6.Brain Brawn +@
その試練は悪母さんの独り言から始まった。
「ん~? いつも入り口と奥でしか立ち止まらないからここらを歩くのは久し振りだけど...
私の所為?
たぶん気配を消しても...ならいっそのこと...
でもその前に...
......ま、大丈夫かな」
エリーさんや、一体何が大丈夫なのでしょうか?
エリーの考える大丈夫は命に関わる上で即死に至るかどうかであって、安全保障については一切考慮されていないのは身を以て理解している。
身体はバラバラにされるし、掘った穴に生き埋めにされかけるし、次はどんな拷問をつけるおつもりですか?
「ねぇエルドちゃん、おかしいと思わない?」
突然の質問に警戒度MAXの俺は冷静()に答える。
「ゴブリンいねぃ」
「ええ、ここはゴブリンの森と呼ばれる程に沢山のゴブリンが棲息しているの。
だけどまだ1匹足りとも姿を見せないわね。
何故だか解るかしら?」
さあね、まだ朝方だから寝てるんじゃないの?
__________
小鬼[ゴブリン]・・・
ドワーフより小柄で貧弱な図体、エルフより短い情けなく伸びた耳、ヒトより不器用で歪な手足、雪の中でさえ薄汚く目立つ蒼白い肌、などとにかく醜い魔物の代名詞の一つがゴブリンだ。
力も体力も無いが人間を真似して、簡素な道具を用いて力押しの集団戦法を得意とする。
また、極稀に才能を発現させる個体が現れる為に "魔物" に分類される。
顕著な特徴として繁殖方法がある。
ゴブリンにはオスしか生まれない。
その代わりに繁殖期のメスであればどんな生物であろうと母体にする事が出来る。
中でも一年に何度も繁殖期が訪れるヒトは、力の弱い者ならゴブリンの扱う簡素な拘束具で捕縛出来るので挙って標的にされる。
有史以前から広範囲で存在と被害を確認されている最も身近な人類の敵として知られる。
ー出典[エスト大百科・怪物の章]より
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家で見た本の中で唯一の怪物も載った百科事典にはそんな事が記されていた。
俺が持ってたイメージと大差無い、しいて言うなら肌が緑じゃない事かな。
大昔から人間を襲っているのなら生活リズムも人間に合わせたものじゃないかと考えている。
単純に朝起きて昼活動して夜寝る事は生物の基本だろうし。
それか、エリーが恐ろしくて逃げているのかかな?
「向こうの方を目に気を集中してご覧なさい。
きっとエルドワーフなら解るはずよ」
某バトル漫画みたいなこと言いだしたぞ。
でも真面目に言われたらやるしか無い、魔力もとい気功を操るコツは掴めてきたからさっさとやるぜ。
太陽も大分昇ったのか最初よりか明るい。
それでも一番奥が見通せる程ではなく、そんな中で眼に気を張って目を凝らすと...
……色まではわからないけど暗かった奥が明るく、そして動く物に凄く敏感になった気がする。
普段は見えなくなる地点から更に10Mは奥の木の後ろ、顔の半分だけを出した子供みたいなのがこっちの様子を伺っている。
用心して片目だけ出しているが横に突き出た耳が結構目立つ。
お陰で近くの木に他に5匹隠れているのが丸わかりだ。もっと太い木があるだろが。
耳を手で抑えるとかしないのでそんなに賢くないのか?
こんなのが人類の敵とは思えない。
「6くらいいるね」
「あら、隠れているのも見つけたの?
ふーん」
ふーん、とか言われると頭の中で碌でも無いこと考えてるんじゃないかと思って、顔には出してないつもりだけど冷や汗が止まらない。
ほら、ちょっとニヤッと笑ってる! 怖いよ!
「エルドワーフ、手を出しなさい。
力比べをしましょう」
突然どうして!?
しかも本気でやってもやらなくても後でしんどい事になる気がする。
ええいままよ!
両の掌を合わせて押合いをする恰好になる。
手首、腕、肩、背、腰、脚、爪先の筋肉に覚えたての魔力強化全快で押し返す!
芋掘りの時の経験から脚を加えた4気筒体制で魔力を練り上げる!
「!? ゥオェッ!」
「どうしたの?!」
何だ?! 魔力を練り上げた途端、気分が悪くなった?
目が回って歯をきつく食いしばる。
流れが乱れて練った魔力が霧散すると楽になった?
もう一度やってもまた眩暈がした。
「嘘でしょ? 魔道具も使って無いのにこんな事が起きるなんて………予想以上ね」
ヤバイ、凄い顔で笑ってらっしゃる。
「エルドワーフ、力を抑えなさい。
リラックスよ」
アドバイス? 力を抑えるって、魔力のこと?
リラックスは到底無理だけど力み過ぎるのは良くないもんね。2気筒で頑張ろう。
気を取り直して魔力を合わせたフルパワーで手を押した。
ボンッ
結果は両肩を外されて地面に叩き付けられた。
しかし今度は気絶しなかったぜ。
「肉体と魔力には密接な関係があるの。
身体を鍛えれば鍛えるほど制御出来る魔力も増えるわ。
今エルドワーフの身に起こったのは恐らく "魔力酔い" という病よ。
魔道具の力を借りて自分が扱える以上の魔力を操ろうとすると魔力酔いになるのが一般だけど、アナタの場合は身体が出来上がっていないのに練り上げた魔力の量が制御限界を越えてしまったのだと思うわ。
治療法は魔力を練らないこと、予防法は身体を鍛えること。
これは早急にどうにかしたいけど、一朝一夕ではどうにもならないわ。」
なるほど、だから昨日の親父は魔道具に一切触らせなかったのか。
バラされる直前は記憶が曖昧だが昨日のことはしっかり覚えている。
そして身体作りで魔法も鍛えられるなら、立って歩くまでの道乗りを振り返ってこれから先はまた途方も無い時間が必要になるんだろう。
Hahaha、声にならない笑いが止まらない(真顔)
「どうにも出来ない事は経験でどうにかしなさい。という訳で経験を積む為に一人で南西の森へ行ってね。
お母さんはそこにある水場で待ってるから。
大丈夫、さっき位の力があれば袋叩きにでもされなければ無事に辿り着けるわよ!」
待て待て待て、何が「という訳で」だ。
殴殺、生き埋めと続いて今度は人類の敵のいる森でサバイバルですか。
"小鬼の森"なんて呼ばれてるけど、俺にとっては"殺人鬼の森"ですよ。13日の◯曜日かよ。
いきなり死にそうな状況になるよりましだと思うけど、もうそこに殺人鬼が居るんだよね。
「じゃ、そう言うことで」
「ゴボッボッ...!? (エーーー!?)」
うげぇ?! 倒された時に内臓も傷めたのか?
それもだけど両肩の脱臼とか諸々の処置せずに立ち去りやがった!!?
ヤバイ! 身動き出来ない! このままだと嬲り殺される!
目でやったのを応用して、耳にも魔力を集中させて周囲を索敵する。
耳だけは発達しているからかゴブリン達の呼吸や心拍が手に取るように分かる。
まだ警戒して近づいてきていないようだ。
今のうちに体制を立て直そう。
とりあえず現状把握だ。
まず全身痛い、で両肩脱臼で動かない、内臓のどこかを傷めて呼吸に血が混じる。
半死半生だな。
次にゴブリン。6匹ともまだ動かない。
しかも索敵して気付いたが6匹から更に数メートル奥に仲間と思われるゴブリンが周囲をグルっと囲むように何匹も息を潜めているのを確認してしまった。
四面楚歌だな。
最後に今やるべき事。怪我を治すか無理矢理にでも移動してゴブリンから逃げる。
出来なきゃ死ぬ。
背水之陣だな。
よって現状は絶体絶命だ!
なるほど成る程、さっきまで今すぐどうと言うことにはならないと高を括っていたが、思った以上に事態は逼迫しているようだ。
ここまで来ると自分事ながらよく死ななかったのと悪寒が俺を死なせなかった手腕に感心する。
さて、この状況を打破する鍵は魔力と気力だ。
魔力が無いと魔法、自然とか才能とかが使えない。
魔力を操るには気功を練って変換しなければならない。
変換した魔力はそのまま体内を循環させる事で身体能力を底上げ出来る。
つまり怪我を和らげられる。かも知れない!
そう信じたい!
ゴブリン達が恐る恐ると言った様子で近づきつつある。
もう余り時間は無いな。
呼吸が苦しくても我慢して集中。
先程失敗したのはだいたいの検討がついている。
"単"気筒が使われるスクーターの様な軽いバイクのエンジンは急発進・急減速をしてもスイスイ動く。
"4"気筒なら"単"気筒よりずっと速く走れるが低速から最高速度までに時間がかかる。
"2"気筒ならその中間的な性能となる。
つまり数が揃えば速いが扱い難い。単純な事だ。
ピストン一つ辺りの限界もある。
数が増えればその分、エンジンの限界も増えるだろう。
許容量を超えなければ、だが。
一本は不足、二本で余裕、四本だと超過した。
なら間を取って三本?単基以上の奇数エンジンて在るのかな?
イヤイヤ、思考が脱線仕掛けている。
しかし見た事ないものをイメージするのもなぁ~。
バイクにしろクルマにしろそこそこ詳しいつもりだったけど、三気筒エンジンとか聞いた事無い.........クルマ...3...エンジン......あ、丁度良いのがあったわ。
8の字形の空間を歯車の具が入った三角おにぎりが高速回転する、その名もロータリーエンジン。
1回転で吸気・圧縮・爆発・排気の4行程を同時進行することで、コンパクトかつパワフルな性能を実現したエンジンだ。
胴体って8の字っぽい形に見えるし、ロータリーエンジンのOHとかVHSで観た事あるから上手くいくと思う。
腹の底の丹田に力を込めて内も外も混ぜ込んでゆっくり回し続ける。
段々と回転を上げて自分の限界を探りつつ全身に魔力を流し続ける。
徐々に痛みが和らぎピクピク身体が反応するようになってきた。
もう少しで完全に痛みが無くなるって所で酔いが出始める。
ここらが俺の今の限界か...
エンジンを弄ったり積み替えたのなら、慣らし運転をしないと調子が狂う、今更ながら苦笑いが浮かぶ。
だが今までで一番調子が良い! 腹筋の力だけで飛び起きることができた!
勢い余って若干体勢を崩しつつも膝を支えに立って見せた。
もう目よりも耳で視る方が早い。
ゴブリンの包囲網は先程よりも狭まっていたが、俺が立ち上がった事で動揺して足が止まっているようだ。
ならば今の内に肩を治しておこう。
手近な木に外れた肩を思いっ切りぶつけて...
ドンッ! メキメキメキ...ズーン!
「!!? ......」
い、痛ー!? 肩が嵌るどころか木がへし折れちまったよ!
肝心の肩は外れたままで更に悪化してしまった。
ここで集中を切らしてまた倒れたら二度と起き上がれない気がして必死に耐え忍んだ。
魔力で全身強化しているからなのか? 治す瞬間に患部だけ弱めないといけない?
局所集中は出来てもその逆はまだ難しいわ。
だが悪い事ばかりでもなかった。
木が倒れたことで包囲網に穴が開いたのだ。
「!?」
倒れた木の周囲からゴブリンの気配が遠退いた事に気付いた俺は間髪入れずに倒木の上を駆け抜けた。
「・・・!!」
「・・!? ・・・!」
一拍遅れてゴブリン達も反応するが既に俺は遥か彼方を疾駆する。
何か喚いているが知ったことか。
暗い森の中を走り続け、周りに芋植物と木以外の気配がしなくなってから漸く落ち着くことができた。
強化を保ちつつ眼と耳をスイッチのオンオフのように交互に切り替えて木とゴブリンを探知し、木々にぶつからずゴブリンに出会さずにここまで来れた。
「ハァ...ハァ...ハァ......」
魔力で強化しても流石に外れた肩を上下に動かして呼吸を整える必要がある。
自分のことはだいぶ鈍い方だと思うが限界はある。
エルフやドワーフの平均的な成長具合とかは知らないが思春期や反抗期くらいは当然あるだろう。
それが今かもう少し後に始まってもおかしくないと思う。
よし決めた!
次にエリーに会ったら一発ガツンとカマしてやる!
そうと決まればいい加減、外れた肩を治して万全の状態に戻してしまいたい。
強化している内の一箇所だけの魔力を失くすのは難しくても代替案は既に倒木の時から思い付いてはいた。
勢いつけて飛んで空中で脱力して木にぶつかる。
周りに敵がいない今だからこそできる方法だ。
問題は強化を解いたら抑制していた痛みがぶり返すことだけどもうイイや、当たって砕けろだ。
何だろう、たった数時間で俺の考え方が変わった気がする。
別に危険に対して用心深いのは変わらない筈だけど、解決の方法が脳筋地味てきた様な...
必要に迫られて仕方ないのかも知れないのかな?
そんなことを考えながら大木に向かって駆け出した。
3気筒エンジンはバイクでは有るそうです。
というか飛行機のレシプロエンジンに奇数のが普通にありますね。調査不足。
ロータリーはピストン3つ分の働きをする訳じゃなく、あくまでイメージの問題なのでと一応ここに記しておきます。
因みにサブタイは「脳筋」です。