第88話 いつか
空に向かって手を伸ばす。
お願い流れ星。
もう一度、もう少しだけ私に勇気をください。
「すばるん……それって……」
「……はい。
私の、特別な『好き』です」
声が震える。
きっと寒さだけではないはずだ。
「先輩と出会ったのは入学式の日だから、私のこの学校生活は先輩と一緒に始まりました」
背中越しに感じる先輩が、少し強張っているように感じる。
『好き』が『怖い』なんて、やっぱり寂しいと思う。
だから、少しでもそうじゃないって思ってもらいたい。
「だから、と言っていいのかわからないですけど。
私のここでの思い出にはいつもケイ先輩がいるんです。
クールで、かっこよくて、いじわるで。
でも、ふとした時に見せる可愛さだったり、おちゃめな所やちょっぴり弱い所だったり、そういう姿を見せてくれることがすごく嬉しくて。
気がついたら、好きになってました」
ふー、っと息を吐く。
大丈夫、大丈夫。
「前に、先輩にとっての『なゆ』になりたい、って言ったことがあったと思います。
なゆって、すごいんですよ。
双子だから、っていうのもあるかもしれないんですけど、そばにいるだけで安心するんです。
なにか大変なことがあっても、なゆがいれば元気になれるんです。
私は、先輩にとってそんな存在になりたいな、って思うんです。
でも、一つだけ。
安心もして欲しいですけど、ドキドキもしてくれると嬉しいです」
背中を合わせたまま、話し続ける。
目線の先では、こぐま座流星群が降り続けている。
がんばれ、大丈夫だよ、って言ってくれているかのようだ。
「ケイ先輩が、まだ『怖い』っていうのはわかっているつもりです。
だから、今返事をください、とは言いません。
いつか。
もし先輩が『好き』を『怖く』なくなった時。
その時に私を選んでくれるといいな、って。
それまで、好きでいさせてください」
全部、言えた……。
心臓の音がバクバクと激しく鳴っている。
耳の横にあるかのようだ。
「……ありがとう。
いつか……いつか、かぁ」
「え、ダメですか?」
「ああ、いや、違う違う。
『いつか』がいつになるかわからないのに……すばるんは、それでもいいの?」
「はい」
「すばるんのことは、もちろん嫌いなわけないんだけど、それが恋愛感情かどうかってことはまだ今は考えられなくて。
そんな私なのに、本当にいいの?」
「はい」
「それに……私もすばるんも女だよ?」
「はい」
迷いなく答える。
それは、もうずっと考えていたことだ。
『いつか』が来るかなんてわからないし、来ないかもしれない。
もちろん、いつまでも来ないままなんて寂しいのはやだな、と思うけど。
性別だって、なんの障害にもならない。
「そんな色々ひっくるめて。
私の『想い』に変わりはないですよ」
「……あーもー、情けない先輩でごめん……」
「そんなことないです!
そういう先輩だから、好きになったんです!」
「……あ、ありがと……」
「それに」
「『それに?』」
「その『いつか』ができるだけ早く来るよう、いっぱいアピールしちゃいます!」
「すばるん……強いね」
「……先輩のせい? おかげ? ですよ。
恋する乙女は強いのです」
言っててだんだん恥ずかしくなってきたけれど、いまさらだ。
というか、だんだん吹っ切れてきた気がする。
「ふふ、そっか」
「そうです」
笑う先輩の背中から力が抜ける。
寄りかかる重みが増し、厚手のコートごしに熱が伝わってくるかのようだ。
見上げた空には、いつの間にか雲がかかり、流れ星を見ることはできなくなっていた。
私が気持ちを伝える所を、見届けてくれたのだろうか。
折角だからみんなにも見せたかったけど。
「ん? 何かが……?」
一瞬目の前をちらっと何かが横切った気がした。
もしかして、本当に星が落ちて……くるわけないか。
てことはこれ――
「雪だ……」
「……どおりで、冷えるわけね。
部屋に、戻りましょうか」
「そうですね」
椅子代わりの丸い台から降りると、先輩が横に並ぶ。
「手、つないでいいですか?」
「……寒いからね」
すっかり冷えてしまった手を繋いで部室に戻る。
たったの数歩の距離なのが、とても残念だった。
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