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75:芸は身を助ける

 キロト山の麓、閑静なド田舎の村ベリラズ。目的の聖地、晶窟は山中にあるとのことなので、この村が現地に一番近い集落となる。日が山頂に姿を半身隠す頃になって、ようやくのご到着だ。

 ベリラズの村を拠点とし、ここからは徒歩。明日からは山登りの果てに聖地を目指す予定としている。


「うっわ、すげぇ寂れた村だな」


「えっと、そのぉ……し、静かな村ですねー?」


「なんだかお化けが出そうで、不気味なのです……」


 抱いた感想は一様に同じ。両の手足だけで数えきれる家屋。だがその半数近くは、人が住んでいるのかすら疑わしい廃屋も同然である。日暮れ時だというのに、家々に灯る光はあまりにも乏しい。


「過疎化が進んでいるのかしら……? ねぇ、ダリルはなにか知っていて?」


「いえ、私もこの村に訪れるのは初めてですので……。ですが、なにぶん僻地ですからね。お嬢様のご推察通りかもしれません」


「若者というのは皆、田舎の故郷を捨て都会を目指したがるからのぉ」


 そういうものなのかね。俺なんかは自分の田舎村で、生涯を過ごしてもいいとさえ考えていたくらいだが。まぁ、この村はうちの田舎村以上に辺境であるから、実際に住んでいれば都会に憧れるのかもしれないが。


 一応はなんとか体裁を保っている宿屋を訪れ、部屋を借りる。ほかに客はおらず、貸切状態だ。おかげでひとりにひと部屋ずつ、贅沢に使用できる。魔導車は一頭たりとも馬のいない、崩れかけた馬屋に安置。

 宿の食堂は残念ながら営業しておらず、ほかに食事処もない。ご飯は客が自前でなんとかしなくてはならないという、素晴らしいおもてなしだ。

 幸い宿の台所は使わせもらうことができ、さらに追加の代金を支払えば、厨房にある食材や調味料も自由にしていいと許可を得ている。なのでしかたなく、自分たちで今晩の夕食をつくる羽目に。だがここで一番の問題が。この面子の中で、果たして誰がまともに料理を作れるのか。

 道中においては、若手の兵たちが役回りで順に炊事こなしており、野営食としてはいずれも無難な出来であった。彼らと別れてからというもの、火を通すだけといった簡素な食事が続いており、ここらで英気を養うためにもちゃんとした料理を口にしたい。


「すみません皆さん……。お手伝いならできますが、基本的に私は食べる専門でして……。あ、でも味見役ならお任せください! 舌には自信がありますので!」


「ごめんなさいなのです、キリク様。わたしも、煮る焼くといった簡単な調理くらいしか……」


 はい、この時点で二名脱落。このふたりに関しては付き合いの中で知っていたし、もともとアテにしていない。


「ふふ、しょうがないわね。ならここは私に任せてもらおうかしら。貴族家の令嬢たる者、料理のなんたるかは心得ていますもの」


 自信満々に手を挙げたのはカルナリア嬢。貴族の娘ともなれば、料理を教わっていてもおかしくない……のか? なんにせよ、あの様子なら期待してもよさそうだ。

 俺も自分が食べる程度の料理はできるが、所詮は男料理。人様、ましてや聖女様やお嬢様に出せるものとなれば、話が変わってくる。

 だがここで、開口一番に異を唱える人物がいた。


「いえ、ここは私にお任せください! なにもお嬢様のお手を煩わせる必要はありません。長旅でお疲れでしょうし、家臣である私が行います! 後生ですからさせてください!」


 なにを焦っているのか、冷や汗を流したダリルさんが立ち上がったのだ。

 俺としては、おっさんの手料理よりも女性が作る料理のほうが嬉しいのだが。


「あらそう? でも、ダリルだってずっと運転していたのだから疲れているでしょう? だから私に任せてくれても――」


「いえ、ご安心を! キリク君も手伝ってくださいますから! ね!?」


「え!? 俺も!? いや、いいけどさ……」


 こうしてダリルさんの太い腕に引かれ、男ふたりで宿の厨房へ。せっかくカルナリア嬢が名乗りを挙げたのだから、任せておけばいいのに。


「べつにいいすよ。それより、ダリルさんは料理の腕に自信あるんですか?」


 やる気満々だったお嬢を制止してまで買って出たのだ。さぞかしいい腕をしているのだろう。……焦った様子だったのが少し気にかかるけど。


「ええ、それなりには。……ですが一番の理由は、お嬢様を台所に立たせたくなかったからなのです」


 そいつはまた、なんとも過保護な。カルナリア嬢に包丁で指でも切られたらと考えると、不安でしかたないのかね。心配せずともイリスが控えているのだから、多少の怪我ぐらい安心していいのに。……あ、でも、お嬢の血が隠し味の料理は嫌だな。


「どうやら勘違いをされているみたいですので、お教えしておきましょう。お嬢様は決して味音痴ではありませんが、どういうわけか、お作りになられる料理全てひどい味に仕上がるのですよ。さらには性質が悪いことに、見栄えと香りだけはいいのです」


「え……」


「しかも作って家臣の者に食べさせるだけで、ご自分では食されません。なので面と向かって正直な感想を述べられる者がおらず、ヴァンガル家の使用人は皆、極力お嬢様に料理をさせない方向で結託しているのです」


 なるほど。つまりダリルさんはカルナリア嬢を過保護にも心配していたのではなく、むしろ口にする俺たちを気遣ってくれたのか。


「なんというか……。ありがとう、ダリルさん」


「お気になさらずに。これも私に課せられた役回りですので……」


 身近に仕える身だからこそ、損な役回りだ。

 ダリルさんが存分に腕を振るった料理は、そのどれもが小料理店を開けるほどの完成度。使われた食材は持参した保存食と、厨房にあった僅かな生鮮品。それなのに、よくもまあこれだけの料理を作れるな。本人曰く、こういった機会が訪れたときのため必死に練習したそうだ。料理の腕に自信がないと、お嬢を納得させられないのだとか。


「皆様、お待たせいたしました。厨房に茸と小麦粉、香草がありましたので、ピザを焼いてみました。生地にチーズを存分に敷いてから、ヒメタケとミカドタケを大雑把に切って散らし、細かく粉砕した干し肉をまぶしております。名づけて、『二種の茸のヴァンガル風ピッツァ』です。お好みでジバルの香草から作ったソースをかけ、お召し上がりください」


 さすがにピザ用の焼き窯はなく、フライパンを用いたため焼き加減に多少のばらつきがある。ダリルさんは少しばかり焦がしたことを恥じていたが、味には自信たっぷりのご様子。


「さすがダリルね、いい味だわ。もったいぶらず、普段からもお料理してくれればいいのにね」


「ほんと、美味しいですよ! ダリルさん!」


「ふぉっふぉっ、見た目に似合わん芸を持っておるんじゃの。感心したぞい」


 俺もいただいたが味は文句なしで、ちょっと焦げているのがむしろいい塩梅となっていた。久方ぶりに手の込んだ食事に、周りからは絶賛の嵐。次々と焼きあがるピザに全員が舌鼓を打ち、イリスなんかはひとりで四枚も平らげていた。


 ちなみにお嬢の秘密については、彼女の名誉のためにも固く口止めされている。だけどいつかは、誰かがはっきり言わなきゃいけないと思うけどな。死人が出てからでは遅いだろうに。


 食後の時間は各々が好きに過ごした。今日ばかりはアッシュに課せられた鍛錬も少なく組まれており、もうすでにあらかた終わらせ、最後に走りこみを残すだけ。村の周囲を走るらしく、せっかくなので俺も付き合うことにした。


「しかしなんというか、本当に潰れる一歩手前の集落って感じだよな。宿の主も覇気がなかったし、泊めるのも渋々って様子だったぞ。食事も自分らで用意しろって、商売する気あんのかね」


「あの態度はちょっと露骨だったねー。まぁこういう村だからさ、余所者には排他的なのかもしれないよ?」


 全力疾走ではなく、息があがらない程度の軽い走り込み。のんびり喋るだけの余裕があり、肌をなでる程度の夜風が火照った体に心地いい。こういうのもたまにはいいな。

 暗がりの中で夜目を利かせ、何週もぐるぐると走り続ける。まだ寝るには早い時間なので家屋には光が灯っているが、どの家庭からも団欒の笑い声が聞こえてこない。この村に、活気溢れる子供はひとりとしていないのだろうか?


 不気味な印象を拭えず、そうこうしているうちに目標の周回数を達成。最後にもう一周、息を落ち着けるため歩いた。


「……お兄ちゃんたち、誰なの?」


 宿へと帰る道すがら、暗がりの中から小さな影が現れる。灯りが乏しく姿をはっきりと視認できないが、声から察するに幼い男の子のようだ。


「ん、俺たちか? 俺たちは……」


 例え子供相手とはいえ、聖女様御一行だと素直に教えるのは憚られる。どうはぐらかしたものかと逡巡し、言いよどんでしまう。


「お兄ちゃんたちは誰なの? 誰なの? 誰なの? 誰なの? 誰なの?」


 素直に答えず言葉に詰まったのが気に食わなかったのか、何度も同じ口調、声色で連呼される質問。夜中、それも光が乏しい暗い屋外に、なぜ子供がひとりでと疑問に感じたのだが、この子の言動にはもはや不気味を通り越して、恐怖さえ覚える。


「ぼ、僕たちはただの冒険者だよ。ギルドから依頼を受けて、キロト山に自生していると聞く薬草を目当てに来たんだ」


 同じく不穏に感じたであろうアッシュが、ごくありきたりで無難な答えを返した。一介の冒険者が魔導車を乗り回せるはずないのだが、そこは相手が世情に疎い田舎の子供。聞かれたら適当な嘘で返したとて、納得してもらえるだろう。


「ふーん、そうなんだ……。そうなんだ……。そうなんだ……」


 ぶつぶつと同じ言葉を繰り返し、立ち去っていく小さな影。男の子は光の灯らない、朽ちかけたあばら家の中へと姿を消した。


「……なんだったんだ、あの子」


「さあ……?」


 背筋にぞくりとした得もいえぬ恐怖を感じながら、足早で宿に帰った。かいた汗を拭い、明日に備えて今日はもう寝るとしよう。

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