寮生活の始まり
「ここが剣くんの部屋よ! どう?」
五階建てのマンションの三階に連れられ、ドヤ顔で一姫さんは俺を部屋まで案内し、扉を開いた。
「わぁご立派な部屋……」
まるで高級ホテルの一室だった。誰も入っていない部屋で汚れなどないから余計に清潔感あふれてるし、本当にここ使ってもいいのだろうか。
オドオドしている様子の俺に一姫さんは「遠慮することなんてないよ」と朗らかな笑顔を浮かべながらいう。
「管理局と契約している以上はちゃんとお給金や諸々の保証はされてるんだし、よほどのことをしない限りは怒られることなんてないから」
「よほどのことって言いますと?」
「部屋全損」
「……いやないない」
あまりにも即答されてしまい一瞬間が開いたがそんなことにはまずならないだろう。
とは言え今日は疲れたので腹になんか入れてゆっくり休みたいところだ。
「一姫さん、どこか食事できるところはありますか?」
「寮の一階にレストランがあるわ。バイキング形式だからその日の気分で選べるのがミソよ」
「お、いいですねぇ。それじゃあ早速……て、ゼロたちはご飯って食べるのか?」
『特二必要でハなシ。気にせズ二食べてコイ。ツイテはイクが』
「そっか。それじゃすぐに行ってみてみるか」
「私も同伴していいかしら? 案内がてらにね」
「もちろんですよ」
少なくとも親切にしてもらっている相手のお願いを無碍に断るなんてありえない。
そうして俺たちは二人で食事をして、共に部屋に戻った。
備え付けの椅子に腰を下ろし、身体のこわばりをほぐすために深呼吸をする。
そして改めて大事に巻き込まれたなぁと苦笑を浮かべた。
「間違いなく人生で一番濃い一日だったな」
『そうか。オマエの人生ハ知らヌがご苦労ダッタな』
「ありがとうゼロ。しかしお前も結局なんなんだろうねぇ? 機械生命体なんてアニメとかだけの世界と思ってたのに」
『ソレこそ知らナイ。オマエが何故生きテきタのか、生マレたのかなぞワカラヌだろ?』
そうだけど、と答えつつ動揺してしまう。こいつ記憶ないわけだからほぼ生まれたてみたいなもんだろうに、えらく哲学めいたことをおっしゃるじゃない。
「そうだな。勝手に親が産んだわけだからそこに俺の意思が介在しているかと言われれば、正直ないよなぁ……」
自分の立ち位置とかも正直わかってない一般人だからあんな場所で昼寝してたわけだし。
とはいえ、だ。
「ま、今日からゼロ、俺とお前は一蓮托生になったわけだな。お前が望んだわけじゃないかもしれないけど、あらためてよろしく頼むよ相棒」
拳をゼロに近づけ、ゼロもなんとなくわかったのか鼻でタッチする。
『精精愛想ガ尽きナイよう二シロ』
「心がけるよ。それはそれとして早速相談なんだけど……」
『なンダ?』
「実は明日は早朝になんだけど……」
※
翌日、早朝五時。まだ日は上り切っていないがいい空気だ。
管理局の敷地内の人気がない場所にゼロと共に立つ。
「悪いな、朝早くから」
『構わン。有益だと判断シタから付き合ってイルダケだ』
「そう言ってもらえると助かる」
少し渋い性格をしているけど、素直に付き合ってくれるゼロに感謝しつつ構えをとって集中する。
「変身!」
『承知』
掛け声と共にゼロが俺の身体に装着され合体が完了する。
昨日とは違い少しだけ身体になじむ感じがした。
「よし、まず一つ確認終了」
昨日のことが偶然でないことをこれで認識する。頭に直接『確認するマデもナイと思うが』というゼロの声が響くが気にしない。
とはいえこれで本来の目的がしっかりできるからよかった。
こんな朝早くからゼロに付き合ってもらって起きたのは、早い話自主トレだ。
昨日は一回変身してすぐに倒れたし、灰沢さんにも見栄を切ってしまった以上生半な仕事はしたくない。
まずは軽くシャドーをして、それから走り込んでどれくらい俺が持つのかを確認してメニューを組んだ方がいいだろう。
何事も基礎が大事だし、積み上げて土台をしっかりと作らなきゃな。
「じゃあゼロ、俺が倒れる前に警告をよろしく」
『任されタ』
よーい、どん。と自分で掛け声を発してそのままトレーニングを開始した。
一時間どころか三十分も経過せずにゼロから警告が出て、その場で変身を解くことになり思ったより自分に体力がないことにショックを受けてしまった。
『ご苦労サマだ』
「き、昨日よりは長持ちしたから……マシ、か?」
『昨日ハ全力でスグにガス欠を起こしタだけダから勘違イするナ』
「お厳しいことで……」
つまり今の俺は全力で戦うとほんの数分も戦えず、セーブしても三十分未満しか動けない体力しかないのか……現実ってむずいなぁ。
仕方ない、と切り上げて一度部屋に戻ってシャワーを浴びて汗を流しレストランへ向かった。基本的にここは朝六時から始まっているということで時間的にはちょうどよかった。
しかしこんな早朝に人が来るのか、と思いつつ来てみるとすでに先客がいた。
「あれ。おはよう剣くん。君も早いわね」
向こうも俺に気づいたのか、一姫さんはニコニコと手を振って挨拶してくれる。
彼女のトレーには山ほどの肉やご飯、野菜、味噌汁が乗っている。朝からこんな食えるのかこの人……
「おはようございます一姫さん……」
「えらくしょぼくれてるわねー。どしたの?」
「いや、自分の体力のなさに呆れてるところでして……」
「自主練でもしてたの?」
『ウム。セーブして三十分経たズしか動けヌ現場だ』
ゼロの返事に「ふーん」と一姫さんは返事をする。そういえば一姫さんはどれくらいの時間維持できるんだろうか。
「私は全力でかっ飛ばしたら十分が限界かなぁ。その日の体調にもよるけどセーブして二時間から三時間が活動限界ね」
そこまで長丁場の仕事にはなったことないけど、と付け加えられる。
「でも剣くんは昨日初めてエヴォルダーと合体したわけだから、そこまで気にしない方がいいわよ。どっちかていうと気にするべきは体術とかの戦闘技術だと思うわ」
「戦闘技術ですか」
「こういっちゃなんだけど剣くんは喧嘩は手慣れてても、ガチモンの戦闘のプロとは経験ないでしょ? 自衛隊とか空手家とか」
「まぁ日常生活でそんな奴らとやりあうことはないですね」
むしろどうやったらそんな人間と喧嘩することになるのか。空手家はイキってる学生にいそうではあるけどだいたい鼻血出させたら戦意喪失するし。
「でしょ? 極論だけどようは実戦経験が足りないのよ。でも誰でも最初はそうなんだから仕方ないわ」
こう言われてはぐうの音もでない。
「剣くんは昨日の今日でそうやって特訓しようとするから偉いわよ。だから私も特訓を手伝ってあげる。朝早すぎるのは勘弁だけどね」
「え、いいんですか?」
こちらとしては願ってもない話だ。
しかし一姫さんにはあまりメリットがない話のようにも思えるが……
「もちろん。後輩である君を育てておけば管理局も楽になるし、なにより一緒に実戦経験を積めば私も剣くんも強くなれるし、WIN-WINの関係ってやつになれるじゃない。エヴォルダー持ちの人と定期的に戦えるなんてそうそうないしね」
『そういう訳だから一姫ちゃんの話に賛成してくれると嬉しいな』
隣からシンザンも言ってくる。
ゼロではないけど有益な話を断る必要なんてない。昨日から散々世話になりっぱなしだけど……ここは先達の胸を借りるとしようか。
「それじゃあ一姫さん、よろしくお願いします。ゼロもいいよな」
『無論ダ』
「商談成立ね。それじゃあ」
すっと手を差し出され、俺も自然と手を出してしっかりと握手をした。




