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君に届けるノンフィクション

作者: 高坂真白

暖かい春風が病室の少しだけ開いた窓から入ってくる。

暖かい春風に病室のカーテンもひらひらと揺れている。

そして、一人の若い女性が、暖かい春風にあたりながらパソコンに向かって何かひたすら打ち込んでいる。

誰も居ない病室にただひたすらタイピングの音が響いている。

彼女は真剣な表情で、ただ手だけを動かしている。

ガラガラとドアが開く音が彼女の耳に入ってくると、誰も居ない病室に鳴り響くタイピングの音が止んだ。

「おはよう。」

そう言って病室に入って来たのは、綺麗な花を持った、彼女と同い年くらいの男性だった。

「おはよう。いつもありがとう。」

と彼女は彼を見て言う。

そして続けて、「今日は何のお花?」と聞くと、「今日はね、コスモス。」

と彼はニコリと笑いながら彼女に言った。

「コスモスかぁー。ふふっありがとう。」と明るく笑うと、彼もまたつられて笑った。

「体調どう?」と彼が彼女に聞いた。

「うーん。まぁまぁかな。あまり無理しないでおくよ。」と眉間にシワを寄せてから笑った。

彼はふーんと頷きながら、「無理するなよ。なんかあったら呼んで。」と言った。

「うん。ありがと。」そう彼女が呟くように言うと、彼はパソコンに目をやった。

「何書いてるの?」

「うわぁぁぁぁ!ちょっと、驚かさないでよ。もう。」

と彼女はパソコンを慌てて手で隠す。

そして、少し落ち着かせてから「完成したら見せるから、それまで見ないでね。」と彼に言った。

「分かった。楽しみにしてるな。」と彼はあっさり受け入れた。

うん。と彼女は頷いて笑った。

彼もつられて笑う。

少し賑やかになった病室には、まだ暖かい春風が入ってきていた。


1.彼女の名前は、久米茜。

小説家を目指している。

何故病院に居るのかというと、病気だからだ。

私はここ三ヶ月くらい前からこの病院に入院している。

そして、さっきお見舞いに来てくれた彼は、天野信矢。

茜とは幼馴染で、仲がいい。彼は花屋で働いている為、お見舞いの時には必ずお花を持っていく。

茜もお花が好きなので、すごく喜ぶ。

信矢は毎日毎日お見舞いに来ており、仕事が休みの日は一日中居る時もある。

これといって何もしないんだけど、ただ他愛のない話をして笑っている。

それが茜も、信矢も楽しい。

そして気づけば夜。というのがお決まりだった。

でも、今日は仕事なので、軽く話しただけだった。

茜はいつも「いってらっしゃい。気をつけてね。」と明るく信矢を送り出す。

そして信矢も、「ありがとう!」と嬉しそうに出掛けて行く。

その顔を見ると、茜は何だか嬉しくなる。

そう、茜は信矢の事が大好きなのだ。


2.信矢は仕事終わりにもお見舞いに来た。

「体調どう?」と信矢が聞いてきた。

「うん。いい感じ。このまま治ってくれればいいんだけどなぁ。」

と言うと、「何言ってるんだよ。治るんだろ。茜の病気は治る。」と信矢は自信満々に言って笑った。

茜も笑って「そうだね。なめんなよ。私!」と言って笑った。

信矢はそれにつられてまた笑った。

「どうだった?仕事。」と茜が聞くと、「うん。まぁまぁ順調かな。」と信矢は言った。

「そう。頑張って。」

「ありがとう。」

信矢は嬉しそうに笑ってそう言った。

「ってか、私も頑張らなきゃ。」と茜が自分の頬を叩いて言った。

「そうだね。応援するよ。」と信矢が言った。

「ありがとう。」私はニコッと笑って言った。

その後も、他愛のない話をした。

「今日の夜ご飯はカレーだ」とか、「病院食もう飽きた。」とか、本当にどうでもいい事を話していた。

でも、茜も、信矢も、その時間がかけがえのない宝物だった。

二人の心の支えだった。

そして、いつものように夜まで話していた。

「じゃあ、明日も仕事だから今日は帰るね。何かあったら連絡して。」と信矢が茜に言った。

「うん。ありがとう。」と笑って答える。

「じゃあ。」と信矢は病室のドアを開けて病室から出て行った。

信矢は帰った後、茜は小説を書いてから、ベッドに横になった。

今日も楽しかった。

「明日もどうかこの楽しさが続きますように。」

そう願って目を瞑った。

こうして今日も一日が終わった。


そして、次の日も信矢はお見舞いに来てくれた。

「おはよう。」

「おはよう。」

「今日は何の花?」と聞くと、「今日はね、ツルニチニチソウ。」とニコリと笑って言った。

「ツルニチニチソウの花言葉って何?」と茜は信矢に聞くと、「楽しい思い出、幼馴染。」と言った。

「幼馴染。私たちだね。」と茜は笑いながら言うと、「そうだね。」と信矢も笑って言った。

そして茜と信矢はしばらく話してから信矢は仕事に向かった。


こうして今日も始まった。

“今日も一日幸せでありますように。”

“茜が元気でありますように。”

お互いそう思いながら今日も生きていく。

茜は信矢が仕事に行った後、パソコンを開いて、物語を書き始めた。

茜が書いているのは自分の物語。

要するに、ノンフィクション。

自分の思い、あった出来事などを物語にしている。

もちろん、さっきあった出来事を物語にした。


「昨日カレーだったんでしょ?美味しかった?」

「よく覚えているね。うん。まぁまぁ美味しかったよ。」

「えへへ。頭いいから。私。笑

でも美味しくできてよかったね。」

「うん。まぁね。」

「うふふ。信矢は料理上手いもんね。また食べたいなぁー。信矢が作った料理。小さい頃よく食べたっけ。」

「そうだね。いっぱい作った。笑」

「ねぇ、もし、私が元気になったらさ、また作ってくれる?」

「もちろん。ってか、今度持ってこようか?」

「うん。ありがとう。食べちゃいけないものがあるかどうか担当の先生に聞いてみる。」

「オッケー。じゃあ分かったら教えて。」

「了解。」

話した内容はこんな感じだった。

茜は信矢と話した内容を全て物語の中の台詞に当てはめた。

主人公の名前はアカネ、アカネの幼馴染は信矢。

登場人物の名前は現実世界と同じ名前にした。

理由は、その方がリアリティがあるから、それと、信矢に私の思いを伝えたかったから。

茜は、何故か信矢に色々な思いが伝えられない。

例えば、「寂しい」とか、「不安」とか「怖い」とか。

弱い心も、素直な気持ちも何故か言えなかった。

多分心配かけたくないのと、弱い自分を見せたくなかったのだろう。

それは、私の変なプライド。というか、意地。なのかもしれない。

ただ、「物語ならいけるかも。」と思い、物語にしてみることにした。

完成したら信矢に見せるって約束したから、頑張って書いている。

「早く完成させて、信矢に見せなきゃ!」

そう思いながら茜はひたすらタイピングを続けている。

しばらくすると、さっきあった出来事を全て書き終えた。

ノンフィクションなので、後は、次の展開を待つのみだ。

「次書くのは夜かな。ま、信矢が来ればの話だけどね。」と思いながらパソコンを引き出しにしまう。

その後の時間は、本を読んだり、花言葉辞典で花言葉を調べたり、色々していた。

正午になると、看護師さんが昼食を持ってきてくれた。

茜が看護師さんに「あの、私って食べたらいけないものってありますか?」と聞くと、「特にないですよ!」と言われた。

「ありがとうございます。」と茜は丁寧にお礼を言って、食事を受け取った。

今日の昼食は、肉じゃがと、白米と、オレンジと野菜サラダだった。

茜は昼食を食べ終わると、パソコンを開いてこれまで書いた原稿を見る。

茜はあった出来事や、思った事を事細かに書いているわけではなく、あった出来事に対して自分が思った事を中心に書いている。

それは、物語という名の日記にしたかったからだ。

普通に日記を書くより、自分の素直な気持ちを素直に書くより、物語にすることによって、自分なりに特別感が感じられた。

他の誰にも書けない小説。

普通とは違う日記。

この二つが上手く融合し合って特別な物になる。そう思った。

それに、これは茜と信矢の物語。

要するに、茜と信矢の間で起きた出来事を記した物。というわけだ。

だから、物語の中には、茜と信矢しか登場しない。

たまに話題で、看護師さんと、担当の先生くらいは出てくるが、ほとんど信矢と茜しか出てこない。

色々なこだわりを持ちながら茜は物語を書いている。

さっきあった出来事は書こうか迷ったが、信矢は居なかったので、書かないことにした。

「今日の夜まで待つか…」と思い、パソコンを閉じた。


そして夜。

信矢は仕事終わりにお見舞いに来てくれた。

「お疲れ様。待ってたよ。」と茜が信矢に言うと、信矢は照れくさそうに、笑った後、「元気だった?」と聞いて来た。

「うんまぁまぁ。検査の結果も普通。」と茜はどこか残念そうに言うと、「うん。まぁ、茜は治る。」と信矢が胸を張って言った。

それに私も笑って、「ふふっ。ありがとう。頑張らなくちゃね。」と言った。

信矢も笑う。

茜達以外誰も居ない病室には、茜達の楽しそうな声だけが響いていた。

そして気づけば夜の9時。

信矢は明日も仕事なので、今日はもう帰って行った。

「また明日も来るから。なんかあったら連絡してな。」と言って病室を出て行った。

「うん。ありがとう。」と茜は言って、信矢を送り出した。

「また明日。幸せな一日になりますように。」

そう思いながら茜はベッドに横になり、目を瞑った。


翌朝、茜は目を覚ますと、既に信矢が居た。

「えっ!今何時?え、寝坊?ごめん。信矢!」と私は慌てたように言うと、信矢は笑いながら、「大丈夫。俺が早く来てしまっただけだから。慌てなくていいよ。」と言った。

「ごめん。ほんとごめん。」と私は言うと、信矢は笑って茜の頭を優しくポンポンした。

私は照れてしまい、そっぽ向いてしまった。

それにも信矢は笑う。

茜はもっと恥ずかしくなる。

「もう!」と怒ったように頬を膨らますと、信矢はまた笑った。

「もう!笑わないで!」と茜は怒ると、笑いながら「ごめん。」と言った。

それに茜も笑ってしまう。

「信矢のせいだからね!もう。」と言いながら笑うと、「ごめん。」と言って呼吸を整えた。

そして、信矢は時計に目をやると、「やばっ!もうこんな時間!ごめん。行かなきゃ。また夜来るから続きは夜で。」と言われた。

「うん。気をつけてね。」と茜は戸惑ったように言って信矢を送り出した。

信矢が病室を出て行った後、茜はベッドの横の棚にある花瓶を見る。

「花瓶の中には昨日のマーガレットと、新しいガーベラが入っていた。」

ガーベラは今日持って来てくれたのだろう。

茜は花瓶を見て小さく笑うと、引き出しからパソコンを取り出して、物語の続きを書く。

昨日の夜話した事、さっき話した事、起こった出来事、全て物語にしていく。

茜の指は休むことなく動いている。

茜は、ただひたすらパソコンに文字を打ち込んでいった。

全て書き終わると、茜は、パソコンを閉じて、引き出しに片付けると、看護師さんが、「久米さん。検査の時間です。」と呼びに来た。

私は、看護師さんと一緒に検査に向かった。


茜に残された時間はもう僅かだというのをこの時はまだ誰も知らなかった。


3.検査から帰って来ると、茜はパソコンを開いた。

そして、自分の本当の思いを書いた。

「怖い。」「不安。」「時間がない。」とか、そんな言葉ばかりを書いていった。

検査の結果が出るのは明日の朝。

それまで茜は、ずっとそんな事ばかり思ってないといけないと思うと、気が狂いそうだった。

「信矢…」今すぐ会いたい。会って話をしたい。

会って、話して、病気の事全部忘れたい。

嫌な事全て…忘れたかった。

でも、信矢は今居ない。夜まで来ない。

茜は、急に寂しくなった。

そして気づけば茜は泣いていた。

でも、それも気づかないほど、茜は不安で、怖くて、焦っていた。


そして、その日の夜。信矢はお見舞いに来てくれた。

茜は泣きそうな顔で信矢の顔を見る。

「信矢…」

「うん?どうした?なんかあった?」

「いや、今日検査だったから。」

「そうなんだ。どう?良い結果望めそう?」

「いや、わからない。でも、すごく、なんか辛い。」

茜がそう言うと、信矢は驚いたような顔をして、「大丈夫?看護師さん呼ぼうか?」と聞いて来た。

「いや、そうじゃなくて、心が。」と茜が、暗い顔して言うと、信矢も深刻そうな顔をして、茜の背中をさすりながら「大丈夫。大丈夫だから。」と励ましてくれた。

「うん。ありがとう。でも…」

茜は、泣き出しそうに言うと、信矢は茜の背中をさすっていた手を一旦止めて、それから、とんとんと私の背中を優しく叩いた。

「大丈夫だから。ね。安心して。」

「ありがとう。」

茜は泣きながらそう言った。

「茜は元気になる。治るから。ね。」

そう信矢が言うと、茜は泣きながら頷いた。

「俺もここに居るから。側にいるから。」と信矢は茜に言った。

「え?でも、仕事は?」と茜が聞くと、優しく微笑んで「大丈夫。」と言った。

「大丈夫って。でも。」

「明日どうせ休みだし。」と信矢は笑いながら言った。

「ありがとう。」と茜は控えめに笑って言った。

信矢もニコリと笑いながら頷いた。

こうして今日も一日が終わっていく。

明日もいい日でありますように。

幸せでありますように。

生きていますように。

そう願いながら目を瞑った。


翌日、茜が目を覚ましたのは、看護師さんの声が聞こえた時だった。

検査の結果が出た。との事だった。

茜は、看護師さんと特別室に向かった。

信矢も来てほしかったけど、万が一結果が思わしくなかった場合の事を考えて、待っててもらうことにした。

特別室に入ると、看護師さんと担当医と向かい合わせに座った。

「あの、検査の結果ですが…」と担当医が話を切り出した。

一瞬にして空気が静まる。

「正直に申しまして、あまり思わしくないでしょう。」と、深刻そうに言った。

「そうですか。」と茜は答えた。

「手術もしない方が良いかと。」

「そうですか。」茜は続けて言った。

「手の施しようのないという事ですか?」と茜が聞くと、「はい。」と暗い顔をして言った。

「そうですか。ありがとうございます。」と茜は言って、溜息をついた。

「信矢に何て言おう?いや、言った方がいいのか。言わない方がいいのか。」茜の頭には信矢しかなかった。

「どうしよう。どうしたら。分からないよ。」茜はすごく苦しかった。悔しかった。悲しかった。

「ごめん。信矢。」

そう思いながら、廊下を歩く。

病室に着くと、信矢は花の手入れをしていた。

茜は、暗い顔をしたまま病室に入った。

すると信矢が笑ってこっちを見た。

看護師さんにも軽く会釈する。

看護師さんが、茜をベッドまで送って、病室を出て行った。

茜は信矢を見て、目をそらす。

信矢は、「どうだった?」と聞いてきた。

「うん。まぁ。」と茜は曖昧な返事をし、ベッドに横になった。

信矢もそれ以上は聞かなかった。

茜はベッドに横になりながら、泣いた。

辛かった。信矢に言えない事。そして、自分にはもう時間がない事。苦しかった。考えるだけで、嫌になった。

信矢は気づいていないようだった。

心配そうに茜を見つめていた。

そして、信矢が、「飲み物買ってくる。何がいい?」と聞いてきた。

「何でもいい。」と答えると、「分かった。」と言って、信矢は病室を出て行った。

「やっと一人になれた。」茜はそう思い、ベッドから起き上がって、引き出しにからパソコンを取り出した。

書きかけの物語にさっきあった事を付け足す。

自分の思い、言われた事、全て書いた。

信矢が戻ってくるまでに仕上げようと、茜はタイピングの速さを速めた。

「早く完成しないと間に合わない。」茜は焦っていた。

「時間がない。私には時間がない。」「だから、早く書かなきゃ。」と急に焦りと不安が茜の中に出てきた。

しばらくすると、茜は物語を書き終えた。

信矢も、飲み物と、サンドウィッチを買ってきた。

「ありがとう。」と茜が言うと、「うん。」と言って、机の上に置いた。

「ねぇ、信矢。ごめんね。」と茜が俯いて言うと、信矢は何も言わなかった。

そして、茜達は、信矢が買ってきたサンドウィッチを食べ、信矢が買ってきた飲み物を飲んでいた。

食べている時も何も話さなかった。

信矢は夜まで居た。

茜が落ち着くまで居る。と言われて、ずっと茜の隣に居た。

「ありがとうね。信矢。」そう思ったが、何も言えなかった。

感謝の言葉も、何も。

そして、何も話さないまま、また一日が終わっていく。

次の日、信矢は仕事だったので、仕事に向かった。

私は、物語を書き続けた。

今日は何もない。

検査も、検査の結果発表も、何もなかった。

そして、信矢との会話も。

私はただ自分の思いをパソコンに書き写していく。

悲しい、寂しい、辛い、苦しい、どうしよう。

その言葉は全て茜の弱い心と、不安の気持ちだった。

絶対信矢には言えない言葉をただひたすら書いていく。

そして、茜は、パソコンを閉じて、ベッドに横になった。

何も言えない自分を情けなく思い、そして、腹が立っていた。

「どうして。」

自分を責めるばかりだった。

布団を頭まで被り、うずくまっていた。


ふと気づくと、外は夕方だった。

「本当、最近一日が早く感じる。」

そう思いながら、携帯を開いて、時間を見る。

午後の六時、もう夜に近いだろう。

季節は梅雨に入った今は、暗くなるのが遅くなってきている。

だから、茜は錯覚に陥る日々を送っていた。

茜は、信矢にメールを送った。

「今日の花は何?」

別に、来たら分かる事なのに、茜はメールをした。

すると、返事がきた。

「お楽しみ。」

信矢らしい。と思いながら、「了解」と送った。

そして、夜が来た。

いつものように、信矢はお見舞いに来た。

手には、カサブランカを持っていた。

「ありがとう。」茜がそう言うと、「うん。」と笑いながら、花瓶にカサブランカを生けた。

「カサブランカ。珍しいね。」

「まぁね。手に入ったから持って来た。」と信矢は嬉しそうに微笑んでそう言った。

「ありがとう。高いやつ。」と茜が言うと、「全然。大丈夫だよ。」と笑いながら言った。

それに茜も笑う。

「こんな幸せな時がずっと続けばいいのに。」と茜は思った。

今日は、お互いに、病気の事について触れなかった。

茜も何も言わないかわり、信矢も何も言わない。

本当に、くだらない、他愛のない話を遅くまでしていた。

楽しい。毎日毎日信矢と話せるのが嬉しい。

だけど、そんな時間も残り少ない。

分かっている。だけど、信じれない。

嫌だった。信矢との時間がなくなるのが、信矢と離れるのが。

生きてたい。もっと、生きてたい。

そう思った。


3.時は過ぎて一ヶ月後、季節はもうすっかり夏だ。

茜は相変わらずパソコンに向かって物語を書き続けている。

そして、信矢もお見舞いに来ている。

この一ヶ月で変わった事といえば季節くらいで、その他は何も変わっていない。

今日は一ヶ月ぶりの検査の日。

今日の検査の結果次第で、一時的に退院が可能かもしれないと看護師さんが言っていた。

茜は看護師さんと一緒に検査に向かった。

検査が終わった後、検査の結果が出るのは明日以降との事だったので、茜は病室でパソコンに向かっていた。

信矢にも今日の検査の事は言ってあったので、明日の検査の結果は一緒に聞くとのことだった。

信矢に検査の事を話した時は、「頑張って。いい結果が出るといいね。」と言っていた。

茜は「うん。ありがとう。」と言って笑った。

「今更、病状良くなったりするかな。」と思ったが、テレビでよくある“奇跡”というものを信じてみることにした。

もう、怖いとは思わないことにした。


そして、翌日、検査の結果が分かったと看護師さんが茜を呼び出した。

この間と同じ部屋に入って、結果を聞く。

信矢は仕事が入って来られない。という事で、看護師さんや、先生から後で聞かされるらしい。

「検査の結果は、」と担当の先生から話を切り出して来た。

「残念ながら…」と言い、俯いた。

「そうですか。」茜はただそれだけ言って少し笑ってこう言った。

「ありがとうございました。もう分かっていますから。私。」

担当の先生と、看護師さんは驚いた顔をして茜を見た。

茜は表情を変えず二人を見る。

更にキョトンとする二人に茜は軽く会釈した。

「それでは失礼いたします。彼には私が伝えておきます。」と言って、部屋を出て行った。

病室に戻ると茜はパソコンを開いて物語を書き出した。

さっき言われた事、言った事、思った事、全て書き出した。

茜はもう何が何だか分からなかった。

自分がいつまで生きていられるのか、いつまで信矢と時を過ごせるのか、生きるのか、死ぬのか。

もう何も分からなかった。

多分、今書いている物語も、もうそろそろ終わりになるだろう。

でも、終わってしまったら、茜が居なくなったら、この物語は完成しない。

だから茜は物語を作った。

本当は亡くなるはずの主人公を奇跡的に病気が回復し、主人公の幼馴染である信矢と結婚する。という設定にした。

それは、茜の夢だった。

自分の夢をもう一つの世界。物語の世界に当てはめた。

この世ではもう少しで居なくなる。だからせめて物語の中だけでも、小説の中だけでも夢を叶えたっていいだろう。そう思った。

それと、現実の世界では出来ない事を物語の世界でやりたかった。

信矢とデート、結婚、散歩、旅行、色々したかった。

だけど無理。病院から抜け出すなんて以ての外だった。

退院も難しいだろう。

そういう事も全てひっくるめて、物語の世界では主人公アカネは生きている。

いや、生かしている。

茜は物語の中のアカネに自分の全てを託した。

現実では無理な事全て物語にあてた。

茜はひたすらタイピングを続ける。

書き始めから既に一時間以上は経っているだろう。

茜は休まずずっと物語を書き続けた。

もうそろそろ終わりそうだったので、最後の力を振り絞って締めを書いた。

「出来た。」

茜はホッとする。

そして、茜は最後にあとがきを書いた。

あとがきを書き終わると、茜はパソコンを閉じて、引き出しにしまった。

ふと時間を見ると、夕方の五時だった。

「もうこんなに書いたのか私。」と外に目をやる。

視界に入ってくるオレンジ色の空、茜の枕元にある花瓶に入った綺麗な花。何もかもが綺麗に感じた。

何気ないものが全て綺麗に素敵に感じた。

一人外を見て黄昏ていると、病室のドアが開く音がした。

茜はドアの方に目をやると、信矢が来ていた。

信矢は、暗い顔を隠すように笑い茜の方を見た。

「どうしたの?早いね。今日。」と茜が言うと、「結果、聞いた。」と暗いトーンで言った。

「そう。」と茜は答えると、信矢は「嘘だ。嘘だ。嘘だ。」と何かに取り憑かれたように叫んだ。

そして、その声は少し震えており、目にはうっすらと涙を浮かべていた。

「嘘じゃないよ。」と茜は落ち着いて言うと、信矢は続けて「嘘だよ。」と言った。

「駄目だって。私。『残念ですが。』って言われた。」と茜はさっきと同じ口調で言うと、信矢はその場で立ち尽くしていた。

「まぁ座りなよ。信矢。」と茜が言うと、信矢は俯いたままベッドの隣にある椅子に座った。

そして茜は信矢に「パソコン取って。引き出しに入っているから。」と言った。

信矢は「分かった。」と言って引き出しに手をやった。

引き出しからパソコンを取り出して、机の上に置く。

茜はパソコンを立ち上げて、終わったはずの物語に題名をつけた。

茜は題名だけつけて、パソコンを閉じた。

茜はパソコンを閉じると、信矢に「そこにしまっといて。」と言って、パソコンを片付けてもらった。

私はベッドに横たわって、病室の天井を見ていた。

「駄目だ。もう。」

私は最後の力を小説に使い切った。

そして、息を切らしながら、茜は「信矢。ありがとう。大好きだよ。信矢。」

そう言って、信矢の手を握った。

信矢も私の手を握り返す。

こうして茜は、最後の時間を全て使い切った。

「おい!ちょっと。ねぇ!茜!茜?茜!死ぬなよ!茜!なぁ!」

信矢はひたすら叫んだ。

ずってと叫び続けた。

「茜…何でだよ…何でだよ!」

そう叫んで、顔を握りしめた手に近づけて泣いた。

葬儀の日も、その前も、ずっと茜のそばに居た。

信矢はもうすっかり蝉の抜け殻のような感じになっていた。

葬儀の中も、泣くどころか信じられないような表情をしていた。

今にも後ろから話しかけられそうな気がした。

でももう、話す事はない。

どんなに願っても絶対にできない。

ただひとつ、茜に会える事がある。

それは、一緒に過ごした時間を記録したアルバムだけだった。

「ん…ちょっと待って。他にも何かある気が…」

そして信矢はある事を思い出す。

「パソコン!あの茜が何か書いていたパソコン!」

そう思って、信矢は必死であのパソコンを探した。

パソコンは、あの病室の引き出しに入っていた。

信矢はパソコンを開いて電源を入れた。

茜から預かっていたパスワードが控えられた紙を見ながらパスワードを入力していく。

すると、ホーム画面がパソコン全体に映し出された。

ホーム画面には、メモのアプリだけが映し出されていた。

信矢は『メモ』と書かれているアプリをダブルクリックして開く。

“3件のメモ”

そこにはそう書かれていた。

信矢は、一番下のメモを開く。

『君への物語』

そこにはそう書かれていた。

信矢は続きを読む。

「これは、ある若い女性のお話です。

その女性は、小説家を目指している。

いつか自分が書いた物語を誰かに読んでもらいたい。と思っている。

でも、その女性は、今、入院中。

それでも、夢を諦めたくない彼女は病気で小説を書いている。

誰も居ない静かな病気で。


そして、その女性の名前は、アカネという––––


1.アカネには一人の友達が居る。

その人はとっても優しくて、紳士で、素敵な人。

その人と私は幼馴染で、小さい時からいつも一緒だった。

その人は男性で、名前は、信矢。

私は、信矢の事が大好きだった。

お互いに幼馴染としてしか見てないから恋愛感情とかでは無いんだけど、私は、信矢の事が大好き。

信矢は私の事をどう思っているのかは分からなないけど、私はとにかく大好きだった。

信矢はお花が大好きで、いつも私にお花の事を教えてくれた。

たまに、お花をくれる時もあった。

私が入院している時は、毎日お花を持って来てくれる。

それが私は嬉しかった。

信矢は小さな時から変わらない。

優しくて、明るくて、そして面白い。

それに対して私はどうだろう?

信矢は私をどう思ってるだろう?

最近よく気になっている。

いつか聞こう。

私が生きているうちに。」


そこには茜が書いた、日記のような物語が書かれていた。そして、この物語には続きがあった。


「2.何気ない日々に私は生きている。

そして、小説を書き続けている。

そんな時も信矢はいつも通りお見舞いに来てくれた。

信矢にはまだ小説を書いている事は言っていない。

っていうのもサプライズで、作品が完成してから信矢に読んでもらおうと思っている。

「どんな反応するかなぁ。」考えるだけで楽しかった。

完成した作品を信矢に一番最初に読んでもらいたかった。

誰よりも私の事を知っている信矢に一番最初に読んでもらいたかった。

だから、気合いを入れてひたすらパソコンに書き込んでいった。

私は、いつどうなるか分からないから、できるだけ早く完成させてたかった。

生きているうちに信矢から感想を聞かせてほしかった。

だから、私は、空いている時間全てを小説を書くのにあてた。

内容は自分の想い。経験。

いわゆるノンフィクションってやつにした。

私は、なかなか信矢に本当の気持ちを伝える事が出来ないから、物語にしてみる事にした。

「書き出しは私達の物語とは思わせない書き方にしよう。」

「そして、読んでいくうちに私達の物語だって分かる書き方にしよう。」

と、色々試行錯誤して書いた。

面白い風にはしないけど、読みやすさを意識してみよう。

そう考えながらひたすらパソコンに文字を打ち込んでいく。

そんなある日、いつものように信矢がお見舞いに来てくれた。

私が小説を書いている時に来たので、少し焦った。

すると、信矢は、パソコンに目をやって「何書いてるの?」と聞いて来た。

私は、慌ててパソコンを隠した。

「もう。信矢。驚かさないでよ。」と思ったが、何故か許せた。

まあ、勝手に見たら一生怒るけど、ギリギリセーフだったようで、私は信矢を怒らずに済んだ。

少し息を調えて、完成したら見せると約束した。

「約束したからにはますます頑張らなきゃ。」私はより一層気合が入った。


私は、信矢が帰った後も、その次の日もずっと小説を書き続けた。

今日あった事、思った事、全てを物語にした。

例えば、昨日。信矢に危うく小説の事がバレるところだった。

その時思った事を書いた。

「もう。驚かさないでよ。ま、信矢だからいいよね。って、よくはないか笑」とか、「頑張らなきゃ。時間がない。」とか、自分が思った事を主人公の台詞にあてはめて書いていった。

「早く完成させないと、時間がない。」そう思って、タイピングのスピードを早めた。

いつか、信矢に読んでもらいたい。

いや、読んでもらう為に私は今、必死で物語を書き続けている。」


「3.この間、信矢がお見舞いに来てくれた時、信矢の手作り料理を久しぶりに食べたいと言ったら、『作るよ。』と言ってくれた。

私はすごく嬉しかった。

信矢の作った料理を食べるのは、私が入院する前以来だから、かれこれ一年以上は食べていない。

入院する前は、毎日のように食べていたのだが、入院してからあまり食べなくなった。

だから、今回はすごく嬉しかった。

信矢には少し迷惑かけるけど、後悔したくないから。


翌日、信矢は、お花と、手作りのカレーを持ってお見舞いに来てくれた。

私は、「ありがとう!」と嬉しそうに笑いながら、カレーを受け取った。

お花は、信矢が花瓶に綺麗に生けてくれた。

信矢はいつもお花を持ってくると、こうやって綺麗に生けてくれる。

「今日は何のお花?」と聞くと、「マーガレット」と笑顔で答えた。

「マーガレットかぁ…私大好きなんだよね。」

「そうだったね。小さい頃よく買いに行ってたよね。」

「うん。だから、ありがとう!すごく懐かしいなぁ…」

ふふっと信矢が笑うと、「花言葉、知ってる?」と聞いて来た。

「え、知ってるよぉー。『恋占い』、『真実の愛』、『信頼』、『心に秘めた愛』だよね。」

「そう。流石だね。」

「えへへ。」と私が嬉しそうに笑うと、信矢も笑った。

「カレー作ったから食べて。」と、信矢がさりげなく言うと、私は「ありがとう!じゃあ早速!」と言いながら、スプーンを手に取り、カレーが入った容器の蓋を開けた。

すると、信矢が慌てたように「え、ちょっと待って!」と言って、私の手を掴んだ。

「ん?どうしたの?」と私が聞くと、信矢が、「温めないと、冷たいから。」と言った。

「うふふ。信矢は優しいね。ありがとう。じゃあ、温めて来るね!」と私が言って、ベッドから降りようとすると、信矢が止めた。

「いや、俺が行くよ。」

「え?あぁ。大丈夫だよ?私。たまに歩くし。すぐそこだし。」

「いや、いいよ。俺が行く。」

「あ、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて。」と私は言って、信矢にカレーを手渡した。

「気をつけてね。」と言うと、笑いながら「うん。ありがとう。」と言って、病室から出て行った。

信矢は、看護師さんに「あの、これ温めたいんですけど。」と言って、電子レンジがある場所を教えてもらった。

しばらくすると、信矢が病室に戻ってきた。

「お待たせ。」と信矢が優しく微笑んで、私の方に歩いてきた。

「ううん。待ってないよ。」と私は笑って言うと、信矢は何故か拗ねたように、一瞬だけそっぽ向いてから、机の上に温められたカレーを置いた。

私は一瞬どうしたんだろうと思ったが、すぐにいつもの表情に戻ったので、私は「じゃ。いただきます。」と言って、スプーンを持って食べた。

味は、小さい頃よく食べたあの味と全く変わらなかった。

私は思わず、「懐かしい。」と言って笑った。

それに信矢もつられて笑う。

「良かった。喜んでもらえて。」と嬉しそうに言った。

カレーを食べ終わると、信矢は仕事に向かった。

「また、夜来るから。」と言い残して病室を後にした。

私も、「うん。ありがとう。気をつけてね。」と笑顔で送り出した。

こうして今日もまた、一日が始まった。」


「4.あの日から、どれだけ時が過ぎただろう?

カレンダーを見る限り、一週間くらいだろう。

でも、私は、一ヶ月くらいに感じる。

理由としては、毎日同じ景色を見ているのと、毎日パソコンに向かって小説を書き続けているからだろう。

一週間の間に色々あった。

信矢が私の頭をポンポンしたり、一緒に笑い合ったり。

本当に楽しかった。

入院中は本当にやる事がない。

だから、私は夢を追いかけながら、小説を書き続けている。

だから、信矢が来てくれるとすごく嬉しい。

でも、毎日信矢は来てくれるけど、信矢も仕事だから、あまり長居はできない。

寂しいけど、仕方ないから我慢した。

私は信矢以外に友達なんていないから、今は一人だ。

検査の為に来る看護師さんと、担当医以外誰も来ない。

だけど、私は寂しくなかった。

私には信矢が居ればいい。

だから全然寂しくなかった。

信矢は迷惑に思うかもしれないけど。

今は気にしないでおこう。

とにかく急がないと。時間がない。

私に残された時間はもう、僅かだった。」


信矢はもう、ただひたすら茜が残したこの物語を読んでいく事しか出来なかった。

茜がどんな思いで書いたのか。

何を伝えたいのか。

信矢はすごく気になった。


「5.まだ知らない。信矢は私の事を。

私に、時間がない事を。

言った方がいいのだろうけど、怖くて何も言えなかった。

検査の結果はあまり思わしくなかった。

手術も出来ない状態で、手の施しようがないようだった。

一番大切な事を一番言えない。

辛かった。

辛さのあまり、死にそうだった。

心が、胸が、苦しかった。

「ダメだ。私。」

そして自分を責めてしまうようになってしまった。

でも、信矢は薄々気づいていたように思えた。

でも、信矢は何も言わなかった。

「ごめん。信矢。ごめん。」

私は、苦しくなった。

本当に私は信矢に迷惑ばかり、心配ばかりかけて、私は信矢にいい事なんて何ひとつしていない。

「ごめん。本当ごめん。」

もう、それさえも言えなかった。

そのもどかしい気持ちは、病気よりも辛かった。」


「6.時が過ぎて、一ヶ月後。

私は、小説をもうすぐで書き上げられそうだった。

「もう少し!」そう思いながら最後の締めを書く。

最後はパッと明るくしようとおもい、主人公のアカネは奇跡的に病気が回復し、退院する。という設定にした。

実際、そういう事はあり得ないのはわかっている。でも、夢を与えてみたかった。だからそういう終わり方にした。

締めを書き終わると、私は、新しいページに移り、あとがきを書いた。

あとがきを書き終えると、次は遺書。

次から次へと書き続けた。

そして、全て書き終わると私は、ベッドに寝っ転がって、軽く背伸びをし、また起き上がって、パソコンを閉じた。

「これでもう、思い残す事は何もない。」

小説家になりたかったけど、私の一番大切な人、信矢に読んでもらえればそれでよかった。


そして、最後の日、いつものように信矢はお見舞いに来てくれた。

私は、信矢にパソコンのパスワードを控えた紙を渡してこう言った。

「私が亡くなったらさ、あのパソコンに入っているデータ読んでくれないかな。

ほら!この間書いてたやつ。完成したからさ。お願い。」

「う、うん。ってか、死ぬなんて言うなよ。縁起が悪い。」

と信矢は言った。

「ううん。そうなの。」

「私。もうすぐで…」

私が言いかけると、「やめろよ!」と信矢は強く言った。

信矢のそんな声を聞いたのは初めてだった。

「ごめん。ずっと黙ってて。」

私が言うと、「目に涙を滲ませて下を向いてしまった。」

その後は何も言わなかった。

私は、信矢に「パソコンとって。そこの引き出しにあるから。」

と言ってパソコンをとってもらった。

信矢がパソコンを机に置くと、私は起き上がって少し文を付け足した。

「アカネが退院したら、信矢はアカネと結婚する」

ただそれだけ付け足した。


そして、あれから一ヶ月後、奇跡的にアカネの病気が治り、アカネは退院した。

信矢はアカネに、アカネは信矢にプロポーズして、二人は結婚した。

そして、二人は幸せな生活を送っているのでした。」


物語はそこで終わっていた。

信矢は、泣いていた。

泣いて、泣いて、泣きまくっていた。

茜が亡くなった時くらい、ひたすら泣いた。

そして、信矢は「最後。ノンフィクションじゃないじゃん。何で死んだんだよ。無理やりすぎるだろ。何で…何でだよ!」

周りの事なんて気にせずひたすら泣いた。

そして、彼女が文中に書いてあった『あとがき』のページを開いた。

『あとがき』

これは、あとがきというか、信矢へのメッセージです。

少し照れくさいけど、頑張って書いたので読んでください。

まず最初に、小説どうだった?

初めての割には上出来だったでしょ?

私、信矢になかなか素直になれなくて、だから書いて見たんだ。

だんだん話がズレていってる気もするけど、私らしくていいでしょ?笑

あの物語に書いてある事は全て本当の事。

最後の退院は少し違ったけど、あれは理想。夢です。

でも、もしそれが本当だったら、その後に続く言葉は叶ったかもね。

実はね、私、信矢の事が好きみたい。

幼馴染としてじゃなくて、男として。

信矢はどう思っているか分からないけど、私は、信矢の事が大好き。

もし、私が退院して、普通に生きていたら、告白してたかもしれません。

でも、それは絶対にない。

退院なんて出来ない。分かっていても、この気持ちを隠せなかった。

ごめんね。混乱させちゃったでしょ?

本当にありがとうね。

幼稚園の時から、今日という日までずっと一緒に居てくれて。

私はもう居ないけど、私の事は忘れないでね?笑

私も信矢の事忘れないよ。

Forget me not

私なりに勉強したんだからね!笑

そういえば私がお花に詳しくなったのって信矢のお陰だよね。

信矢が色々教えてくれたから詳しくなっちゃった。

ありがとう。

なんか色々お世話になってるね。私。なんか何もしてあげれてないや。

ごめんね。

物語で思い残す事はないって言ってたけどさ、やっぱあるわ。

恩返しのひとつくらいすればよかった。

それが唯一の後悔です。

今から言っても遅いけど、許してください。

そして、私からの最後のお願い。

幸せになってください。

私の分まで生きてください。

それが、最後のお願いです。

本当にありがとう。信矢には心から感謝しています。

本当にありがとう。

そして、私は、天国から見てます。だから安心してね。

これからも生き続けてください。

久米茜


信矢はまた泣き出した。

もうしばらく涙は止まりそうにない。

それでも、今は泣いていたかった。

それしか思い浮かばなかった。

「茜…」どんなに呼んでも帰ってこない。分かってる。

だけど、やっぱり。

やっぱり、信じれない。信じたくなかった。

茜の分まで信矢が生きる。

信矢と茜は遠くからだけど、一緒に過ごしていく。

そして、茜は信矢の心に生き続ける。

茜が残した物語と共に、ずっとこの世に生き続ける。


エピローグ


茜が亡くなってから約半年が過ぎた。

信矢はいつも、お見舞いに行っていた時間に茜の墓へ行く。

毎朝、茜が好きだったマーガレットを持って墓参りに行く。

今日も、いつものように信矢は茜の墓へ向かう。

そして、マーガレットをお供えし、そっと手を合わせる。

茜がパソコンに残した信矢へのメッセージ。

それは、信矢にとってかけがえのない宝物となって、心に残るだろう。

「天国から見てるよ。」という茜の言葉。

「ありがとう。茜。見ていてね。」

信矢はそう思いながら歩き出した。

この世から居なくなってしまっても、茜はきっとどこかで生き続けるだろう。

物語の中と、信矢の心の中で

ずっと。


これは、僕らのノンフィクション。

愛する人が愛している人へ送る大切なメッセージ。

それは、この世で一番大切な宝物。


作.高坂真白

こんにちは。高坂真白です。

今回は、“大切なもの”をテーマに少し切ない恋愛小説を書いてみました

私自身、恋愛小説はあまり読まないのですが、私なりの恋愛、私なりの大切なものを考えて書いたので、何かひとつでも心に残ってくれたら嬉しいです。

大切な物を大切に。

後悔しないように生きる。

この物語はそのような思いが詰まっています。

私も、大切な物を探すとしますか。

それでは。

読んでくださってありがとうございました。


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