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セピア色の苦い思い出

続けて読んでいただき、ありがとうございます。

 町の中の水が全て抜けた後も、町は大変だった。

 浸水した建物の泥を掃除したり、ダメになったものを運び出したり大忙しだ。

 大雨の夜が明けてから、ディックたち四人もその手伝いをしていた。

 ディックは、民家で泥まみれのカーペットを運んでいる。

 くるくると丸めたカーペットはディックの身長より大きい。

 水を吸って重たくなったそれを、ディックはなんとか持ち上げて廊下を歩く。

 そこに言い争う声が聞えてきた。

 その声は、すぐ近くの部屋の中から聞こえているようだ。

 ディックは足を止め、声が聞えた部屋の扉を静かに少しだけ開けて覗いてみる。


「ベルナ疲れたー。もうほっとけばいいじゃん! モンスターは倒したんだし」


 部屋の掃除をしていたのか、雑巾を持ったベルナが、頬を膨らませてその場にしゃがみ込んでいる。


「こんな状態で放って行ける訳ないだろ。疲れたんなら端の方で休めよ、そこは邪魔だ」


 リカルドはそう言うと、クローゼットを抱えて部屋から出ていこうとする。

 しかし、ベルナの一言が、リカルドの足を止めた。


「リカルドさんは過去に囚われ過ぎだよ」

「……」

「酷いこと言ってるとは思うけど、どんなことをしたって何も戻ってこないよ? もう忘れちゃえばいいのに」

「……関係ないだろ」


 リカルドはそれだけ言うと、今度こそ部屋の扉に向かって歩き出した。

 覗いていたディックは慌てて扉の影に隠れる。

 リカルドにはバレていないようだ。


「過去に囚われてるって、なにかあったのか……?」

「本人に聞いたら?」

「うわっ」


 いつの間にか背後に立っていたアリアにディックは驚きの声を上げる。

 それを無視して、アリアはベルナがいる部屋に入り、掃除の作業を始めた。

 周りでは他にもたくさんの人が作業をしている。


「まぁ、今こっちが先だよな」


 ディックは手に持ったカーペットを見て、疑問を振り払うように頭を振ってから、カーペットを運ぶ作業に戻っていった。




 大雨の日から四日目の夜。

 町の片付けの作業も一段落したのでディックとリカルドは、宿屋の部屋で休んでいる。

 宿屋の二階は被害が少なく、四人が寝る場所に困ることはなかった。

 ディックはベッドに腰かけ、リカルドは寝転んでいて、会話はない。

 リカルドは、そのまま寝てしまいそうだ。

 しかし、そうはならなかった。

 ディックが遠慮がちに話しかけたからだ。


「あの、リカルド、起きてるか?」

「あぁ、起きてるぞ」

「あのさ、剣のことなんだけど……」

「あっ、そうだった!」


 リカルドはベッドから跳び起きる。

 約束の日はとっくに過ぎている。

 手伝いで忙しくしていて、剣のことは頭から抜け落ちていたようだ。


「今からでも行ってみるか?」

「あぁ、頼む」


 短い会話を交わして、さっと身支度をし、二人は宿屋をあとにした。

 そして、早歩きで先日の武器屋へ向かう。

 前に行ったときとは違い、賑やかな声は聞こえてこない。

 静まり返った町の中で、先を急ぐ二人の足音だけが響いていた。




 カランカラン。

 武器屋の扉を開けると先日と同じ音が鳴る。

 そして、店主もこの間と同じように椅子に腰かけて剣の手入れをしていた。

 変わったことといえば、壁の下の方にあった武器が雨でダメになったのか、なくなっていることくらいだろうか。

 ディックが求めている剣は、まだ同じ位置に展示されている。

 それを確認して、ディックは安心した表情になる。

 しかし、安心してばかりもいられない。

 ここ最近は町中バタバタしていたから売れなかっただけで、もしかしたらすぐに売れてしまうかもしれないのだ。

 あまり見かけない形と色のその剣は、上の方に展示されているだけあって、人気があるのだろう。

 お金持ちのコレクターなんかが現れれば、すぐに買われてしまうはずだ。

 それなのに、今のディックたちの所持金はその剣の金額に達していない。

 なんとか、あと数日は待ってもらわなくてはならない。


「あの、その剣なんだが……」


 リカルドが例の剣を指さしながら店主に声をかける。


「それなら、やる」


 店主は手元を見て作業をしたまま答える。


「え?」


 ディックが思わず声を上げるが、店主は作業の手を止めない。


「やるって言ってんだ。なんだ、いらないのか?」

「いや、欲しいけど、なんで急に?」

「お前らがいなかったら、百万プロス以上の損失が出ていた。だから、その剣くらいくれてやるよ。勝手に持っていきな」


 ポカンとするディックに、リカルドが剣を手渡す。

 その重さで我に返ったディックは、勢いよく頭を下げる。


「あ、ありがとう!」


 そんなディックに続いてリカルドも礼を言うと、店主は小さく頷いて、扉を指さす。

 帰れ、ということらしい。

 二人はもう一度店主に礼を言って、店から出て行った。


「いやー、剣手に入ってよかったな!」

「あぁ」


 ディックは、店から出てからずっと、鞘に納められた剣を握りしめている。

 父親の形見のような感覚なのかもしれない。

 辛そうな、それでも覚悟を決めたような表情だ。


「俺、この剣で人を助けたい。俺の村みたいなことが起きないように、モンスターと戦う。そのために、もっと強くなりたい」

「そうか。期待してるぞ」

「……してないだろ」


 ディックは気恥ずかしそうに目をそらす。


「そんなことねぇよ。旅に出る前の俺よりはよっぽど強いよ、お前は」

「旅に出る前って、そういえば、ベルナと喧嘩してたとき……」

「さぁ、早く帰って休もうぜ!」


 ディックの言葉を強引に遮って、リカルドが走り出す。

 あまりいい思い出ではないのだろう。

 それを察したのかディックもそれ以上追求することなく、リカルドのあとを追いかけた。

 その背中は少し寂しそうだった。


お読みいただき、ありがとうございました。

次回は、12月9日に投稿予定です。

また読んでいただけると嬉しいです。

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