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77:山道を阻む土塊

 黒い少女と一悶着があったあと、少しばかり重い空気のなか俺たちはキロト山に足を踏み入れた。シュリを気遣い一旦出直すことを提案したが、本人たっての希望でそのまま出発したのだ。


「なぁ、シュリ。さっきの……クルゥだっけ。あいつとはどういう関係だったんだ? 友達だったのか?」


「はいです。クルゥとはお友達だったです。明るくて面倒見がよくって、塞ぎこんでいたわたしを気にかけて、よく遊びに連れ出してくれてたです。毎日遅くまで一緒に遊んで、とてもお世話になった人なのです……」


 つまりシュリにとって、親友とも呼べる人物なわけか。そんな相手と感動の再会を果たしたはずなのに、あろうことか怒り恨みを向けられ、挙句には腹に拳を突きこまれて。……さぞかし傷ついたろうな。


「……クルゥは仲間思いの強い人だったです。だからこそ、一族が離散する原因となったわたしが憎いのだと思うです」


「でもそれって理不尽だよね。だって、シュリちゃんに非はないじゃないか。あの子は向けるべき怒りの矛先を間違えてるよ」


 だよな、それは俺も思った。まったくもってアッシュと同意見だ。クルゥの引き際を鑑みるに、あの少女だって心の底では理解しているはず。そうでなければ、怒りに我を忘れもっと暴れていそうなものだ。


「人というのはの、頭ではわかっておっても簡単には割り切れんのじゃよ。あのお嬢ちゃんはどこかに怒りをぶつけんと、正気を保っておれんかったのじゃろ」


「そこへ運悪く、シュリちゃんと再会しちゃったんですね……」


「運悪く、ってのは違うんじゃないか? お互いに生きているってわかったんだ、むしろ僥倖だろ」


 少なくとも、二度と会えない相手ではないのだ。今は仲違いをしていても、よりを戻す機会はいくらでもある。クルゥがあの村で生活しているのであれば、またすぐ会えるかもしれないしな。一度目の再会で熱はある程度冷めているだろうから、次こそは冷静に話し合えるはず。


「です! クルゥが生きていて、また会えたです! 殴られたのは悲しかったですが、そう考えれば嬉しくなってきたのです!」


 さきほどまで耳は力なく伏せられ、塞いだ表情をしていたシュリ。俺の言葉で前向きになってくれたのか、いつものように花の咲いた笑顔を見せてくれた。

 予期せぬ遭遇者との一件はこれにて落着……にはちと早いけれど、次に会ったときにはふたりの仲を取り持てるよう、俺も一肌脱ぐとしますか。


 沈み気味だった雰囲気もいつしか上向きになり、心なしか重く感じていた足取りまで軽くなる。だが軽い足取りも長くは続かない。徐々に斜度が上がり、今度は別に意味で歩みが重くなってしまった。

 緑が生い茂る山道を、ひいこら言いながらも進んでいく。雨上がりなのか湿気が多く、不快な汗がじわりと湧き出てくるな。

 山だけあって道のりが険しく、道中は平野では見かけない魔物や動植物が何度か姿を見せていた。


「なんだこの泥団子? 道のど真ん中にいくつもあって、通るのに邪魔だな」


「あの大きさであの見た目、なによりここが山中だから……もしかして、ドラゴンのうんこだったりして?」


「ドラゴンの!? いやいやそんな、まさかこんな場所で……?」


 進路上に塞がる、大きさがまばらないくつもの不思議な楕円状の球体。アッシュの一言を受け、確かにドラゴンの糞だと言われたらそれっぽく見えてくる。生物の糞にしてはあまりにも整った形だが、実物を知らないからこそ、そういうものなのではと変に納得してしまう。


「ふむ、どこかで見た覚えがあるの。なんじゃったかな……?」


「オル爺様は、あの土塊をご存知なのですか? もしかして、危ないものだったりするのかしら……?」


「うぬぅ……。年をとると、物忘れが多くなっていかん。喉元までは出てきとるんじゃが……」


 腕を組み、頭をうんうんと悩ませるオルディス。見識の広い元勇者が見覚えあるというのだ、早く思い出してくれればいいが、あの調子だと時間がかかりそうである。


「スンスン……。不快な臭いはしないので、排泄物とは違うと思うのです」


「シュリちゃんがこう言ってますし、不用意に近づいたら危ないですよー、キリクさん!」


「ちょっと近くで確かめるだけだって。この道を行く以上、横を通らないと進めないしな。かといって迂回するのも面倒だし」


 アッシュの言ったことが冗談なのは、百も承知。だがこんな不可思議な物体、いったいなんなのか好奇心をくすぐられる。これほど丸みを帯びた泥の団子が、果たして自然に出来上がるものなのかね。


「見た目はただの土くれっぽい……って、うぉ!? 動いた!?」


 調べるため興味本位で近づく。すると俺が近寄った途端、丸々とした土塊は想像がつかないほどしなやかに、ぶるるんと震えだしたのだ。

 なんとこの泥団子、全身に泥を塗した小石交じりのスライムであった。そもそもスライム自体を目にしたのが初めてだったので、まんまと擬態に引っかかってしまったようだ。……このスライムがなにに擬態していたのか、そもそも本当に擬態だったのかは定かじゃないが。


 液状に広がり、俺を体内に取り込もうと勢いよく飛び掛ってくる。不意の事態に対する心構えはしており、おかげで難なくかわせた。先ほどまで立っていた位置に、意思を持つ液体がべちゃりと落ちる。

 さらに後ろへと飛び退き、動き出した土スライムから距離をとった。


「……っ!? いってぇ! このスライム、小石を飛ばしてきやがった!?」


 着地の瞬間を狙われたのか、別の個体が俺に目掛け、小さな石を吐き飛ばしてきたのだ。咄嗟に篭手で急所を守るも、防ぎきれなかった礫が肌を掠める。

 幸いにして直撃せずにすんだ。外れた小石は地面にめり込んでいて、当たれば痛いどころの騒ぎじゃないな。


「キリク様、後ろに下がってくださいなのです!」


「あれはスライムだったんだね! 適当なこと言っちゃってごめんね、キリク君!」


 さらなる追撃として飛ばされた礫を、前に躍り出たシュリが盾で受け止め、アッシュは剣で弾き落とす。普段から俺の投擲を見慣れたふたりにとって、この程度の礫を捌くのは容易い。


「キリクさん、傷を診せてください! すぐに治しますからね!」


「すまん、頼む」


 礫が掠めたのは左脇腹になるのだが、僅かながら肉を削られている。掠り傷といえるほど優しい怪我ではなかったので、イリスが即座に治癒を施してくれて助かった。


「おぉ、やっと思い出したぞい! その魔物はマドスライム、山間部や泥地に生息しとる変り種のスライムじゃ!」


「オル爺様。できれば、もう少し早く思い出していただければありがたかったのですけれど?」


 まったくもってお嬢の言う通りだ。スライムだと正体がわかってから教えられても、もはや時すでに遅し。すでに交戦状態へと突入している。


「うーむ、しかしスライムとなれば厄介じゃの。とりわけマドスライムは表面に纏った泥で、弱所となる体内の核を隠しとる。そのうえに小石混じりのせいもあって、無闇に剣で攻撃をすれば刃を痛めるんじゃよ」


 石を剣で粉微塵にした御仁がなにを言うか。だがそれはオル爺ほどの剣術を持ってしてこそ。現に交戦中のアッシュは、剣での攻撃を控えて守りに徹している。一度マドスライムに斬撃を見舞った際、体中に混じりこんだ小石の感触に気付いたのだろう。

 槌などの鈍器で、核や小石ごと押し潰してしまうのがよさそうか。だが生憎とこのパーティに、鈍器持ちはいない。


「物理的に攻めるより、魔法での攻撃が有効じゃぞ」


「魔法ですね、師匠! なら、早速支給していただいたこれの使いどころだよね!」


 残念ながら魔導士もこのパーティーには……と渋い顔をしていると、そんなことはないとアッシュが行動を起こした。腰に下げた袋から、綺麗な黄透明の魔法石を取り出すアッシュ。


魔法解放アンリーシュ! 雷よ、喰らいつけ!!」


 アッシュが唱えたのは、石に封じられた魔法を解き放つ呪文。俺の使い方がおかしいだけで、魔法石とは本来こうやって使用するものなんだよな。

 アッシュの左手に掲げられた魔法石が輝きを放ち、標的を目掛け蛇がうねるようにして雷撃が走る。

 雷は獲物を捉えると、隣接する別の個体にまで伝播し牙を突き刺した。

 三体のマドスライムが全身を巡る雷撃に震え、時を待たずして順に弾けていく。びちゃびちゃと辺りに液体を撒き散らせ、残ったのは水溜りに浮かぶ茶色いスライムの核だけとなった。即座にアッシュが駆け寄り、散った体が復元する前に三体の核を両断。スライムの体を構成していたゲル状の液体は形を失い、水となって跡形もなく溶けていった。


「おぉ、やるなアッシュ!」


 瞬く間に三体を処理してしまったアッシュ。とはいえ倒すのに魔法石を用いたので、費用対効果で考えると赤字すぎる。だが出所がタダなので、あまり気にしなくていいか。

 勿論俺も負けてはいられないと、マドスライム退治に乗り出す。核が丸見えであれば楽勝なのだが、泥塗れの体表からは位置が特定できない。


「でもま、思いっきり石をぶつければ体ごとほとんど弾け飛ぶだろ。所詮は液体の塊だしな」


 構えた石ころを、篭手の力も用いて投擲。飛び跳ねるか這ってでしか移動できないスライム種に、素早く回避する手段なんてあるはずもなく。耳触りのいい破裂音を響かせ、核ごと弾けて消滅するマドスライム。

 音もさることながら、一撃で弾け飛ぶ光景になんとも気分がすっきりする。鬱憤晴らしにスライム狩り、これは今後俺のなかで密かに流行りそうだ。


 別の場所ではオル爺が、石すら裁断する剣技でマドスライムを十枚におろしていた。綺麗な等間隔で輪切りにされており、核も大きさから剣撃の隙間には身を隠せずぶった切られている。

 こちらが攻めに転じてからというもの、戦闘はあっという間に終結。道を遮っていた泥団子ことマドスライムは、全ての個体が核を損ない、ただの泥水となっていた。

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