとしばらく話せないのかな…」

「あーそうなるねぇ…頑張ってマルコに話しかけてみる?」

「絶対無理」

「じゃあしょうがないね」

「うう…」

「そう嘆きなさんな。マルコと仲直りするまでは俺が一緒にいるから」

「ロベル…お兄ちゃん…」

「俺はお兄ちゃんじゃありません」


 そこは頑なに否定。


「…俺も昨日マルコと話したけど、やっぱ凄い機嫌悪かった。俺がアンナとの間に入っても、今は多分どうしようもない。…だからアンナには辛いかもしれないけど、今マルコと無理に話すのはやめよう」

「うん」

「…なんの力にもなれなくて、ごめん」

「そんなことないよ!…昨日はマルコに絶交するって言われて、本当に辛かった。マルコのこと好きだったのに、そのせいでマルコのこと傷つけた。…だからね、もうマルコのこと好きでいるのはやめることにしたの」

「アンナ!」

「いいの!…決めたの。告白したってお姉ちゃんしか見てないマルコに振られるのは目に見えてるしね。不毛な恋なんてやめよやめ!私らしくないもの!」


 昨日はあんなにうじうじしてたけど、ロベルと一緒にいて思い出した。

 そうよ、私は本来こんな風にうじうじしている性格じゃなかった。姉を目指していたけど、姉みたいになれるわけないんだから、私は私らしくあればいい。

 大人しく淑女な私とはお別れよ!


「ふふ。ロベルは知ってるでしょ?私一度決めたことは貫き通すって決めてるの」

「…そうだね」

「でもね。こんな風に思えてるのは、今こうして元気にしていられるのは全部ロベルのおかげだよ」

「え?」

「昨日言ったじゃない。アンナらしいアンナが好きだって。家に帰ってその言葉を思い出して、ああ、私らしくていいんだなって、そう思えたの。だからね、ロベルは沢山、私の力になってくれてるよ」

「アンナ…」

「よし、髪を切る!ロベル、私の髪切って!」

「はぁ!?」


 近年見ることのなかったロベルの驚愕顔。面白いったらありゃしない。


「お姉ちゃん目指して伸ばしてたけど、ずっと邪魔だと思ってたのよ!だからロベル、髪切ってよ」

「なんで俺が!?…俺、女の人の髪切ったこととかないし絶対無理」

「テキトーでいいの。細かいところはお姉ちゃんに整えてもらうから、ね?」

「……」

「ロベルには元に戻ったお転婆な私の姿を、一番に見て欲しいなー」

「殺し文句かよ…」


 その微かな声は、風に攫われて私の耳には届かなかった。


「何?」

「あー何でもない!いいよ、分かったよもう!こうなったら切ってやるよ!」

「そうこなくっちゃ!」


 怒ったような顔でズンズンと地面を踏み鳴らし、家の方に歩いていくロベルの後ろ姿を眺める。マルコの背中は儚げな美青年って感じだけど、ロベルの背中は大きくてとっても男らしい。

 幼馴染はどちらも大切に思っていたけど、いつの間にか私は恋したマルコしか見えていなかったんだなぁ。ロベルの背中がいつに間にかこんなにも頼り甲斐がある背中になっていたなんて、今まで全然気付かなかった。


 少し落ち着いた様子で鋏を持って戻ってきたロベルは、私の目の前に立つと不安げな顔で私の胸の下辺りまで伸びた髪を見ている。


「…本当にいいんだな?」

「うん。肩につかないくらいの長さにバッサリとお願いします」

「切ったら今と同じくらいになるまで、かなりかかるんだぞ?分かってる?」

「分かってるってば。お願いします」

「………はー、そうですか。じゃあ家の裏に来て。切るから」

「うん、ありがと!」


 舌打ちしながら小屋にある作業用の椅子を片手に持ち、促されるままロベルの後ろをついて行く。


「じゃ、ここね。はい座って」

「はーい」


 椅子に座ると、少しの間を置いてロベルの手に私の髪が掬われる。掬われなかった幾本かの髪の毛が、風に揺られて視界に入った。色と長さだけは姉と一緒だったなぁ。

 そんなことを考えていると首を何かが掠めていく。こぼれ落ちた髪か、それともロベルの指先か。それが妙にくすぐったくて思わず笑いが溢れた。


「ちょっとロベル、くすぐったい」

「それくらい我慢して。俺今超緊張してて色々気にしてる余裕なんてないの」

「そうなの?」

「当たり前でしょ?……しかし長い髪は邪魔だって言ってたのに、随分伸びたね」

「まーね」

「………もしかしてだけど、それ、俺の真似?」

「当たり」

「全然似てない」

「えー結構似てると思うんだけどな」


 軽口を言い合っているとなんだか昔に戻ったみたい。

 ここにマルコもいたら「似てる似てる」って思ってもいない癖に言って、大袈裟に笑ってくれるのに。…私がそれを、壊しちゃったんだなぁ。


「…本当に切るの?」

「もー何回も言ってるじゃん。切るの」

「……後悔、しない?」


 その言葉は髪のことだけじゃなくて、私が頑張って手に入れて、でも諦めた色んなことに対しての問いなのだと思う。

 ロベルは本当に優しいなぁ。


「…うん、後悔しないよ」

「…分かった」


 私の髪を背中で束ねたロベルの手は微妙に背中に当たっていて。そこから震えているのが分かる。

 ごめんね、こんなこと頼んで。でもこんなことロベルにしか頼めないから。


「…切るよ」

「うん」


 じょき、と髪を切る音が聞こえる。少しずつ、慎重に切っている音。怖いのかもしれない。なかなか切り終わる様子はない。もっとテキトーに切っていいのに、この幼馴染は大切に切ってくれている。


 ロベル…私の髪を、想いを大切に扱ってくれてありがとう。

 溢れそうになる涙を瞼でそっと塞いだ。


 髪を切る音が聞こえなくなる頃には、なんだか頭が軽くなっていた。

 懐かしいなぁ、この軽さ。髪を伸ばし始めてからずっと頭が重かった。

 それはきっと髪だけのせいじゃなくて、あんまり考えるのが得意じゃないくせに考えて抱え込んでた色々なものがあったからだと思う。

 今は髪も、抱え込んでいたものも、もうない。


「ふー身軽になったなぁ。ありがと、ロベ…ル…」


 お礼を言おうと後ろを振り向くと、何故かロベルが泣いていた。


「…なんで泣いてんの?」

「……だってアンナ、頑張ってたじゃん」

「え、何を?」

「手入れが大変だから長いのは嫌だって言ってたのに意地で髪伸ばしてたし。走り回るのが好きなくせに走り回るのには向かないような女性っぽい服着るし。邪魔だから髪飾りは嫌いって言ってたのに小遣い頑張って貯めて可愛い髪飾り買ってつけるし。…元気でお転婆でじっとしてられなくてお喋りなくせに、頑張ってお淑やかにしようと口数減らしたり、はしゃぎたいのを押し込めたりして、自分をずっと抑えてたし。…頑張ってたじゃん、アンナ」


 なんでさ…なんでそんなこと知ってるかなぁ。


「俺ずっとアンナが頑張ってるの見てたよ。…人の気持ちなんてどうしようもないのは分かる。マルコがサーラを好きなのだって、ずっと前から分かってた。でも、でもさ!…少しくらい、頑張ってたアンナのこと見てくれたっていいじゃんか、馬鹿マルコ」


 本当に…馬鹿みたいに優しいんだから。

 私の為に、私の代わりに泣かなくたっていいのに。あーもうさっき頑張って我慢してたのに、結局涙出てきちゃったじゃん。


「いいの、私が好きでやってたことなんだから。でも…そんな私をずっと見ていてくれてありがとう、ロベル」

「……アンナ、短い髪似合ってる」

「どーも。こっちの方が私らしいでしょ?」

「うん、そうだね」


 二人で泣きながら笑い合った。笑ってるのに泣いてるだなんて、変なの。

 でもなんだかとってもスッキリした。


「この髪どうする?」

「んーお見送りする」

「じゃあ河原に行く?」

「よし、そーしよー!」

「分かった」


 この辺の地域では切り落とした古い髪を川に流すというという習慣がある。切り落とした髪は古い自分であり、古い自分を川に…地に還すことで古い自分は死に、新しい自分が生まれる。そんな信仰があるからだ。

 今まで特にそのことについて深く考えたことはなかったけど、髪を切って想いを断ち切った私はそうなのかもしれないなぁなんて思った。


 河原に着くと、少しずつ自分の髪を川に流した。自分の髪が川に沈んでいくのを見るのはなんだか寂しい気がしたけど、全て流し終える頃にはそんなことは思わなくなっていた。


 姉になりたかった、マルコを好きだった…ロベルがずっと見ていてくれた私は死んだ。

 そして私は、新しい私になる。


「…髪、綺麗に切れなかった。サーラにちゃんと整えてもらってね」

「うん。でも別にもっとテキトーでよかったのに」

「それは、俺が嫌だった」


 そう言って切り揃えられていない毛先にロベルの手が触れる。

 正面に見えるその顔は酷く切なげで、何故が頬が熱くなった。


「…ごめん」

「謝らないの。そもそも私が頼んだんだから」

「うん」

「…本当にありがとう、ロベル」

「俺がアンナの力になりたかっただけだから」


 目を細めて笑うロベルは眩しくて、どうしようもないくらいに胸が高鳴った。


「よし、帰ろっか」

「うん」


 …どうしよう。失恋したばかりのはずなのに、私は目の前のとても優しい人に恋してしまいそうだ。

 とりあえずまだ頭が混乱しているので気付いてしまった気持ちから目を背け、ロベルと一緒に村に帰った。




 その後ロベルと別れて家に帰ると家族は目を丸くして私を見ている。

 困ったように笑うと、一番に口を開いたのは姉のサーラだった。


「アンナ、髪切ったの?」

「うん。短くしたいなって思って。ロベルに切ってもらって古い髪はお見送りしてきた。ロベルが綺麗に切れなかったからお姉ちゃんに揃えてもらえって言ってたから、お姉ちゃん揃えてくれない?」

「ええ、ええ、もちろん。家の裏に行きましょう」

「はーい」


 家の裏に向かおうとすると母の声がした。


「なんだかその髪の長さのアンナを見るのは随分久しぶりねぇ」

「えへへ。お姉ちゃんみたいに長くしたいなって思って伸ばしてたんだけど、やっぱり私は短い方がいいや」

「そう。似合ってるわよ、アンナ」

「ありがとう、お母さん」


 姉が丁度鋏を持ってきたので二人で家の裏に向かった。よくここで洗濯をするので家の裏手にはごちゃごちゃと物が置いてある。その中にちょっと休憩する用の椅子も置いてあり、姉はそれを引っ張ってきて私をその椅子に座らせた。


「髪揃えるからじっとしててね」

「うん」


 チョキチョキと、ロベルが髪を切った時よりも軽快な音が耳の近くから聞こえてくる。

 髪を伸ばし始める前は、よく姉にこうして髪を切ってもらっていた。聞き慣れていたはずのその音も、随分久しぶりに聞いたように思う。


「アンナの髪を切るのも随分久しぶりねぇ」

「そうだねー」

「何か心境の変化でもあったの?」

「んー…まーね」

「ふふ、そう。…ロベルは女の子の髪なんて切ったことなかっただろうし、とても緊張していたんじゃない?」

「髪を切る手が震えるくらいには緊張してた」

「そうよねぇ」


 ほんとにロベルには悪いことしたなぁ。

 でも私は姉じゃなくて、どうしてもロベルに切って欲しかったんだよね。


「そういえばアンナ。あなたマルコと喧嘩してる?」


 ぎくり、と肩を揺らせば姉が笑った声が後方から聞こえてくる。


「やっぱり。結婚のことを話して二人と別れた後、村の人からなんだかアンナたちが喧嘩した様子だって教えてもらったの。何で喧嘩したの?」


 どうやら私たちのあの姿を村の人に見られていたらしい。内容までは知られていないみたいでホッとした。


「…教えない」

「あらあら。もうあなたたちも大人なんだから早く仲直りするのよ」

「……」


 絶交宣言されたしそれはかなり難しいと思う。それに私から歩み寄っても、それをマルコは許しはしないだろう。


「……アンナはいつも前向きだけれど変なところで臆病になるし、マルコは一度意地を張るとなかなか歩み寄れないからお姉さんは心配です」


 姉の性格分析が的確すぎて怖い。


「たまには勇気を出さなきゃダメよ、アンナ。…間に合わなくなってしまうことだって、あるのだから」


 私に言っているはずなのに、不思議と姉は自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


「お姉ちゃん?」

「ん?なあに?」


 でものんびりと言葉を返されて気のせいだったのかと思い直す。


「なんでもない。私マルコと仲直りできるように…頑張る」

「ええ、頑張りなさい。…よし、できたわ」


 私の肩を手で払い、細かな赤い髪が地面に落ちていった。


「これでロベルも安心ね」

「うん」


 切り揃えられた髪を触ると、不揃いな髪先を触っていたロベルを思い出した。私は熱くなる頬を無視し、姉と二人で母が待つ食卓へと歩みを進める。

 だんだん父が帰ってくる頃だ。この髪をみたら父も目を丸くするのだろうかと思うと、自然と口角が上がってしまう。


「あー今日の夕飯なんだろなー」


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