第55話 浴衣と合宿の終わり
「『……と、思いました、まる』、と。
読書感想文、おわったーー!!!」
ぐいーっと大きく伸びをしながら、そのまま後ろへ倒れる。
畳の匂いが気持ちいい。
「お疲れ様、よく頑張ったわね。
だけど……そんな所で寝転んでいると踏むわよ?」
頭の上の方から声が聞こえたと思ったら、新しいお茶ポットを持ったケイ先輩が立っていた。
「よいしょ、っと」
先輩にぶつからないよう、体を起こす。
「ケイ先輩!
いっぱい教えて頂いてありがとうございました!」
「はい、どういたしまして。
お茶いる?」
「はいっ!」
はふー、冷えたお茶が体に染み渡る。
「私も、コレで終わり!!
やっぱ、かのん以外に聞くと捗るわね!」
ミクちゃんがさっきまでの私と同じようにゴロンと後ろに倒れる。
うんうん、終わったらそうしたくなるよね!
パンッ
「さて、みんな宿題は終わったみたいね」
ステラ先輩の手が心地いい音を立てる。
周りを見渡しても、ペンを動かしている人は誰もいない。
ここに来る前にある程度進めていたとはいえ、本当にこんなに早く終わるとは思わなかった。
合宿効果さまさまである。
「それでは、これにて生徒会・天体観測部合同合宿の全日程は終了です。
お疲れ様でした!」
わーわーぱちぱちー
自然と拍手が巻き起こる。
長いようで短い合宿が、ようやくおわっ……ん?
「あれ? でも、帰るのって明日ですよね?
今日はこの後どうするんですかー?
また海で遊ぶ感じです?」
「今日はね……夕方からお祭りに行きます!」
「お祭り!!」
「ふっふっふ、浴衣もあるぜ!」
そう言ってトラ先輩がふすまを開けると、そこには色とりどりの浴衣が!
「宿題をがんばったご褒美よ。
あまりにも進みが悪ければナシの予定だったので、『合宿のしおり』には書かなかったのだけれどね」
「そうだったんですね……」
頑張ってよかった……。
「でも、ステラ先輩。
おねえみたいな人にはむしろご褒美をチラつかせてた方が良かったかもですよ?」
「あぁ……言われてみればそうだったかもしれないわね」
「ちょ、ちょっとなゆー!
私頑張ったじゃーん!」
「ん、そうだね。
おねえ、えらいえらい」
「えっへん」
若干、軽く流されたような気がしないでもないけど……ま、いっか。
今は、宿題が全部終わったことで心がおおらかなのだ。
「それにしても、すごい数の浴衣ですね」
色も柄も、よりどりみどり! って感じだ。
「どうよ、すげーだろー!」
腰に手を当ててふんぞり返るトラ先輩。
「つっても、用意したのはじぃだけどな」
「麗しいお嬢様がたのための労力は惜しみませんぞ」
隣で瀬田さんもすごく自慢気にしている。
なんだかんだで、この二人いいコンビだなぁ。
小さい頃からずっとお世話してるって言ってたし、もう家族って感じなんだろうな。
「さ、好きなの選んじゃってよ!」
「はーい!」
どんなのがいいかなぁ。
「そういえば、私浴衣の着方なんてわかんないけど……なゆできたっけ?」
「いや、おねえと一緒で、家だといつもお母さんがやってくれてたから。
教えてもらえばできると思うけど」
「さすがなゆ。
私なんて、教わってもできる気がしなーい」
お母さんがやってるのを見て早々に諦めた記憶がある。
おはしょり? とかなんとか、言葉まで難しいし。
「ケイ先輩ならできそうだけど」
「ごめんね、すばるん。
私も着付けはできないのよ」
「え! そうなんですか!」
絶対できると思ってたのに。
「ケイの着付けはいつもボクがやってるからね」
「へー、そうなんですねぇ……
え?! スミカ先輩が!?」
意外だ……。
「すばるちゃん、驚きすぎ!」
「だってー」
「『だってー』じゃないよ。
ほら、考えてみてよ。
もし、仔猫ちゃんたちと浴衣デートしてる時、着崩れていたら直してあげられないだろう?」
「あー……」
なるほど。
意外でも何でもなかった。
この人の原動力は全て仔猫ちゃんなんだなぁ……。
「そういえば、昨日のご飯当番の時の包丁さばきが見事だった、ってなゆが言ってましたけど、もしかしてそれも仔猫ちゃんのためですか?」
昨日はなゆとスミカ先輩がペアで、これは全部なゆがやる流れかな? とか思ってたら(なゆも思ってたらしい)、あまりなゆの出番がないくらいでびっくりした、って。
「ん? ああ。
だって、その方がカッコイイだろ?」
「どうだい?
少しは見直したかい?」
「はい、見直しました」
仔猫ちゃんのため限定、だとしてもここまでできるのは純粋にスゴイ。
「お、やけに素直じゃーん」
「たまには褒めないと」
「うんうん……ん? あれ、なんか言い回しおかしくない?」
「気のせいじゃないですかね」
「うーん、微妙に納得いかないけど……。
ま、いっか」
ふふふ、スミカ先輩も宿題終わった効果でおおらかな気分なのかな?
「着付けは、ステラのやつもできっからなー」
こっちの会話が聞こえたのか、ちょっと離れた所からトラ先輩が声をかけてくれた。
うんうん、こっちはなんともイメージ通り。
さすがだ。
「これだけ人数がいると、もう一人くらい手伝ってくれると嬉しいのだけれどね」
「では、私めが……」
「じぃ……ダメに決まってんだろ」
「老い先短いこの身、下心なんてございませんよ?」
「嘘つけ!
てか、じぃのどこがどう老い先短いんだよ!」
「ほっほっほ」
ほんといいコンビだ。
「こっちは大丈夫ですよ~~~。
マキも~~、ミクも~~~、私がやりますので~~~」
「ああ、よかったわ。
ではお任せするわね」
「おし、んじゃ俺は決めたから飯作ってくるよ」
「私もおっけ~なので行きます~~」
最終日のご飯当番はトラ先輩とかのんちゃん。
といっても、夜はお祭りの屋台で食べ歩き予定なので、お昼まで。
……あまりにも豪快なお昼ご飯が出てきたので、夜もこれじゃなくてよかった、って安心したことはここだけの内緒。
おいしかったけどね……浴衣に着替える前に、お腹がパンパンになってしまったよ。
そこから、夕方までの時間はシエスタタイム。
そのまま横になると逆に気持ち悪くなりそうだったので、東屋まで足を伸ばす。
ちょっと体を動かすにはいい距離だ。
今日は少し湿度も抑えめで、風が吹くと気持ちいい。
東屋には屋根があるから日差しも遮られるしね。
隣には、なゆとケイ先輩。
なんとも贅沢な時間。
「これが、宿題のない世界なんですね……」
ぼーっと海を眺めながらつぶやく。
何も心配がいらないこの開放感、いいよね……。
「何言ってるのよ、すばるん。
このくらいにはいつも終わるでしょう?」
「……それ、どこの世界の話ですか?
私なんていつも最終日ギリギリまでかかってますよぉ」
「おねえの場合、すぐに飽きて他のことやっちゃうからでしょ?」
「そうだった、なゆもケイ先輩と同じ世界の住人だった……」
「ふふふ、なにそれ」
「なんですかねー」
ああ、脳がとろけてきた。
心地よい風とゆったりとした時間の流れ(とお腹いっぱいなの)が合わさって、いつしか眠りに落ちていた。
◇
夜のお祭りはこじんまりとしたものだったけど、最後には花火もあがってとっても楽しかった。
ケイ先輩の浴衣姿も堪能したし……ね。
ちなみに、髪も浴衣に合わせてアップにしてもらった……スミカ先輩に。
これも仔猫ちゃんのために覚えたらしい。
女子力、とはまた別の何かって感じだ。
翌朝、最後に温泉に入ったところで、楽しかった合宿は幕を閉じた。
これにて合宿編終了!
いよいよ二学期、そして学園祭がやってきます!
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