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93:勇者様大追跡

 ……人が行き交う大通りを眺め、途方に暮れる。案外すぐに見つかるだろうと踏んでいたが、なかなかどうして苦戦している。

 もうじき二度目の集合時間を迎えるが、いまだ進展はなし。道ゆく人を適当に捕まえて俺なりに聞き込みをしてみたものの、めぼしい目撃情報は得られなかった。


 とっくに昼をまわり、屋台で買った軽食を片手に通りをあてもなく彷徨う。人を探しているのか、それとも食べ歩きしているだけなのか。どっちかわからなくなってくるな。


 埒があかないので一旦捜索を打ち切り、戻るとするか。

 いい加減、誰かが保護している可能性だってある。そうでなくとも、有力な情報を得ているかもしれない。


 踵を返し、回れ右で反転。進路を屋敷に向ける。

 ふと視界の端で、シーツらしきものを羽織る人影を捉えた。体格的に女性だと判別でき、かつ裸足。使用人の証言と一致する。

 頭から布を被っていたので顔まではわからなかったが、直感が当たりだと告げていた。


 脇道に入ったのか、アリアと思しき女性の姿は一瞬で視界から消えてしまう。慌ててあとを追うと、そこは人気のない路地裏へと続いていた。

 建物に囲われ、日の差し込まない暗い細道。ある程度大きな街となれば、必然的に生まれる暗所。底辺の掃きだめ、裏で生きる日陰者たちの住みかに続く道だ。


「アリア!」


 危険地帯へ進む華奢な背に、声をかける。案の定、名を呼ばれピクリと反応を見せた。立ち止まり、恐る恐るといった感じでちらりと振り返る。


 目と目が合った。ぱちくりとまん丸に開かれた、澄んだ薄い青の瞳。被ったシーツから覗かせる、桃色の前髪。

 俺の直感は正しく、皆が手分けして探している件の尋ね人。アリア本人である。


 さて見つけたはいいものの、どうしよう。事前にあれこれと考えていたはずが、いざ出くわすと頭の中が真っ白となって言葉に詰まる。六年ぶりに交わす第一声なのだから、慎重に言葉を選ばねば。無難に「久しぶり」と続けるのが妥当か? それとも、状況的には「見つけたぞ」のほうが正しい?


「……え、嘘。キリ、君……? なんで……?」


 一心不乱で思考を巡らせていると、先に口を開いたのはアリア。小さな声で呟き、確かに俺の名を呼んだ。俺が同郷の昔馴染だと、アリアは気づいてくれたのだ。


「あれ、そこにいるのはキリクさんじゃないっすか。どうしました? その先は貧民街に繋がっていて、物騒な区域だから迂闊に入らないほうがいいっすよ」


「……ッ!?」


 懐かしの再会に水を差したのは、捜索に参加していた兵士。俺とも面識がある、お嬢配下の若手兵である。

 大通りを歩いていた彼は、立ち止まる俺を見かけて気さくに声をかけてきた。間の悪いことに、野ウサギの如く警戒したアリアの目の前で。

 おかげで兵士の姿を見たアリアは警戒を厳にし、脱兎の如く速さで路地の奥へと駆けて行ってしまう。


「おい待てよ、アリア!? 待てって!!」


 俺の制止する声を聞かず、せっかく見つけた姿は闇に溶けてしまった。足を止める素振りすらなく、俺は信頼されていないのだろうかと少し傷つく。


「え、勇者様がいたんすか!? でもまずいっすよ! 貧民街は入り組んでいるうえに治安が悪いから、いくら勇者様といえど女性ひとりじゃ危険っす!」


「ましてやアリアの奴、丸腰だったもんな……。とにかく俺はあとを追うから、あんたはお嬢に報せてくれ!」


 アリアは手ぶらで、武器になりえそうなものは持っていなかった。勇者たるもの護身の心得はあるだろうが、屈強な男数人に囲まれても大丈夫といえる保証はない。

 兵士に応援を頼み、俺はアリアを追って狭い路地裏を駆けた。




 ほどなくして、辛うじて捉えた後ろ姿。しかしアリアの足は速く、一向に差が縮まらない。少しでも気を抜けば、すぐに距離をあけられてしまう。

 おまけにだんだんと道幅が狭くなっており、小柄なアリアのほうが走るのに有利となっていた。


 シーツを翻らせたアリアの後ろ姿が、曲がり角で消える。走る速度を上げて見失った場所まで行くと、その先は道が二股に分かれていた。

 どちらの道も目を凝らそうが、辛うじて捉えていた後ろ姿が見えない。完全にアリアを見失ってしまった。


「くそ、あいつどっちにいった!?」


 息を切らせながらも逡巡する。右の道か、左の道か。どちらも薄暗く、見通しが悪い。

 俺が足を止めている間も、アリアは走り続けているだろう。俺がここでまごついているうちに、どれぐらい距離が開いた? 今からでも追いつけるか?

 肝心なときに限って、勘が鈍る。確率は二分の一。果たしてどちらの道が正解なのか。


「……へへ、兄ちゃん。あんたもしかして、さっき通った人を追っているのかい?」


 暗い物陰から、下卑た物言いをする初老の男が姿を現した。日陰者だとわかる、不健康そうな小汚い身なり。まっとうに生活している限り、関わり合いたくない類の人種である。


「その通りだが、あんたはどっちに行ったか知ってるのか?」


 俺の問いに、男はニヤニヤと笑いながら無言で頷く。スッと静かに差し出された右手。……教えてほしくば、出すものを出せってか。


 仕方なく銀貨を一枚取り出し、差し出された手に握らせる。情報は形のない商品。金で買えるのであれば楽なものだ。

 男は受けとった硬貨を眺め、とても嬉しそうに口角を吊り上げる。指で右を指し示すと、無言のまま暗がりへと姿を消した。


「こっちだな、よし!」


 右の路地に入り、全速力で駆ける。狭い道幅に体のいたるところをぶつけるが、もはや気にしてはいられない。服が擦り切れようが、痣ができようが構わず突っ走った。




「おっとっと、悪い、間違えちまった。右じゃなく左だったよ、若いの。げへへ……」


 キリクが走り去った遥か後方で、初老の男が嘲笑う。

 金を受け取っておいて、男はキリクにわざと嘘を教えていた。なにせ相手は道を外れた日陰者。金を払ったからといって、必ずしも正しい答えを教えるとは限らない。

 こういった輩には暴力に訴えてでも自分を優位に立たせ、脅して口を割らせるのが確実である。キリクが過ちに気付くのは、行き止まりにぶち当たってからだった。




「おいおい、ふざけんなよ!? 行き止まりってどういうことだ!?」


 行きついた先は袋小路。どん詰まりだ。しかし肝心のアリアの姿は見当たらない。

 道中は一本道で、途中に分かれ道はなかったはず。建物の裏口らしき扉はいくつもあったが、まず間違いなく鍵がかけられている。ならまさか、壁を乗り越えていったのか? ありえなくはないが、一番可能性として高いのは……


「あの野郎、嘘を教えやがったな……!? くそが、腹立つ!!」


 騙した男は当然として、疑わずに信じた自分に対しても怒りが湧く。

 あんないかにも胡散臭い男の言葉を、鵜呑みにしてはいけなかった。いやそもそも、右か左かを答えるだけなのに嘘をつく必要があるかよ。


 ……完全な嫌がらせだ。金をせびっておきながら、顰蹙ひんしゅくを買う真似をしてくるなんて誰が予想できるか。要するに俺は食い物にされた挙句、虚仮にまでされたのか。


 どれだけ悔いようが、もう遅い。今更戻ったところで、とっくに男は姿を晦ましている。

 受け入れろ、現状を。目先の怒りに流されるな。はらわたが煮えくり返る思いだが、優先すべきはさっきの男じゃなく、現在進行形で逃走しているアリアだ。


 腰に下げた魔具のポーチから、鉤爪ロープを取り出す。普通に持ち歩けばかさ張る道具も、ゼインから奪ったポーチおかげで常に携帯でき、とても便利だ。

 鉤爪を視線の先に目掛けて投げ、壁の上に引っかける。試しに体重をかけ、しっかりと引っかかっているのを確認。路地の壁を足場代わりに利用して、素早く屋根にのぼった。


「最初からこうしておくんだったな。銀貨一枚、ドブに捨てちまった」


 狭い路地より、屋根の上にあがったほうが見通しがよくて動きやすい。足場にしている屋根が抜けないか心配なので、意識的に注意を払う必要はあるが。


 銀貨は高い授業料だったと思って諦める。怪しい奴から買った情報は、対価を支払ったからといって鵜呑みにしちゃいけない。今後に生かすべき教訓となった。


 屋根伝いを走り、正解だった道の先を目指す。屋根と屋根の距離が離れた場所では、対岸に鉤爪ロープを渡し、縄を引く力と跳躍力を併せて巧みに飛び越えた。

 決して見落とすまいと、足は動かしつつ下を通る道に目を凝らす。


「……いた! あのお転婆娘め、手間かけさせやがって。やっと見つけたぞ!」


 やっとこさ発見した尋ね人。アリアがいたのは、いかにもゴロツキがたまり場にしていそうな開けた場所だった。というか実際にゴロツキがたまり場にしており、案の定アリアに絡んでいた。




 アリアは五人の悪漢たちに絡まれ、壁際まで追い詰められていた。周りを囲まれ、逃げ道を完全に塞がれてしまっている。

 壁を背にした状況で、肩を上下させて苦しげに呼吸を繰り返す少女。弱った体で走り続けたため、彼女は体力を使い果たしていた。

 少女は疲れを悟らせまいと、虚勢を張って必死に威嚇する。しかし悲しいかな、悪漢たちは一切動じていない。それどころか笑って楽しんでいる節すらある。


 アリアの今の格好は、肌着の上にシーツを羽織っただけ。頭から足元まで全身を覆い隠せてはいるが、背格好と声で若い女だと丸わかりである。おまけにそのシーツが問題で、見ただけでわかるほど上等な布地なのだ。

 身分が高いと推測できる、訳ありの女。そんな女性が護衛をつけず、ひとりで人気のない場所に迷い込んでいる。素行の悪い者たちからすればまさに格好の獲物で、見逃すはずがない。


 小柄な痩せ型の男がナイフを出し、これみよがしにちらつかせて少女を脅す。その横では親分格と思われる恰幅のいい男が、腕組みをして仁王立ち。高圧的な態度で少女に迫った。


「触らないでッ!!」


 親分格の男は倍以上も太い腕で、アリアの手を掴む。当然アリアは男の手を払って抵抗。華奢な足を鋭く蹴り上げ、下腹に隠れがちな男の股間に一撃を放った。

 男性に対して極めて有効な禁じ手、急所を狙った金的である。

 アリアの想定ではこの一撃で男が悶絶し、地べたを転げまわるはずだった。しかし男は思いのほか痛がらず、平然としている。


「……痛いじゃないのよさ。けど残念だったね。アタイは男じゃないから、玉はないよ」


「えっ。……あなた女の人、だったの」


 少女の顔から、血の気が引いていく。彼女が外見から男だと判断していた人物は、まさかの女性。

 金的で親分格を悶絶させ、回りが狼狽している隙に逃げる算段であったアリア。相手を動揺させつるもりが、逆に自分が動揺する結果となってしまった。


「女なら、もっと女性らしい身なりをしなさいよね! 勘違いしたじゃない!」


 女性らしからぬ刈り上げられた坊主頭に、アリアは苦言を呈す。

 発達しているなと思っていた大胸筋は、実は筋肉ではなく脂肪。おまけに出っ張ったお腹の存在感が強く、胸部から意識を逸らされていた。声にしても、酒やけしているのか男性並みに低い。

 おかげでアリアは、彼女を巨漢だと錯覚してしまったのである。


「ッ!? かはっ、あぐ……ぐる、じぃ……」


 見かけに反した素早い動きで、女親分はアリアの細い首を鷲掴む。片腕で少女を持ち上げ宙吊りにすると、意識を失わない絶妙な力加減で首を絞めつけた。


「アタイのようなレディに対して、随分な口の利き方をするじゃないのよさ。ねぇ、お前たち?」


 周りの子分たちに同意を求める、女親分。話をふられた彼らは目を泳がせながら、何度も頷いて同意する。

 その間もアリアは逃れようと爪を立て必死にもがくが、掴まれた腕の分厚い脂肪は少女の抵抗など意にも介さなかった。


「どこぞのお嬢様かは知らないけどね、お高くとまちゃってさ。いい機会だ、アタイらがお嬢ちゃんを躾けてやるよ。うちの子分どもにとっても、いい息抜きになるさね」


 彼女の言葉を聞き、少女はより激しく体を暴れさせる。だが懸命な抵抗も空しく、首を絞める力は緩まりやしなかった。

 息苦しさで次第に、体から力が抜けていく。舌舐めずりをする悪漢たちの嘲笑う声が、彼女の耳に木霊し続けた。


「お前たち。アタイがこのまま抑えておくから、一枚ずつ着ているものを剥いでやんな!」


「「へい!」」


 女親分からの命令に、意気揚々と答える子分たち。手始めにシーツが剥ぎ取られ、あられもない少女の下着姿が晒される。

 まさかシーツの一枚下がすぐ下着とは誰も思っておらず、刺激的な姿に男勢は鼻息を荒くして大興奮。女親分も少女を痴女だと蔑まんばかりに、豪気な高笑いをあげた。


 耐え難い恥ずかしさに、身をよじりアリアは顔を真っ赤にする。もはや万事休すな状況で、少女は涙ぐみ覚悟を決めるほかなかった。


 ところが唐突に、少女の身体は苦しみから解放される。

 突如として女親分の手首に、なにかがぶつかったのだ。おかげで指の力が緩み、アリアは尻餅をつく形で解き放たれた。


「っつ!? なんだい、なにが起こったんだい!?」


 女親分は手首をさすり、激しい痛みに耐えるため歯を食いしばる。子分のひとりが彼女の手首を診ると、患部は青黒く腫れあがっていた。あまりに痛がりように、骨が折れているかもしれないと彼は診断する。


 彼らの足元には、さきほどまでなかった小石が転がっていた。その小石を見て、ようやく女親分は石ころをぶつけられたのだと理解する。

 彼女は怒りに目を血走らせ、オーガも真っ青な形相で辺りを見渡した。されど周囲に、犯人らしき者の姿が見当たらない。


「どこを探してんだ? 上だよ、上」


「ああん!?」


 頭上より聞こえた声に従い、一同は上を見あげる。そこには屋根の上に立ち、彼らを見下ろす少年の姿があった。

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