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プロローグ ~昔語りと全ての始まり~

 ある日、世界に「壁」が生まれた。


 一番最初に目撃した牛飼いの老人によると、「壁」は突如にして、初めは蜃気楼のように現れ。次第に淡いヴェールのように靄がかった色に変わったという。牛飼いはそれを見るなり、神々の軍勢が降臨し現世を破壊しに来たのだと、村に戻るなり吹聴した。人々は山に篭っておかしくなった老人の戯言だと聞く耳も持たなかった。が、村の少年達が冒険にと丘の反対側へと向かい、大地に波打つ「壁」を見ると、村はその話に持ちきりになった。その噂は行商人達の手によって、街へと渡り、やがて王都へと伝わった。

 早速、大陸の中央部、不毛の大平原に現れた「壁」に対して、王立調査団が編成された。数日を掛けて壁の外周を回ろうとすると、長さは数十キロにも渡るものの、厚みは数メートルしかないことが分かった。彼らには空を飛ぶ技術が未だになかったので、反対側に行くためには回り込むか、若しくは通り抜けるしかなかった。

 だが、調査団の報告を聞き恐れた国王は周囲を軍で封鎖し、通り抜けることを禁じさせた。王はこの世とあの世を隔てる壁が突然現れ、そこを渡ってしまうと黄泉の国への行ってしまう、という伝承との類似性からそれが本当の事だったのだと信じ込んでしまったのだ。

 そして、軍の包囲網が敷かれる中、一人の少年が偶然迷い込んできた。そもそも、この地域一帯は、人間の生活圏から大分はずれたところにあり、「壁」が現れ通り抜けられなくなったところで、そこを通る街道もなければ人の住処もなかった。ただ、その少年が軍の警戒を掻い潜り、その「壁」の向こう側へと直接行ってしまったことが、この世界そのもの、そして住人にとって最大のターニングポイントとなるのであった。


 ある日、世界は「壁」同士で繋がった。


 とどのつまり、「壁」とは世界同士を繋げる境目のことであった。最初に通り抜けた少年はきっと絵本の世界にでも迷い込んだと勘違いしたであろう。彼の住む世界には、住んでいた村にはなかったものの、電気やガスといった文明レベルまではあった。だが、その向こう側の世界はそんなものではなかった。なぜなら、少年の解釈で見ればまるで馬車は空を飛び、王城の尖塔より比べるもなく高い建築物が屹立していたからだ。


 ある日、世界は「壁」で無数に繋がった。


 太古の文明と、近代的な文明同士が繋がり、また、科学技術を信奉する人種には理解不能なほどの魔法科学を備えた者達も姿を見せた。ヒトの形に近しいものから、まるでこれは生命体と呼べるかどうか怪しい生き物までもが同じ世界に合い居座るという、摩訶不思議な状況が出来上がった。無論、神々の世界やら、それすらも上回る存在、宇宙そのものと並行世界・未来と過去の時空の神秘を理解し、自在に操る。そんな頂上的な管理者というべき存在さえもいると言われている。最も、高位の者は、大半の定命の者にとっては何ら関わり合いもないものなのだが。

 当然というべきか、全うな交流もあれば、争いになることもあった。とはいっても、往々にして国力と文明の乖離が尋常ではないこともある。そんな時、敗北者側の世界は数千年の栄華の歴史を持っていようといまいが、呆気なく潰えてしまうのだった。否、そればかりではなく、その者たちが住む惑星ごと消し飛ばされたり、最悪の場合、その惑星が存在したと言う事実自体、宇宙の歴史から「なかったことに」されてしまうことすらあった。

 誰が設置したのか分からぬが、この「壁」のおかげで、今までであったら、最低でも星間旅行でもしなければ行けなかった他の星々の住民達に否が応でも関わり、生き残っていかなければならないなどと、神ですら想像し得なかったことだろう。


ある日、世界は「壁」で繋がった。


 その無数の世界で繋がっている世界の内のひとつに巨大な都市国家があった。人口は未だにまともな統計すらもないので推測にしか過ぎないものの、100億人は超えるのではのというのが常の見方であった。

 最も、巨大都市も一夜にして成らず。最初は、大軍が入り乱れた古戦場跡だったという。その跡地に、敗残兵狩りや死体漁りが現れた。粗方目ぼしいものを取り尽くすと、お次はそこを拠点に盗賊紛いなことを始めた。資産が潤沢になってくると、足りないものを交易で補おうと商人ごっこまでをも始めるに至った。聞いたとこによると、この賊の頭領中々切れ者らしく、この荒地を盗みと商売によって人を呼び込み、一つの犯罪のオアシスを作り上げてしまった。街が形成されると、皆がみな犯罪者とは限らず次々に人が集まり、次第に歓楽街として有名になっていった。

 その街の長、または賊長、ゲールによって作られた都市はいつしか「ゲルニア」と呼ばれるようになった。


 そのゲルニア、出来た当初から5,000年近い年月が経過しているが、今でも犯罪都市としての面目を保っている。むしろ、人口が加速度的に爆発増加し、頂点で支配するものも不在の今、都市の中がまるで戦国時代か、無法地帯のようになっていた。しまいには、「法がないのが法」という言葉が諸外国に知らしめるほどの混沌ぷりを見せつけた。金か武力か、権力のいずれかに秀でていれば、街中で殺戮を始めようが、貴族の娘を犯そうが、それがまかり通ってしまう。そんな悪魔的魅惑を持って、さらに余所者を惹きつけるのであった。


  そうはいっても、まがりなりにも国家と名乗っているからには、それなりのきちんとした組織や企業といったものも存在した。暗黒財閥やギャングのカルテル、軍閥といった悪の組織が街の至るところを跋扈してはいるが、その陰に隠れるように人々の生活も、またあったのだ。


 その数多ある組織の中の一つが「国民戦線兵団(NFR)」だ。こいつは野党盟主の国民戦線党が私設した、私兵部隊である。何故政党が武装組織を保有しているかと言うと、言わずもがな、舌戦なんぞ形ばかりで、何かしらの物事が動く裏には決まってこの組織が動き、脅迫や白昼堂々と武力衝突なんてものが起こるのだ。戦闘が日常茶飯事なもので、兵士の磨耗は絶えない。外部からも傭兵を大々的に応募はしているものの、内部からも、学校という名の育成機関がある。


 そして、その軍学校に在籍する一人がこの俺、「ZZZ」、本名「ザディグ・”ツヴィリング”・ザン」だ。


 俺には正直、世界の「壁」や未知の世界のことなどどうでもよかった。生まれたときに捨て子だった俺は、場末の売春宿の老婆の女将に育てられたという。断言できないのは、俺が物心が付く頃には、その店は無くなり、関係者も大半が消えうせてしまったからだ。恐らく、場所代の支払いを渋ったなどくだらない理由で、マフィアの孫請けのごろつきの反感でも食らったのだろう。

 そんなこともあり、俺は気づいた時には、繁華街の裏路地で残飯を平らげて生きてた。数年はそうやって、同じ境遇のガキとそれなりに仲良くやっていたのだが、ある日あるものを発見したことで他のガキ共とは違う道を歩むことになる。

 それは、捨ててあった本だった。

 当然、文字など読めるわけも無かったから、文字が読めそうなビジネスマンを見つけると、靴磨きの小遣い稼ぎをしながら、教えてもらった。最初に赤子が読むような絵本を読めるようになる頃には、だいぶ背丈が伸びていた。

 その勉強する姿を周りの仲間は不思議がった。どうして勉強などしても金など手にはいらないのに、と。それだったら、その時間で働いたり有意義な時間はある、と。皆は子供だから当然、勉強をすることで将来的な知識の糧にするなどといった、高等なことは当然理解などしていないが、俺も年相応に理解はしていなかったものの、本能的にか分からぬが、その勉学の必要性だけはなんとなく察せていた。

 その頃俺は、勉強をしようとしないやつらを逆に不思議に思ったものだった。


 そうしているうちに、知識を付け、同世代の「ちゃんとした」生活を送っている人と同じ水準の教養を独学で身につけたとき、ある事件が起きた。


 つまるところ人殺しをしたのだ。


 それは、特に底冷えする寒い日の夜のことだった。

 俺は、日中は単発の日雇いの仕事を終え、職を探していた。餓死するほどではなかったが、常に金銭には飢えていたため、職探しをしつつ、店の軒先にある品物などを手癖悪く盗みを働いていた。盗みに関して、俺は罪悪感を今まで感じたことはなかった。

 兎も角、目ぼしい仕事が無いと分かると、住処の傍にある配給食堂に入った。

 配給食堂とは、自分達のように自活が厳しい人たちが主に利用する、格安の食堂であり、僅かな現金でも飯にありつくことが出来たし、また、不定期ではあるが、食事の配給が受け取れる券が配られることがあった。まあ、決まって配給券は奪い合いになるため、死人がでることなどしょっちゅうであったが。

 その配給食堂へ向かい、不味いながらも暖かい主食を食べ終わると、家路に向かった。

 外を出た時は暗くなっていて、吹きすさむ風が刺すように冷たかった。

 ゲルニアは、冷涼とした荒地の上に作られており、巨大なビルディングで埋め尽くされても気候そのものは変わることはなく、年中薄ら寒い気温が続く地域だった。

 その日は特に寒気が強かったので、半分ぼろ雑巾のようなコートを首元まできつく締め上げ、震えながら歩いていた。

 すると、自宅がある廃墟のほうから悲鳴が聞こえた。驚いて声が聞こえた角に飛び出さなかったのは正解だったかもしれない。

 恐る恐る角から顔を少しづつ出すと。


 人が首を絞められ、今まさに、殺されんとするところだった。

 よくよく見てみれば、その瀕死の人物はこちらに背を向けた老人に、片手で首を掴まれつるし上げられ、もう片方の手で持ったナイフが少年の胸に突き立てられていた。

 土気色の顔で一瞬誰だか認識が遅れたが、そいつは俺たちの住処に住む仲間の内の一人であった。何故こんな辺鄙な場所にある地で襲うのかが意味が分からなかったが、それを見てまず覚えたのは「殺さなくてはならない」という強い義務感であった。

 正直、今になってもその殺意の理由が分からないが、ともかく俺は、コートのポケットに隠し持っていた護身用のネイルハンマーを片手に、ひそかに忍び寄った。

 老人は齢60をとうに過ぎたように見え、刃物さえ凌げれば倒すのは容易いのではないかと判断した。

 老人との距離が半分ぐらいに詰まると、一見死んでいたと思っていた友人がカッと目を見開き、

「アァ・・・アァァ・・・」

と、こっちを見ながら殆ど声にもならぬようなうめき声を漏らすものだから、老人も訝しげにでも思ったのかこっちを振り返ってきた。

 まずい!と思った瞬間には、残り半分の距離を跳ねるような走りで間合いを詰め、勢いをつけたままハンマーを老人の首元へと振り下ろした。

「ギニィアアアアアアア!」

と、ハンマーの先が首に半分ぐらい沈み込むと、老人は狂ったような悲鳴を上げながら、振り向きざまに刃物を振り回してきた。

 紙一重のところで屈んでやり過ごすと、しゃがんだ状態から、下から上へとハンマーを振り上げ、顎にアッパーを掛けるように叩き付けた。

 ドスッという鈍い音と共に老人が頭からひっくり返ると、地面に仰向けになったままピクピクと痙攣し始めた。それを見た俺は、今が好機とばかりに馬乗りになり、顔面を容赦なく叩きつけようとした。

「ま”っ、まってくれぇぇぇ・・・」

情けない声が俺の耳に届くと、真上に振りかぶった手をそのまま止めた。

「・・・どうしてそいつを襲った?」

「そ、それは・・・わしゃ寒かったんだ!雨風を凌げる家がなかった!たまたまほっつき歩いていたら、この餓鬼が一人でこのボロ廃墟に潜り込むものだから、いい場所を見つけたと思ったんじゃ!場所を譲ってくれと頼み込んだのじゃが、揉め事になってしまったの・・・。仕方なかったんじゃ。すまぬ!ここはどうか見逃してくれんか?」

そう老人は自己中心的な殺しを認め、許しを請うてきた。だが、正直俺には許す気などさらさらなかった。友人に手を出された、という怒りもあったが、何よりも目の端に映ったものに気づいたからだ。、老人の手に刃物か何かの柄が一瞬だけ見えた。袖の中にもう一つ得物を隠し持っていたのだろう。この老人は白旗を上げるように見せかけ、油断して隙が出来たら俺のことを斬りつけようとでも思っているのだ。

 そんな罠に乗ってやるものかと、俺は非情にも老人の右手に向かって、天に掲げたままだったハンマーを叩き付けた。

 グチャッ、という音と共に指が潰れる音がした。

「ぎえぇぇぇ!!指が!指が!!」

 俺は、足元で暴れる老人に向かって何度も何度もハンマーを振り下ろした。

 最初は叩きつける音と悲鳴が同時に鳴り響いたが、次第に人の声はなくなり、最後には何か柔らかいものに何かを叩きつけるような音だけが、裏路地に響き渡っていた。

 老人を仕留めた俺は、思考が停止したように暫く死体に馬乗りになったまま固まっていた。ウウ・・・とうめき声が聞こえると、条件反射的に頭が声の元を向いた。それは、瀕死の友人だった。友人といっても一緒に住んで、盗みを共に働く程度の関係だったが、1年近く同じ屋根で暮らしたこともあって、廃墟のグループの中だと仲のいい部類に入っていただろう。

「お前、ザンか・・・?」

彼は、失血が酷いらしく、殆ど目も見えていないようだった。恐らく、もうじきこの老人のように死ぬのだろう。だが、既に施す術はなかった。俺には彼を助ける金もなければ、呼ぶ相手もそもそも近くにはいなかったし、助けが来たところで手遅れな容態と見るのが正しかった。

 それを冷静に分析した俺は、なんと人の死を間近に見ても感情が動かないのだろうか、と。まさか、自分が狂った人間なのかと疑い始めた。

 その思考に落ち込んでいくのは彼の言葉によって中断された。

「おい、ザン。手を握ってくれ。寒いんだ・・・。」

「分かった。」

俺は友人、ベックの手を握ると、彼が孤独に逝かないように見守り続けていようと思った。次第に、彼の息が短く、途切れ途切れになってきた。

「なぁ、一緒に忍び込んだ屋敷の娘、かわいかったなぁ。」

「そうだな。」

 それは先月ぐらいに、一緒に貴族の屋敷に忍び込んだ時のこと。裏庭から忍び込み窓を開けて手近な部屋から何か金目のものを漁ろうかと考えていたのだが、ちょうど窓際机に隠れるようにして少女が座っているのに気づかず、見つかってしまったのだ。幸運にも、敷地の外周を巡回している私兵の警備に見つからずに済んで、いいものにありつけそうだと思っていた矢先のことだった。窓の反対側で少女が、はっと驚くような顔をしたが、不思議なことに叫んだりして誰かを呼ぶようなことはなく、逆に窓を開けてこちらに話しかけてきたものだ。

「あぁ、可愛かったな。」

「だろ。俺は、出来ればああいういいとこのお嬢様と結婚して平和に過ごすのが夢だったんだが。まぁ、そんなの御伽噺だとは思ってたよ。」

 つい最近の出来事だったはずなのに、何故か遠い昔の話のように思えてきた。

 そうこうしているうちにも、彼の顔は襲われていた時の土気色から、まるで墓石から暴かれた遺体のような真っ白な色へと変色していっていた。

 もう、さっきのように会話もするのも困難のように思える。

「さいごに・・・最後に、一つだけ頼まれごとを頼んでもいいか?・・・もし会えたら、こいつをあの娘に渡して欲しいんだ。約束だったからな。」

「ああ、渡すと約束しよう。」

「絶対にだぞ・・・うっ・・・。」

彼はそう言って小さな懐中時計を手渡すとこう言った。

「それは、盗み物なんかじゃあない。そんなのをプレゼントにはできないからな。」

俺はそれを聞くと、思わず涙が流れそうになった。俺たちは、毎日を何とか生きていくだけの金しか持ち合わせていない。ましてや、誰かに贈り物をするなんて半分自殺行為のようなものだった。その言葉に彼の気持ちが本物なのだと今更ながら気づいた。

「もう、大分苦しいだろう。じっとしていてくれ。なにか処置や、助けを呼ぶことも出来るかもしれない。」

俺は、先ほどの彼を助けることを諦めていた気持ちを一転して、何かできることはないかと考え始めた。

「もう、いいんだ。俺がもう長くないのは自分自身が分かっている。」

「・・・」

「ここにいてくれないか。」

「ああ」


・・・

・・


そうして彼は死んだ。







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