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99:新たな旅先

 ヴァンガルの領都を発って、脇目を振らず王都まで一直線。不要な寄り道は控えて移動に最善を尽くしたため、思いのほか早く到着した。

 ヴァンガル家家紋の恩恵に預かってそうそうに門を潜り、王都の中へ。


「気のせいか、前に来たときよりも巡回する衛兵の数が多くないか?」


「本当ですね? なんだかぴりぴりとした物々しさを感じます」


 俺の抱いた疑問に、イリスが同意を示す。

 ほかの皆も、言われてみれば確かに、と頷いていた。


「大きな事件でも起こったんじゃろ。オラティエが治安のよさに定評があるといっても、少なかれ悪人は紛れ込みよる」


 オル爺は外の喧騒を眺めながら、深くは気に止めていなかった。長く生きてきた彼にとって、さして珍しい事態ではないのだろう。


「では皆さん、私はこれで失礼させていただきます。これより私は王城へ、バルドス様の代理として赴かねばなりません。顛末の詳細を報告するようにと、申し付けられておりますので」


 オラティエ大教会の近くまで俺たちを送ってもらい、ダリルさんとはここでお別れ。最後に彼と握手を交わし、またヴァンガルには遊びに行くと約束した。……でないと、お嬢が拗ねてしまいそうだしな。


「あたしと師匠も、ダリルさんと一緒にお城に行ってくるね。キリ君。もしあたしがお城から生きて帰れたら、そのときは……ふが!?」


「話をしにいくだけで、死ぬ危険がどこにある? 心配させてしまったぶん、みっちり絞られてこいよ」


 あからさまな伏線を張り始めたので、途中でアリアの鼻を摘まんで黙らせる。まったく、こいつはちょくちょく突っ込まざるをえない小ボケを挟んでくるな。


 溜め息を吐きつつも、時の隔たりを感じさせない距離感が内心では嬉しい。イリスに対しても遠慮なく接してきたつもりだったが、どこかしらで歯止めがかかっていたんだなと思う。


 魔導車で走り去るお城組を見送り、俺たちは教会に赴くため足を進めた。


「なんだか懐かしくない? 僕たちって、最初はこの四人だけだったもんね」


「ですです! わたしたちは、ティアネスからの長いお付き合いになるのです!」


 俺、イリス、シュリ、アッシュ。気付けばこの場に居るのは、俺たち四人だけ。始まりのメンバーという感じがして、懐古心が湧いてくる。


 幼馴染のアリアとはまた違った、気心知れた間柄。ともに死線を潜り抜けた、信頼感とでも言うのだろうか。この四人で揃っているときが、一番心が落ち着く気がする。


 大教会までの長い階段をのぼりきり、入り口前に立つ。今日は参拝者の訪れが非常に少ないようで、すれ違う人がほとんどいなかった。


「失礼。せっかくお越しいただけたのに申し訳ないが、現在は参拝をお断りしております。教会関係者以外の立ち入りはできなので、お引取り願えますか」


 教会入り口のど真ん中で仁王立ちした兵士が、訪れた俺たちに声をかけた。

 教会の中には入れられないと、訪問を拒否されてしまう。人とすれ違わなかったのはそのためだったか。


「あの、なにか事件でもあったのでしょうか? 僕たちはさきほど王都に着いたばかりの身でして……」


「そうでしたか。つい先日、王都内に大きな黒い獣が侵入したのですよ。幸い目立った被害はなく、黒い獣もすぐに王都から逃げ出していきました。ですが依然として獣の侵入経路が不明なため、街中で厳戒態勢が敷かれているのです。教会側も今回の一件が落ち着くまで、用心のためしばらく門を閉ざす処置をとっております」


 アッシュが理由を尋ねると、兵士はおおまかに説明をしてくれた。


 つまりは厳重な護りを誇る王都に、魔物が紛れ込んだのか。それは只事ではないな。

 街中を巡回する兵士は警戒だけでなく、どこか地面に大穴でも開いていやしないかを調べて回っているのだろう。


「あの、私は教会の関係者になります。名はイリス。イリス・フォールナ・セントミルで、ここで聖女を務めさせている身なのですが……」


「は? 聖女? ははは、面白いご冗談……を……?」


 外套のフードを脱ぎ、兵士に素顔を晒すイリス。金の髪が風でなびき、眩い光を反射する。

 彼女の顔をまじまじと確認した兵士は、口を魚のようにパクパクとさせて目を見張らせていた。


「まさか本当に本物の聖女様!? しばしお待ちを……! すぐ教会の者に伝えて参ります!」


 踵を返し、慌てた足取りで教会の中へ兵士は走っていく。すぐさま神官を連れて戻り、中に案内された。




 案内された個室で待たされ、グスクス司教がやってくるのを待つ。仕事を途中でほっぽり出してきたのか、彼はすぐ部屋に訪れた。


「イリス様、それに皆様も。お帰りなさいませ、ご無事でなによりです。遠い彼の地まで、お務めご苦労様でした」


 開口一番に、俺たちを労ってくれる司教。そのあとはお決まりの、イリスとの仲睦まじいハグと続いた。


 俺たちは司教に、赴いた聖地での出来事を報告。特に行方不明であったアリアとゼインに遭遇した部分については、事細かに説明した。


「あれ、意外です。司教様はゼイン様の背信行為について、あまり驚かれないのですね?」


「え、あぁ、いえ。もちろん驚いておりますとも。大変、心が痛むばかりです」


 ゼインの行いを聞いた司教の反応が薄かったため、イリスは不思議に思ったようだ。


 尋ねられたとき一瞬だが、彼の目が泳いだように見えた。なにか隠し事でもしているのだろうか。

 しかし俺の思い違いの可能性もある。相手は司教様。確信もなしに問い詰めるのは、無礼な行いでしかない。


「ところで、司教様。先代様へご挨拶に伺いたいのですけれど、いつものように祭事の間にいらっしゃるでしょうか?」


「ああ、えっと、残念ですがイリス様。先代様はただいま、療養のため王都を離れておいでです。いやまったく、折が悪くすれ違いとなってしまいました。すぐには戻られないかと」


「そうなのですか。お話したいことがいっぱいあったのですけれど、いらっしゃらないのであれば仕方がありません」


 療養と聞いて不安がるイリスだったが、実態はただの旅行だと告げられて胸を撫で下ろしていた。


 先代聖女は公には表舞台から引っ込まれた人物のため、俺はまだ一度も会ったことがない。イリスが旅でオラティエの大教会を空けている間は、時折代役をしているらしいが……。


「さて、皆様。帰還されたばかりで恐縮なのですが、早速次なる地に向かっていただきたいのです。できれば早急に!」


 よほどの急ぎなのか、今日にでも発てと言わんばかりの勢いで急かす司教。さすがに二、三日はゆっくりさせてほしい。


「次なる目的地はエルフ族が住まう森、彼らの里となります。彼の森には世界樹と呼ばれる大樹が生えており、樹を中心とした森そのもの教会は聖地として認定しております」


「エルフの森かぁ、ちょっと遠いねー。うーん、今度もまた長旅になりそうだなぁ」


「アッシュ様は、魔導車に慣れて怠惰になられたです?」


 シュリに問いかけられ、そんなことはないと否定するアッシュ。旅の醍醐味は自分の足で歩いてこそと力説するが、移動中の車内で散々寝ていただけに説得力に欠ける。

 もっともアッシュが移動中寝ていたのは、オル爺の厳しい訓練で疲れていたせいだが。


「あれ、でも司教様。あそこにはエルフ族の巫女様がいて、内々で穢れを祓ってこられたのでは? 聖女の助力は必要ないとお聞きしておりましたよ?」


「そのはずだったのですが、里から使者の方が本教会を訪ねてこられましてな。どうにも、彼らの手には余る事態となっておられるようです」


 エルフは内向的な種族と聞くから、彼らが外に助けを求めるとはよっぽどなのだろう。


 エルフの森を聖地たらしめているのは、世界樹の存在があってこそ。その世界樹に異変が起こったのが事の始まり。

 最初は里内で解決を試みていたそうなのだが、次第に規模が拡大。最終的には手がつけられなくなってしまったようだ。


 事態が悪化した原因は、巫女様とやら。長命を謳われるエルフの中でも随分と高齢な方だったようで、なんの前触れもなく突然ぽっくりと逝ってしまい、急遽跡継ぎの者へ代替わりしたばかりなのだという。


 新米の巫女では、今回の事態に対処しきれなかった。悩んだ彼らは苦渋の決断の末、聖女に助けを求めたわけである。


「不運が重なってしまった結果として、此度の一件に至るのでしょう。イリス様。彼らを救うため、何卒お力添え願えませんか?」


「もちろんですよ、司教様! 助けを求められて、無視はできません!」


 俄然、やる気をみせるイリス。渋るどころか嫌な顔ひとつせず、使命感で目に炎を灯している。


「イリス様は、エルフさんたちのお尻拭いをさせられるです?」


「しっ! 思ってても言っちゃ駄目だよ、シュリちゃん」


 イリスのやる気に水を差してはいけないと、アッシュがシュリを優しく咎める。俺も内心で思っていたことだが、口に出すあたりがさすがシュリである。

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