第65話 思い出
「ふはーーーーー」
ようやく長い長い行列が途切れた。
ふと時計を見るとすでに15時を指して……あれ?
「ケイ先輩?
なんかあの時計壊れてますよ?」
だって、開場時間が10時で、さっき開いたばかりなんだから……12時くらいなんじゃないかな?
そういえばおなかすいたなー。
「あら、ほんとね。
忙しくて時間の感覚がおかしいとはいえ、いくらなんでも15時なんてことは……あるわね」
「え?」
「ほら」
ケイ先輩が見せてくれた腕時計も、同じように15時を告げていた。
「ほんとだ……」
よくよく落ち着いて周りを見ると、応援で駆けつけてくれた他の文化祭実行委員の子たちもぐったりしている。
さっきまでチケットの半券を数えていたなゆ達チケット班も、目が死んでるし。
こういうのを『死屍累々』と言うんだろうなぁ。
ほんっとすごかった……あはは……。
もう乾いた笑いしか出ないよ。
あ、しまった!
マキちゃんにお昼には戻るよ、って言ってたのにとっくに過ぎてる!
謝っておかなきゃー。
とりあえず状況だけでも伝えなきゃ……とスマホを取り出したら
『なんか大変そうだって聞いてるし、無理しないでね。
こっちはそんなにお客さんきてなくて大丈夫だから』
とのメッセージが、お昼すぎに入っていた。
ぜんっぜん気づかなかったよ……。
『連絡できなくてごめんね。
こっちはやっと落ち着いたよ』
送信、っと。
ピコン!
お、もう返事来た。
『大丈夫?
こっちは相変わらずのんびりしてるし、3人で十分回せてるから、休憩できそうならゆっくりしてていいからね』
『そっか、よかったー』
『お昼食べた?』
『まだー。
ていうか、気がついたらこの時間だったよー』
『それなら、バスケ部のトルネードポテトとセパタクロー部のバスケット唐揚げが美味しかったしオススメ!』
『軽音部の玉ねぎスープも美味しかったなー、なんと玉ねぎまるごと一個入っててしかもそれがトロトロで。
ちょっと量多かったけど、誰かとシェアするといいよ。
ライブの時間は販売休止らしいけど、やってなかったらごめん』
『スイーツだと、水球部のりんご飴か陸上部の揚げパンがよかったなー』
『あ、テニス部のワッフルもおいしかった』
怒涛のごとくオススメが連打されてくる。
合間合間に写真も送られてくるし。
どれもおいしそうだなぁ……。
『マキちゃん……どんだけ食べたの?』
『や、ミクとかのんがいっぱい買ってきてね!?
少しずつシェアして食べただけだよ!?』
『そーゆーことにしておいてあげよう(笑)
うう、そんな話聞いてたらお腹すいてきたよー』
『食べてきな―。
こっちは気にしなくていいから』
『ありがとーーー!』
……ああでも、こんな状況じゃゆっくりと回るとか無理だろうなぁ。
ケイ先輩と行きたかったな。
誰か助っ人が来て代わってくれたりしないだろうか……。
なんて、その助っ人はすでにみんなぐったりしてるんだけど。
ちぇ。
「すばるちゃん、生きてるー?」
「はいー、なんとかー……えっと、どちらさま??」
お客さんもまばらになったし、微かな期待を胸に少しだらけていると、一人の見知らぬ先輩が現れた。
黒髪おさげにベレー帽とメガネ、っていう古き良き文学少女スタイルなお方。
上履きの色が青だし、2年生の先輩で合ってると思う。
けど、こんな風に話しかけてくれてるのに見覚えがないんだよなぁ。
ん?……どっかで見た気がしないでもないけど……でもそんなうろ覚えな関係ではない雰囲気。
誰だろう……?
「ふっふっふー、ボクだよボク」
「……へ?」
まさか……。
私の知っている2年生で『ボク』なんて言う人は一人しか思いつかない……し、確かに声は似てる。
え? うそ?
「スミカ……先輩……?」
「せいかーい」
「その格好はどうしたんですか!?」
「似合ってるでしょ?」
ぱちんとウィンクをして一回転。
ふわっとスカートが舞うのはちょっぴり優雅だ。
大人しそうな文学少女の見た目からすると、ギャップがすごいけど。
「そうね、黙っていれば似合わなくもないわね?」
と、横からすかさずケイ先輩のツッコミが入る。
「ちょっとケイ、酷くないー?」
「すいませんスミカ先輩、私も同じ意見です」
「えーー、ひどいなー。
……あ、でも黙ってれば似合うってならいいか?」
「いいのかなぁ……」
「本人がいいならいいんでしょ」
「で、そんな格好でどうしたんですか?」
「そうそう、手伝いに来たんだよ。
なんだか大変そうなことになってる、って聞いてさ。
一応ほら、生徒会役員だし?
だけど、行こうとしたら『あなたが行ってもかえってパニックになるだけですわよ?』って柚子先輩に怒られちゃってさ。
とりあえずボクってわからなくしてもらってたら思ったより時間くっちゃった。
遅くなってごめんね」
「いえいえ、来てくれてありがとうございます。
確かに、これなら誰も表紙の王子さまと同一人物だなんてわかりませんね」
「だろ?
ま、そんなわけだからさ。
ちょうど人出も落ち着いてるみたいだし、代わるからケイと見て回っておいでよ?
それに――」
一旦区切って耳元でこそっと付け足す。
「明日明後日はボク助けに来れないからさ。
せっかくの文化祭、ケイとの思い出作っておいで、ね?」
「…………!?」
ゆっくり離れていく先輩の顔を見つめると、再びウィンク。
大人しく見える文学少女が実は……みたいな、ちょっとドキドキな雰囲気になるので、その格好でいつもどおりの仕草をするのはやめてほしい……
じゃ、なくて!
これって……私がケイ先輩のこと好きなのバレてるってこと!?
いや、確かになゆにもバレバレだったけど!
そんなにわかりやすいのかな!?
あ! なゆから聞いたとか!?
……は、ないか。
なゆがそんなことをペラペラ話すことはありえない。
うわぁ、そっかぁ……
別に隠さなきゃってわけでもないけど……うう、恥ずかしい。
もしかして……ケイ先輩にも……!?
でも何も言ってこないしさすがにそんなことは……。
いやいや、もし本当にバレてたからって
「すばるんって、私のこと好きなの?」
とか言うわけないじゃん!?
ちょっと言われてみたいけど!
それに。
……きっとケイ先輩は、まだ……
「すばるん、なに百面相してるの?
せっかくスミカが代わってくれるって言うし、行きましょっか」
「あ、はーい!」
いけない、顔に出てたみたい。
落ち着け私。
「他のみんなもありがとうね。
スミカに任せて、適当に休憩取ったりしてね」
「ちょ、ちょっとケイ!?
さすがに一人っきりは無理だよ!?」
「大丈夫よ、あなたならできるわ」
慌てるスミカ先輩の肩をガシッと掴んで、とても優しい声でケイ先輩が言う。
こっちからは顔見えないけど、絶対笑ってるよ、これ。
「待って待って!」
「あはは」
結局、文化祭実行委員の中から何人か残ることになり、スミカ先輩は一人お留守番を免れたのだった。
「どこから行きましょうか?」
「んー……何かお腹に入れたいわね」
「確かに、お腹すきましたね。
マキちゃんが色々オススメを教えてくれたので、外の屋台エリアから行きましょう」
「そうね」
ケイ先輩と並んで歩くと、さっき考えていたことを思い返してしまう。
いつか、この気持を伝える日が来るのかな……。
『ケイとの思い出作っておいで』
う……ついでにスミカ先輩の言葉まで浮かんできてしまった。
『思い出』か……。
……ちょっとくらいなら、いいよね?
「先輩?
あの……手を繋いでもいいですか?」
「どうしたの?
今日は甘えん坊すばるんなのかしら?」
「い、いやいや!
人がすごいので! はぐれたらやだなぁ、って……」
手を繋ぐくらい、今までもしたことがないわけじゃないのに。
妙に緊張してしまう。
「ふふふ、そうね。
じゃあ……はい」
差し出される手に自分の手を重ねる。
私よりちょっとだけ小さな、柔らかい手。
自分でも顔が赤くなるのがよくわかる。
早くも傾き始めた日のおかげで、少しはごまかせるだろうか。
ケイ先輩に気持ちがバレているかはわからないけれど。
少なくとも今は、こうして繋いだ手を離さないでいてくれているだけで十分だ。
ぐぅぅ……
「ぷっ、もう、すばるんったら」
「あは、あははー……」
とりあえず、私のお腹はそれどころじゃないみたいだった……。
あーもー! はずかしー!!
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作者が小躍りして喜びます(笑)




