灰色の村での別れ
※今回は少々グロテスクな表現があります。
苦手な方はご注意ください。
結局、三人が火兎を一掃するまで、ディックには何もできなかった。
燃えていく自分が生まれ育った村をただ眺めていることしかできなかった。
木でできた家が多いディックの村は、轟々と音を立てて激しく燃えていた。
「これで全部か?」
「他に見当たらないから、全部なんじゃないの?」
「それじゃあ、早く消火しないと」
金髪の男の問いかけに、赤髪の少女は適当に辺りを見回して答える。
それを聞いて黒髪の少女、アリアが発した言葉に、ディックははじかれたように駆け出した。
が、すぐに金髪の男に首根っこを掴まれ、引き留められる。
「おっ、手伝ってくれんのか?」
「おい、離せ。早くしないとみんなが……」
「お前、何のアビリティ持ってんだ?」
「はぁ? そんなもんねぇよ。いいから離せって!」
そう言って暴れるディック。
しかし、金髪の男の手がディックから離れることはなかった。
「お前、無能力者か……。じゃあ、アリアとベルナの手伝いを頼む。村の中には俺が行くから」
「なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ!」
「あそこに突入して、お前にできることなんて死ぬことくらいだからだよ。というか、言い争ってる時間がもったいない」
全く引く気がないディックと、なんとか納得させようとする金髪の男。
その二人を見かねてアリアが近づいてくる。
「この子は任せて。早く行って」
金髪の男にそう言うと、アリアはディックの右腕を掴む。
「悪いな、アリア。助かった」
そう言って、金髪の男は燃え盛る村の中へ、駆けて行った。
その後に続くため、アリアの手を振り払おうとするディック。
しかし、それはできなかった。
ディックより少し背の高いアリアは、男のディックよりも力が強いらしい。
ディックが暴れても、アリアは顔色一つ変えることはなかった。
「この辺りに、川か湖はない?」
アリアが問いかける。
「……ある」
アリアの手から逃げるのを諦めたディックは、答える。
「じゃあ、さっさと案内してくれる?」
いつの間にかディックの近くに来ていた赤髪の少女は、笑顔でディックの喉元に剣を突き付けた。
「ちょっと、ベルナ! 危ないでしょ、やめて」
「えー、だって駄々こねられたら面倒だもん」
赤髪の少女、ベルナは上目遣いでディックにお願いをする。
ディックの喉元の剣はそのままに。
ディックには、案内する以外の選択肢は用意されていないようだ。
「そこの道を右に行けば川に着く。これでいいだろ。離せよ」
「ありがとう! でも離すわけにはいかないなー」
そう言って、ベルナはディックの左手を握る。
「はぁ? ふざけんな! 場所が分かれば十分だろ! 俺は村に……」
「アハハハハ。何言ってんの? 行ったところで何もできないでしょ。いいから来て」
ベルナはディックを引っ張って走り出す。
アリアは、ディックの手を離して、その辺りに転がされていた酒樽くらいの大きさのリュックを背負って、二人の後を追った。
アリアはダメでも、自分より背の低いベルナなら振りほどけるだろうと思ったディックだったが、怪しい動きをした途端にベルナの剣の切っ先がディックの方を向いた。
ベルナの手からも逃れられないらしい。
ディックは村に入ることを諦めて、二人と共に川へと走った。
五分くらい走って川に着くと、アリアはリュックの中から片手で抱えられる程度の大きさしかないバケツを三つ取り出した。
そして、それをベルナとディックにも渡す。
「こんなバケツで消火すんのか……、一体どれだけ往復させるつもりだよ!」
「いいから。これに水を汲んで、村まで持っていくの。手伝って」
バケツを渡されたディックは、とりあえず言われた通りに水を汲んで村まで走った。
水をこぼさないように丁寧に運ぶアリアとベルナを置いて、全力疾走したディックは、一人で村に着いた。
勢いで村に水をぶちまけ、川に戻ろうとしたディックだったが、先ほどとの違いに思わず立ち止った。
「どうやって……」
つい数分前まで真っ赤に燃えていた村は、今は時折ちらほらと小さい火が見えるくらいだ。
呆然と立ち尽くしていると、村の中から金髪の男が出てきた。
服はところどころ焼けており、皮膚には火傷や切り傷が見えている。
そして、その顔にはさっき見たときとは打って変わって、疲労が滲んでいた。
それでも、金髪の男はディックを見つけると、明るい表情を作って話しかけた。
「おお、水持って来てくれたのか、ありがとな。ちょっと傷の手当とか手伝ってくれないか? こういうのあいつらには頼めなくてさ」
「え、あぁ、あとで手伝ってやるよ。それより、なんであんなに燃えてた火が消えてんだよ」
「まあ、消えたんだからいいだろ」
「それは、そうだけど……。って、こんなとこで話してる場合じゃねぇ!」
話しかけられたことで、我に返ったディックは村の中に入って行こうとした。
しかし、それは金髪の男に遮られる。
「行かない方がいい」
「はぁ? 何言ってんだよ。 けが人がいるかもしれねぇんだぞ。あ、お前が一番重症だったらすぐ戻ってきて手当してやるから心配すんな」
「……けが人なら、俺が確認した」
「そうだったのか。ありがとな。手当はしてくれたか?」
「……その必要はなかった」
「なーんだ、大したことなかったのか」
「……お前、俺たちと一緒に来ないか?」
「いきなり何だよ? そりゃあ確かに、お前らが何者かとか気になるけどさ……。でも、俺は父さんと母さんのために食料調達しないといけないから無理だな。あ、父さんと母さんに顔見せないと。二人とも心配してると思うし」
「……俺たちは、旅をしながらモンスター関係で困っている人や村を助けているんだ。なかなか大変だけど、強くなれるぞ」
「おい、しつこいぞ。俺には家族が……」
「いない。お前の家族はもういない」
「は? 何言ってんだよ」
「お前の家族は死んだ。この村の中に生き残りはいない」
「うるさいな! そんなわけないだろ! 父さんや母さん、村のみんなが死ぬなんて、そんなことあるはずない!」
「おい!」
駆け出したディックに、金髪の男の伸ばした手は届かなかった。
焼け落ちた家の間をディックは走る。
潰れた家の下から助けを求めるように伸ばされた焦げた腕。
爆発かなにかで吹き飛ばされた足。
今まで生きてきて見たことがなかったものが、ディックの目の前に広がっている。
「なんで……」
ディックはこれ以上見ていられなくて、目を閉じて走る。
記憶を頼りに自分の家までの道を走る。
ぐにゃり。なにか踏んだが、ディックは気にせず走った。
そして、たどり着いた。
自分の生まれ育った家
村の中では珍しくレンガで造られていたその家は、少々焼け跡が付きながらも形を保って建っていた。
「……やっぱり、あいつは嘘つきだ。父さんと母さんは生きてるじゃないか!」
ディックは急いで焼け落ちた扉から家の中に飛び込んだ。
そこには、何もなかった。
椅子もテーブルも全て焼けて灰になっていた。
「二階か?」
そう呟いてディックは石でできた階段を駆け上がる。
「いた!」
中年の男女が焼けていない綺麗な姿で床に倒れている。
外の爆発のせいか、割れた窓ガラスが二人の上に散らばっている。
「父さん、母さん、早く起きろよ」
ディックが二人を揺する。
反応はない。
「心配したんだぞ。寝てないで何とか言えよ!」
もっと激しく揺する。
やはり反応はない。
「おい、いい加減にしろよ!」
さらに揺する。
どれだけ揺すっても二人はピクリとも動かない。
それでもディックは二人を揺するのを止めない。
そんなディックの腕が捕まれ、二人から引き剥がされた。
「あ、やっと見つけた」
そこにいたのはアリアだった。
「何すんだよ! 邪魔すんじゃねぇ!」
「その人たちはあなたのご両親?」
ディックの腕を掴んだまま、アリアが尋ねた。
「あぁ、そうだよ。いいから離せ!」
「そう、ご両親なの……」
アリアはそう言うと、ディックの腕を離して、ディックの両親の横に膝をついた。
そして、二人の手首に手を当て、胸元に耳を当てたあとに首を横に振った。
「はぁ? どういうことだよ! 死んでるとでもいいたいのか?」
「そう」
激昂するディックに、アリアは冷静に返事をする。
冷静ではあるが、その目には憐みの色が滲んでいる。
「なわけねえだろ! こんなに綺麗なのに、死んでるなんて……」
「そう思うなら自分で確かめたらいい」
「そ、れは……」
「確かめる勇気がないの? それならあなたは、腐っていくご両親とずっとここにいたらいい。そのうち嫌でも分かるでしょ」
「なんだよ……何なんだよ、お前! いいよ、確かめればいいんだろ!」
ディックはそう言うと、アリアがしたのと同じことを繰り返す。
まずは父親。
ディックの表情が険しくなる。
次は母親。
ディックの顔が歪んだ。
「ちょっと、一人にしてくれないか?」
眉間にたくさんの皺をよせた顔で、ディックはアリアにそう言った。
アリアは黙って頷くと、家の中から出て行った。
アリアの足音が遠のく。
その途端、ディックの目から次々と涙が溢れ出る。
アリアの前で必死に堪えていたそれは、なかなか止まらなかった。
読んでいただいてありがとうございました。
次回は一週間後の十一月十二日の夜に更新予定です。
次回も読んでいただけると嬉しいです。