2話・最悪の実技テスト
「本当に気が乗らない。」
「まだ言うか!」
まだ言うか?それ以前になんでお前は着替えまでついてきてるんだ。ここ男子更衣室だぞ。
いくら面倒と言っているからといって、先生心配して女子よこすなよ。委員どうした。
「ねぇ、なんでジャージ着るの?いま8月よ?」
「別に、なんでもいいだろ。」
ジャージのファスナーを首上まであげ、首が見えないようにする。夏だろうが冬だろうが、俺は長袖だ。陽華がジャージをグイグイと引っ張る。冷え性なんだ、頼むから脱がそうとするな。
「ん…?あれ、この首の傷は何?」
「……ほっとけ。」
何なんだとつくづく思う。人のジャージを引っ張るだけ引っ張っておいて今度は質問か。欲張りめ。
首のことについては話す気もないし話したくない。
とりあえず、手袋に指輪。これで大体の準備は出来た。隣でギャーギャー喚いている奴はほっておいて、魔法競技場にむかった。
「陽華さん、ありがとう。ちゃんと連れてきてくれたのね!」
俺は先生から一体どんな想像をされてるんだ。たしかに初日に無断で帰りはしたが、やれと言われたことを後からすっぽかすなんてこと、俺はしない。
「具体的には、何をするんですか。」
「陽華さんと戦ってもらうわ!」
まさかの返答だ。
テストというのだから、魔法発動速度とか、どれだけ高度な魔法を使えるとか、そんなものだと思っていたが、普通に戦うとは思っていなかった。
……加減、出来るだろうか。
俺は、自分で言うのもなんだが、ほとんどの魔法が使えない。つまり、戦闘には不向き。
俺が使えるのは戦闘ではなく、サポート魔法全般。だが、サポート魔法でも、相手を締め上げたり、動きを封じたり。俺は物理攻撃なら得意だから、止めてる間に殴ればいいのだが……。
現実はそうもいかない。
「ルールを説明するよ。使用可能なのは全ての魔法。自分の体を使った体当たりなどの物理攻撃はすべて不可。相手を行動不能にした時点で終了とする。」
「ちなみにこれは時間制ね。陽華さんを早く倒すほど評価は上がるわ!」
ほらな。現実は残酷だ。
自分の特技を封じられる。それはつまり、攻撃手段がほとんどなくなるということ。これは、面倒くさいことをしなくてはならない。
それは応用。
攻撃魔法があまり使えないということは、攻撃手段を作るために、魔法を改良、改変して、新しく別の攻撃魔法を作らないといけない。
やっぱり、魔法実技は嫌いだ。自分の好きなようにできない。
「さぁ尊くん!かかってらっしゃい!高等部生最強の私が相手してやるわ!!戦闘態勢!」
「……戦闘態勢。」
エンチェントは基本の基本。身体能力強化魔法だ。これは少しコツを掴めば誰でも出来る。
「光の衝撃!」
少し踏み込み攻めようとしたところで、足止めされた。
辺り一面に目が開けられないほどの光が漂う。目眩しをして進めなくする作戦か。
ただ残念なことに、俺が得意なのはサポート魔法。これは相手の目くらまし。つまりサポートに値する。それを俺が書き消せないわけがない。
「00完全削除。」
「嘘、魔方陣ごとかき消された!そんなの反則よ!」
反則、それはルールに違反することと同義だ。これは魔法であり物理攻撃ではない。つまり。
「魔法なら全て反則ではない。長引かせるのは嫌いだ。失せろ。収縮爆発。」
「?!」
この世の全てはプログラムで動かせる。もちろん、原子、分子レベルで。これはそれを応用したもの。
陽華の目の前に存在する半径1mの空間に存在するエネルギーを収縮させ、爆発。これで簡易的なビッグバンの完成だ。
この魔法は主に、塵や埃を操り糸状にして攻撃する魔法の応用だ。
目測200メートル先にある壁にめり込んでいる陽華。これはもう勝ちだと安心していたが、そうでは無かった。
「あっぶなー……。ちょっと尊くん?これ威力規定違反なんじゃない?!」
「……威力規定違反?」
まさか、この学校にそんなものがあったとは思わなかった。
威力規定違反。階級ごとに出していい魔法の威力が違う。もちろん、一般世間、プライベートや戦争などは威力規定はないが、学校や、公式戦となると話が違ってくる。
これは、つまり。
「尊くん、知らなかったの……?」
「いや、すまない。普通に加減を間違えた。学校なんて初めてなもんでな。」
「学校範囲じゃないわ国家範囲よ!これは国で定められてるのよ。端末に警告が出てるはずだわ!」
端末に警告。
それの確認をするために、腕につけられた変形したタブレットをみる。
本来ならばなるはずの警告音が……ならない。
「……なんで警告音が鳴ってないの?今のは規定違反じゃないってこと?」
「さぁな。問題ないんだろ。」
そう。【俺の端末】では問題ない。これは学校から支給されたものではなく国から支給されたもの。
学校から支給された高華クラスものでは不便があるため、国から支給されたものを付けている。
……これが不味ったか。
「尊くん、僕の端末を付けてもらえるかな。その状態で、もう1度何も無いところに向かって、もう1度さっきと全く同じ魔法を。」
委員が自分の端末を外し、俺に向けてくる。自分のを委員に渡して中を見られでもして、閲覧権限に引っかかる、なんて事があればおしまいだ。
自分の元々のものはジャージのポケットにしまい、委員から受け取ったものを腕につける。
「……わかった。」
ー収縮爆発
全プログラム改変/管理権限強制介入/高華クラス範囲設定/魔法設定/威力規定設定/5000から500万に変更
ドゴーンと、先ほどと全く同じ威力の攻撃を起こす。
ー警告音は、鳴らない。
「……これで、警告は鳴らないのね。疑って悪かったわ!これただの見掛け倒しなのね!さあ続きをやるわよ!!」
「……意識の狭間」
設定を元に戻し、陽華も同時に眠らせる。相手を動かなくさせればこっちのものだ。続きなんてやる気は1ミリもない。
地面に倒れかける陽華を支え、持ち上げる。女子って思った以上に軽いし、柔らかい。
「もう、いいだろ。帰らせてくれ…。」
「え、えぇ、そうね!魔法実技も満点よ!」
クラスメイトがざわつき始める。まさか、こいつを眠らせて戦闘不能にすることが頭になかったのか?そんな疑問が浮かぶが、気にしないでおく。
魔法闘技場を去り、男子更衣室に向かう。こいつがジャージに着替えなかったのは、汚れると思っていなかった。つまり、俺に無傷で勝てると思っていたからだろう。
舐められたものだ。
更衣室内のベンチに陽華を寝かせ、俺もジャージから制服へ着替え直す。
「ねぇ、やっぱりその傷跡なに?」
「っ?!」
やられた。もっと警戒しておくべきだった。ここまで起きるのが早いと思っていなかったのだ。
起き上がりほぼ半裸状態の俺に詰め寄ってくる。
ートンッ
何となくで後ろに下がっていたが、もう下がる場所がない。追い詰められ、顔の横に手をつけられる。いわゆる壁ドン。普通逆じゃないか?身長182の俺と162の陽華。
背伸びをして、顔を近づけられる。そのまま、壁に置かれていた手が、頬に添えられる。
「シャツからも見えてるけど……その傷と傷跡なに?すっごい気になるんだけど。」
「見なかったことにしてやろうか?」
彼女の目の前に目をかざし、魔法を発動させるプログラムを描く。00記憶削除。この魔法なら、発動時の記憶+消したい記憶だけ消せる。
ただ、それも失敗だったようだ。
「……あなた、プログラム魔法を使うの?さっきはちゃんと見ていなかったのだけれど……。」
「いや、これは」
「陽華ちゃん!尊くん!体力テストあるの忘れてた!」
今日はつくづくついてないな。
仕方なく、記憶だけ消して体力テストに行こうとしたのだが、またハイテンションなやつがうるさい。
「まって、消さないでよ!秘密にするから!」
「問答無用、00記憶削除。」
人の声など聞くつもりは無い。俺は他人に流されるのが大嫌いなのだ。
記憶削除が完了した彼女は、眠らせる。削除した矢先この姿を見られたら意味がない。
もう1度ジャージを着直して、陽華を起こし、今度は体育館へ向かった。
「あれ、尊くんジャージ脱がないんだね。いくら冷房完備の体育館と言えど、暑いよ?」
「いや、俺は寒い。死ぬ。」
すこし、しくじった。体育館が冷房完備だということをわすれていたのだ。寒くて仕方が無い。
俺は極度の冷え性で、夏場、気温35°を超える日ですら、薄手のセーターが必要なのだ。ただ、日光アレルキーであるから、日傘と長袖は必須。
まぁ、陽華に聞かれた傷跡うんぬんかんぬんもない訳では無いが……。
「はーい、じゃあ体力テスト、まずペア組んでください!その2人でやりまーす。」
「よしきた尊くんっ!!」
「やらねぇよ?委員、頼めるか?」
「え、あぁ、構わないけど……それ(陽華)、いいの?」
「しるか。」
何かある度にギャーギャー騒いでいる陽華はほっとて委員と体力テストに行く事にした。
まずは上体起こし。体力テストはどこにでもある普通の内容。もちろん、戦闘態勢をつかうのは禁止だ。
「なぁ、委員。あれ、面白くないか?」
「……委員じゃなくて海斗、もしくは熊谷と読んでくれ。で、何が面白いって?」
委員……もとい、熊谷が俺が指す指の先を見ると、眉を潜めた。まぁ、それもそうだろう。俺が指さしたのは先程置いてきた陽華。組む友達がいなくて1人で涙目になって慌てている。なんとも面白い光景だ。
「な?面白いだろ?」
「真顔で言われて君が面白く感じているとは到底思えないのだけど……。君が来たからクラス人数が奇数になったから、組めないのも無理はないか。誘ってあげよう?」
「……。」
俺が嫌だ、と発する前に陽華の元へ向かって行ってしまった熊谷。本当に困る。これなら1人でやっていた方が断然ましだ。熊谷はお人好しすぎる。
「うぅ……ありがとね……熊谷くん……。」
「礼には及ばないよ。さぁ、始めよう。先に僕がやって見せるから。」
「わかった。」
陽華が熊谷の足元にまたがり、足をおさえる。オフィシャルタイマーが30秒間隔で音を鳴らす。ピーッと、タイマーがなる。その時点でスタートだ。
音と同時に熊谷が上体起こしを始める。さすがクラス委員と言った感じだろうか。見た時から細身の筋肉質だと思っていたが、かなり運動神経はいいようだ。陽華がこれより上だということが、驚きなのだが。
「33...34...35...35回!お疲れ様!」
「うん……ありがとう。はぁ、次、尊くん。僕がおさえてるよ。」
「わかった。」
マットの上に膝を立てて寝転がる。動かないようにのしかかられているせいで、指先が少し痛い。
熊谷は35回という結果。35回以上が10点だから、35回で終われば問題ない。
ピーと、ホイッスル音と同時に上体起こしをはじめる。体力はある方だから、35回は大して辛くない。
2回目のホイッスル音。少し速さを間違えて36回で終わってしまったが、まぁいいだろう。
「へぇ、尊くんもなかなか出来るんだね!」
「面倒だからとりあえず10点になればいいかって思ってな。」
「……加減……したんだ……ははは……。」
「おい引くな、バケモノ見たような顔するな。顔がひきつってるぞ。」
「よーし、次は私の番ね!!」
無駄に元気な陽華の足を、熊谷がやっていたようにおさえる。
「やーん、尊えっちー!」
何となく腹が立ったので、おさえていた両手の力を無駄に込めた。
「いたっ、いた、いたたた!あっ、ちょ、始まった!」
痛い痛いと喚いていても、おぞましい速度で上体起こしをする陽華は、ただのバケモノだ。見ているだけで、ぶんぶんと効果音がなりそうな速さ。この勢いで頭突きされたら、たぶん頭蓋は割れる。前頭葉丸見えだ。
「51…か、少ないなぁ。ねぇ、もう一回やっていい?」
「時間が惜しい、次行くぞ。やりたいなら【1人で】やってろ。」
「うわぁん!」
51回という驚異の数字をたたき出しておいて少ないと豪語する陽華をかわし、反復横飛びに行こうと言う熊谷について行く。
しぶしぶと言った感じで、陽華も後ろからついてきたが、あっ、と言った感じで、目を輝かせ、こう言った。
「ねぇ、みんなで勝負しようよ!」
「やだ。」
「やだって、子供じゃないんだから!いいからやるよ!」
面倒くさい。誰かと競ってなんの意味がある。これは自分のテストだ。誰かと組んで競うものでは無い。
無駄に乗り気な陽華はほっといて、ホイッスルと同時に反復横飛びをはじめる。
俺の記憶だと63回できれば10点だよな……。なんとも微妙な回数だ。ただ、目の前で影分身が起きているこいつにはそんな回数など目に無いようだ。ただ、遊びのように反復横飛びをしている。
自分はいつの間にギャグ漫画の世界に入り込んだのかと少し不思議に思うが仕方ない。陽華の周りだけギャグ漫画の世界に見える魔法でもかかってるんだろう。
もう1度ホイッスルが鳴り、俺に振り返り聞いてくる。
「私何回だった?!」
「いや、自分で数えておこうよ……。」
「202回。」
「おっ、尊くんが初めてだよ私の高速影分身の回数覚えてたの。ちなみにそれ適当じゃないよね??」
「ちゃんと見てたぞ。」
傍から見ればただの影分身だが、しっかり見ていれば数えられる。かなりの動体視力が必要になるが。
「ちなみに全く息の上がっていない尊くんは何回だい?」
「65」
「ねぇ君ら異常過ぎない?」
とりあえず熊谷はほっといて、次、位置的に一番近い長座。あれは身体を折れば終わりだから、とても簡単だ。
「陽華、次長座やるぞ。」
「あれれ?やる気?」
「一番楽。」
「あぁ、そうくるか。」
長座はセンサーが働いて、細かい数値まで導き出してくれる。頭と背中を壁につけ、ボタンを押したら測定準備完了。あとは折れるだけ体をおって、もう1度ボタンを押せば終わりだ。
「73か。」
「座高高くないかい???」
「私もこればっかしは伸びないのよねぇ。」
「チビ。」
「ハッ倒すぞ。」
そのまま熊谷、陽華と測定。やっぱり、2人とも10点。家の階級で決まるため、個人が家の階級より上の場合もある。
こんな調子でどんどん項目を10点クリアし、残るはシャトルランと持久走。
これはただ走るだけだから、とても楽で助かる。
前半と後半、二回にわけられて行われるシャトルラン。俺と陽華で後半だ。走るだけなので、勝負は受け入れた。
普通の人間なら音だけで嫌だと感じる人間もいるだろう。俺からしたら、走るだけで、その他何もしなくていい運動ほど、面倒くさくないものはない。
ぽーんと、どことなく木琴に近い音が響く。それを合図に走り出す後半組。熊谷の結果は117回。9点の回数。あいつはたぶん、魔法が強ければ才能の塊だ。
80を超えたあたりから、ちらほらと人が減ってきた。ただ、隣で一緒に走っている陽華は、疲れているどころか、まだ俺に小話を持ちかけられるほど体力に余裕があるようだ。ただ、そのくだらない小話は俺は全てスルーしている。
ー157
残り2人。俺と陽華。
俺も陽華も、息は全く上がっていない。周りからは、転校生すげぇ、なんてふざけた声が聞こえてくる。いや俺は転校生じゃない。復帰生だ馬鹿。
そろそろ疲れてきたかと思えば息切れなんて全くしてない。汗一つかかず、涼しい顔をしている。
「俺、200でやめるわ。」
「えっ、最後までやらないの?」
「めんどい。」
またクラスメイトがざわつき始める。恐らくシャトルランの回数の多さ。何回でやめる以前に、この回数で息もあげずに普通に会話しているのがおかしいのだろう。
ー200
機械質音声が200を告げると同時に、シャトルランをやめた。陽華は最後まで走るという異常な宣言をしているので、300くらいまでやめるつもりは無いのだろう。
「あぁ、うん、お疲れ……。」
「引くな。」
苦笑いの熊谷をよそに、陽華をみる。
正直、これだけ走って息切れをしない人間は初めて見た。魔法強化を疑うが、何一つとしてかかっていない。素の身体能力だ。
腕につけられた端末から陽華について調べてみる。
が、何を見てもいたって普通。両親も高華の母と中間の父。血の繋がりもしっかりと証明されている。虐待もなし、魔法実験なし。生まれつきの特異体質なし。本当に、周りの人間と変わりがない。
むしろ、小学生の頃はノーマルタイプの学校で、かなり頭が悪かった。成績も低く、運動神経も悪い。ただ、中2.3年に、成績も運動神経も、魔法もすべて徐々に上がったと言える。努力の結果ということか?
気になる。なぜこんなにも……。
そのままずっと端末に夢中だったせいで、シャトルランが終わっていることに気が付かなかった。
「なーにみてるの?体育授業中の端末の閲覧は禁止だよ?」
「あぁ、そうかよ。なあ、今日俺の家に来ないか?」
「おっ、おお、襲うつもり?!」
「てめぇの大して色っぽくもなんともねぇ体に興味はねぇよ。聞きたいことがある。」
「なぁんだ。ていうか失礼ね!」
「うんうん。陽華さんはこの学校ではスタイルも容姿も抜群だよ?結構人気なのさ。……性格に難アリだけれどね。」
「ちょっと!!」
容姿とか、そんなのどうでもいい。
いまは、そうとしか思えなかった。はやく、彼女について知りたい。何故あんなにも努力が出来るのか。
ー何故、そこまでしたのか。