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98:おもいのこもった贈り物

 オル爺との会話にひと段落がついたあたりで、お呼びの声がかかった。出発の準備が整ったようだ。荷積みをほとんど手伝えておらず、人任せにしてしまって申し訳ない。


 見送りに参加する人垣のなかに、今朝から姿の見当たらないカルナリア嬢が紛れていた。

 こそこそと隠れて動く彼女の背には、大きな鞄が背負われている。恐らくこっそりと、魔導車に乗り込む魂胆なのだろう。


 しかし行動を起こす直前にバルドスさんに見つかり、首根っこを掴まれてしまう。

 手足をばたつかせて離してと懇願するも、彼女の願いは頑として聞き入れられない。


「お父様、一生のお願いよ! せめて王都まで送る道中だけでも、一緒に行かせてちょうだい!」


「駄目に決まっておるだろう。お前のことだ、王都まで付き添うだけじゃ済まないに決まっている。どれだけ父さんと母さんに心配をかけさせるつもりだ? 大人しく、ここで一緒に彼らを見送りなさい」


 後生だからと縋る娘の願いだったが、バルドスさんは最後まで首を縦に振らなかった。

 親子で口論が始まり、最終的に言い負かされたのはお嬢。諦めて荷物を下ろし、悲しげに表情を俯かせたまま、見送る側に彼女は加わった。


「キリク、ちょっといいかしら?」


 魔導車に乗り込む直前。お嬢に呼び止められ、ちょいちょいと手招きをされる。先に乗った皆にひと声かけてから、彼女のもとに駆け寄った。


「……私からの餞別よ。受け取ってちょうだい」


 そういうとカルナリア嬢は、左手首に着けていた腕輪を外し、俺に手渡してきた。銀製で、嫌味のない範囲で細工が施された腕輪だ。常日頃から彼女が身に着けていたのを覚えている。


 断る理由はないのだし、ありがたく頂戴しておく。試しに左腕に着けてみたところ、ほぼぴったり。きつくないぐらいの締め付けで、着けていても邪魔にはならなそうである。


「ありがとな、お嬢。御守りとして、大切にさせてもらうよ」


「そうしてちょうだい。絶っ対に! 手放しちゃだめよ?」


 なにやら強い気迫で迫られ、思わず後ずさる。顔が近く、目つきが本気だ。

 勢いに負け、強引に約束をとりつけられてしまった。金に困った最後の生命線として、売る選択肢はとれなくなってしまったな。


「……ほほう? ふむふむ、そういうことか。ははは、我が娘ながらなかなかどうして。……キリク君。今すぐに認めるわけにはいかないが、今度君がヴァンガルへ訪れたときにはふたりきりで話しをしようじゃないか。……いいね?」


「へ? あ、はい。えっと、それじゃあ俺はこれで……」


 バルドスさんには意味深な言葉を送られ、こちらとも半ば強制的に約束を取り付けられてしまう。いやだってあんな恐い顔ですごまれたら、嫌ですと断れないだろう……。


 得体の知れぬ居心地の悪さを感じ、そそくさと退散。いそいそと魔導車に乗り込んだ。

 車内では、一部始終を見ていたのかにやつくオル爺とダリルさん。イリスとアリアに至っては、不満げな態度をとっていた。


「ほぅ、なかなか価値のありそうな腕輪じゃな? よかったのぅ、キリクよ。……して、ダリルや。無知なわしに、ちと説明してくれんかの?」


「ええ、わかりました。お嬢様がなされたのは、ヴァンガルの一部地域で根付く古い風習ですよ。女性が旅立つ男性に、身に着けた装飾品を送る習慣があるのです。意味は……『貴方は私の所有物もの。必ず戻ってきなさい』となります。なのでキリク君、受け取ってしまったからには約束を果たさねばなりませんよ?」


「うげ……。旅の安全祈願かと思いきや、とんだ呪いの腕輪じゃんか」


 バルドスさんを筆頭に周囲が漏らしていたあの含み笑いは、そういう意味だったか。

 しきりに自分のもとに残らないか、とカルナリア嬢からお誘いを受けてはいたが、最後に風習を持ち出して強要してくるとは。


 約束をすっぽかしたらあとが恐そうだ。よもやこの腕輪に、本当に呪いがかけられていたりしない……よな?


「女性が異性に、身に着けていた装飾品を送るんじゃ。少し頭を働かせれば、込められた意味に気付くじゃろうに……。普段は鋭い勘をしとるくせして、こういったときには冴えんのじゃな」


「ちなみにその腕輪は、お嬢様がとくに気に入られていた愛用品です。大事にしてあげてください」


 お、重い……。急に腕輪を着けた左腕が重く感じてきた。


 お気に入りの愛用品をくれたとなれば、お嬢の本気度が窺い知れるというもの。

 彼女のことは俺も好きだが、あくまで人として。男女の恋愛感とはまた別である。

 だからこそ返事に困ってしまう。少なくとも今はまだ、期待に応えられそうにないな。


「あはは! やっちゃたねー、キリク君!」


 人事だとばかりに、腹を抱えて笑うアッシュ。

 こいつは絶対に道連れにしてやると、心に固く誓った。次ヴァンガルを訪れる際、嫌がろうがなんだろうが、首に紐を着けてでも引っ張っていってやる。


 横からくいくいと袖を引っ張られ、今度はなんだと顔を向ける。すると目の前に、可愛らしい色合いの紐が差し出されていた。

 差し出す人物はアリア。束ねられたおさげがふたつの内、片方がほどけていた。


「はい、キリ君。このリボンをあたしだと思って、受け取って! ほら、早く!」


「いや、いらない。使わないし」


 俺の髪型で、その可愛らしいリボンをどこに結べと?

 どうしてもというのなら、荷縛りの紐に使わせてもらうが。


「わたしがキリク様に、お渡しできる装飾品、装飾品……。あ、この首輪はどうです!?」


「うん、それもいらない。だってその首輪、隷属の首輪だろ」


 私の虜になってくださいってか、やかましいわ。

 そもそもシュリの意思では、隷属の首輪を外せない。いや、本人が望むのならすぐにでも外すけど。鍵ならいつでも渡せるように、俺がずっと所持しているからな。


「むむむ。私が身に着けた装飾品といえば、教会のペンダントだけ。でもこれは人にあげちゃだめですし……。むむむぅ……」


「これは皆がキリク君に、贈り物をする流れなのかな? なら僕は、このヘアピンをあげるよ。キリク君もそこそこ前髪が長いでしょ? 朝起きてから顔を洗うとき、あると便利だよ!」


「あ、それはいいな。顔を洗ったあと、いつも前髪が濡れちゃってて煩わしかったんだ。ありがたくもらうよ」


 細い針金を曲げたような、実用性重視の簡素なピンを受けとる。

 これぐらいなら価値も高くないだろうし、気兼ねなく受けとれる。なによりくれた相手がアッシュだからな。


「ぐぬぬ……」


「あうぅ……」


「むむむぅ……」


 揃って悔しそうに、負けた表情をする面々。対してアッシュは、どこか勝ち誇った顔をしていたように思えた。


「うむ、キリクよ。わしからお前に、ひとつ助言をしておいてやろう。……女の嫉妬は恐い、覚えておけ」


 オル爺から、同情のこもった手で肩を叩かれる。そこから始まる、苦い経験談。彼が勇者時代にしたという、女性の苦労話。


 最盛期の頃で、なんと十人を越える美女から言い寄られたんだとさ。

 地位も名誉も金すらも持っていた当時のオル爺は、調子に乗ってあちこち手をつけた。女性をとっかえひっかえし、十日と同じ人を連れていなかったのだとか。


 ……最後には嫉妬を買い、包丁で刺されかけるまでが彼の話のオチである。


 自慢げに語る爺さんの恋話など、心底どうでもいい。くだらない話を聞かされたせいで、抱いていた畏敬の念はすっかり影を潜めてしまった。


「うわ、師匠。男として最低だと思うかな……」


「すみません、僕もちょっと擁護できないですね……」


「オル爺様、ふしだらな行いはいけないんですよ? お付き合いした方々に、きちんと誠意を持って謝りましたか?」


「いっそ、刺されちゃえばよかったです」


 案の定、周囲からは顰蹙を買っていた。


 なかでもシュリは、可愛い顔をして辛辣なことを言う。この子の言葉は裏返せば、つまりは自分が女性の立場なら刺しますよ、と考えられないだろうか。

 あぁ、恐い。反面教師というか、オル爺の話は肝に銘じておこう。


「英雄色を好む、と言うじゃろ。若気の至りじゃったんじゃよ。おかげで最後は皆が愛想を尽かしてわしから離れていき、ひとりになってしもうたがな」


 オル爺に連れ合いがいない理由として、そんな裏話があったんだな。本気となれる相手に出会えなかったからこそかもしれないが。


 このあと次に年長者であるダリルさんにまで話が飛び火し、彼は返答に非常に困っていた。アリアとイリスがぐいぐいと踏み込むものだから、洗いざらい吐き出すまで質問攻め。


 ダリルさんに結婚を約束した幼馴染の女性がいると知り、話は大盛り上がり。馴れ初めから甘酸っぱい思い出まで白状させられ、ダリルさんの耳はかつてないほど真っ赤に。


 アリアはしきりに、「やっぱり幼馴染だよね!」を連呼していた。

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