表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/26

森博嗣『すべてがFになる』読了

 非常に有名な作品ですが、ようやく読みましたね。


 本格理系ミステリーということですが、キャラクターはかなり立たせてあるためにライトノベルチックな部分は少なからず存在しており、普段あまり読書をしない若い人でも読みやすそうだなあという印象を抱きました。

 以下はネタバレを含みますので、その旨了解の上お読みください。特にミステリーはトリックバレはしたくない人が大半でしょうからね。



















 本作は1996年を舞台に、N大学助教授の犀川と女学生の西之園が孤島のサイバー研究所で起きた密室殺人の謎を解き明かしていく物語です。

 文章は難解な部分がなく非常に読みやすいです。人間がナレーションしていく音声をそのまま聞いているような感覚で平易に理解していくことができます。その一方で、文章がきちんと練られているという感じは一切ありません。幾重にも作為が込められた意味深長な文も(私が読んだ限りでは)ありませんし、様々な布石(伏線と最近は呼ばれますが、私は「布石」と「伏線」は全く異なるものだと理解しています)の上に成り立った文言だけでは読み解けない文もありません。あえて挙げるとすれば、最後の「それは、立派なおもちゃの兵隊になることを夢見た小さな孤独だった」という部分くらいでしょうか。このあたりは作品に対して込めているものおよび作者の作風の問題ではありますが、私がこの作品が感情の表面を辷るように撫でていったような感覚を受けた原因となっているのは間違いないでしょう。

 トリックは非常に巧妙に練られています。出てきた要素はきちんと最後のトリックに組み込まれており、トリックの解明の部分では、「それじゃあ、この部分はどうするの?」と頭に浮かんだクエスチョンを解決していくような順序で進んでいくために非常に気持ち良いです。

 しかし、種明かしは腑に落ちるかというとそうではありません。理由は二つあります。一つは、トリックにおおよそ現実的には不可能であると断じざるを得ない部分があること、二つには、犯人を筆頭とした登場人物が一般人からかなりかけ離れた思考の持ち主であるために、真実における各人の行動がおおよそ現実にはあり得ないと思わせられるためです。

 まず、一つ目から詳しく説明していきましょう。レッドマジックがトロイの木馬であり、設計当初から作中の事件に向けて時限爆弾が設置されていたというのは良いでしょう。私もこの部分は読んでいる時から予想の本命でした。現実に他人が書いたプログラムを読むと、誰も読まないであろうことを利用した遊びが入っていたりします。いくら本職の人間たちと言えど天才真賀田博士の書いた膨大なソースの中に時限爆弾が含まれていたことを発見できなかったのは不自然ではないでしょう。しかし、これはトリックの現実性とは関係ない部分ではありますが、「すべてがFになる」のFを16進法の最後の文字であるFであろうとスーパー理系集団の登場人物たちが犀川を除いて疑わないというのは不自然な気がします。少なくとも、理系の大学生で、犀川以外に自分より頭の良い人間と出会ったことがない、と言い放つ西之園が16進法の存在すら知らないというのはいかがなものでしょうか。それに、この部分がそこまで本作のトリックの核心的な情報かというとそうとは思えません。私のようにそこの部分に気づいても犯人および犯行手法には全く辿り着けない人間も多かったのではないでしょうか。少なくとも、「7は孤独な数」「BとDは孤独」があたかも最重要なヒントであるかのように取り上げていたのはどうかな、と思います。

 それよりは今回のトリックの核心に当たる部分は、完全な密室であると思われた真賀田博士の部屋に15年間ずっと娘が隠れていたという点でしょう。これは思いついた人間はほとんど存在しないのではないでしょうか。私のように「レッドマジックはトロイの木馬であり、時限爆弾式にシステムをのっとって特定の動きをするようにプログラムされたものだ」と予想した者であれば、「新藤所長を屋上のヘリコプターで殺害する」という物理的な殺害をどのように行ったのか、という点で推理が行き詰っているのが普通だと思います。

 ここからがこのトリックが現実に可能なのかどうかという問題点に関わってくるのですが、必要なものは全て外部から運び込まれるとはいえ、密室で娘を出産して育て続けるというのは(最初の出産には新藤所長が立ち会ったとはいえ)本当に可能でしょうか。私は子育てをした経験がないので詳しいことは分かりませんが、母乳で育てるにしても子どもを育てるのに必要なものというのはけっこうあるのではないでしょうか。外部から密室に入れるものは全てチェックされているという状況で、全く怪しまれることなく秘密裏に子どもを育てるというのは無理があるように思います。ある程度子どもが大きくなれば消費する食糧だって明らかに一人分を超えてくるでしょうし、服だって必要でしょう。それだったら、子どもの服は博士が自ら作成して使わなくなったら全て捨てていたとして、博士のパッチワークの腕前はかなりの物でったと書いてあればまだ納得がいくというものでしょう。もしかして裸の状態でずっと育てていた?でもそういうことをしたらその後の博士との入れ替わりなどの部分で無理が出てくるであろうことは想像がつくし、真賀田博士ほど頭の切れる人であればその選択はしないように思います。そもそも、両親を殺害したと思われた時点で妊娠していたのにその後の少年審判の一連の流れで妊娠していることが一切知られなかったのはどうなんでしょう。精神鑑定とかを中心に色々と心身の検査はされるのではないでしょうか。

 また、新藤所長の最期の行動も無理があるでしょう。一度深手を負いながら、それを隠して何事もないように振る舞ったと言っていますが、首の後ろに致命的な深手を負いながら第3章の一連のやり取りを行ったのはさすがに無理があります。たとえそこに目を瞑ったとしても、死亡時に首の後ろにナイフが刺さっていたのはどう説明するのでしょうか。最初に研究所に降り立った時にも刺さっていた?しかし、「帽子をかぶった男が顔を出した」と書いてあるから、そのことが分かる程度に明るいのであれば首の後ろにナイフが刺さっているのはシルエットでも分かりそうなものです。飛び立った後に自分でもう一度刺したというのも現実的にあり得ないでしょう。最初の傷とピッタリ同じところに自分で刺すなど不可能です。傷は二つあれば警察が到着すれば真っ先にそのことに気づくでしょうしね。それに、所長がもう一度研究所に着陸して死ぬことがおかしい。すべてを察して無線を壊して着陸してしまうくらいなら、そのままヘリコプターを飛ばした状態で意識を失って海へでも落ちれば良かったのですから。ここの所長の動きは無理がありすぎます。

 次に、第二の真実における各人の行動の心理が超常的すぎるという点ですが、犯人である真賀田博士について見てみましょう。真賀田博士はずっと以前から娘を自分と勘違いさせ、殺害した上で脱出する、という計画を練っています。のちに犀川が、三年前までは自分が死んで娘を逃がすつもりだった、と否定していますが、これは犀川が全員に伝えた虚偽の推測でしょうね。真賀田博士にはそうまでして娘を外に出す理由がありませんし(純粋に娘を外に出したいのなら、このような形で突然外の世界に娘を出そうとは思わないでしょう。ずっと密室で育っていた娘には困難なこと、不可能なことが多すぎます)、犀川自身も嘘であると内心では知っているために「と僕は信じている」、「思いたい」、「すべて僕の憶測ですが」、といった自分の推測が本当ではないことを匂わせるワードを大量に放っています。やはり、最初から真賀田博士はすべて計画していたのでしょうね。娘からすれば、生まれた時から15より大きな数字を教えてもらっていなければ、14歳で自身の命を終わることもすんなりと受け入れられるでしょう。もし本当にレッドマジックを発明した7年前に考えた計画だとしたら、天才真賀田博士の教育ですから、もっとずっとはやい段階で娘は16以上の数字を教えてもらっていたことでしょう。(そのわりに最初の西之園との面会時にドでかい数字をすんなりと口にしていますが、まあ真賀田四季の忠実な人形として何の疑問も抱かなかったと納得しましょう。)しかしこれは、自分の人生を他人に干渉してもらいたい、すなわち、愛されたい、という真賀田博士の発言した行動原理と矛盾した行動です。つまり、今回のトリックは「科学的、物理的に可能かどうか」というのが全てであって、「なぜ犯人はそのような行動をとらなければならなかったのか」という部分については全て「真賀田博士はそういう普通の考えでは理解できない天才だから」という言葉でねじ伏せているわけです。このほうが現実らしいじゃないかと言われればその通りなんですが、「登場人物の行動はすべて特定の原理による必然のものである」というフィクションの暗黙の了解をこうも簡単に破っているのは読み手によっては評価を落とすものもいるのではないでしょうか。

 最後に、図書館から出た真賀田博士を取り囲んだ三人が何なのか結局分かりません。警察でないのだとすれば、一体なぜ真賀田博士は犀川に「待っている方がいますの」などと言ったのか判然としません。もう一度読めば分かるのでしょうか。それともシリーズになっているらしいので、続編を読めば分かるのでしょうか。しかし、後者だとすれば、タイトルなどにそれとわかる部分を置いてくれていていいように思います。このことによって、すべてが判明してスッキリ読み終わる、というミステリーに求められる読後感がなくなっているのはどうかな、と思ってしまいます。

 また、作中で削れる部分がかなり多いように思います。特に、第2章。ゼミ生が来たこと、国枝助手が男に見える女であること、妃真加島と研究所に関する情報、それ以外はずばっといらないんじゃないかな、と。他にもけっこう「あの部分って結局なんのために書いたんだろ」という部分が目立ちます。


 以上、一度読んだだけの感想で恐縮ですが、言いたいことをまとめると、「エンターテイメント小説としては面白いけど、文学としては文章に練られたものがないし、ミステリーとしては『それってどうなの?』と思わざるを得ない部分が多い」といった感じですかね。でも、「面白い」ってのが全てだと言われればその通りです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ