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76:不吉な再会

 山を登るにあたって、荷物は必要最低限に留めた。邪魔になる物はすべて宿に置いていく。きつい坂道が続くのは容易に予想できるので、できるだけ身軽にしておかないとな。

 朝食を終えてから一旦自室に戻り、準備も整えて、いつでも行けると宿一階の寂れた食堂で待つ。ほかの皆はまだのようで、珍しく俺が一番乗りだ。

 ひとり寂しく仲間を待っていると、最初に姿を見せたのはカルナリア嬢であった。


「あら、早いのねキリク」


「そういうお嬢こそ。そっちはダリルさんと一緒に、家に帰るんだろ?」


「その話なのだけれど、せっかくだから私も聖地までご一緒することにしたの」


 え、お嬢も晶窟までついてくる気なのか。昨日は時間が遅かったから一緒に宿泊したものの、当初の予定ではこの聖地最寄の村に俺たちを送り次第、お嬢とダリルさんはすぐ踵を返すはずだったのだ。だからこそ今日、ふたりとの別れに心構えをしていた。

 無論、俺としては同行してくれて一向に構わない。むしろ帰りも途中までで構わないので、魔導車に同乗させてほしいくらいだ。


「……お嬢様、どういうおつもりです? そのお話、私は初耳なのですが?」


 彼女のすぐあとに続き、ダリルさんも食堂へ現れる。軽微なカルナリア嬢と違い、ダリルさんはすべての荷を携えいかにも帰るといった装いだった。


「だって、せっかくこんな場所まできたんですもの。どうせなら私も、『神秘の晶窟』を拝んでいきたいわ」


「お嬢様、我々は観光に訪れたのではないのですよ? それに、魔導車はどうされるのです? ……声を大にしては言えませんが、村に置いて行くのは憚られますよ」


 魔導車を動かすには専用の鍵が必要である。鍵なくしては起動せず、動かせなければ巨大な鉄塊も同然。なので易々と盗られはしないはずだが、絶対にとまでは断言できない。例えば力のある馬数頭立てで引けば、十分持ち去れるだろう。ほかにも悪戯されて、破損させられたりなんてのもありうる。

 ドワーフの国で量産化が始まっているとはいえ、まだまだ高価で貴重な魔道具。赤の他人に預け、所有者が目の届かない状況にするなどもってのほかだ。


「そこはほら、ダリルが残ってくれればいいじゃない? あなたが居残って、私たちが戻るまで管理していて頂戴な」


「また我侭を仰るのですか、お嬢様! 毎度付き合わされる私の身にもなってください!」


 おやおや、朝っぱらから言い争いを始めてしまったよ。常日頃カルナリア嬢に振り回されているダリルさんとしては、いい加減帰って羽を伸ばしたいのだろうな。


「おはようございます、キリクさん。……カルナリアさんとダリルさんが口喧嘩をされてますけど、なにかあったのでしょうか?」


 そうこうしているうちに、仕度を終えた残りの皆が現れ、全員が揃ってしまった。軽く事情を説明し、しばしふたりの口論を静観。彼らの問題なので、自分たちで結論を出してもらわねば。とはいえ、聞いている限り話は平行線を辿っているが。


「――もう! だったらダリルは先に魔導車で帰ればいいわ! 私はひとりで、歩いて帰るから! ……お待たせして申し訳ありませんわ、聖女様。さ、早く参りましょう」


「ちょっ、お嬢様!? 話はまだ終わって――……はぁ、まったく」


 ふたりの口論は結局和解せず、カルナリア嬢は頬を膨らませて宿の外へ。ダリルさんは頭を抱え、力なく椅子に腰をおろした。


「カルナリア様、出て行かれてしまったのです」


「うーん、困ったね……?」


 どうしてよいかわからず、戸惑わずにはいられない。こうなるのなら最初から同席していた俺が、帰りも魔導車で楽がしたいからと変な考えを持たず、予定を遂行しようとするダリルさんの肩を持つべきだったか。しかし俺が意見したとして、あのお嬢様が耳を傾けてくれるかは甚だ疑問だが。


「あの、私、カルナリアさんを連れ戻してきますね」


「わたしも御供するです!」


 イリスとシュリがお嬢を追いかけ、宿から飛び出していく。俺もと後追いで扉に手をかけたとき、顔を伏せていたダリルさんが面を上げ、口を開いた。


「お待ちください、キリクさん。……私はお嬢様に命じられたとおり、宿で待機いたします。これまでも散々付き合わされてきたんです、今更お嬢様の我が儘には慣れっこですよ。道中、お気をつけて行ってきてください」


 達観した顔つきで、乾いた笑いをこぼすダリルさん。立ち上がり荷物を背負うと、溜め息まじりで自室に戻っていった。

 さっきの出来事で、昔からダリルさんが折れる形でバランスをとってきたんだな、と察してしまう。まったくもってご愁傷様である。


「えーと、いいのかな……?」


「ええじゃろ。どこのお家でも、主君が家臣を困らせよるのはよくある話じゃ。わしらが余計な心配をせんでも、この程度であの男の忠義は崩れやせんて」


 いやでも、そういった鬱憤が積み重なって、最後は決壊するのがお決まりなんじゃ……?

 なんて不安になるも、それこそオル爺の言うように余計な心配か。付き合いの浅い俺が危惧するほど、彼らの関係は脆くない。

 宿の主人に軽く事情を説明し、引き払う予定だったふたりの部屋も継続して借りておく。それから俺たちも宿を出て、先に行った女性陣のあと追った。


 村の寂れた通りを、山方面に向かって早足に進む。村外れまできたあたりで、目当ての後姿を捉えた。だが目に入る影は四つとひとり多く、そのひとりとなにやら諍いが勃発している様子である。

 不穏な空気に足を速めるも、間に合わず嫌な予感が的中してしまった。突如その誰とは知れぬ人物が、三人の女性陣のなかで一番幼い少女、シュリの腹部に拳を突き入れたのだ。

 痛みから嗚咽し、その場でうずくまるシュリ。すぐさまイリスが庇うようにして寄り添い、カルナリア嬢が手を出した相手との間に割って入る。


「ったくよぉ、こんな過疎村に余所者が訪れたなんて報せを受けたから、念のため確認しに来てみれば……。まさか見たくもないツラを拝む羽目になるとは、夢にも思わなかったぜシュリ。つーか生きてたのな、お前」


 駆けつけた俺は、アッシュと一緒にカルナリア嬢の横に並び立ち、体を盾に狼藉を働いた相手からシュリの姿を隠す。

 近くで見る相手は、思ったよりも小柄であった。

 金糸の刺繍が施された真っ黒な外套を纏い、全身を覆い隠したいかにもな怪しい出で立ち。被るフードに空いた穴からは同色の、外套とまるで一体となった獣の耳が空を仰いでおり、膝丈ほどの長さの裾からは黒灰の尾先が垂れ下がっている。外套の端からちらりと見える素肌は褐色で、なにからなにまで黒い印象を与える風貌だ。シュリよりは年長なのか、彼女と比べ少しばかり背が高く、大きく膨らむ胸部からこの人物が獣人の女性なのだと窺える。


「理由は知らんが、いきなりシュリを殴るなんてどういう了見だ!?」


「君はシュリちゃんと顔見知りみたいだけど、なぜ暴力を? 理由を話してくれないと、僕らは納得しないよ」


 アッシュと一緒になって、凄みを利かせて睨みつける。だがこの黒い少女はどこ吹く風か。反省の色は見られず、終始呆れた態度であった。


「オレと大差ない境遇に堕ちてるかと思ってたが、毛並みもいいし随分と大事にされてやがんだな。オレたちに対し、罪悪感はないわけ? ……この疫病神の一族が!」


 こちらの質問に答える気はないのか、黒い少女は俺たちを無視して後ろのシュリに語り続ける。当のシュリは涙目のまま顔を上げ、咳き込みながらも言葉を紡いだ。


「けほっ、こほっ……。黒い耳と尻尾、なによりその言葉遣い。黒狼族のクルゥ、なのです……?」


「なんだ、ちゃんとオレのこと覚えてんじゃねぇか。受けた恩を忘れるほど、馬鹿じゃないみてぇだな」


 当事者のふたりだけで話が進み、俺たちはまるで蚊帳の外。だが一連の会話から、なんとなく見当がついた。

 例の獣人牧場からの解放後、行くあてのないシュリたち白狼族を受け入れた一族がいたはず。黒狼族と呼ばれたこの口の悪い少女が、恐らくはその一族なのだろう。のちに白狼族を狙った獣人狩りが起こり、彼女らの一族も巻き添えを食った。疫病神と蔑んだのは、そういった理由からなのだと推測する。


「ならドミテス、ストラ、ゴドウィン。こいつらの名前も当然忘れてねぇよな? 散々仲良く遊んだんだ、覚えてないなんてほざいたら殺すぞ。こいつらがオレと一緒に売られて、最後はどんな末路を辿ったか……!」


 ずっと冷淡なままだった黒い少女の声に、強い負の感情が混じる。再びシュリに手を出しかねない雰囲気であり、一瞬たりとも気が抜けない。


「変態ひひ爺にでも売り飛ばされたほうが、まだマシだったぜ。でもお前ら白狼族と違って、オレたちの黒い肌や毛は不吉だとかで気味が悪いんだとよ。おかげで二束三文で、とんでもねぇとこに売られちまったよ。はは……」


 自嘲するかのような笑い。身に受けた仕打ちを思い返しているのか、目には光が宿っておらず狂気すら感じる。

 この少女は今、正常な精神をしていない。シュリを狙って、いきなり暴れだしかねないぞ。こちらは人数に圧倒的な分があるが、なにかの間違いが起こる事態は避けたい。

 剣呑な雰囲気のなか、一石を投じたのは当事者の少女だった。


「ごめ、なさ……。ごめん、なさいなのです……」


 シュリの口から絞り出されたのは、掠れた声での謝罪。

 腹部を手で押さえたまま、ふらふらと立ち上がったシュリ。そして俺たちの脇をすり抜け、制止を聞かずに黒い少女の前へ。


「わたしたち白狼族のせいで、黒狼族の皆まで不幸に巻き込んでしまい、ごめんなさいなのです……」


 この子は悪くないというのに、なぜ謝らなければいけないのか。

 黒狼の少女が売られた先で、どのような仕打ちを受けたかは俺の知る由ではない。だがシュリだって、暗い人生を歩んできている。あのときも森の中で俺が見つけていなければ、人ですらないゴブリンの手篭めにされるという、想像さえしたくない結末を迎えていた。


 ……どちらがより辛い思いをしてきたか、不幸自慢をしたって不毛か。ただ俺が言えるのは、彼女がシュリを恨むのはお門違いということ。

 鬱憤の捌け口としてちょうどいい相手なのかもしれないが、諸悪の根源はシュリでも、ましてや白狼族ですらない。糾弾されるべきは、奴隷狩りなんて悪行を行なった者たち。真に怒りを向けるべき相手は、悪事に手を染めた無法者どものはずである。

 ただし俺の思う正論を、感情的になっている相手が聞き入れてくれるかは別。冷静でない相手に諭したところで、暴論を振りかざされるだけだ。


 睨み合うふたりの少女。一触即発の状況に、息を飲む。相手が再び拳を振り上げれば、すぐにでも取り押さえる準備はできている。

 シュリは異論も反論も唱えず、言い訳さえしない。純粋に謝罪の言葉だけを述べたのだ。憤りを鎮め、引いてくれるのを願う。


「……ッチ。いい子ちゃんぶって素直に謝りやがって、興醒めだよ。それでも顔が腫れあがるまで殴りつけてやりたいが、お仲間がいるんじゃ好き勝手できねぇしな」


 シュリの謝罪の賜物か、先ほどまで感じられていた狂気は消え失せていた。歩き出した黒い少女は俺たちの横を通り過ぎ、そのまま村の中心地へ。


「これ以上、お前と顔を合わせたくない。でも昔のよしみだ、忠告だけはしてやる。さっさとこの村から出ていけ。……長居すりゃ、碌な目に遭わねぇからな」


 去り際に黒い少女は、振り返りもせず一言だけ告げて姿を消した。胸の中にひっかかりを覚える、言葉だけを残して……。

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