8・ベッドの上が作戦会議室です
ベアトリスちゃんとその家族について一度整理してみようと思う。
ベアトリスちゃんの父親、マクシミリアン。顔と家柄だけいいクズ。自分の奥さんのことしか頭にない。
ゲームの中だと亡き妻に似た顔のヒロインを養子にして猫可愛がりした挙句ルート次第で結婚して子供をつくる。
実の娘のベアトリスちゃんに冷たいのはゲームでも現実でも同じ。
ベアトリスちゃんの母親、アミーラさん。病弱で一日中自室にいるらしい。
ベアトリスちゃんが私を飼うことに賛成してくれた、優しい人……の筈。
ピアノの件でよくわからなくなってしまった。
ゲーム内では既に故人で、マクシミリアン攻略ルートで名前が出る程度。
ベアトリスちゃん。私の命の恩人で飼い主。寂しがりやだけれどとても優しい。
ゲームでは悪役令嬢。自分の父や兄や婚約者にヒロインが接近すると怒って邪魔してくる。
独占欲が非情に強くて攻撃的な性格。執着している三人の男キャラクターたちからも実は疎まれている。
ヒロインが彼女の身内の中からどの恋愛ルートを選んでも悲惨な退場の仕方をする。
「んみゃう……」
私はベアトリスちゃんの行く先を思って深く溜息を吐いた。
ヒロインが登場するのは数年も先になるが、だからといってのんびりしてはいられない。
私は最初、こんなに優しくて可愛いベアトリスちゃんが悪役令嬢になるなんて何かの間違いだと思っていた。
だって外見はともかく性格が別人レベルで違いすぎるのだ。
男性は自分の所有物で、誰からも特別扱いをされたくて、主人公に対し殺意並みの敵意を常に剥き出しにしていた。
そして自らの歪んだ憎悪に飲み込まれて哀れな最期を迎える。
森の中にまで私を探しにきて助けてくれた少女がこんな酷い女と同一人物とは思えない!
だけど今回みたいに父親に一方的に理不尽に叱られ、慰めてくれる母親には同じ屋根の下にいるのに会うことも出来ない。
実の兄はこの環境から逃げ出すように学生寮暮らしで頼れない。
そんな孤独な生活を何年も続けていたら素直で優しい性格だって歪んでしまうかもしれない。
というか、今思うとゲーム内のベアトリスは父親のマクシミリアンに傲慢さと一方的さがそっくりだわ。
やっぱりあの父親が彼女の人格形成において最大の癌なのは間違いなさそうだ。
生活もあるし今すぐどこかに消えろとは言わないから、もう少し親としてまともになってくれないだろうか。
「うみん……」
厄介なのはこの男がこの屋敷で一番偉い人間であることだ。
だから「お前は娘のことをもっと考えろ」と胸倉掴んで殴り飛ばして説教してくれる存在などいないに違いない。
誰か、マクシミリアンに対して説教をしてくれそうな人は居ないだろうか。奴が大人しく説教を受け入れるような相手がいい。
あいつがベアトリスちゃんをいびる度に私が怒ってもいいのだけれど今回みたいにベアトリスちゃんが私を庇って傷つくかもしれない。
「みゃぅみゃ……」
やっぱり現状頼るとしたらベアトリスちゃんの実母でマクシミリアンがべた惚れなアミーラさんしかなさそうだ。
ただゲーム内では全く登場しなかった彼女について私はどんな人物か把握できていない。
ベアトリスちゃんが寂しい思いをしながら暮らしてることに対してどう思っているかもわからない。
動物の毛は体に良くないと言われ、彼女の私室付近に近づいただけで私はメイドたちに追い出されてしまうけれど。
「……むん」
自分の娘が追い詰められていることを母親である彼女にどうにかして知らせたい。その反応でベアトリスちゃんの敵か味方か見極める。
でも、どうやって?
ベッドの上で悩んでいる私の目に、机に向かって熱心に勉強しているベアトリスちゃんの姿が飛び込んできた。
今は与えられた課題をやっているらしく辞書を引きながら頑張って外国語で手紙を書いている。
先程甘えた時にベアトリスちゃんに抱き上げて貰い机の上の様子を少しだけ覗けたのだ。
字の練習をして、手紙を書く……。
なるほどこれだ。私は決心した。
駆け込み訴えを、しよう。