20・猫ですが激怒しました
そういえばこの女の持っている小瓶に見覚えがある。
あの見るからに危険物ですと言いたげな薔薇と髑髏の絵が描かれたラベル。
イケFのゲーム内で悪役令嬢ベアトリスがヒロイン暗殺に使おうとしていた毒薬じゃないか……!
たしか『魔女の鉄槌』という名前だったか。
同居している義理の妹を憎むベアトリスがメイドに命じて屋敷での飲食物に混入させていたものは。
そのまま弱って死んでいくのを待っていれば良かったのに直接ヒロインに小瓶から飲ませようとして悪巧みがバレたシーンはゲームと言えど突っ込みどころ満載だった。
抵抗するヒロインと揉み合いになった結果、瓶の中の液体が自分にかかってベアトリスの顔半分が焼け爛れたことも覚えている。
それを何故この女が持っているのかはわからない。もしかしたら毒薬が簡単に手に入る世界なのかもしれない。
「万が一にも毒殺がバレないよう、すぐ殺したいのを耐えて過ごしてきたわ……」
でも、それも今日で終わり。メイド女が笑う。
「化け猫、あんたアミーラを窒息死させなさい!」
「ンナァ?!」
まるで名案のように言われて私は困惑の鳴き声を上げた。
いや窒息死させなさいって、どうやって私が出来ると言うのか。
メインクーン並みの大型ならともかく、今の私はベアトリスちゃんの膝の上で充分寛げるサイズの子猫なんですけど?
奥さんからマー坊を略奪したすぎて頭が馬鹿になってしまったのだろうか……。
その頭の悪さが逆に怖くなって私は女から後退った。
しかしメイド女は何故かその自信を崩さない。寧ろノリノリだ。子猫相手に悪事を楽し気に話す様子に私の心はますます引いた。
「いい?明日私はアンタをアミーラの部屋に遊び相手として連れて行くわ」
動物好きの彼女は大喜びでベッドに子猫を乗せるだろう。そうメイド女は言う。
ベアトリスちゃんのお母さんに自分が可愛がられることを想像してちょっと楽しそうだなと思ってしまった。
「それでアンタは適当な所で寝たふりをしなさい。体力のないあの女も釣られて寝るわ、そうしたら……」
私が事前に用意した濡れた布をアミーラの顔に被せなさい。そう冷酷に告げる女に私は言葉を失った。
成程。この女が企んでいるのはいわゆる『密室殺人』という奴か。被害者以外人間のいない部屋での殺人。
自分がいない時に彼女が殺されることで殺人に関与していないことにできる。
濡れたハンカチ程度なら私でも持ち運べはするだろう。なるほど一応考えてはいるみたいだ。
……って、それやったらこの女じゃなく私がアミーラさん殺しの罪で捕まるだけじゃないの!
そもそもベアトリスちゃんの母親を私が殺す筈がない。
私は唸ることで拒否の意向を示そうと思った。だが、止める。
私が拒否したらこの女はこの場で私を殺す。ここは従ったふりをした方が良い。
どうせ当日も私が濡れた布をかけなければいいだけの話だ。
「ちなみに拒否したり失敗したら、ベアトリスの方にもこの薬を飲ませるわよ」
母親からの差し入れって言ったら素直に大喜びして飲みそうよねえ?
そう悪魔のような笑顔でメイドが言う。
「ピアノだって、私の嘘をあっさり信じて何時間も弾き続けて怒られて馬鹿みたい」
気づいたら女の足首に私は食らいついていた。