いざ湖へ=前編=
事件が解決し一月が経った頃、俺も管理局での生活に慣れてきた。
そして現在、一姫さんと生身で組み手をしていた。
「ッシ!」
全力のワンツー。そのどちらも紙一重で完全に避けられ、戻そうとした右腕を掴まれ、そのまま一本背負いをくらった。
受け身をとる暇もなく全ダメージが直にきたのでめっちゃ痛かった。
「うん、動きはずいぶん様になってきたわね。上出来上出来」
うんうんと満足げにうなずく一姫さんに悶絶しながら返事をする。
いや本気で痛いんだってコレ。正直目に涙浮かんでる自信あるもん。
そんな俺を見て面白がっているのか、ゼロもシンザンも笑い声を隠す気は全くないようだった。
ひでぇ金属生命体だな、と内心で毒づきながら背中をさすりながら起き上がる。
「つつ……手加減してもらってるのにこれじゃまだまだだな」
「いやいや成長してるって。最初に比べたら雲泥の差よ」
「全力のワンツーを紙一重で避ける人に言われても実感がないなぁ」
この一月の間に管理局で警備員の人たちとも組み手をして勝てるようになったけど、それでも一姫さんとの差が埋まっているようには思えない。
せいぜい喧嘩しかしてない俺と制圧術を学んでる警備員の人では最初は敵うべくもなかったが、こちらは一姫さんとの実戦演習でどうにかなった。
「間違いなくここで一番強いでしょ、一姫さん」
「どうでしょうねぇ? 灯台下暗しって言葉もあるし案外私より強い人がすぐ側にいるかもよ」
「だとしたらその人は相当ツラの皮が厚いんでしょうねぇ」
生身同士で一姫さんより強い奴がいるんなら拝んでみたいもんだ。
とまぁこんな風に軽口を叩けるようになるくらいには彼女との仲もよくなったもんだ。
それと変わったことがもう一つ。
「それじゃ次はエヴォルダー戦ね。一分休憩したらやるわよ」
「了解です」
『剣、今回負けたら三桁の大台だ。いい加減に一矢くらい報いるぞ』
「わーってるよ、ゼロ」
ゼロの言葉が流暢になった。
おかげさまで意思疎通がだいぶ楽になったし、万々歳だ。
そして数分後、コテンパンにのされて無事敗北数百回となった。
「む、無念……」
『クソ雑魚なめくじ』
相棒からの罵倒もひどかった。
「まぁまぁ。それより剣くんさ、この後の時間はある?」
「そりゃもちろんありますけど」
なにぶん俺がやらせてもらってるのは戦闘訓練だけだ。学校にもある程度の場所まで送ってもらってるし、これで給金発生してるのが謎なくらいだ。
三十万とかびっくりしたんだけど。それに加えて昨日から夏休み入ったし自由時間が増えた。
まぁこの一月の間にエヴォルダーがらみの事件は二件ほどあったが、内一件は俺一人でなんとか鎮圧できたから結果は出てると言えば出てるけど。
「というかこの辺は一姫さんも知ってるでしょうに」
「そうなんだけど、個人の用事とかあるでしょ? 貴重なプライベートな時間を私はもらっていいのかなって」
「お気遣いありがとうございます。今回はなんもないですからお付き合いできますよ」
時間もまだ昼を回ったばかりだし、時間的にも大いに余裕がある。
「よかった! それじゃあね……」
※
そして、俺と一姫さんは管理局から徒歩数十分圏内の湖にやってきていた。
水着で。
「んー! 快晴の空の下ってのは気持ちいいわねぇ」
「ですねぇ。多少の蒸し暑さはあるけど水でいい感じに冷えるでしょ」
「そうね。それじゃあ念入りに準備運動をしてはしゃぎましょう!」
了解、と答えて準備運動をしつつ一姫さんを見る。
彼女の水着は赤い競泳水着だった。しかも身体のラインがしっかりと出ているのでその豊満な胸や、引き締まっているところは引きしまっているのもはっきりとわかる。
しかし一番に思うのは……
「剣く〜ん? そんなに私を見ちゃってどうしたの? 見惚れてたの?」
「あ、す、すみません。あんまりきれいだったもんだからつい見入っちゃって」
しまった、と思い謝りつつ素直な感想を言う。
「ふぇっ!?……あ、ありがとう」
『あ、珍しく一姫ちゃんが照れてる』
『あの女もそういうとこあるのだな。我ちょっと意外』
ゼロ、失礼なことを言うんじゃないの。
でも確かに一姫さんの頬は少し赤らんでいるようには見えた。
しかし俺は思ったことをそのまま言っただけであり、間違ったことは言ったつもりはない。
でもゼロと一緒というわけではないが、普段見れない一姫さんの表情を見れたのは嬉しいかな。