第91話 上の空
2月になった。
初詣以降は、特に何事もなく平穏な日々だ。
……むむー。
いや、たしかに神様からも『焦らずじっくり待て』っておみくじで言われたからいいんだけど。
なんかこう、もっと色んなドキドキなイベントとかそういうのが……普通に生活してたらないよね、うん、知ってた。
ガラガラッ
「あら、すばるんしかいない?
ま、ちょうどいいかしらね」
とはいえ、2月だ!
2月と言えば、バレンタインデー!!
イベントだよイベント。
チョコなんて作ったことないけど、最近は料理も頑張ってるしきっとなんとかなる!
……はず。
「……ってことなんだけど、大丈夫かしら?」
ただ、問題はどんなチョコを作るかだよなー。
お母さんには、ただ溶かして固めるだけだから誰でもできるわよ、って言われたけど、どうせだったらちょっと凝ったことをしてみたい。
もう来週にはバレンタイン本番が来てしまうし、練習とかも考えると今度の土日には取り掛からないとだ。
……もう、今日が水曜日だからほとんど時間がない。
うーん、うーん、何がいいかなぁ。
「おーい、すばるん??
聞いてる??」
ケイ先輩が好きそうなチョコってなんだろう。
そもそも、チョコって言ってもそんなに種類ないよね。
やっぱり無難に溶かして固めるやつに――
「ていっ」
ぺしっ
「あいたっ」
いきなりケイ先輩にノートではたかれた……。
「な、え、は、えと、急にどうしたんですか?」
「急にじゃないわよ。
全然話聞いてなかったでしょ?」
「え……っと、なんでしたっけ?」
しまった、色々考え込んでいたせいで本当になんにも耳に入ってきてない。
それ以前に、部室にケイ先輩が来たことにすら気づいていなかった。
せっかく先輩が来た、ってのになんてこと。
「もう、来週の話。
ちゃんと聞いておきなさいね?」
「へ!?
ら、来週ですか!?」
ど、どういうことだろう?
もしかして、先輩がバレンタインに何かをしてくれる、とか!?
「そうよ。
修学旅行でいないんだから、その間にちょっとやっておいてほしいことがある、って」
「……へ?
修学旅行、ですか??」
おや?
なにか話がおかしいぞ?
「ちょ、ちょっとまって。
すばるん、私たち2年生が来週の頭から修学旅行に行く、って話は知ってるわよね?」
「……え、えええええ!?」
なにそれ聞いてない……。
「はぁ……ほんと、すばるんらしいわね」
ため息をつきながら頭を抱えるケイ先輩。
「改めて説明するけどね。
宿泊先の問題でね、今年はいつもより2週間ほど早くに修学旅行に行くことになったの。
で、それが来週12日に出発して5拍7日。
この間も言ったつもりだったんだけど」
ああ、なんか薄っすらとそんなことを言っていたような気がしなくもない。
ここの所、チョコどうしようかずーっと考えていたせいで、ちゃんと話を聞いていなかった。
「来週……」
「そ、来週。
それでね、卒業式の後にやる『卒業生追い出し会』の準備をいくつか手伝って欲しいのよ。
生徒会役員じゃないすばるんに頼むのもちょっぴり気が引けるんだけど、さすがになゆたちゃん一人にやらせるのも可愛そうで」
「あ、はい、全然いいですよ!
放っておくと、なゆ一人で頑張り過ぎちゃうから監視も兼ねて手伝ってきます」
何分よくできた妹なもので、できるからこそ抱え込んじゃうんだよね。
「監視、って。
ふふふ、でもお願いね」
「はーい!」
「で、どうしたの?」
こたつを挟んで向かい側に座った先輩が、まっすぐにこっちを見て微笑む。
ああもう、ホント好き!
……じゃ、なかった。
「ここの所上の空だけど、悩みくらい聞くわよ?」
軽く頬杖をついた状態で先輩はそう続けた。
「え、っとー。
そんな大したことではないのでー…・・」
あげる本人に、どんなチョコが好きですか? なんて聞けないよ。
「そんなわけないでしょ。
もう、ほら、言いなさい」
「うぅ……」
大丈夫、という私の言葉にも先輩は引かない。
「ほーら」
そう言って体ごと近づいてくる。
こうなると逃げられないってことを、この1年よくわかった。
「えーっと、ですね。
「うん」
「……ケイ先輩にあげるチョコをどうするか、悩んでました……」
「……うん??
チョコ?」
「はい。
来週、バレンタインデーなので」
「あ、あー……。
なんか、ごめん……」
謝られてしまった。
「いえ……。
もうこの際なんで、直接聞いちゃいますけど。
ケイ先輩ってどんなチョコが好きですか?」
別にサプライズしたいわけじゃないんだし、最初から聞いておけばよかったよ。
「お菓子作りはあんまりしたことないので、うまくできるくわからないですけど。
どうせなら先輩が好きなものの方がいいと思いますし。
……あれ、先輩?」
話していると、少し顔を赤くしたケイ先輩にぐいっと押しやられた。
「……すばるん、ちょっと近い」
「あ!
ごめなさい!」
つい勢いのまま、ぐいぐい行ってしまった。
それにしても、先輩が照れているってことは、少しは意識してくれているってこと、だよね?
あの告白以来、なんともなかったような感じだったのでちょっと不安になっていたけど。
ちょっと嬉しい。
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