番外編3 あの日の悪夢
今回は番外編です。
8月31日。
あれは、忘れもしない……いや、思い出したくなくても付き纏う2年前の悪夢。
◇
「おねえー?
終わりそうー?」
「んー……なんとかー……」
「もうすぐ夕飯だけどどうする? ってお母さんが言ってるけど」
「……サンドイッチにして、って言っといてー」
「ん、わかった」
今やっているのは、数学の問題集。
中学に入って、算数から数学へ変わったのを機に……どうにも仲良くできなくなった。
なんで数字だけじゃなくて英語使うんだろう……。
因数分解って何?
こんなの出来なくったって将来困らないよ!?
「はい、サンドイッチ。
お腹いっぱいになると眠くなるから、少なめにしてもらったよ」
「ありがとー、さすがなゆ、気が利くね!」
「はいはい、褒めても宿題はおわらないよ」
「ぶぅ……いじわるー」
お皿の上には、卵とツナのサンドイッチが乗っていた。
そして隣には……
「う、コーヒー……あの、なゆさん? ミルクが見当たらないのですがー……?」
「そりゃね。
眠気覚ましだもの、砂糖も入ってないよ」
「ブラック!?!?!?」
「ちゃーんと、濃いめにしてあるよ?」
「いじめ!?」
「愛情です。
おねえの担任、あのロッテンマイヤーでしょ?」
「……うん」
「『宿題終わりませんでした』とか言ったら?」
「……お説教2時間コースかな……」
ロッテンマイヤー、とはもちろんあだ名だ。
本当の名前は六天 摩耶先生。
ピチッと髪をまとめ、きゅっと吊り上がった目に金縁のメガネ、見るからに厳しそうな(そして実際厳しい)女の先生である。
そういえば、『あだ名の由来は名前からだけじゃないんだよ』って、この間来た教育実習の先生(うちのOGらしい)が教えてくれた。
昔のアニメにあんな感じですごく厳しい女の人がいたんだとか。
『でもね? これでもだいぶ優しくなったんだよ~。
私の時なんて……』
『拝司先生、ちょっと』
『う……き、聞かれたかな?
ちょっと行ってくるね……』
あの後、すごいげっそりとした顔で帰ってきたけど、大丈夫だったのかな……。
「うっ……苦い!!」
そんなことを思い出しながら、いつもの調子でコーヒーを飲んだら、想像以上の苦さだった。
こういう時にしか飲まないけど、コーヒーって苦いからあんまり好きじゃないんだよねー。
紅茶のほうが好き。
……まぁでも、『濃い目の紅茶』はやたらと渋くて辛かった。
結局、眠気覚ましなんてそんなものか……。
「愛とは苦いもの」
「なにそれ」
「なんか、さっきドラマでやってた。
で、あと残りは?」
「数学はなんとか終わったので……読書感想文かな?」
「……なんで、そんなめんどくさいの残したの?」
「めんどくさいからだよ?」
「おねえって、そういうところあるよね……。
問題集とかならまだ手伝えたけど、さすがにそれは無理」
「がんばる……」
はぁ、苦くなくて目が覚めるコーヒーはないのかな……。
それからしばらく。
部屋の中では時計の音だけが静かに響いていた。
「読み終わったー!」
「おつかれ、あとは感想文書くだけだね」
「うん……でも、特に感想なんて出てこないな、これ……」
「それは、ひねり出すしかない」
「……ラストスパートがんばるかー」
「ファイト。
明日の準備、おねえの分もやっとくね。
宿題はここにあるやつでOK?」
「ああ、うん、それそれ。
ありがとー」
ガサゴソガサゴソ
「えーっと……『この時の主人公の行動を見て私は――』。
んー、特に何も思わなかったけど、どうしよう。
『スゴイと思いました』、だと文字数が稼げないから……よし『普段の私では考えつかないようなことであり、どうしたらそういうことが考えられるのか、そういう行動ができるのかと不思議に思うと同時に、とてもスゴイことだと感動しました』、まる、っと。
うんうん、いい感じに字数が稼げた!」
もしかして私、文才あるんじゃないかな!?
この調子だと、今日は日付が変わる前にはお風呂に入れそうだ!
「あれ?
おねえ……英語の宿題、どこ?」
「へ? 英語?
その辺にプリントない?」
「や、プリントはあるけど、レポートがない」
「レポート……あ、あああああああ!!!!!!」
体中の血の気が一気に引いていくのがわかる。
「え、まさか……」
「……うん……『和訳のプリント』しかやってない……」
今年、英語の宿題は2つあった。
一つは『和訳のプリント』。
これは早めに手を付けたのでとっくに終わっている。
そしてもう一つが、
『映画のセリフを10個聞き取って、そこの字幕と見比べてどのように省略・意訳がされているか、また、省略・意訳されることによってどんなメリットとデメリットが起こるか。
さらに、同じセリフでを吹替にする場合はさらに文字数を減らされているが、それでも内容が変わらないようにするための工夫はなにか』
についてのレポート。
明らかに『めんどくさい』ので……後回しにしていたのをすっかり忘れていた……。
映画は好きなものを選んでいい、っていうので何にしようか悩んでいたのもある。
ちなみに、英語の担当はロッテンマイヤー先生である……。
◇
あの後のことは今でもトラウマだ。
結局、どの映画にするかを決めていなかったので、なゆが大好きなヘンリーウォルターシリーズ第1作目である『ヘンリーウォルターと悪霊の庭』(豪華特装版Blu-ray)を泣きながら見た。
ファンタジーだから怖くないよ、とか言ってたくせに、めちゃくちゃ怖かった!。
なゆは思い入れが強すぎるせいで(レポート用紙20枚くらい書いてた……)、参考にしようものなら私が書いていないことがバレバレで出来ず。
手伝ってもらうにしても、一度語りだすと長かった。
何言ってるか聞き取れなくても、ほとんどのセリフがなゆの頭の中に入っていたのは助かったけど(じゃあ、ちゃんと全部見なくてもよかったんじゃ? と気づいたのはその何日かあとだった……)
最後、なんとか終わったときには、涙で滲んだ目に朝日が眩しかったよ……。
「ふぅ……」
嫌なことを思い出してしまった……。
でも……今年は違う!
なんて言ったって、もう宿題は終わっているのだから!!
「宿題の残っていない8月31日って、こんなに穏やかな気分で迎えることができるんだね……」
「おねえ……それが普通」
「もー、せっかくいい気分なんだからそういうこと言わなーい!」
「毎年ちゃんとやればよかったのに」
「今年は終わったんだからいいじゃん」
「まぁね。
合宿のおかげだね」
「うんうん。
あー、早く明日にならないかなぁ」
「毎年『8月32日がないかなー?』って言ってるおねえがそんなこと言うなんて」
「成長したでしょ?」
「単にケイ先輩に会いたいだけなんじゃ?」
「う……」
そのとおりではあるんだけど、ストレートに言われると照れる。
「おねえ、顔赤い」
「うるさいなー」
「……ほんと、ケイ先輩のこと好きだよね」
「な、なに急に!」
「いや、なんかいいなー、って」
『いいなー』か。
トラ先輩とステラ先輩がお付き合いしてる、って初めて聞いた時の私と同じこと言ってる。
先輩たちは、あまりそういう感想を持つ人はいない、とか言ってたけど。
男だからとか女だからとか関係なく。
人を好きになるのって、素敵なことだと思うけどなぁ。
「……なゆには好きな人いないの?」
「残念ながら。
まだそういうのわかんないし」
「そっかー。
ま、いつかわかるようになるよ」
「なにその上から目線」
「ふっふっふー。
なーんて、私もまだよくわかんないんだけどね」
「……ねぇ、おねえ?
好き、ってどういう感じなの?」
「ふぇ!?」
「よくわかんない、って言うけど、私よりはわかってそうだし」
「そ、そんなこといわれても!
あ、あー! そうだ!
私コンビニ行ってアイス買ってこなきゃいけないんだった!」
「……ちぇ、逃げられた」
もうなゆったら、急に変なこと言わないでほしい。
さんざん相談に乗ってもらっておいてなんだけど、いくら双子とはいえさすがに恥ずかしい。
でも……こういうことにあんまり興味なさそうだったなゆが、ねぇ。
……もしかして、本人が気づいていないだけで好きな人でもできたのかな?
なーんて。
いつも応援ありがとうございます★
気に入って頂けたら、評価やブックマークをお願いします★
来週より、文化祭編スタートっ!




