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95:攻める系女子

 アリアを保護してから、数日が経った。保護後にアリアとオル爺は師弟の再会をはたし、案の定説教を受ける羽目に。けれど心なしか、説教をする側も受ける側も、どことなく嬉しそうにしていたな。


 ゼインがアリアに牙を剥いた経緯については、なんの前触れもなく、ある日突然だったそうだ。アリアが背後からの悲鳴に振り返ると、血を流し倒れるふたりの仲間。弓士のジェスと魔導士のルーミナ。そして……血に濡れた剣を手にした、騎士ゼイン。


 そこから先の記憶はないらしく、依然としてジェスとルーミナの安否は不明。話を聞く限りすでに故人となっていそうだが、アリアを気遣い誰も言葉にしなかった。俺にとっては、アッシュとシュリが死んだって告げられるのと同じだろうから……。


 アリアが次に目を覚ましたのは、ヴァンガル家お屋敷のベッドの上。時系列が一気に飛び、当然ながら本人は長い空白の期間に起きた出来事を知る由もない。理解が及ばず混乱をきたし、つい先日の脱走劇に至ったというわけだ。


「剣を振るう速度が落ちとるぞ、アリア! 手を抜くでないわ! その遅さじゃ、ゴブリンにも笑われよるぞ!」


「はいぃ! ……うぇ~、初っ端から厳しすぎないかな、師匠~。手なんか抜いてないのにぃ」


 アリアの動きに合わせ、鮮やかな桃色の髪が舞う。根元を髪留めでゆるく束ねられた、二本のおさげ髪。長さが腰下まであり、日の光によく映えて目を奪われる。

 サイズがあってないのか、それとも動きやすさ重視なのか。体の線が強調されたぴっちりめな装いで、最低限の防具を身につけただけ。ぶっちゃけ、あんまり勇者っぽくないな。


「アッシュ! お前もアリアが相手だからと、遠慮をしすぎじゃ! 殺すぐらいの気概でいかんか! お遊戯をやっとるんじゃないぞ!」


「そんな無茶な!? ただでさえ、勇者様の胸を借りれて緊張しているのに……」


 練兵場にて、実戦形式の試合をするアリアとアッシュ。椅子に座ってふんぞり返る、指南者のオル爺。アリアが復調してからはこうして、オル爺による訓練が休みなく行われている。訓練にはときおり、ヴァンガルの兵も交えて行われた。


「オルディス師に剣の指南をしていただけるだけでなく、アリア様も訓練に加わってくださるとは光栄ですな。うちの兵も気を抜けず、普段以上に身が入っておるようです」


 これはバルドスさん談。恐い顔は綻び、ご満悦な様子。今日は公務ですぐに席を外してしまったが、暇さえあれば本人も率先して訓練に混ざり、一緒になって汗を流していた。普段からも訓練に混じっては兵と親睦を深めているそうだが、肝心の兵側としてはさぞかしやり辛いだろうな。


 ちなみにこの、眼力だけで人を殺しかねない強面のバルドスさん。数日を屋敷でお世話になってわかったのだが、怖いのは見た目だけで中身はそうでもない。そして顔に似合わず、娘を相当可愛がっている。カルナリア嬢に構ってほしいのか、用もないのにしょっちゅう話しかけていた。

 対してカルナリア嬢側は鬱陶しそうに相手をしており、適当な相槌であしらわれる姿には同情を誘われてしまう。気落ちしたバルドスさんを、奥さんが慰めるまでが一連の流れだったな。


「ふぃ~。疲れた、疲れたよぉ、キリ君ー!」


「はいはい、お疲れさん。わかったから、汗だくの体でくっついてくんじゃねぇ」


 休憩の時間となり、よろよろと見学していた俺のもとまでやって来るアリア。よほど疲れたのか、倒れこむ勢いで抱きついてきた。服が汚れてはかなわないので、問答無用で汗だくの体をすぐに引っぺがす。


「むぅ~。冷たいなぁ、キリ君は。乙女のかいた清らかな汗だよ? 勇者の雫だよ? むしろご利益があると思うかな~」


「ねーよ。汗は汗だろ、ばっちぃな」


 そもそも勇者の雫ってなんだよ。アッシュみたいな信者に対しては、確かに効果があるかもな。けど生憎、俺にご利益は期待できそうもない。


「お疲れ様です、アリアさん。はい、これで汗を拭いてください。それとお水をどうぞー」


 俺に邪険に扱われ、不貞腐れるアリア。横にいたイリスが間に割って入り、用意していた布と水を差し出す。アリアはすぐに表情を一変させ、嬉々として受け取っていた。


「ありがと、イリスちゃん! ……でもまさか本当に、キリ君が聖女様の護衛を務めているなんて思わなかったかなー」


「だから嘘じゃないって、あれほど言ったろ」


 ちなみに前言通り、でこぴんによる制裁はすでに執行済み。オーガ並みだとか言われ、さすがに手心は加えておいた。それでも床を転げまわり、勇者のくせして大げさに痛がっていたが。

 よくでこぴんの被害に遭うイリスとシュリが、アリアの悶える姿を見て身を寄せ合い、震えていたっけな。普段の俺がいかに加減をしていたか、よくわかる一件だった。


「こっちはアッシュ様のぶんなのです! どーぞです!」


「ありがとう、シュリちゃん。……うん、水がよく冷えていて美味しいよ!」


 隣ではシュリが、同じく疲弊したアッシュを労っていた。

 汗を拭くよりもまず先に水筒に口をつけ、飲み干していくアッシュ。運動した後の一杯は、それはそれはさぞかしうまかろう。


「いやー、それにしてもさすがは勇者様だよ。僕なんかじゃまだまだ、足元にも及ばないなー」


「そんなことないよ、アッシュ君。あたしが言うのもなんだけれど、すごくいい太刀筋をしてるよ。師匠だって面と向かって褒めないだけで、裏では結構君を評価してるんだよ?」


「本当ですか!? えっと、きょ、恐縮です、アリア……さん!」


 同じ師に師事し、間近で会話をしてるというのに、アッシュといえば終始この調子。本人にとっては夢にまでみた状況なんだろうけど、いい加減慣れてくれないとさすがにそろそろ鬱陶しい。

 勇者様、アリア様、そしてアリアさんと、話すたび呼び方が安定していないのだ。なんでもいいから統一してしまえよ。当のアリアからは、気軽に接してほしいと言われているんだからさ。


「アリア様の剣技は、見ていて惚れ惚れするのです! わたしもお暇なときでいいので、お手合わせお願いするです!」


「うんいいよ、シュリちゃん。でへへ~、それにしても君はなんて可愛いんだろうね? このふわふわの耳とか、もふもふの尻尾とかさ~」


 アッシュとは対照的に、こっちは打ち解け具合が半端じゃない。シュリはすぐアリアに気を許し、耳や尻尾を好き放題触らせている。今だってあれだけこねくり回されているのに、嫌がるどころか目を細めて嬉しそうだ。もっともこれだけシュリが懐くのは、過去に救ってもらった恩があるからこそだろうけども。


「お前たち、いつまで休んでおる! とっとと再開せい! とくにアリア、お前は随分と腕が落ちておるな? 今日もみっちりしごいてやるから、覚悟せい!」


「えぇー!? もう勘弁してほしいかな、師匠~……」


 文句を垂れながらも、渋々言いつけには従うアリア。外野から見る限りオル爺はかなりのスパルタだが、その実ちゃんと折れない配分を見極めているようだ。


「僕もいってくるね。キリク君たちはこれからどうするの? ずっと見学しているだけじゃ、さすがに飽きてきたでしょ?」


「それなら大丈夫だ、俺もちょっとばかし約束がある」


「あれ、キリクさんは今日お忙しいのですか? ちぇ~。せっかく一緒に、街へお買い物に出かけようと思ってたんですけどねー」


「あぅ、残念なのです……」


 ありゃ、イリスとシュリの間では、すでに俺を含めた予定が立てられていたのか。ならもっと早く誘ってくれればよかったのに。

 ふたりにはすまないが、許してもらいたい。さすがに先に決まっていた約束を、俺の勝手で破るわけにいかないからな。穴埋めは次の機会にでもさせてもらおう。


「先約があるならしょうがないですね。では私は、教会に足を運ぶとします。シュリちゃん、よければお付き合い願えますか?」


「はいです! ご一緒するです!」


 イリスはシュリをお伴に連れ、残念そうに練兵場をあとにする。俺は手を振り、立ち去るふたりの背を見送った。


「……あれ、キリク君はまだ行かないの? 約束があるんでしょ?」


「ああ。その約束している場所ってのが、ちょうどここなんだよ」


 俺のことは気にしなくていいと、アッシュへ訓練に戻るよう促す。直後にオル爺からアッシュを呼ぶ声が轟き、慌てて駆けて行った。




「――遅くなってごめんなさいね、キリク。準備に手間取っちゃって。待たせたかしら?」


「ん、そうでもないさ」


 しばらくアリアとアッシュの稽古を眺めていると、俺のもとにようやく待ち人が現れた。約束の相手はカルナリア嬢。いや正しくは、彼女が引き連れた若手の兵士数人である。俺は教官役として、彼らへの技術指導を頼まれたのだ。


「キリクさん、今日はよろしくお願いしやっす!」


「「ちぃーっす! お願いしゃーっす!」」


「おう、よろしくな。俺の指導はオル爺より厳しいから、覚悟してくれよ?」


 兵士たちと軽く冗談を交え、まずは緊張を解して打ち解ける。挨拶を終えた彼らは、持ち込んだ訓練設備の準備にとりかかった。訓練設備とは、木の板で作られた的のこと。弓の訓練場は使えなかったため、急遽用立てた仮設備を使って行う運びとなったのだ。

 用意された的は基本的な円形に始まり、人型、獣型と揃っている。中心と急所になる部分は赤く塗装され、囲うように一定間隔で黒い円が描かれている。俺が壊すのを想定し、予備を含めて多めに数が用意されていた。


「ありがとね、キリク。あの子たちの頼みを聞いてくれて。アルバトロスの王級を討伐したときに、あなたの活躍に惚れ込んだそうなの」


「興味を抱いてくれた相手の頼みを、無碍にはできないからな。といっても一朝一夕じゃ身につかないぞ。使い物になるかは本人次第だし、あんまり期待はしないでくれよ?」


 俺の約束事とは、行動をともにしていたカルナリア小隊の兵数人に、投擲の手解きをするというもの。前衛後衛どちらの配置であろうと、会得しておいて損はないからな。武器を失ったって、道端の石を拾えば最後まで戦える、最高に優れた技術だ。

 ましてやここに集った兵は、投擲術で戦う俺の姿を直接目にし、憧れを抱いてくれている。ならば、応じぬわけにいくまいってな。


「ええ、わかっているわよ。……本音を言うなら、キリクが私のもとに残ってくれるのが一番嬉しいんだけどね。あなたより優れた投擲の名手は、ほかにいないもの」


 後ろ手を組み、俯きがちに話すカルナリア嬢。その様子はどこか寂しげで、儚い。


「……ねぇ。もう一度聞くのだけれど、私に仕える気はないかしら? 今度は本気よ? 待遇だって、出来る限りキリクの望みに応えるつもり」


 急におふざけの許されない、真面目な空気となる。勧誘は断ったはずだが、心の底ではまだ諦めきれていなかったようだ。手駒として俺を評価してくれるのは嬉しいが……やはり頷けないな。


「そっちの期待には応えられなくてすまないな、お嬢」


「……ううん、いいの。気にしないでちょうだいな。あなたには、聖女様をお守りする使命があるんですものね」


 始めは嫌々だったのに、気付けばいつの間にか自分の意思でイリスの傍にいる。人生なにがあるか、本当にわからないな。モギユ村で呑気に暮らしていた頃は、外の世界なんて想像すらできなかった。イリスと出会わなければ、きっと今もまだ村で自堕落に過ごしていたと思う。

 広がった俺の世界。新しい出会い、生まれた繋がり。今となっては感謝しているぐらいだ。


「おほ? 呼びにきてみれば、なにやらいい雰囲気ですなぁ。あ、俺たちは先に準備運動してますんで、どうぞ続けてください。へへ……」


「お嬢にもとうとう、春がきたっすかー。……妹が恋人を連れて来た兄の心境って、きっとこんな感じなんでしょうねぇ」


 準備が整ったことを知らせに来た兵士。彼らは俺たちが色恋の話をしていると早とちりしたのか、勝手に勘違いを始めてしまう。

 誤解されては俺ならまだしも、カルナリア嬢が迷惑を被る。平民と貴族なんて、ただでさえ世間的に危うい組み合わせだからな。変な噂が広まっては、彼女の肩身が狭くなりかねない。なによりもしあの強面領主の耳に入ろうものなら、俺にまで実害が及びそうだ。勘違いで権力の塊である領主に目をつけられては、洒落にならん。


「誤解しないでくれよ。俺とお嬢は仲間であり友人であって、男女の関係じゃないっての」


「あら、私は構わないわよ? キリクが相手なら、お父様もきっと納得してくださるわ」


 そこは否定してくれ。しれっとした顔であっさり容認すんな。少なくとも俺はまだ、独り身を謳歌していたい。将来的に家庭を持ちたい気持ちならあるが、もうちょっと歳をとってからだな。


「お父様のことだから、間違いなく決闘を申し込んでくると思うの。私の夫に相応しい相手は、自分より強い男じゃなきゃ認めないってよく語っていたから。でも大丈夫! キリクなら、始まった瞬間にお父様を仕留められるわ!」


「いや、しないしない。まず俺にその気がないし、従ってお嬢の親父さんと決闘には発展しない。さっきからちょっとおかしいぞ。頼むから落ち着いてくれ」


 いつも冷静な立ち位置にいるカルナリア嬢なのに、今日はやけにぐいぐいと攻めてくるな。なにを焦っているのか、珍しく暴走していやがる。

 っていうか、親父さんを仕留めちゃ駄目だろ。侯爵家の現当主で、領地を治める領主様だ。身分違いの恋以上の大問題になるぞ。


「――危ない、避けて!!」


 耳につく不吉な音。叫んだアッシュの声に振り返ると、なんと空から訓練用の木剣が降ってきた。幸いにも剣は少し離れた場所に落下。当たりはしなかったが、危うく大惨事となるところだ。


「うぉっ、あっぶねぇな!?」


「ごっめーん、キリ君! 汗で剣がすっぽ抜けちゃったー。……それで、ふたりはなんの話をしていたのかな? あたしも仲間に入れてよー。ふふふー」


 勇者の雫で肌を濡らしたアリアが、地面に転がった剣そっちのけで会話の輪に入ってくる。

 凶器を飛ばしてきた犯人はこいつか。当たらなかったからよかったものの、事故とはいえ気をつけてほしい。


「うっかりって、アリアさん。僕には、君が剣を投げたように見え……」


「んー? なにかな、アッシュ君。あたしは投げてないよ? 手から飛んでいっただけ、そうでしょ?」


「えぇー……あ、はい。僕の気のせいでした。すみません」


 心配して駆け寄ったアッシュの口から、投げたとか気になる言葉が聞こえたような……?

 アリアから無言の圧力が発せられ、アッシュはすぐに訂正して黙りこくる。笑顔は笑顔なのだが、アリアの目は笑っていないように思えた。

 ……いや、まさかな。わざとやっただなんて、さすがにないよな。ない……よな?


 会話に割り込んできたアリアの真意が読めず、カルナリア嬢との話もうやむやに。挙句はさぼりを咎めにオル爺が怒鳴り込んできて、もうなにがなんだか……。

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