女子校生とデザートイーグル
はじめましての方は初めまして。ひさしぶりの方はお久しぶりです。埋木埋火と申します。
更新の遅刻と未投稿を詫びまして、ショートショートを投稿します。
「おい、聞いたか? 石鷲見はやっぱり男になっていたらしいぜ」
朝一番、彼はそんなことを言うためだけに開口する。オレは未だ夢心地だったわけだが、彼のいうことは聞こえていた。
「絶対女になると信じていたのに」
ああ、なるほど。ようやく理解したよ。今日学校に来てから妙に騒がしいと感じていたが、そういうわけだったのか。
「藪から棒になんだよ、そんなことを言って。いったいどうしたんだ鳶坂。前々から石鷲見自身が言っていただろ、僕は男だって」
「それでも信じられるかよ。あいつって、そこら辺の女になったやつよりも品行方正な感じなんだぞ。マンガやドラマに出てくる令嬢みたいだやつだ。そんなお嬢様が、僕は男だと言っても信じられるわけないだろ。鷹羽だってはじめは信じてなかったくせに」
確かに。
年度初めの自己紹介、彼が『石鷲見葵です。よく勘違いされるんですけど男なので、皆さんよろしくお願いします』といった時には信じられなかった。
女に決まってしまったけど男としての自分を未だに夢見ている子供と思ってしまって、正直少しだけ胸が痛くなったのはいい思い出だ。
「世の中不条理だよな。ずっと男になると思い続けてたやつが急に女になったりするんだぜ。その逆もまた然り」
「でも、そのおかげで小学校では本当の意味で皆平等だっただろ。もしくは」
「もしくは」
鳶坂は、オレの言葉を繰り返すようにつぶやく。その顔が、昨日テレビで見たオウムに似ていて少し面白かった。
「いやなんでもない」
口ではそう言う。
「ん、そうか?」
「ド忘れしたんだよ」
もちろんそんな訳ではない。ちゃんと覚えている。
結局、平等に見えていただけだということだ。性徴期が来る次期は人によってまったく違う。
はやい人間は、年が二桁に迫ろうとしたときには性決定が来る。みんなを同じように扱うだけが平等じゃない。
オレには身に染みてわかっていた。
「マンガでは、生まれたときに性別が決まっているっていう世界もあるもんな。うらやましいよ」
それはないものねだりだ、と思わなくもなかったがグッと飲み込んでおくことにする。
その世界に生きたことがないから本当はどうなのか分からない。それはそれでつらいことが多い可能性もある。
「でも、こういう世界だからこそいい映画作品も生まれるだろ。ほら、この前上映されていた『番ヒノ違イ』なんてどうだ」
「あれ良かったよな。本当は女なのに、名家の生まれだから男のフリをする主人公。その主人公のことを男だと勘違いしているから、親友でいようとして男装するヒロイン。いい感じにすれ違うところがドキドキしてたまらなかったぜ」
鳶坂が饒舌に語り出すのを見て、微笑みを浮かべると同時にオレはあることに気付く。
「というか、石鷲見を女だと思いはじめたのってそれが原因だろ」
「なっ。そんなわけねえよ」
「嘘つけ」
あの映画は、仲の良かった子たちが別々の性別になったら疎遠になるっていう現実でのジンクスがコンセプトになっていたはずだ。
そうなると鳶坂の頭では、自分たちと仲のいい状態でいるために男装している石鷲見みたいな構図なんだろうな。こいつに限らずだが。
「鷹羽、鳶坂。いったい何の話をしているの」
「い、石鷲見⁉」
口は禍の門なんていうことわざがあるが、まさしくこういうことなんだろうな。
「ええっと」
鳶坂は目じりを下げ、非常に困った顔をしていた。口は鯉のようにパクパク動き、瞳はテントウムシのようにクルクル動いている。
少し可哀想になってきたし、そろそろ親友であるオレが助けるとしようかな。これに懲りたら、今日のような不思議発言は控えて欲しいものだ。
「なに、なんの特別なことはしてないよ石鷲見。ちょっとだけ鳶坂の特殊趣向についてからかっていただけさ」
「そんな話はしてないだろ。俺はただ――」
「俺はただ?」
先ほど鳶坂がやったようにオウム返しをすると、真実を吐き出しかけた彼は口を噤んだ。
「特殊趣向? いったいどんなものなんだい」
こてんと首をかしげている石鷲見。
たしかにその仕草は可愛らしいし、身体も小柄だ。髪も肩口付近まである。鳶坂の気持ちも分からなくはない。
身長が一八〇センチを越えているオレとは真逆の存在だろう。
「そろそろ予鈴が鳴るから席に着こうか」
これ以上鳶坂をいじめても可哀想だと思い、とっておきの助け舟を出した。彼はほっと胸をなでおろしながら自分の席に戻っていく。
それと対照的にちょっと不満げで不貞腐れた顔をした石鷲見は、オレのほうをちらっと見るとウィンクをしてきた。
あとで教えろということなのだろうか。それは大丈夫なのだが、その仕草はやめて欲しいな。思わずドキッとしてしまう。
そういう仕草のせいで女と誤解されているんじゃないかと、ちゃんと本人に言おうとオレは決めた。
「で、明日石鷲見に告ろうと思うんだ」
突如鳴り響いたスマホの着信音に反応して電話に出ると、マイク越しにそんなことを鳶坂がのたまってきた。
今朝の反省は生かされてなさそうだ。
「どうしてそうなるんだよ」
他人の恋愛観を否定するわけではない。
日本は宗教的縛りが少ないおかげで、世界的に見ても倫理がやさしいほうだ。同性愛も認められている。
そんな状況を鑑みても、彼がいきなり宣言してきた言葉にはこいつ正気かと思った。
「いや、今日一日を使ってずっと考えてたんだ。石鷲見が本当に男なのかって」
できれば、授業だけは真面目に受けててほしかった。ただでさえ頭が悪いのに、このままじゃ進学・就職どころか卒業が怪しくなってしまう。
一番の親友が進路のことについて心配していることも露知らず、鳶坂はその結果に導き出されたであろう謎理論を展開してきた。
「もう俺たちは高校三年生だ。そろそろ現実を直視しないといけない頃合いだろ。だったら、男は男・女は女らしいふるまいを今後求められても不思議じゃない。なのに、石鷲見の振る舞いはマンガに出てくる女そのものだ。その過程から、俺は彼――いや彼女を女だと断定した」
「断定はしてないだろ」
そもそも、お前が現実を直視していないということに気が付いていないのだろうか。卒業も怪しいレベルだというのに。
オレはそんな我が道を行く親友に対して疲弊しきっていた。癒しを求めて膝の上で居眠りをしている小動物を撫でる。
「おい、俺の話聞いているのか」
「ああ、すまない。いまペットのグルーミングに忙しくて聞いてなかったよ」
「俺の人生一世一代のイベントだぞ。もうちょっと親身になってくれよ。俺たち親友だろ」
「はいはい。分かりましたよ」
口ではそんなことを言うが、ペットを撫でる動作はやめない。
この手の話は、こんな感じで気楽に聞くほうが良いのだ。
「頼むぜ相棒。お前の支援がどれだけあるかで俺の成功率に関わってくるんだからな」
「だれが相棒だ。だけど……うん。まあ前向きに考えておこうかな」
ゼロパーセントにどんなことをしても、結果は変わらないけど。
「おうそうか。期待しているぜ。やばいな、いまからドキドキしてきた」
「早えよ。その緊張は告白前にとっておけ。そっちのほうが断然面白いから」
「面白いってなんだよ」
友達が思い人に告白しようとしているのだ。これを面白がらずして何が親友なのだろうか。
とりあえずフラれることは決まっているから、愚痴を聞く場所だけは考えておかないとな。
「手伝うんだから、オレにも少なからずのメリットは必要だろ」
「うっ。それもそうだな」
「これで手を打ってやろうって言っているんだ。感謝しろよ」
親友なのに損得勘定をするとは何事だといわれるかもしれない。でも、人間というものはそんな生き物だ。
少なくともオレはそうだろう。まあ、それを利用して楽しい状況を造ろうとしているだけだが。
「分かったよ。だけど、人の恋路を面白がるんだからしっかりとサポートしろよ」
「大丈夫だ。大船に乗ったつもりでいてくれ」
それを最後にオレは電話を切った。
「ほんと、単純なやつ」
さて、どのようにしてサポートしてやろうか。そんな悪だくみが脳内を巡り始める。
こんなくだらないことを考えているときが一番頭が冴えてくるのだ。
「あ、起こしちゃった?」
不敵な笑いを浮かべていると、膝の上に寝転がっていた小動物に動きがあった。
ぐりぐりと頭をふとももに押し付けてきて何かを訴えてきている。
「どうした」
そう聞いてみるが、音としての答えは返ってこない。
ただ代わりにジェスチャーは返ってきた。手の甲で耳を触っていたのだ。
「また。ちょっと待ってね」
一般的な形である鍵型をしたものを手に取った。
竹のツルっとした肌触りが指先に伝わる。ピィン、とはじいて萎んでいた梵天をふわっとさせた。
「動かないでね」
こちょこちょと耳をくすぐっていく。
昔は他者の汚れを見るのはと考える時期もあったが、いまでは手慣れたものだ。これも飼い主の務めだろう。
「ん? 何を話していたかって」
どうやら少し前から覚醒はしていたらしい。先ほどの話をかいつまんですることにしようか。あまり面白いものでもなかったしね。
「鳶坂がね、石鷲見はやっぱり女じゃないかって言っていたのよ」
そんな感じでささやく声にビクッと小動物は震えた。きっと耳かきが気持ちいいのだろう。オレも好きだし、いつかやってもらいたいものだ。
「それだけならまだ良かったんだけどね」
左耳をすると言うように頭を叩く。
ごそごそと動くそれをこそばゆいと思いながら、左耳がこちらを向くのを待つ。
「そのあとに、俺は石鷲見に告白するなんて言いはじめてきたの。とても滑稽な話に見えると思わない?」
耳の穴に耳かきを入れると、小動物の身体はビクンと跳ねた。それが少し面白くて、ついついいじめてしまう。
反応が良いところをカリカリ。敏感なところをコチョコチョ。砂金のように耳あかが取れていく。
それに人知れない達成感を覚えつつ、彼の緩んだ表情や逐一反応してくれるその身体を見て楽しむ。
梵天でコショコショした後に、耳に向かってふぅーっと息を吹きかけた。
身体を魚のように跳ねさせながら喜んでくれる。
「なに、もう一回してほしいの? しょうがないね」
その反応が嬉しすぎて、もう一回だけサービスしてしまった。
吐息で彼の耳をくすぐる。そのまま口を開き耳元で囁いた。
「鳶坂ってとても単純。男ってほんとバカね。あなたもそう思わない、葵」
そう語りかけると、こちらに視線を向けるようにその碧い瞳がオレのほうを見てくる。
そのままオレの膝に座ったまま口を開き、先ほどの問いかけに返答してくれた。
「確かに、こんな立派な双丘が目の前にあるのに手を出さないなんて馬鹿の極みだね。そうは思うよ。だけど、さっきの言葉は僕に対しての宣戦布告かい」
「ふふ、どうだろか。そうともいえるし、そうはいえないともいっておこうか」
「はぐらかしてもだめだよ」
葵は自らの手を伸ばしてくる。その終着点はオレの胸だった。
「止めてよ。形が崩れるから」
そうたしなめるが葵の手は止まらない。はじめは優しく愛撫していたのだが、徐々に激しくなってきた。
「僕の欲しいものを持っているから、その罰だよ」
「そんなこと言ったら、オレの欲しいものを葵は持っている」
ないものねだり。
彼女には彼の持っていないものがある。彼には彼女の持っていないものがある。
お互いに自分の良い部分に気付こうとしない。いや、気づけない。
「結局、気付いた訳だけどね」
「気付いたってどういう事」
「いや、こっちの話。葵にも関係あるけど既に知っていることだよ」
誰かに気付かせてもらうまでは自分のことなんてわからないのだ。
男になりたかった彼女も、女になりたかった彼も、鏡に出会うまでは気づけない。
こっちになれてよかったなんて、きれいごとでも言えないのだ。
「さて、明日は葵が鳶坂をどこまで面白くフれるか期待しておくよ。そのためのサポートはしてあげる」
「ふふ。僕に任せておいてよ」
なら、今の状態でも楽しめる方法を模索するしかない。
そのためなら、あの映画でもあったクソッタレなジンクスでも利用してみようか。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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