~エルティアとダーナス、そしてミティナ~
この物語は外伝で、ミティナと両親の物語です。主人公はエルティア(ミティナの母)になっています。もし読み始めるなら本編の4日目前くらいがおすすめです。
ふくらはぎを貫通した長い棘を引き抜く痛みに悲鳴を上げる。
ジャングルで薬草集めに夢中になりすぎ、寝ていたハリイノシシを驚かせ襲われてしまった。
私はまだ50歳、見た目は立派な大人でも中身はまだまだ子供という事だろう。
持っていた消毒と傷をふさぐ効果のある薬草を傷口に当て魔法で強化し治そうとする。次第に傷口が塞がり痛みも引いてきた。
???「大丈夫か!?」
いきなり声を掛けられたので魔法を中断し声のした方向を見る。
そこには獣の毛皮を纏い右手に槍、左には鹿の死体を担いだ人間の男が立っていた。
男は私の足の出血を見ると持っているものをその場に置き駆け寄ってくる。
???「これは酷い傷だ、薬草は持ってるんだなちょっと待ってろ。」
男は布を取り出し傷を塞ごうとする。
エルティア「触らないで!」
私は男の手を振り払い足を引きずりながら距離をとる。
魔法を使えばすぐに治る傷だがエルフの暗黙の掟で人間の前で魔法を使うことはできない。どんな事に利用されるか分かったものではないからだ。
???「俺は酷いことなんてしない、ただ治療したいだけだ!ほら!」
男は上に着ていた毛皮を脱ぎ捨て自分は無害だとアピールする。
エルティア「なぜそんなことをするの?」
???「ジャングルではお互い助け合わなきゃ生きていけないだろ。」
男の目は曇りなくまっすぐで嘘何てついていないこと分かる。
エルティア「私に助け何て必要ないわ。どこかへ行って。」
???「・・・分かった。これは置いてくから使ってくれ。」
男は布だけおいて立ち去ろうとする。
エルティア「待って。」
私は小さな頃から人間は狡猾で卑怯者で自分の事しか考えられないどうしようもうない種族だと聞いてきた。でも、この男は私が聞いてきた人間のイメージとは全く違う行動をとっている。
私はこの男に興味が湧いた。
男は立ち止まり振り向く。
エルティア「気が変わったわ、人間の治療法を見てみたいの。手当てしてみてくれない?」
???「はいはい、仰せのままに。」
男はあきれた表情を浮かべながら布を拾い座り込んでいる私の前に跪く。
エルティア「あなた、名前は?」
ダーナス「ダーナス。君は?」
エルティア「エルティア。見れば分かると思うけどエルフよ。」
ダーナス「俺は湖の畔の村に住んでる猟師だ。よろしくなエルティ・・ア。」
ダーナスは気まずそうに顔を逸らす。
ダーナス「何でスカートしか履いてないんだ・・・。」
ダーナスの呟きはよく聞こえなかったが顔を逸らした状態で器用に布を巻いていく。
傷口を塞いだ後近くの細い木を折り、石のナイフで整え杖を作ってくれる。
ダーナス「エルフと話ができるなんて思わなかったよ。気を付けて帰れよ、じゃあな。」
エルティア「待って、今度ちゃんとお礼がしたいの。この腕輪を着けててくれたらまた会った時、貴方だって分かるから持っててくれない?」
私は着けていた腕輪を外しダーナスに渡す。
人間に会うのが初めてだから他にどんな人がいるのか私は知らない。ダーナスと他の人を見分けられないかもしれないのでダーナスと分かるようにお母さんから受け継いだ口の装飾が施された特徴的な腕輪を渡した。
大切な腕輪だけどダーナスなら返してと言えばすぐに返してくれる。何故かまだ会って間もない人間の男を私は信じてしまっていた。
ダーナス「お礼何ていらないけど、俺もまたエルティアに会いたいって思ってたから丁度いいな。」
私は人間の生態に少し興味が湧いただけだ、ダーナスはいったいどういう目的で私に会いたいなんて思ったんだろう。
少し顔が熱くなるのを感じる。
エルティア「わ、私は明日またこの周辺を散策するつもりだけどダーナスは?」
ダーナス「じゃあ俺も明日ここら辺に来ようかな。」
エルティア「そう、それだと明日にはまた会えるかもしれないわね。」
ダーナス「ああ、また明日。」
そう言ってダーナスは去って行った。
私はすぐに魔法を使って傷を癒し自分の足でエルフの里に戻る。必要なくなった布と杖は何かに使えるかもしれないから捨てずに持って帰った。
その後、私とダーナスは頻繁にジャングルで会うようになった。
エルフの里の事、人間の村の事を教えあったりお互いのジャングルで生きる術を披露しあったりとても楽しい時間を共有した。ある日、私の服は露出が多すぎると大きなマントをプレゼントされたときは驚いた。
彼の優しさに触れ、時間を共にしていくうちに自分の気持ちに気付かされる。
私はダーナスが好き。
でもダーナスと私は人間とエルフ、生きる時間も食べ物も違う種族でありエルフは人間を嫌っている。エルフの里はもちろんの事で、人間の村も反対するかもしれない。
自分の気持ちに気付いてからもその思いを伝える事をためらい、ダーナスとの時間が次第に苦しいものへと変わっていった。
今日も私はエルフの里を出てダーナスと待ち合わせ場所にしている三日月型の岩へと向かう。でも今日はいつもと違い覚悟を持って向かっている。
私たちの関係を今日で終わりにする。
胸が張り裂けそうな思いだけど時が経てばきっとこの傷は塞がる。ずっと苦しい思いをするよりはいいと思った。
彼はいつものように岩に座って私を待っていた。私を見つけたダーナスは明るい表情で私のもとへ駆け寄ってくる。
ダーナス「エルティア、聞いてくれ!この前君が言ってた珍しい薬草の群生を見つけたんだ。案内するから・・・」
エルティア「ダーナス聞いて。」
私は彼の言葉をさえぎって別れの話を切り出す。
きっと私はひどい表情をしているんだろうな。
涙をこらえながら話を続ける。
エルティア「私、もうあなたとは会えない。今日はお別れを言いに・・・。」
別れの言葉を言い終わる前に私の唇は彼の唇に塞がれていた。
今日で最後にするはずなのに、覚悟はずっと前からしていたはずなのに、彼への思いがあふれ出し涙が止まらなくなる。
こんなことしてくるなんてやっぱり人間は卑怯な生き物だ。
唇が離れてからも私たちは抱き合ったまま離れようとしない。彼の傍を離れたくなかった。
ダーナス「いつかエルティアが俺の前から居なくなるんじゃないかって思うと怖くて仕方なかった。君は俺より賢くて決断力があるからエルフと人間の違いを認めて別れようとする日が必ず来るって分かっていたから。だから俺も覚悟を決めようとしてた。それでも君に会うたびに離れたくないって感情が強くなってしまう。」
ダーナスも私と同じ気持ちだったんだ。
そして私と彼はここで別れる事よりも過酷な道を行く覚悟を決めた。
エルティア「一緒に暮らしましょう。」
ダーナス「一緒に暮らそう。」
私たちはそのまま故郷には帰らず2人で人知れず暮らしていくことにした。
2人で試行錯誤して建てた家は簡素で不格好になったけど、ダーナスと苦楽を共にしていく中でエルフの里で一人で暮らしていた家より暖かくて大切なものがたくさん詰まった場所になっていった。
そしてその宝箱に私にとって最上級の宝がもう1つ。
ミティナ「パパ、ママ見て!変な虫捕まえた!」
家の外にいた大きな手の形をした虫をミティナが誇らしげに見せてくる。
ダーナス「おお!その虫焼いて食うと美味いんだぞ。」
エルティア「ちょっとダーナス、ミティナに変な事教えないでよ。って何焼き始めてるの!?」
ミティナ「美味いものママにも食べさせてあげたいから!」
元気いっぱいの厚意に止める事が出来なくなる。
エルティア「ごめんね。私は植物しか食べる事ができないの。」
動物の持つ微量の魔力でも質の違うものを摂取してしまうと繊細なエルフの魔力に影響を与えてしまう。だからエルフの体は植物以外受け付けないようにできていた。
そんな影響を受けないハーフエルフのミティナには好き嫌いせず色んなものを食べてほしかったから母親である私が動物を食べる事ができない事を今まで隠してきていた。
ミティナ「・・・パパ、ちょっとこれ焼いてて。」
ミティナは何か考えた後、虫をダーナスに渡し家を飛び出していった。
私は心配になって後を追いかけようとしたらダーナスに止められる。過酷な環境で生きていくためとは言え、ダーナスはミティナに厳しすぎる気がする。
そのあとミティナが家を飛び出してから1時間くらい経った。
その間ダーナスは狭い家の中をずっとぐるぐる回って落ち着きがない。
エルティア「ダーナス落ち着いて、ミティナを1人で行かせたのはあなたでしょ?」
ダーナス「そうなんだが、こんなに遅くなるとは思わなかった。最近ジャングルの様子が変なんだ、動物たちが極端に少なくなってきている。ちょっと探して・・・。」
ミティナ「ただいま!」
ダーナスが槍を持って家から出ようとしたところでミティナが帰ってきた。
スカートの端を両手でつかんで広げ、その上には手のひらサイズの真っ赤な果実がたくさん積んであった。
それは私の好物のキコドの実だった。
ミティナ「ママと美味しいもの一緒に食べたかったからたくさん拾ってきたよ。」
あまりの愛おしさに思わずミティナを抱きしめる。
果物が床に散乱しても気にしない。ダーナスが拾ってくれるでしょう。
ミティナ「ママ苦しいってぇ。」
エルティア「ミティナ、ありがと。あなたはなんて優しい子なんでしょう。」
ダーナス「ミティナが遅いからせっかく焼いた虫が冷めちゃってるよ。温めてから食べようか。」
やれやれといった表情でダーナスは槍をしまい床の果物を拾い集めてくれる。
父親の威厳を失いたくないだろうからさっきまでそわそわしていたことは黙っててあげよう。
食事の準備が整い3人でいつも通り楽しむ。
ミティナが拾ってきてくれたキコドの実はいつもより少しだけ幸せの味がした。
ミティナがすくすくと成長してくれるのはとてもうれしい。でも娘の成長を感じるたびにこの環境でミティナは本当に幸せなのだろうかと考えてしまう。
私はミティナにもっと伸び伸びと生きてほしいし、私のように恋をして幸せな家庭を築いてほしい。
エルフからも人間からも孤立している私たちの今の環境ではそんな事はできない。
ある日、このことをダーナスに相談してみる事にした。
ダーナス「確かに1人で遊んでいる姿はどこか寂しそうに見えるときがあったな。それにミティナは見た目は幼くてももうすぐ17歳、人間だったらとっくに家庭を作ってる歳だ。何とかしてやりたいな。」
エルティア「ミティナはエルフの言葉しか分からないし、私がエルフの里に行って交渉してみるわ。」
ダーナスが常に着けている腕輪には、意思を伝え相手の意思を受け取ることができる効果がある。だから自然とミティナは人間の言葉は話せず、エルフの言葉だけ話せるようになった。
ダーナス「そうだな、俺もその方がいいと思う。」
しかし、私たちの交渉も虚しく、エルフの里も人間の村も私たちを受け入れてくれることはなかった。
私とダーナスが覚悟していた過酷な道は、ここから始まるのだと思い知らされる。