71:出世街道まっしぐら?
あれからカルナリア嬢の屋敷でだらだらしたり、イリスとアッシュに会いに教会を訪れたり、王都の街中をぶらついたりと、束の間の休息を謳歌した。
そんなこんなであっという間に二日が経ち、いよいよ目前に迫った出発の日。旅立つ前日にグスクス司教から呼び出されたので、教会に足を運び一室で卓を囲んでいる。
「皆様、引き続きイリス様の護衛を引き受けてくださった件、あらためてお礼申し上げます。ルルクス王にも話を通したところ、是非皆様にお会いして礼を述べたいと仰られまして……」
「い!? 王様と!? いやそれはちょっと……。俺みたいなのが面通りしたら、どんな無礼を働いてしまうかわからないですし……」
万一にも王の御前で粗相でもして、首と体がさよならなんてことになりでもしたら……。想像するだけで身の毛がよだつ。
勿論畏まった態度で挑み、余計な発言はせず大人しくしておけばいい話なのだが。というかそもそも、単純にそんな息の詰まる場が嫌だ。できるのならご遠慮したい。
本来であれば光栄だと感じるべきだろうが、王との謁見なんて一介の村人にしかすぎない俺には荷が重過ぎる。
「ご安心を。そう仰るかと思いまして、私のほうから丁重にお断りさせていただきました。代わりといってはなんですが、十分な援助をお約束してくださりましたよ。なのでご入用の品があれば、お早いうちにお教えください」
おぉ、そいつは助かるな。実を言うとドワーフの店主に武具製作を依頼した際、前金を支払ったら財布が随分と軽くなってしまった。あちらも前言通り、相場よりもずっと安く見積もってくれたらしいが、それであってもだ。
受け取り時に支払う残りの代金は、暇をみてギルドで稼ぐつもりだった。しかしここで、王様からのありがたい申し出である。ならばお言葉に甘え、お願いしてみるか。
「――という事情でして、代金を用立ててもらっていいですかね? あと、魔法石もいくつか用意してもらえればありがたいんですが」
「なるほど、わかりました。むしろ金銭面に関しては、全面的に頼られてよいでしょう。魔法石も国の倉庫にいくらでも保管されてあるはずですので、個人が使う程度の数であれば許可を得られるかと思います」
よっし、やったね。
街中の商店を見てまわったとき、さすが王都だけあって魔法石を取り扱う店はいくつかあった。値も品薄状態のアルガードよりは幾分か安く、品揃えもよく火以外の属性まで並んでいたほどだ。しかし前述のドワーフとの一件で、欲しくとも手を出せなかったからな。
「あのあの、わたしもお願いしてもよろしいのです? キリク様にいただいた盾なのですが、そろそろ限界みたいなのです。同じくらい軽くて取り回しやすい、新しい盾が欲しいのです」
「なら僕も、キリク君と同じでいくつか魔法石をもらっておこうかな。いざってとき、とれる選択肢を増やしておきたいしね」
各々が自分に必要だと思うものを列挙し、司教はそれを雑紙にメモしていく。イリスはといえば保存のきく高級食材をまっさきに希望し、相変わらず食に対してはぶれない姿勢を見せていた。
しかしおかげで、馬鹿みたいに無駄な散財をしなければ道中の旅費に困らなくてすむ。金に苦心しない、多少の贅沢は許される気楽な旅になりそうだ。
「では、伺った要望は後ほど王へお伝えしておきましょう。さて続いて、あなた様方がイリス様の護衛に就くにあたりまことに勝手ながら、聖女様専属の聖騎士に任命いたします」
「へぇ、聖騎士に……って、ええっ!?」
万全の状態で旅立てることに浮き足立っていると、さらりととんでもない話を告げられ、我が耳を疑う。今まで通りの立ち位置で担うのだと思いきや、まさかの事態。聞き間違いでなければ予期せぬ大出世である。
「聖騎士って、俺たちがそう簡単になっちゃっていいもんなんですか?」
「ご安心を。此度の任命は、あくまで体裁上の処置であります。イリス様を送り出すのに、外部の者を雇いつけたとあれば納得せぬ方々もおられますので……」
王都までの、保護した聖女様を護衛してきた経緯とはわけが違う。教会から正式に聖女の護衛を託されたのだから、理解を得るためにも相応の身分が求められるか。
「つきましては任命に当たり、あなた様方に能力鑑定を受けていただきます。決して疑うつもりではないのですが、あなた様方のお力をこの目で確認しておきたくありますので」
イリスを保護してから王都に着くまでの出来事は、事細かに説明した。道中刃を抜く機会が幾度もあり、そのたび窮地を切り抜けてきた経緯をグスクス司教も理解してくれている。
彼はイリスが信用しているのなら自分も、とは言っていた。だがそれでも己の目で、任せて安心できるかの確証を得ておきたいのだろう。
俺としては、またも無料で鑑定をしてもらえるのならば願ったり叶ったりだけどな。
拒否する理由なんてないので、途中で離脱するカルナリア嬢を除き、任命に伴う能力鑑定が行われることとなった。グスクス司教は棚の引き出しから鑑定紙を取り出し、俺とシュリに一枚ずつ配ると、順に鑑定の神聖術を施しはじめる。
さてさて自分の番が終わり、結果の出た鑑定紙に目を落とす。旅立つ前にイリスに鑑定してもらって以来だが、どう成長しているのやら。濃い期間ではあったが、あれからたいして時間は経っていない。過度な期待はしないほうがいいなっと。
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名前=キリク・エクバード
年齢=16
性別=男
Lv=36
HP=1000
MP=410
力=163
守=127
精=158
技=304
速=289
《魔法》
なし
《技術》
投擲術Ⅹ
隠密Ⅵ
見切りⅣ
遠投Ⅳ
短剣術Ⅲ
解体術Ⅴ
《固有》
必中
《加護》
鬼人の契り
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……自分の成長振りをみて、思わず目が点になってしまった。
この短い期間に、どれだけ上がってんだよ。若いうちはレベルが年齢分あれば上々だったはずが、もはや倍以上になってやがる。村で狩猟生活をしていた頃と比べ、成長速度が段違いだぞ。
一体なにが原因で……と思い耽ったが、ティアネスで退治した化物やほかにも王級の魔物と、心当たりは十分にあったな。
ゴブリンのようなただの雑魚相手じゃ、どれだけ狩ろうが一定以上の成長は見込めない。だが反して相手が強敵であるほど、勝利したときに得られる糧は多くなる。
「ふむふむ。キリク殿は聖騎士に求められる水準としては、少々物足りなくあります。ですがあなた様のご年齢を考慮すれば、むしろ相当なもの。伺った道中のご活躍を鑑みましても、憂慮すべき点はございませんね」
聖騎士を選定するのに、求められる最低基準が四十レベル以上。二十にも満たない歳でその域に到達する者となれば、広い世界で見ても極々僅かなはず。それゆえ、現在所属している聖騎士の平均年齢は三十代となっている。
自分より年長で、さらに厳選された者たちが基準とされているのだ。俺がこの調子のまま力を付けていけば、数年で肩を並べるどころか追い抜くまである。だが、現状では見劣りして仕方がないか。
勿論先人たちに劣っているつもりはない。レベルなんて所詮は指標でしかなく、数字だけでは実際の力量を推し量れやしないんだから。
「しかし話には聞いておりましたが、最高位にまで極まったスキルは初めて目にしました。さらには固有だけでなく、より希少な加護まで。記された数値以上の実力をお持ちだと、納得がいきます」
そうそう。俺には格上であろうと下克上できるだけの、強力無比な投擲術と必中がある。そのうえ今では加護まで持っているんだから……ん? ちょっと待てよ、前回の結果に加護はなかったはず。しかしあらためて鑑定紙を見直すと、該当する覧にはしっかり『鬼人の契り』と記されていた。
……あれか。魔鳥の王と戦った際、鬼人の篭手と言葉を交わした。力を貸すとの甘言を受けたのだ。鬼人と記されているのだし、同じ名を冠する篭手が原因で間違いない。契りとあるから、あの篭手に宿る意思との間に、なにかしらの契約が交わされたとみるべきか。
それにしてもだ、一方的に加護という形で契約されているのはひどくないか? 確かに提案に乗ったのは俺自身だけどさ。
名前だけで詳細はわからないし、そもそも本当に加護として機能しているのすら疑わしい。まさか実態は呪いの類……じゃないよな?
考えれば考えるほど、はやまったのではと後悔が湧き出しかねない。あの日以来これといって変わりはなかったのだし、ひとまずは無害なものだと判断しておこう。
不明瞭な存在ではあるが、少なくともあの時、篭手に宿る意思は窮地に救いの手を差し伸べてくれたのだ。……悪魔が先に恩を売ってきた、とみるのが正しい気がするが。
「キリク様ー! わたしも鑑定してもらったです! 見てください!」
考えても答えなんて出るはずもなく、前向きに気持ちを切り替えると、シュリが自身の結果が記された鑑定紙を差し出してきた。屈託のない笑顔を浮かべ、嬉しそうに尻尾を暴れさせている。
「わたし、前より強くなったです! 成長したのです!」
「おぉ、さすがだなシュリ。どれどれ……」
頭を撫でてやり、差し出された紙を受け取る。これほど喜んでいるのだ、さぞかし立派な成長を遂げているのだろう。
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名前=シュリ
年齢=14
性別=女
Lv=17
HP=750
MP=160
力=64
守=53
精=79
技=68
速=169
《魔法》
なし
《技術》
解体術Ⅱ
短剣術Ⅲ
小盾術Ⅴ
《固有》
獣化【白狼】
《加護》
なし
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おぉ、出会った当初と比べれば随分と見違えたな。暇があれば俺やアッシュと訓練をしていただけあって、いい成長具合だ。雑魚の魔物処理は率先して任せていたが、これならもう少し強い相手でもいけそうだな。
そして短剣術に関しては、もはや追いつかれてしまっている。どおりで最近、短剣を用いた試合形式の訓練をした際、苦戦させられるわけだ。今はまだ、レベルの開きから俺に一日の長があるものの、追い抜かれるのは時間の問題かね。
「ふむ、シュリ殿はなんとも可愛らしくありますね。……ですがこの結果ですと、聖騎士を名乗るには厳しく思います。なのでここは、見習いとしておきましょう。まだ若く伸びしろを感じさせますので、いずれは大成なされるでしょう」
今後の成長について司教から太鼓判を押され、より一層精進すると鼻を鳴らし意気込みをみせるシュリ。
現状でも彼女が前に立ったくれるだけで、十分な安心感があった。全くのゼロから始めた盾の扱いも、すでに様となっている。最終的にはあのギルドマスターみたく、鉄壁を誇れるまでに強くなってくれればと願う。
「……あれ、ところでアッシュは? お前は受けないの?」
そういえば司教から鑑定紙を渡されたのは、俺とシュリのふたりだけ。カルナリア嬢は最後まで同行できるか不確かな身なのでわかるが、肝心の主力であるアッシュはなぜ省かれたのか。
「僕は昨晩のうちに話を聞いていたからね。だからひと足先に受けさせてもらったんだよ」
「なんだ、そういうことか。てっきりアッシュが心変わりして、護衛を辞退するのかと思った」
イリスの護衛から手を引き、勇者捜索に加わるつもりではないかと頭によぎったのだ。だが余計な心配をしただけだった。いくらアッシュが勇者信者であっても、こいつは責任や義務を放棄するような人間じゃないと、短い付き合いながらわかっていたのにな。
「すでに鑑定を終えてるならさ、結果は教えてくれないのか?」
これまでの戦闘行為において、アッシュの動きは俺なんかよりもずっと優れていた。この人選の中じゃ、間違いなく一番の手練。純粋な火力だけなら俺が圧倒するが、総合的な面においては完敗だと白旗をあげざるをえない。
「あー、ごめんねー。もう荷物の奥深くにしまっちゃったから……。簡潔に口頭で伝えるなら、レベルは四十五だったよ。いやー、自分でも驚くくらい成長してたよー」
「アッシュ殿は此度の件を抜きに、正式な形で聖騎士に任命したいほど素晴らしい実力をお持ちであります。正しい手順を踏んで聖騎士を目指しておられれば、最年少での記録更新となっていたでしょうね」
「お強い方だとは思ってましたが、さすがですねアッシュさん!」
順当に聖騎士を志していれば記録を更新できたって、すごいなアッシュ。元聖騎士のバスク相手に人数差で負けはしたけれど、互角に渡り合っただけはある。褒められた当の本人も頬を染め、満更ではないご様子だ。
「さて最後に、あなた様方に紹介したい御方がおります。聖女様の旅を万全なものとするため、その方をお仲間に加えていただきたいのですよ。すぐにお呼びしてまいりますので、しばしお待ちください」
もはや決定事項なのか、こちらの返事を待たず使いを走らせたグスクス司教。
カルナリア嬢やダリルさん、彼女の家臣である若手の兵たちは一旦領地の私邸に帰らねばならず、継続して最後まで同行できるかわからない。そのため護衛にあたる人員が減ることはほぼ決まっており、司教は先を見越して守り手を増やしておくつもりのようだ。
魔法を使える魔導士か、イリス以外で治癒を担える武術を収めた神官あたりが、足りない穴を補う人員として望ましく思う。
「私たちの抜けたあとが心配だったけれど、人手を増やすのなら心配はなさそうね」
「だな。さてさて、どんな奴が加わるのやら……」
この輪の中に溶け込める人柄の持ち主で、かつ俺と役割の被る後衛職でなければいいが。
教会からの斡旋であることを踏まえると、神職に属する者である可能性が高そうだ。以前みたくイリスが不調となった際、代役をこなせる神官だと心強い。
聖騎士を志望するものの実力不足で叶わず、鍛錬に勤しみ業務をこなす武闘派の神官は多い。そういった人選の中から連れて来るのかもしれないな。
……ふと、あまり思い出したくない人物の顔が浮かんだ。ここを訪れた当初、嵐のように現れた無礼者の神官。名は確か……ラヴァル、だっけか。獅子の獣人族だけあってか、見た目どおり力は相当であった。あの男ならば、俺が思い描く戦う神官像にぴたりと当てはまる。
一度この考えが頭に浮かぶと、ほかが想像つかなくなってきた。予想が的中して、本当にあいつが加わるのだとしたら前途多難だぞ。
2/14 スキル『見切り』が抜けていたのを、修正いたしました。




