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エヴォルダー  作者: 法相
ひとときの安らぎ
16/41

いざ湖へ=後編=

 というわけで柔軟体操も終わり、いざ俺たちは湖に足を踏み入れた。

 足先から少しずつ冷たさに身体を慣れさせ……


「じれったいわねどーん!」

「って秒もせずに飛び込みおった!?」


 思い切り飛び込んでいくものだから大量の水しぶきが俺を襲った。


「つめた!?」

「あはは! きーもちいい! ほら剣くんも早く来なよ」

「この……おてんばさんめ!」


 仕返しとばかりに俺も覚悟を決めて一気に入り込み、水を思い切りかけてやる。


「きゃ! 冷たいけど、あひゃひゃ。楽しいわ! お返しよ!」


 一姫さんも俺に水をかけ、俺もまたやり返す。

 ああ、これがいわゆる青春というものか。俺には縁がないと思っていたけど、こうやってこの立場になるとけっこうな幸せだな。


 ※


『めっちゃ気持ち悪いな、剣のやつ』

『笑うことに慣れてない人の笑い方だね、あれは』

『そういうところはお前の相方から少しもらいたいくらいだ』

『そうだねぇ。一姫ちゃんのおてんばなところを少し剣くんにわけてあげれたら、一姫ちゃんももうちょっと落ち着くんだろうなぁ』

『まぁそんなことできぬのも理解しているがな。しかし楽しそうにしてるな、あの二人』

『やっぱり年が近いのが大きいのかもね。周りは大人ばかりだし』


 ※


 小一時間ほど経った頃、俺たちはひとしきり泳いで湖から上がり、一姫さんにはタオルを渡して俺は地べたに座る。

 こんな風に水辺ではしゃいだのはいつぶりだろうか。実に満足している。


「あ、タオルありがとう」

「いいんですよ。って、なんで一姫さん顔赤いんですか?」

「んー……秘密です。大丈夫、身体的には問題ないから」

「ならいいですけど、身体がきつかったら言ってくださいよ? その、心配しますから」

『これが青春』

『青い春だねぇ』


 こらそこエヴォルダーコンビ、茶化さない。


「いいのよ、二人も悪気あってやってるわけじゃないから」

「それはわかるんですけどね」

「でも私不思議なのよね。剣くん、友達いないって言ってるけどこうやって付き合ってみると決して人付き合いが苦手とかいう風には見えないから」

「そうですか? でも案外人間ってそんなものだと思いますけど。もしくは単純に俺が……」


 中身空っぽなのか、と呟く。

 友達がいないのもなにかに熱中できるようなものがなかったからか。親とうまくいかないのも表現が下手だからとか、いろいろ考えはできるが俺にはわからない。


「あ、でも友達といえば今でこそいませんけど……そうとう小さい頃に、仲良くしてた子はいましたね」

「お。幼馴染みというやつね」

「ですね。小学校に上がる前に向こうが引越しかなんかでいなくなったんだったかな……」


 今ごろはなにをしているのだろうか。あの子が俺のことを覚えていてくれたなら嬉しいけど、それは贅沢か。


「覚えてるんじゃないかしら、きっと。私だったら、覚えてると思う」


 そんな俺の気持ちを読み取ったのか、優しく一姫さんは言ってくれる。

 振り向けば、慈愛に満ちた顔で彼女は微笑んでいた。


「だと、いいですけどね」


 俺も笑って返す。そうであればいいと思うのは、きっと許されるはずだ。


『楽しそうだね。ボクも混ぜてくれるかい?』


 と、ここで一ヶ月ぶりに聞き覚えのある声が響いた。


「誰かしら」


 と、言いつつすでにシンザンに触れていつでも臨戦態勢をとっている一姫さん。切り替えの速さが羨ましい。

 そしてゆっくりと現れたのは、紅花奏だった。その背後には彼女のパートナーである黒鉄もいる。のだけど……その装いに俺は呆気に取られた。

 水着だ。それもスポーティータイプの黒いビキニ水着。彼女のスレンダーな体型とよくマッチしており、健康的な印象を受ける。


「……え、と」


 毒気を抜かれたのか一姫さんもどうしたらいいかわからないようで、俺に助けを求める視線を送る。いや、こっちもわからないのでどうしようもない。


「えっと、花奏……言葉の通りととっていいのか?」

「もちろん。今のボクは完全にオフだからね。すでに遊ぶ気でいるよ」


 チラッと黒鉄の方を見れば、呆れたように頷いている。どうやら本気のようだ。

 ていうかどうやってここに入り込んだんだ。一応ここは管理局の敷地内のはずだよな。


「そこは秘密、さ。さて都宮さん、あとはあなたの返事を聞きたいところなんだけど」

「……諍いをする気は、本当にないようね」


 一姫さんはシンザンから手を離し、警戒をとく。


「いいわ。今回は信用してあげる」

「ありがとう、都宮さん」

「どういたしまして、紅さん。それじゃ……一泳ぎして勝負しましょうか」

「いいよ。もちろん剣くんも参加するよね?」


 いきなりこっちに話が飛んできた。

 やることは構わないけど、この二人相手にはたして泳ぎで勝てるのだろうか……?


『安心しろ。骨は拾ってやる』


 おいやめろゼロ、物騒なことをいうんじゃない!


「「ヨーイドン!」」

「ちょ! フライングはずるい上になんで息がぴったりなん!?」


 この二人実は仲良しか!? 先に行く二人に追いつくために俺も飛び込むがすでに数メートルの距離を取られている。


「くそ……め!?」


 と、視線が一点に集中してしまった。

 二人のお尻に目が釘付けになった。ほどよくふくよかな一姫さんに、引き締まってはいるけどしっかりと出ているところは出てる花奏。

 動揺がバリバリに出てしまい顔は水の中にいるにもかかわらずひどく熱く、そのまま沈んでいった……



「まさか溺れるとは思ってなかったわね」


 意識を失った剣に膝枕をしながら一姫は微笑む。


「思ったよりもウブなんだね、彼も」


 それを見ながら、花奏も微笑んでいた。


「そうね。こういうところが可愛いわよね、剣くん」

「ボクも同感。ふふ……こうやって膝枕されたことを知ったらきっと顔を真っ赤にして

「ところで紅さん、少しいいかしら?」

「なんだい? 答えれることなら機嫌がいいから答えるよ?」

「ありがとう。ねえ、剣くんと紅さんはあの日よりも前にあったことはあるのかしら?」


 敷地内に侵入していることは疑問は残るが、剣に答えなかった以上無意味な問いだ。

 ならば気にするべきは剣と花奏の接点だ。

 少なくとも一姫にとっては考えるべきところだ。なにぶん彼女は剣に対してだけ敵意がない。


「初対面の時は気にする余裕もなかったけど、八咫鐘の事件で紅さんは剣くんの前に姿を現したけどなにも危害を加えなかったのは不思議ではあったのよ」


 ゼロを連れて行こうとしていた最初の時も、背後をとっていたのだからそのまま気絶させて奪えば一姫が来る前にゼロは奪えただろう。

 しかし彼女はそれをしなかった。


「明らかに不自然よね。だってゼロくんを奪うチャンス、少なくとも二回はあったんだから」

『私も聞けるものなら聞いておきたいな。その女の言うとおり、そこなエヴォルダーを連れて行くのは容易いことだったはずだ。その青年の口封じもな』


 いやだなぁ、と花奏はおどけた様子で大袈裟に手を横に上げる。


「黒鉄にまで言われるとは思わなかったな」

「茶化さないで真面目に答えて。生身同士でなら私の方が優位よ?」

「ブラフ、ってわけじゃなさそうだね。……ボクは剣くんを昔から知ってるから極力危害を加えたくない、それだけの話だよ」

『『『「え」』』』


 剣以外の一同の声が揃った。


「彼は覚えてないみたいだけどね。小さい頃に一人ぼっちだったボクと遊んでくれた、ボクにとっては大切な人さ。忘れられてるのは残念だったけど……まぁ小さい時の記憶なんてそんな」

「……いや、覚えてたけど、まさか女子とは思ってなかった」

「も……の……」


 急速に言葉が萎んでいき、あっという間に花奏の顔が真っ赤に染まった。


「……いつから起きてたの?」


 一姫もしのびないと思ったのか、代わりに聞く。


「いや、ほんとつい今ですけど……って膝枕ぁ!?」


 自分の状況に気づき、飛び起きる剣。

 それを見ていたゼロは笑い、愉快そうに右手で地面をバンバンと叩いていた。


『剣、お前話の腰の折り方がすごいな。さっきまでもっと張り詰めた空気だったというのに』

「うるせえ!? 今起きたばっかの俺にそんな状況把握できるか!」

『あー……花奏、忘れられてなくてよかったな』

「そうだけど……あうぅ……」

「一転して乙女になったわね、紅さん」

『印象がかなり変わるねー』


 ニマニマと微笑み、声を弾ませる一姫とシンザン。それから数分ほど花奏は羞恥で顔を抑えていた。



「しかし元気そうにしてるようでよかったよ、くーちゃん」


 花奏が落ち着いた頃に、俺は昔の呼び名で彼女を呼ぶ。

 まぁそんな幼なじみに刀を突きつけられたのはさすがに怖かったけども、本気で傷つける気がなかったのがわかったのは嬉しい限りだ。

 一姫さんとシンザンは気を利かせてくれたのか、少しだけ席を外してくれている。心遣いがしみる。

 だけども俺として一番の問題は、今の花奏の立ち位置だ。

 どういう仕事をやってるのか知らんけど、エヴォルダーと一緒に戦ったりしてるから面倒ごとで生計立ててるのは間違いない。


「幼なじみがそういうことやってるのは驚きだしやめてほしいけど……そんな気はないよな」

「まぁね。生きるためには必要なことでね……」

「じゃあ俺とやりあうのもいいのか?」

「なるべくならしたくないけど……必要とならばね。剣くんを殺しはしないけど都宮さんは……って、これ以上は言わなくてもわかるか」


 笑顔で言ってるが、これは本気なやつだ。

 俺は一姫さんと花奏の戦いを見た。一姫さんはともかくこいつは本当に殺す気でやっていたのは間違いない。


『花奏とやら、我から質問があるのだがいいか?』


 と、ゼロが間に入ってくる。


「いいよ。どんな質問かな?」

『なぜ一姫は殺すのだ? 彼女とお前は仲が良いように見えたが、剣は殺さず一姫は殺すというのか我にはわからない、なぜだ?』


 まるで子どものように純粋な質問だった。

 けれどそれに対して花奏は苦笑して返した。


「仕事の邪魔になるから、というのはもちろんあるんだけど……剣くんはボクにとって大切だからで、だから他の人の命の優先順位はガクッと下がるんだ」

『命とは誰しもが平等に持つものではないのか? ならば剣の命も一姫の命も、お前の命も平等で大切なものではないのか?』


 ゼロは不思議そうにする。ゼロの言うことは正しい、命という概念を考えれば皆等しく平等だろう。けれど


「そうでもないよ。少なくともボクは剣くんや黒鉄は大事だけど君や都宮さんのことはどうでもいい。覚えておくといいよ、価値観は人それぞれなんだ。君もきっと無自覚なだけでそう思っているから」


 諭すように優しい声音だが、言っていることは間違っていない。

 平等というものはけして正義ではないし、正しいものでもないのだから。

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