21・来世は虎あたりに生まれ変わりたいです
所詮子猫の顎の力だ。肉を食いちぎったりなんてできない。本気で噛んだが精々ちょっと血が出る程度だろう。
けれど私の反撃を予想していなかったメイド女は盛大に吃驚したようだった。
「いったああああああい!!」
そう大袈裟に叫んで、私に噛まれた足をぶんぶんと振り回す。
少しだけ耐えたが勢いに負け数度目の振り子運動の時に口を離した。
「みゅっ」
着地成功。よし後は家具の下に全力で逃げよう。そう思った矢先だった。
女がバランスを崩して倒れたのは。
かなり大きな音を立てて床へ倒れこむ。直後凄まじい悲鳴が聞こえた。
「ッ、ギャアアアアアアアア!!!」
人間の声とは思えない恐ろしい叫びに私は固まってしまう。
なんだ、頭でも打ったのか。そう恐る恐る様子を伺ったのが間違いだった。
女が顔半分を手で覆いながら立ち上がる。なんだか凄く臭い。
肉が焼けるような匂いに近いけれど、全然美味しそうじゃない。女が呻きながら顔から掌を離す。
今、ここに鏡が無くて良かった。私は心からそう思った。
メイド女の顔は悲惨なことに焼き爛れていた。ゲーム内の悪役令嬢ベアトリスのように。
運が悪いことに転んだ際に『魔女の鉄槌』の瓶の蓋が外れて、中の液体が顔にかかったらしい。
なんでもっとちゃんときつく蓋をしておかなかったのか。
それより中身の毒薬が零れたとしてそれがピンポイントで顔にかかることなんてある?!
そうイケFをプレイしていた時と全く同じ感想を抱きながら私はメイド女から目が離せなかった。
金縛りにあったように動けないというのが正しいかもしれない。
さっさと家具の下に避難しなければいけないのに、驚き過ぎて体が動かない。
多分尻尾とかブアッとなってると思う。時間にしたら数秒かもしれないが漏らしたいぐらいに怖かった。
そしてその数秒だけで女が私を蹴り飛ばすのは十分だった。
「こ、の……クソ猫ォ!!!」
「ンナッ」
爪先が綺麗に私の腹にめり込む。内臓が口から飛び出たような気がした。
戸棚に背中から打ち付けられてそのまま垂直に落ちる。
このまま死んだ振りをしたらやり過ごせるだろうか。多分このままじっとしていたら本当に死んじゃうけど。
「ナァ…ン」
女の足の裏が間近に見える。マクシミリアンに蹴られかけたことを思い出した。
あの時はベアトリスちゃんが助けてくれたけれど。でももうベアトリスちゃんには私を庇って痛い思いをして欲しくないなあ。
ベアトリスちゃんごめんなさい。でも私が死んでもオーウェンやレックスがきっとなんとかしてくれるから。
悪役令嬢になんてならず、幸せになってください。
私は最後に一声鳴いて、薄れゆく意識に瞼を閉じた。