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78:晶窟の護り

 オラティエ大教会からもらい受けていた晶窟までの地図を片手に、獣道同然の道を右往左往。途中で山道からは大きく外れ、地図なくしては遭難しかねない悪路をひたすらに突き進んだ。

 そしてようやく目的の晶窟に到着したのだが、その頃にはすでに夕暮れ、周囲は薄暗く陰りはじめていた。幸いにして迷わずに来れたが、下手をすれば山中で夜を迎えていたな。

 今日中に村まで帰れそうもなく、目的を終えたらそのまま晶窟を寝床にして一泊が暗黙のうちに決定。山中での野営を覚悟していただけに、雨風凌げる屋根があるだけましか。


「例えイリス様から一度行こうとお誘いを受けても、わたしは断固拒否するです……」


「同感ね……。最初のうちは山登りも楽しかったけれど、山道を外れてからは酷い道のりだったもの……」


「また来ようだなんて、とてもじゃないですがお誘いしないですよ、シュリちゃん……」


 なかでも女性陣は特に堪えていたらしく、到着してすぐその場にへたり込んでしまった。

 彼女たちがこんなにも疲れこんだ理由としては、途中の険道もさることながら、大きな蟲型の魔物に何度も遭遇したからにほかならない。イモムシ型、クモ型、ムカデ型と、とりわけ忌諱される気色の悪い種が揃い踏みだったからな。

 ちなみに道中幾度も現れた蟲型の魔物に対しては、ほぼ俺とオル爺で処理している。アッシュも前衛を担う身として奮戦してくれてはいたのだが、些か動きに精彩さが欠けていたように思う。恐らくは女性陣同様、蟲が得意ではないのだろう。


「お疲れさん。俺は晶窟付近を下調べしてくるから、その間ゆっくり休んでいてくれよ」


「あ、なら僕も一緒に行くよ。……途中、あまり役に立てなかったからね」


「わしはお言葉に甘えるとするかの。危ないから、先走って中に入るでないぞ?」


 オル爺も歳による体力の衰えには逆らえず、涼しげな顔はしつつも息があがっている。女性陣同様、座って休んでいてもらおう。

 切り立った岸壁に、ぽっかりと大口を空けた晶窟。入り口から暗がりの中を覗き込めば、奥へ奥へと緩やかな傾斜で下っているのがわかる。


 一見するとただの洞窟と言って差し支えはないのだが、入り口脇に鎮座する苔むした二体の石像だけが、夕日に照らされなんとも厳かな雰囲気を醸しだしていた。石像は騎士をかたどっており、セントミル教に所属する聖騎士さながらである。


「この石像さ、仰々しく石の剣を構えて、まさに聖地を護る守護者って感じだな」


「だねー。随分と年代物のようだけど、その割には劣化が少ないし、なんだか今にも動き出しそうだね?」


 お互いこれといって石像に対し深い造詣があるでもなく、アッシュと素直な感想を述べつつ付近を見てまわる。

 外の岸壁はなんの変哲もない岩や石でしかなく、晶窟と謳われる由縁となったマナの結晶どころか、ただの鉱石すら露出していない。

 続いて晶窟内の暗がりに目を凝らし、中の様子を先ほどより意識して探ってみる。するとぼんやりと、奥が明るくなっているのに気付く。


「なぁ、アッシュ。奥のほう、少しだけ明るい気がしないか?」


「んー? あー、ほんとだね。あれはなんの光なんだろう?」


 誰かすでに先人がおり、魔導具のランプかなにかで光を灯しているのか。どこからか情報を仕入れ、マナの結晶を盗掘しにきた不届き者かもしれない。

 後ろを振り返るも、女性陣とオル爺はまだまだ疲れが抜けきらないといった様子。もしも盗賊なんかが奥に潜んでいれば厄介なので、斥候に出てこっそり探ってみるか。


 アッシュと示し合わせ、音を立てぬよう忍び足で晶窟内に足を踏み入れる。しかし一歩踏み入れた途端、これまで不動であった石像の首が動き、掲げられた剣が勢いよくこちらへと振り下ろされた。

 完全に不意を付かれた一撃に、俺もアッシュも反応が遅れてしまう。

 あわや石の剣で頭を唐竹割りされる寸前、首根っこを掴まれ後ろに引き倒され、おかげで事なきをえる。


「この馬鹿もん! 勝手に入るなと言うたじゃろ!? こんないかにもな像を前に、無警戒すぎるぞい!」


 窮地を救ってくれたのはオル爺であった。地面には剣の切先が突き刺さっており、当たっていたらと思えばぞっとする。即死してしまえば、いくら聖女様でもお手上げだ。

 騎士の石像はゆっくりと剣を戻すと、鎮座していた台座から下り立ち、あたかも人間の騎士と見紛うほどの滑らかな動きで構えをとった。


「おいおい!? ただの石像じゃなく、本当に守護者ガーディアンかよ!? つーか石像が動き出すなんて、予想できないって!」


「すみません師匠、助かりました……! ほら、キリク君も早く立って! 来るよ!」


 アッシュに助け起こされるとすぐに間合いをとり、襲いくる二体の守護像と対峙する。

 動くとはいってもあの体は無機物の石に変わりなく、はてさてどこを狙って攻撃したらいいものか。石すら剣で断つオル爺はともかく、その域まで達していないアッシュには厳しい相手だ。一体はオル爺に任せ、残るもう片方は火力に秀でた俺がなんとかするしかないな。

 石には石をと、腰の小袋から石ころを取り出し構える。いつも通り頭を狙うか、それとも手足を先に狙って動きを封じるべきか。石像の頭が弱点とは思えないので、まずは動きを封じたほうが有利に立ち回れそうだな。


 だが、狙いどころを決めいざ投げ放とうとした直前に、後ろから待ったの声がかかる。


「キリクさん、オル爺様! 攻撃はしないでください! この石像は私がなんとかしますので!」


 先ほどまでへたれこんでいたイリスが、慌てて俺たちの前に躍り出る。

 危ないから下がれと言っても聞かず、二体の騎士像と間近で対峙するイリス。彼女は教会所属の証である首飾りを騎士像に向けて掲げ、なにやら呪文のようなものを唱え始める。するとたちまち、構えた剣を下げる二体の騎士像。何事もなかったかのようにして台座に戻り、元通りの形で鎮座した。


「ふぅー、これでよしです! お察しかと思いますが、あの石像はこの晶窟の守護を任された、いわば防衛機能なんですよー。このペンダントと、許可の文言を唱えてからでないと不審者とみなされて、排除するために襲ってきます!」


「僕たちが不用意に踏み入ったから、動き出しちゃったんだね」


「まったく、勇んで勝手なことをするからじゃぞ」


 オル爺にちくちくとお小言を頂戴し、先走った過ちを反省させられる。だがせめてもの弁明にと、奥でうっすらと灯る明かりについてを話した。


「あれは特殊な鉱石が、マナの影響を受けて光を放っているのよ。松明なんかの人工的な明かりじゃないわよ」


「へ? そうなの? いや俺たちはてっきり、盗賊でも潜んでいるんじゃないかとばかり……」


「晶窟内にはこの石像と同様のものが、いくつも設置されております。不審者が容易には入り込めないよう、ちゃんと対策されているんですよ」


 よくよく考えたら、そりゃそうか。盗掘の恐れがある重要な場所を、いくら辺鄙な地だからといって無防備にしてはおかないよな。

 兵を赴任させようにも人目につきづらい僻地であるし、立場を利用して悪さを働く者が出かねない。優秀で信頼たる人物を、左遷じみた場所には送れないしな。

 士気の低い半端な兵を現地に赴任させた挙句、盗人と結託して盗掘なんかされれば、晶窟は好き放題に荒らされてどうなるか。

 その点命令だけを遂行する無機物であれば、そういった心配は不要だ。定期的に様子見と整備を兼ねて人を送れば、それで済む。


「では十分休憩をいただきましたし、中に入りましょうか。さきほども言ったように、晶窟内には等間隔で像が置かれています。その都度像の警戒を解かねばなりませんので、先導は私に任せてください!」


「さっさと用事を済ませて、寝床をつくらんといかんしの」


 こうしてイリスを先頭に、晶窟内にあらためて足を踏み入れる。

 中を進むと、奥は洞窟内とは思えぬほど明るい道となっていた。壁に埋もれたいくつもの薄緑の鉱石が光源となり、柱状となったマナの結晶を透過し、光が洞窟中に拡散されている。

 あまりにも幻想的で、無意識に魅入ってしまうほどの絶景だった。


「ふわぁ……! とっても綺麗な場所なのです!!」


「これはすごいね! 僕、ちょっとの間息するのを忘れちゃってた! 言葉を失うとは、まさにこのことだよ!」


 神秘的な雰囲気に唖然とする俺たち。立ち止まった背を、目の肥えているオル爺が急かした。促されるまま足を再び動かしはじめ、さらに奥へ奥へと進んでいく。

 だが晶窟に入り二十分と経たずして、最奥と思われる開けた空洞に出てしまった。空洞は広く、天井も高い。あちこちで光源となる鉱石が光を放っており、もはや真昼並みに明るいとさえいえる。

 空洞の四方には均等な間隔をあけ、四体の守護像。入ってきた場所と正反対の最奥には古びた祭壇があり、女神ミルの銀像が祭られていた。そのさらに後ろには一際大きな守護像があり、壁を背にした状態で神々しさにも似た威厳を放っている。


「こりゃまたすげぇな……。だけど、思ったより浅い洞窟だったんだな」


 もっと深くまで潜ると覚悟していただけに、拍子抜けである。いやまぁ、ただでさえ晶窟までの道中が辛かったのに、この上さらに片道で何時間もとなれば辟易させられるが。


「さぁて! ささっとお祈りして、ちゃちゃっと浄化しちゃいますね!」


 イリスは祭壇まで赴き、祭られたミル像の前で跪く。そして両手を組み目を伏せ、女神への祈りを捧げはじめるのだった。

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