第73話 推薦
それにしても、本当にすごいなぁ。
1年生から3年生まで、ずらーっと名前が並んでいる。
一番最初に書いてある2年生の『清流あみ』先輩が推薦代表者ってことみたいだけど、
「スミカ先輩、この清流先輩は知っている人ですか?」
推薦書を返しながら聞いてみる。
「ああ、うん。
一応同じクラスだしね」
「そうなんですねー」
「でも……ほっとんど話したことないんだよなぁ……。
というか、さっきこの紙を受け取った時に初めてまともに話をした気がする」
「それはそれで……なんでまた推薦なんてしたんでしょう」
いくらファンだからって、生徒会長にしたがるというのも不思議だ。
私がわかんないだけで、普通はそういうもんなんだろうか……。
「すばるん、ボサッと立ってないで座ったら?」
なんかすごいなー、と思ってたら奥からケイ先輩が出てきた。
今日は全然会えなかったから、迎えに来てよかった!
……えっとなゆさん?
その『私を迎えに来たんじゃなくて先輩に会いに来たんでしょ?』とでも言いたそうな目はナンデスカ?
だから、
「なゆを迎えに来ただけなのでもう帰りますよー」
って言ったのに、にやりと笑ってこう返された。
「おねえ、もうちょっとかかるから。
ゆっくり座って待ってて」
「だ、そうよ?」
「えーっと……じゃあ、そうします」
ほんと、お姉ちゃん想いの困った妹だよ。
「お茶入れてたんだけど、紅茶でよければすばるんも飲む?」
「あ、ありがとうございます!
ってか、手伝いますー」
上着を椅子の背もたれにかけつつ、奥の給湯室へ。
「別にもうほとんど淹れ終わってるから、いいのに。
はい、これ。
なゆちゃんの分も持ってってくれる?」
「はーい、ありがとうございます」
この『私用マグカップ』もすっかり生徒会室に馴染んだなぁ。
「だんだんホットがありがたい季節になってきましたね~」
両手に持ったマグカップがじんわりと温かい。
「そうねぇ。
まぁ私冷え性だから年中ホットだけど」
先輩も両手にマグカップを持って席に戻る。
「先輩夏でも手が冷たいですもんねー」
「すばるんはいつも温かいわよね」
「なゆにも同じこと言われます」
コト、となゆの前にマグカップを置く。
「冬だけはおねえの手と交換してほしいです」
「えー、夏はー?」
「暑いからイヤ」
「ふふ、もう贅沢だなぁ」
「なゆちゃんらしいわね」
「で?
どうするの、スミカ」
その横で未だにうんうん唸っているスミカ先輩に、ケイ先輩が切り出す。
「どう、って?」
「推薦、受けるのかどうか悩んでるんじゃないの?」
推薦候補者というのは、推薦を受けた本人が最終的に受けるかどうか(出馬するかどうか)を決めることができるのだとか。
普通は先に同意をもらってから推薦書を出すらしいんだけど、今回はそういう打診もなかったようで……。
……もしかして、この間のファンクラブ設立申請がそういうことだったんだろうか?
で、許可が降りなかったからこっちにした、みたいな?
スミカ先輩のことだから、きっぱりと断るということはしていなさそうだしなぁ……。
学校の規則で禁止されているなら、学校の規則の則ればいい! とか思ってだとしたら……なんというか中々根性がすわっている。
「どうもこうもボクはやるつもりないよ?」
けれど、スミカ先輩の答えはすごく呆気なかった。
「あれ、それで悩んでたんじゃないんですか?」
「いやさ、どうやって断ろうかなー、ってね。
やるつもりはないと言ってもね、こうやって180人分の署名とか集めてくれたのは嬉しいしさー。
無下に断って仔猫ちゃんたちを悲しませるのも、ね」
さすが仔猫ちゃんたちへの無限の愛はすごい。
ただ、スミカ先輩と生徒会長ってのも面白そうではある。
ケイ先輩の方がずっとしっくり来るけど、絶対になし! ってほどではない。
と思ってたら、ケイ先輩も同じだったようで(今日は考えてることがシンクロする日だなぁ……なんか嬉しい)、
「あら、そうなの?
せっかくだし、出たらいいのに」
「何いってんの、ケイ?
ボクが生徒会長なんてやれるわけないじゃん」
「そう思っているのはあなただけかもよ?」
うんうん、さっきも思ったけど『面白そう』。
「ほら、すばるんも頷いてる」
「本気?
すばるちゃんはともかく、できっこないの一番わかってそうなのがケイだと思ってたんだけど……。
ね、なゆたちゃんもそう思うよね?」
「んー……そうですねぇ」
「ほらやっぱ――」
「スミカ先輩が生徒会長、というのも面白そうではありますね」
「……え? まぢ?」
ドヤ顔が凍りつく。
「3対1ね。
別に、私がやりたくないとか負けるつもりとか、そういうんじゃなくてね。
なゆちゃんも言ったように、あなたが作る学校ってのもちょっと面白そう、って思うのよ」
「いや、でもさ!」
勢いよく立ち上がるスミカ先輩。
危うく椅子が倒れそうだ。
「いいから、ちょっと落ち着きなさい。
それに。
副会長以下の役員は会長に任命する権利があるんだし、そうなったらそうなったでちゃんと手伝うわよ」
「だったら……!」
なおも反論をしようとするスミカ先輩を遮ってケイ先輩が続ける。
「『だったら別に自分がなる必要はない』?」
「……だって、そうでしょ?
どうせケイが手伝うんだったらさ……」
「でもね、私が目指すものとあなたが目指すものは似ていてもきっと同じではないわ。
それを聞いて、みんながどう思うかっていうのは、興味があるし。
あなたを支持するそれだけの『仔猫ちゃん』の声は、無視するには大きすぎるんじゃないかしら。
この間の舞台で何かを感じた人たちがいる、ってことなのよ」
「…………」
ケイ先輩の言葉に、スミカ先輩が黙る。
立ったまま、手元に置かれた180名分の署名をじっと見つめたまま動かない。
誰も一言も発しないまま、時計の音だけが響く。
「……少し、考えてみるよ」
「ええ。
まだ、一週間あるから、ゆっくり考えるといいわ」
それから一週間。
スミカ先輩は生徒会活動の時間に顔を出すことはなかった……。
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