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83:交差する剣、飛び交う刃

 ゼインが手数と力で押し、オル爺が技術で対応する。一方が圧倒するのではなく、一見すると互角の状況。悪く言えば、互いに決め手が欠けている。

 だがこのままではいずれ、ゼインに軍配があがるのは見ていて明らかだった。


 剣技においては、師だけあってオル爺に一日の長がある。足運びから剣のひと振り、呼吸に至るまで挙動の全てどれをとっても無駄がなく、素人目では到底付け入る隙を見出せない。

 対してゼインの剣技は、さすがはオル爺が手塩にかけた愛弟子なだけある。が、比べるとどうにも荒々しさが目に付く。……あくまで師の剣技が完成されすぎているだけで、個別に見れば非の打ち所がないのだが。


 だというのに、なにゆえ両者は拮抗しているのか。理由は単純で、師との差を埋めているのはひとえに若さからくる体力。

 ゼインの年齢は知らないし、兜のせいで素顔さえわからない。が、声から察してまだまだ若いと推測できる。恐らく、二十後半から三十そこそこといったくらいか。


 老いて下っていくだけの肉体と、精悍な働き盛りの肉体。

 両者の身体能力に差が生じるのは必然であり、致命的な足枷としてオル爺に重くのし掛かっている。完成された武の動きも、徐々に呼吸が乱れ陰りが差していた。


 このまま傍観していたのでは、遅かれ早かれ凶刃はこちらにも牙を剥く。しかしアッシュやシュリ、ましてお嬢が介入して優勢に立てるとは到底思えない。オル爺が庇いきれないと断言したように、下手をすれば助けどころか足を引っ張るだけ。

 あるいは全員で、同時に加勢すれば勝つ見込みもあるだろうが、十中八九誰かが犠牲になるのは目に見えている。ゼインは劣勢となっても、敵を道連れにする以上の力を持つ。それがひとりかふたりか。最悪、全員が返り討ちになる結末だってありうる。


 アリアを救うのに、犠牲が出たのでは本末転倒。なにより、大切な仲間から犠牲が出て欲しくない。強者を相手に甘いと言われようが、この意思は曲げたくなかった。


 結論として、近接を担う三人はゼインと戦うべきではない。近づかないのが最善。ならば消去法で、俺が残る。離れて攻撃する手段を持つ、俺だけが。


 魔法石を使い魔法で攻撃する手段もあるが、必要に応じて威力を調整できる代物ではないらしく、一回の使用で内包されたマナ全てを吐き出してしまう。つまり考えなしに使っては、オル爺にまで被害が及ぶ恐れを孕んでいる。

 手段のひとつとして頭の片隅に置いておくにはいいが、不用意に使わないのが得策だ。

 なので俺の精密な投擲術こそが、オル爺を邪魔せず援護できる唯一の手となる。


 無手の状態から無音無言のまま、手馴れた所作で、最速の動きから投擲ナイフを投げ放つ。狙いは兜と鎧の隙間、ゼインの首筋。即死とはいかないまでも、致命傷となる人体の急所だ。

 暗がりでは軌道すら見切れぬ攻撃を、オル爺と剣を交えている最中のゼインにいなせるはずがない。あっけなくあるが、いつも通りだ。


 しかし確信した勝利は、突如暗闇から飛び出してきた影によって阻まれてしまう。

 攻撃を防いだのは、空中を浮遊する形整った鉄塊。ゼインが身に着けた白銀の鎧と同色の、円形の盾であった。それが二枚、重なるようにしてゼインを攻撃から守っていた。


「……その歳にして的確に急所を、それも躊躇なく狙ってくるとは末恐ろしい少年ですね。注意は払っておりましたが、油断は禁物だと改めて肝に銘じておかねばなりません。もし一瞬でも反応が遅れていれば、盾は間に合わなかったでしょう」


「躊躇ったりすりゃ、血を見るのは俺たちなんだ。そりゃ遠慮なんてしないさ。にしても、また面倒臭そうなものを隠してやがったんだな」


 ナイフを弾き終えると、ゼインの両脇へ別れて布陣する二枚の円盾。互いが片側を受け持ち、どの方角から攻撃がこようと柔軟に対応できる厄介な配置をとっている。


 いくら実力に自信があったとはいえ、ゼインが圧倒的な人数差にも関わらず強気な態度を崩さなかったのは、あの盾の存在があったからか。

 速さ重視だったとはいえ、挨拶代わりに放った投擲ナイフを容易く弾いた結果からも、防御性能は相当だと窺える。


「ようやく盾を出してきおったか、ゼイン。よいか童ども。剣技もさることながら、なによりも厄介なのはあの二枚の魔導盾じゃ。自律し自動で攻撃を防ぐうえ、遠隔操作も可能ときておる。奴が『不落の騎士』と呼ばれとった由縁よ!」


「……その恥ずかしいふたつ名で、私を呼ぶのはやめていただきたいですね。……勝手に名付け、私の意に反して流行らせようとしたのがお師匠様であることぐらい、私は存じているのですよ」


「はて? そうじゃったかのぅ? いやはや、歳をとると忘れっぽくなっていかんわい」


 オル爺はわざとらしくとぼけたふりをし、あっけらかんとした態度をとる。その振る舞いが癇に障ったのか、師に対し不遜にも聞こえる大きさで舌打ちをするゼイン。


 オル爺が袈裟懸けに剣を振るえば、ゼインは難なくその一撃を受け止める。逆にゼインが剣を薙げば、今度はオル爺が慣れた動きで受け流した。

 手を休める暇なく続けられる、一進一退の攻防。他者の介入を拒む、激しい剣の打ち合い。迂闊に剣の間合いへ入り込めば、あっという間に細切れにされてしまいそうだ。


 ゼインは、オル爺に対しては魔導盾を使うつもりはないらしく、終始空中に待機させたまま。師とは純粋に剣だけで決着をつけたいのだろう。

 剣檄の合間を縫って俺が手出ししようものなら、盾が反応し容赦なく遮った。過敏に反応する高性能ぶりは、隙を見てベルトを狙うどころではないな。

 ゼインにとって、盾はあくまで外野の介入を防ぐためのもの。俺に対しての牽制としては、悔しいが上出来である。


 高い次元の応酬が繰り広げられ、その光景をまざまざと見せ続けられる。

 なかでも歯がゆい思いをしているのは、同じ剣士であり、同門の身であるアッシュだった。

 唇を噛み締め、己の未熟さに悔しさから眉をしかめている。手はきつく握り締められ、加勢したくとも叶わない弱い自分に憤っているのだろうか。


 永遠に続くかと思われた攻防。それだけ両者の実力は拮抗しており、さながら演舞として、一種の見世物と評しても過言ではないほど。

 とはいえ、終わりは必ず訪れる。


 先に動きを鈍らせたのは、予想した通り師のオルディス。歳による肉体の衰えは、如実に危うい均衡を崩し始めた。激しい動きの連続で息は絶え絶え、振るう剣からは心なしか精細さが失われつつある。

 オル爺の敗色は濃厚で、もはや時間の問題。ゼインの態度から察するに、相手が師であっても情けをかけるとは思えない。剣が鈍れば、容赦なく殺しにかかるのだろう。


 盾の登場には狼狽したが、手をこまねいている暇はなさそうだ。激しい剣檄の応酬に見惚れている場合ではない。オル爺が崩れることは、すなわち全滅を意味するも等しい。


 二、三度攻撃が通らなかったからといって、心が折られたわけじゃない。

 生半可な投擲だと盾に防がれるのは経験済み。ならばと左右の手に四本ずつ、計八本の投擲ナイフを構えた。

 これは俺が同時に放てる最大の数。単発が防がれるのであれば、次は数で攻めるまで。

 狙うは手足の関節部といった、ちょうど鎧の継ぎ目となる各箇所。極力バラけた場所を同時に狙えば、一本ぐらいは盾の守りをすり抜けられるのではないかとの算段である。


 機会を窺い、ゼインが攻めに回った直後の、少しでも意識が外れる機を見て仕掛けた。


「……羽虫が横からちょっかいを出しているようですが、無駄だと知りなさい」


 ……結果は全敗。投げた八本全てが防がれ、空しくも地面に刃を突き立てる。

 二枚の盾は縦に並び、壁となってゼインの姿を完全に隠してしまったのだ。守備範囲、対応速度ともに穴はみられない。自動で主を守る盾は、想像よりもよほど優秀らしい。


 一方でゼイン本人はこちらを一瞥さえせず、歯牙にもかけてこない。ご自慢の盾が誇る守護に、絶対の自信があるご様子。

 あの兜の下では、さぞかしすかした表情を浮かべてるのだろう。そう考えるだけで腹立たしくなる。

 なんとしてでもひと泡吹かせてやる。でなければ俺の気が収まらない。


 単調で直線的だった投擲に、今度は手を加え工夫を凝らす。真正面からでは、数や速さだけを高めても盾で防がれてしまった。であれば次なる手として、曲線を描き回り込む軌道で放つ。

 数はさっきと同じ、左右で八本。残り少ない貴重な八本だ。

 使った分を回収したいところであるが、落ちている場所はいずれもゼインの近くばかり。戦闘が終わるまで、ほぼ不可能とみていい。


 左で投擲する四本は、囮として真っ直ぐ投げる。盾が余計な動きをせぬよう、端と端を狙い全面で受けさせるのが目的だ。

 変則的な軌道を加えるのは右で投げる分だけ。速さ、威力と大事な要素を犠牲にせねばならず、これまでは使わなかった投げ方だ。悪く言ってしまえば、所詮は曲芸染みた芸当だからな。

 もし盾が変則軌道のナイフに反応し動けば、その際は囮で投げたナイフを通してしまう。囮とはいえ手を抜くような真似はしておらず、こちらもきっちり鎧の継ぎ目を狙っている。


 盾は投擲されたナイフに反応し、前回と同じく縦列して一枚の遮る壁を作り出す。

 左で投げた四本は二枚の盾に弾き落とされるも、想定内。右で放った本命の四本は守りを嘲笑うかのようにして、弧を描きぎりぎりに横をすり抜けていく。

 絶対不可避の二者択一。思惑は奏功し、機敏だったゼインの動きが乱れた。


「……っ! ……羽虫だと見逃していれば、蛾ではなく蜂でしたか。ですがこの程度じゃ、私を殺すには至りませんよ。……おおかた、私の動きを少しでも制限できればと思っていたのでしょうが、頼みの綱であるお師匠様はもう限界。……もう一、二合剣を交せば、次は体で刃を受けることになるでしょう」


 盾を躱した四本のナイフは、ゼインが纏った鎧の隙間を縫い突き刺さっていた。……といっても、刺さり具合からしてほんの先っちょだけであったが。

 恐らく、下に着込まれた鎖帷子に食い止められたのだろう。威力を大きく犠牲にした技だったために、満足のいく結果は得られなくてしかるべきか。

 ゼインが言うように、蜂が針を刺したに過ぎないか細い攻撃。だけれど決して無駄ではない。間違いなく標的まで届いた攻撃だ。


「……疲弊したお師匠様は、もはや私の敵にあらず。……なんなら、君から先に殺してあげましょうか?」


 これまでオル爺しか敵として見ていなかった目が、初めて俺個人に向けられる。ようやく俺を、自身に害を成す敵と認識した目。

 ……冷徹な視線に、背筋がゾクリとした。


「どこを見ておる! お前の相手はわしじゃろうが!!」


 視線を外した今こそ絶好の好機とみたか、吼えるオル爺。

 残る僅かな体力を振り絞って、全身全霊のひと振りが繰り出される。上段から振り下ろされた、鎧ごとぶった切る勢いの袈裟斬り。


「――がっ!?」


 ……悲鳴をあげたのは、ゼインではなく仕掛けたオル爺のほうであった。

 剣身を滑るようにして、下に受け流されていた渾身の一撃。ゼインが反撃で放った左の拳は、師の下腹部を完璧に捉えていた……。


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