3.わっしょれー @+
夕食後、早速工房へと降りていった。
とりあえず今日は工具や機材を憶えることから始めるのだ。
家は大きな岩山をくり抜き、1階は寝食と倉庫、2階が錬金工房、そして地下に鍛治工房がある。
どちらの工房も鍵付きの丈夫な扉が付いているので入るのはこれが初めてだ。
ドワーフの性分なのか結構深く掘り下げられており、階段や岩壁などは質素ながら丁寧に手が加えられて、灯りも目に優しい緑色の魔法の光が灯っていた。
「この岩山には昔、古代の龍の化石が埋まっていたんじゃよ。それを掘り返して素材にして、ついでに工房まで構えたのがワシの親父様じゃ。1階もそん時に造った。
んで、しばらくワシは旅に出て腕を磨いて居たんじゃが帰って来たらゴブリン共が森ごと占拠しとっての、家の中に居た奴らを皆殺しにした後に親父様らしき骨を見つけたから近くのゴブリン共を血祭りに上げ周っていた所でエリーと出会った。
その後はまあ、色々あって2階を増築したりシルバーを飼うことになったりして最後にエルドが産まれたんじゃよ」
色々と急展開過ぎなのと適当なのとで訳がわからん。
龍の化石の下りはいらなかったんじゃ?
兎に角思い出の土地なんだな、と納得したところでぽっかり視界が開けた。
工房は一人で使うには余りにも広く、天井を仰げば5メートルはあろうかと思う程高い。
天井もあれば奥行きもある。
部屋は入って左前方にグワッと広がり、目算で25m×10mくらいあるから坪辺り70~80の間? 間を取って75坪もあるかも知れない。
しかし部屋だけを見ればのことで実際はバウロ自慢の機材やら工具やら、あとはこれまでに造ったと思われる刀剣類や鎧兜、その他何かの部品や設計図やガラクタなどなど、色んな物で埋め尽くされていた。
「どうじゃ! これがワシ自慢の仕事場じゃ!」
「おー......」
「ンアッハッハッ! 驚くのはまだ早い、あそこに並ぶのが例の魔導工作機械じゃあ!」
いつもの食卓の話題にと勿体ぶった言い方をして自慢するだけあった。
ベルト状のヤスリが鋭角に突き出た研磨機、大小様々なハンドルの付いたドリル付工作台、極太の柱で補強された先は円形に配置された幾つもの滑車とその中心に巨大な鉄芯が付いた機械、そしてよく解らないが妙にハイテクな雰囲気を漂わせる工作台などが並んで居た、と言うか正に前世の町工場で見たことのある機械に非常によく似ている!?
今だに家の前から森の中へは行った事が無いので外の世界の事は本でしか知らないがハイテクな感じは読み取れなかった。
いや、もしかしたら1階には子ども向けの本ばかりで、例えば2階のエリーの部屋(錬金工房)にはもっと沢山の本があるのだろうか。
何か意図があって無駄に語彙力が鍛えられる本ばかり読まされていたのだと思うがとにかく、前世の中学の職業体験で何度か見た工作機械があった。
「ガッハッハ...! あのエルドワーフが固まっておるわ! これだけの機材、王都の研究所でもないと見かけんぞい。しかもせっせと部品を運び込んだり造ったりして、ここで組み立てたから正しくワシの落とし子じゃあ! ンアッハッハッ...…今は触ったり使わせるつもりは無いがの」
何だとッ!? と一瞬眉間に力が篭ったが、今の俺は10歳になってやっと立ち歩きの出来る子供でしかないので当然か...子供弟子か、ないなつまらん。
よく見れば工具も金槌やペンチに混じって空気圧ツールみたいなのや電極に繋ぐハサミみたいなのがあってつい見入ってしまった。
バウロはバウロで俺の反応が面白いのかニヤニヤしてやがる。
その後は工具の名前や手入れの仕方を教えられながら、オヤジと一緒に全ての工具の手入れをしてから眠りについた。
夜が明けて朝方、日が昇りきる前にエリーに起こされた。
「おはよう、昨日は遅くまでお疲れ様。と言う訳で今朝はお母さんがせんと...もとい魔法について教えてあげるわ」
不穏な単語が聞こえた気がしたが聞こえなかった振りをした。
寝ぼける俺はあっという間にエリーに着替えさせられシルバーの身体に頭から突っ込まされた。
誤解を生むかも知れないがこれは朝の洗顔みたいな事で、虐待では無い(本気)。
エリー曰く、一般に愛玩用スライムを飼う家では身体から出てくる不純物、つまり垢や目ヤニなどを食べさせて水を節約することがあるそうな。
だからと言って水銀に顔を突っ込むのは抵抗がある。もう慣れたけど。
そうこうしているうちに服を着せられ手を引かれて玄関を出た。
しかしまだ外には出ていない。
家は変わった構造をしている。
大雑把に分けると一階・二階・地下の三層に分かれている。
もう少し詳しくすると、普段過ごしている一階には扉が4つ、それぞれ玄関、二階、地下、そしてトイレに繋がっている。
居住部屋は20畳程のだだっ広く横長の空間にキッチンやベッド、本棚、食卓そしてシルバーが一緒くたに設置されている。
明り取りの窓は六角形の枠を蜂の巣状に組み合わせた洒落たもので、部屋の半分を窓が半ドーム状に占めているので明るさと見晴らしは良い、ただし見えるのは空とエリーの畑とゴブリンの森だけ、時折森からはぐれたゴブリンを見かけるがほとんど近寄って来た事は無い。
窓を向いて左端に地下へ、右端に二階とトイレへの扉が、窓とは反対側に玄関への道がある。
そして玄関を潜ると外ではなく大倉庫に繋がる。
ハイハイ移動の頃に玄関前まで行って外へ行こうと覗き込むと真っ暗で外の光はおろか灯りの光すら見えなかった。
その時はそのまま進もうとしたが、結局シルバーに阻止されてしまった。
歩けるようになって初めて倉庫に来たが、あまりの広さに絶句した。
エリーが徐に壁のスイッチを入れて灯りをつけると、地下の工房が鼻で笑える程巨大な空間が広がった。
家の玄関は巨大洞窟の中の崖の上に出入り口を作った様で、ある程度倉庫を見渡せる。
倉庫はシンプルなドーム型をしていて直径約100M、天井は一番高い所で30M以上はあるかも知れない。
壁伝いに電灯が並んでいるので、壁側よりも真ん中が若干暗い。
保管されているのも、俺やバウロの倍近い大きさのネズミ? の全身骨格、頭から尻尾の先まで皮が繋がったままの巨大トカゲ? 何本か歯を失った角の生えたヒト? の頭蓋骨、etc...どれも頭蓋だけで俺の全身を優に越えるバケモノばかり、中には天井に届かんばかりの巨竜の頭蓋もある。
「どーお? これ全部お母さんが取って来たんだよ」
そんな『畑で野菜がたくさん採れました』みたいに言わんでください、鼻水が出て来た...。
これらは玄関出て直ぐの入り口にあるほんの一部に過ぎず、反対側にある出入り口を隠してしまう程数多くの素材が倉庫を埋め尽くしている。
崖の上から縄梯子で下に降りたら、手を繋いだまま巨大モンスターの死骸で出来た迷路に足を踏み入れた。
エリーは慣れた様子で骸の迷路をスイスイ進み、やがて外と繋がる本当の玄関口に辿り着いた。
倉庫が広ければ搬入口(玄関)も広く、縦20M・横30Mの穴が開いていた。
外はまだまだ薄暗く、冷たい空気が顔を撫でる。
産まれて初めて体感する外の世界は冷たく静かで見通しの良い闇が広がっていた。
サブタイの言葉は関西地方で驚いた時に使うそうですが実際に使ってるのを見たのが親戚以外にいないんですよ。
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有核液種[スライム]・・・
球状の核を中心にブヨブヨとした消化液に覆われた魔物。
野生種は普段は大人しくて簡単に餌付けに引っ掛かるが戦闘時や空腹になると狂暴化する。消化出来る物は何でも食べ、時に竜の体内を空洞化するまで食い荒らした記録もあるので絶対に近づかないよう気をつけましょう。
街中で見かける愛玩種は空腹になっても狂暴にならずに飼い主の側でアピールしたり、体液を飛ばして虫や小動物を仕留め捕食します。
大型になると物を持ち上げる力があるので、部屋の掃除や荷物の運搬などに大いに役立つでしょう。
使い魔の契約を結んでよく可愛がればこんなにも頼もしい魔物に成長するのだ。
―出典[くらしのまもの]より
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