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チャリンコ・チャリオット  作者: 怠慢兎
第1章 ーワンパク ワンダー ワールドー
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7. One inch punch

 肩を嵌めて悶絶し、また嵌めて悶絶して数十分、脂汗が退いて強化を緩めても大分痛みが収まり漸く動き出せたエルドワーフは困っていた。

 なんせ南西の方角がわからないのだ。

・・・・・・


 ロータリー志向の魔力生産は効率の面でレシプロを大きく上回るが違った方向に制御が難しい。

 レシプロ志向は気が緩むと霧散してしまったが、こちらは逆に暴走して酔ってしまう。

 まだまだ未熟だし鍛錬も工夫も必要だが初日でこれなら十分過ぎるほどだと思う。


 あの人(エリー)が多くを要求し過ぎるんだ!

 朝日が昇ってから今はこれだけ明るい(と言っても始めに比べてだ)ってことはまだ昼にすら到達していないかも知れない。

 その間に体験したアレコレは強くなる為には最上のことだと思うがそこまで望んじゃいないし、限度があるだろうが!!


 ハァ.........


 こうやってちょっと毒でも吐いとかないと気が狂いそうになる。


 わかっちゃいるけど後戻りは出来ないんだよな。

 ここは森で、かなり深い所で、方角がわからず、腰布一丁の丸腰、おまけに身体はボロボロ。

 でも結果的には死んでない。

 戻ってまたゴブリンの相手をすれば必死こいてここまで来た意味がない。

 なら進む他無い。

 やれやれだ……


 どうにか天を仰いで目の前の木を見上げるとまた随分と大きな木であることに気が付いた。他のと比べても三倍はデカイ。

 脱力していたとは言え、結構な勢いでぶつかっていたのにビクともしていなかった。

 これなら上に登って周囲を見渡せば、ある程度自分の現在地が推測出来るだろう。

 早速登ろうとする前に、天辺に登り切るまでの危険を想定しておく。

 また命懸けの事態に陥るのは御免だ。


 軽く準備運動して全身を強化してからいざ登り始めると、アッサリ登頂してしまい拍子抜けしてしまった。


 いやはやこの木、何の木か種類はわからないがこの森の中に於いて飛び抜けて巨大な木のようだ。

 木の先端の細い小枝ですら俺の身体を支え、大きくしなりはするが中々折れない強靭さがあり驚いた。


 その頑丈さに甘えて正に天辺から顔を突き出せば太陽の光に目が眩む、ならばと額に手を翳して見渡せば息を呑むほど広大な樹海の絶景が広がっているではないか。

 どの方向を向いても森、森、森!

 目線を上にズラせば雄大なホリウス山脈が連なり、後ろを振り向けば変わった形の岩山を発見した。


 アレはたぶん家だろうね、外からこうやって眺めていると妙な気分になるが悪くはない。

 よく見ると随分、なんと言うか岩山の上部は青々と緑豊かに見えるな?


 そんな事より家の見える方向と山々の位置、そして走って来た向きを考慮した結果、どうやら俺はさっき居た所からほぼ真北に向かっていた様だ。


 これはいけない、目的地から遠ざかっていたらしい。

 急がないと昼に間に会わないかも。


 山が北にあるから家を向いて右斜めが南西か。

 ありがとう大木よ、貴方のお蔭で進むべき道が拓けたよ。


 この大木以外は似たり寄ったりな木しかないから、このまま地上を走るとまた方角を見失いそうだ。

 芋の本体(インセクトイェーガー)やゴブリンその他の生物に気を付けながら、極力樹上を跳んで移動し真っ直ぐにエリーの言う水場へ向かおう。


 全身を流れる魔力の割合を下半身に集中。

 肩の痛みが鋭く、特に木をぶっ倒した左肩の鈍痛が酷くなるがお構い無し。


「目標・南西、風向き・北西から南東へ、方向修正.........フゥ〜」


 前後にユラユラ、気合いを入れて後ろに大きくしならせる!

 その反動と強化した脚力を活かして空を跳ぶのだ!


「そう...りゃあ!!」


 ビュアッ!!!!


 風切り音を残して小鬼の森の上空をボロボロのエルドワーフが横切っていく。


 眼下に映る木々は地上を完全に隠し、高さも殆ど一緒な為に緑のカーペットにしか見えない。

 股下からもう遥か後方に遠のく逆さまの大木は、風に揺られて見送る様に手を振っている様に見えた。


 飛び出す方向を調整した甲斐あって減速し始めた頃にはキチンと西から南西の方角に修正されている。

 そしていよいよ着地の体勢に入る。


 今度は全身を強化してガサガサバキバキと枝葉を折りながら一旦地面に着地。

 二度三度と前転を繰り返し勢いを殺したら、左、右脚の順に気合いを入れて思い切り地面を蹴り跳んだ。

 樹木を圧し折る以上の脚力なので容易に樹上に飛び出せた。

 次の着地地点を確認し、余裕があれば方角も確認する。

 丁度良い枝か地面なら足が着いた瞬間に跳躍を、木そのものにぶつかりそうなら姿勢制御で着地地点をズラす。

 どうしてもぶつかるなら仕様がない、南無三法!


 メキッ! ズーーンッ......!


 邪魔だったから御免。


 気合MAXで集中しているのと十分な速度で移動しているのとで木にブチ当れば圧し折れ、枝は弾け飛び、くっ付いてた芋蔓が吹っ飛んで森がメチャクチャに荒れていく。

 これでも循環魔力量を調節して自分は怪我を負わないように、踏ん張った時に折れて踏み外さないように、方向を間違わないように常時気を付けている。

 まぁ、この森の中の一本に埋殺されそうになったしお互い様ってことで。


 何十回目かの跳躍で着地と循環調節に慣れだした頃、漸く森の景色が変化して来た。


 これまでの鬱蒼と密集した木々からある程度間隔が開き、所々地表にまで太陽が届いているようだ。

 木々の種類が増えて鳥は囀り地面は茂みや岩石が露出、今まで感じなかった動物の気配などが感じられてなかなかバラエティーに富んだ森林だ。


 森の境目で停止し振り返って小鬼の森を改めて観察すると、まるで他所者を認めないと言わんばかりに同じ木がどこまでも続き、キッチリと境界線が生まれていた。

 枝葉から地面にかけてが暗闇に沈んでいたが、今は薙ぎ倒された木の場所に光が差し込み多少は明るくなった気がする。


 ここで一旦休憩したいが、休憩しようにも水も食料もエリーが持っている筈だから先を急ぐ。


 生まれつきの優れた聴覚にロータリーエンジンから捻り出した魔力を合わせて前方の音を探る。

 鼓膜が捉えた多種多様な振動の中から目的の音をなんとか聴き分けた。


「あ~......うるさい!」


 遠くの水の音を拾う為に耳を強化したが、近くの小動物が藪を掻き分ける音や鳥の囀りが大音量で飛び込んで来て耳が痛い。

 それでもそう遠くない場所に水場がある様なので悪態もそこそこに移動を開始する。


 果たしてそこに大きな湖を発見した。

 ぐるりと見渡せば琵琶湖と比べるまでも無いがそれなりに大きく、底が見えないくらいに濁り時折風によらない波が発生している処から、何かしらの生き物が棲息しているのが感じられる。


 そして遂にエリーの後ろ姿を発見したのだ!

 思えば体感たったの4分の1日の間にこんなに苦労するとは思ってもみなかった。

 まだこっちには気付いてない様子だしここは一つ、ちょっぴり仕返ししてやろう。


 とりあえず気配を消して近づくのだが、気配の消し方には3つのポイントがある。


 1つ、足音を立てない。

 2つ、鼻息を立てない。

 3つ、体温を感じさせない。


 1つ目は気配を消す上で誰もが気を付ける点なので当然と言える。

 足の運び、体重移動、地形の状態に注意する。

 2つ目は対象の背後や近くに寄る場合、呼吸音は以外とうるさく気付かれる可能性が上がる。

 鼻と喉の奥で繋がった部分、それから腹式呼吸を意識し、口を閉じてゆっくり静かに一定のリズムを維持する。

 3つ目は対象と接触する場合、至近距離で肌の露出した部分に近づくと気温との違いで勘付かれるのだ。

 服やハンカチを利用したり、痩せ型の俺は元々低体温なのでなるべく体温≦気温になるよう心掛けていた。

 自己流の方法ではあるが前世ではよくその瞬間まで気付かれずに首筋に1インチパンチを撃ち込んだりして遊んだものだ。


 そんな訳でこれからエリーの背後からB・リーで有名な"1インチパンチ(寸勁)"をかましてやろうと思う。


 出来るかどうかは兎も角、成功率を上げる為に一旦退いて作戦を練る。

 場所は森の境目、正直、魔力練りながらあそこまで近づいたら向こうはコッチに気付いた筈だ。

 その上で退いたからコッチの意図にも気付いている、と思う。


 万全を期す為に戻る道中は足音を立てずに歩ける地形を探し、治りきっていない怪我に魔力を集中、腰のボロ切れに土や砂を出来るだけ包んで移動した。


 境目まで戻ったのには理由がある。


 小鬼の森の土は暗くて冷たく湿っているので、死ぬ程運動して火照った身体を冷ますのに使える。

 それと距離を開けるので感知されずらくなるのだ。


 怪我も完治したし破傷風を気にせず木陰を転がり身体中に土を塗りたくる。

 次に腰布に包んだ土と砂を土質の違いによる匂いの変化を誤魔化すため纏う。


 そして右腕の肩から先を心臓より高くして肘の動脈を圧迫し血の巡りを鈍らせる。


 そして魔法は必要最低限しか練らない。

 未熟な俺では全くわからないが気功や魔力を感知されない為だ。

 歩くのに不自由しないギリギリの量を維持しよう。

 最後に静か、と言うより無音の呼吸を意識して足音を立てないルートを移動する。


 これでもやらないよりマシって程度で湖周辺はもっと低い温度だし、臭いも自分の臭いを誤魔化せれればいいくらいのつもりだ。


 草や藪を避け、岩や渇いた土の露出した場所を通る。

 広かったり狭かったり、平らや斜面、真っ直ぐやジグザグの道を歩いて漸くエリーの背後を捉えた。


 この行動の動機はただの好奇心と茶目っ気に依る軽い気持ちで始めたが、ここに来て当たり前の様に死線の現場に放り込む(エリー)の姿を思い出して息を呑みそうになった。


 だがこれで終わりにはないし油断もしない。

 ここで喉を鳴らせば今までの苦労がパァになる。


 目標距離まで後10歩。


 息を荒げはしないし詰まらせもしない。

 爪先で歩き、地面との接触が極力少ない歩法で進む。


 残り5歩。


 ここで上げていた腕を血を止めたまま下ろす。

 血の巡りの滞った腕は水の様に冷たくなっていた。


 抜き足、差し足、忍び足...。


 ......到達!


 腕の堰を開放、一気に血が巡り失った熱を取り戻そうとグングン上昇する体温。

 しかし、上がり切る前に水の体温は一瞬、空気の体温になる。


 その刹那を、


 狙って、


 いざっ!!





 ゴッッッッッ!!!!!


__________

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