表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/117

70:王都の昼下がり

 グスクス司教との話が済み面会を終えると、時刻は昼を迎える頃合だった。


「それじゃあ俺たちは屋敷に帰るけど、イリスは残るでいいのか?」


「はい。隠居された先代様が、私に会いたいと仰ってくれてるそうですので。それにこの大教会は、私の実家ともいえますし」


 旅を再開するまでの王都に滞在している間、イリスはこのまま教会に身を置くつもりのようだ。帰るべき実家があるのに、よそ様のお宅でご厄介になる必要はないわな。

 しかし、イリスをひとり残していいものか……?


「心配しなくても大丈夫ですよ、キリクさん。アルガードの大教会と違って、ここには私のよく知る昔馴染み方ばかりがおられますから」


 俺が抱く懸念を察したのか、先んじて当人から安心してくれと言われてしまった。

 イリスと接した神官たちの雰囲気は、いずれも親しげで偽りなど微塵も感じさせない。本人が実家と豪語するだけあって、安全なのは間違いないか。


「そんなに心配でしたら、キリクさんも私と一緒に教会に残ります? お部屋なら用意しますよ?」


「あー、んー……いや、遠慮しとくよ。教会ってずっといると、なんか落ち着かないからさ」


 別にやましい気持ちは持っていないが、なんだか居心地が悪いというかなんというか。そう感じてしまうのは、心が穢れているからなのかね。実際、随分と手を汚しているからな。

 必要な殺生だったと割り切ったつもりでいたが、自分でも気付かぬうちに、心のどこかでは負い目に感じているのかもしれない。


「なら、僕がお言葉に甘えちゃってもいいかな? 貴族街って、ちょっと苦手なんだよね」


「どうぞどうぞ、アッシュさん! ご招待しちゃいますよ! あ、でも私はあまりお相手できないかもしれませんが……」


「うん、大丈夫。気にしないで。僕も、ひとりになって気持ちを整理したい部分があるから……」


 アッシュは残るのか。ふむ、確かに貴族街もまた落ち着かない。メイドに世話を焼かれるのはいい気分だったが、俺にはちょっと贅沢すぎた。

 なによりあいつの整理したい気持ちってのは、きっとアリアのことだよな。憧れの存在が、生死不明の行方知れずとなっているんだから。俺だって幼馴染として気がかりだが、現在進行形でずっと追い続けていたアッシュは比じゃないはず。事情を知ってから、目に見えて血相が悪くなったものな。本人が言うように、今はひとりにさせておいてやるべきか。


 かくいう俺も、考える時間がほしい。心に(もや)がかかり、気分が晴れないのだ。アリアの件は現状どうにもならないのだし、教会側がすでに手を打っている。あちらに任すべき案件であり、悩むだけ無駄だとは理解しているが……。


「ほら、大勢で居座ったらご迷惑になるから、私たちは帰るわよ。せっかく聖女様が身内の方々と水入らずで過ごせる機会なのだし、邪魔しちゃ悪いでしょ?」


 少しばかり考え込んでいると、カルナリア嬢に半ば強引に手をとられ引っ張られる。そのままイリスとアッシュを残し、ふたりに見送られながら教会をあとにした。


「さて! いい時間なのだから、これからお昼でも食べに行きましょうか?」


「はいなのです!」


「え、このまま屋敷に帰んないの?」


 昼前とあって空腹を感じてはいるが、食欲があるかと問われれば返答に困る。今は静かな庭の草地にでも寝転んで、空を見ながら物思いに耽りたい気分なのだ。


「だってこんなにいい天気なのよ? 遊びに出かけなきゃもったいないわよ。それに私とした約束、まさか忘れちゃったのかしら?」


 カルナリア嬢とした約束……? なんだっけ。


「……あー、そういや王都に着いたら、俺の服を見繕ってくれるんだったか?」


 そういえばアルバトロスとひと悶着あったあの村で、俺の一張羅が村人くさくて野暮ったいだの苦言されたんだよな。で、センスのいいお嬢が選んでくれる、って話だった。


「そ。王都に長居するわけじゃないのだから、時間のあるうちにしときましょう。……勇者様が心配なのはわかるけど、いい気晴らしになると思うわよ?」


 カルナリア嬢にはアッシュが加わった経緯を、話題のネタとして話してある。当然あいつが勇者信者であって、俺が勇者の幼馴染だったことまで。だから彼女なりに、気を遣ってくれたのだろう。

 ならアッシュも誘おうかと思ったが、あいつはそっとしておくのがいいか。下手に連れ出すより、休ませておいたほうがいい。


「……おっし、なら行くか。そうそう、ついでにシュリの服も見繕ってやってくれないか? 新しい服をプレゼントしてやるって、約束したきりなんだよ」


「ええ、いいわよ。ふふ、シュリちゃんは素材がいいから、やりがいがあるわねー!」


 快く応じてくれた彼女は、シュリの背後に回ると後ろから抱きつき、体格を調べるためか体をまさぐりだした。その手つきは男の俺から見ても、女性とは思えないほどいやらしい動きをしている。


「あふんっ!? ……カ、カルナリア様、目つきが恐いのです!? お手柔らかにお願いしますなのです!」


 こうして今日の予定が決まり、馬車は先に帰し徒歩で王都の繁華街を目指した。

 ひとまずは適当な店で昼食を済ませる。カルナリア嬢は貴族なのだから高級な料理しか受け付けないかと思いきや、意外にも庶民舌なのか、大衆食堂で満足しており驚きだった。

 彼女曰く、素材の良し悪しも重要だが、なにより大事なのは調理人の腕なんだとさ。シュリの嗅覚を頼りに選んだ店だったが、確かに店主の腕前は相当なものだったからな。


 昼食を終え、いよいよ目当てである服屋へ。入ったのは大通りに面した店。小洒落た内装であり、俺ひとりだと間違いなく気後れして引き返す雰囲気の店だった。


「ふーむ、これなんていいんじゃないかしら? あら、こっちもよさそうね?」


「わぁ! キリク様、お似合いなのです!」


「そ、そうか? でもちょっと動きにくいな。肩周りが窮屈なのは困る」


 着せ替え人形のごとく次々に服をあてがわれ、次第に疲れから辟易してくる。最終的に選んだのは、元着ていたものとたいして構造の変わらない服。結局、着慣れた格好に落ち着くんだよな。


「あまり変わり映えしないわね……。まぁ、少しはマシになっただけよしとしましょうか」


 納得がいっていないのか、不満げな表情のカルナリア嬢。そう言われても、彼女の選ぶ服は都会的すぎて、少々派手なものばかりだったからな……。


 俺の番が終わり、次はシュリだ。カルナリア嬢は先ほどの鬱憤を晴らすかのように、試着室を占拠し、怒涛の勢いでシュリを着せ替えしていく。あの様子だと、本来の目的を忘れ自分が楽しんでいるだけだな。だって、さすがにバニーガールの服はおかしいだろ。


「時間かかりそうだから、俺は向かいの武具屋に行ってるなー」


「はーい、行ってらっしゃいな。さ、シュリちゃん。次はこっちを着ましょうねー」


 これは長引くと判断し、機会があるならば行きたかったもうひとつのお目当てへ。


「キ、キリクさまぁ~……」


 消え入りそうな声でシュリが救いを求めていたが、見てみぬふりをした。

 すまないな、シュリ。俺にはどうにもできない。あのお嬢様は完全に火がついた様子だったから、鎮火するまで耐えてくれ。




 さてさて武具屋に訪れたのだが、買いたいものにはだいたいの目星がついている。服の下に着込める程度の、軽量な鎖帷子だ。後方に位置する身なので、最低限守れればそれで十分だからな。


 店内で、壁や棚にと所狭しに飾られた武器防具。お目当ての品を捜すついでに、並べられた武具に目移りさせていく。なかでも一際目を引いたのは、壁に仰々しく飾られた身の丈はある大剣だった。

 ……が、俺の興味を引いたのは、その目立つ大剣とは別の、傍に飾られた日陰者となっている剣。緩やかな曲線美を描いた片刃の剣であり、直感的に投げるのに適していそうだと感じたのだ。


「その魔剣に目がいくたぁ、わかってやがんな」


 剣に見惚れていると、不意に背後からかかる太い声。だが振り返ってみるも、声の主である姿はなかった。


「どこ見てやがる。もちっと視線を落としな」


 言われるがままに従い顔を下に向けると、そこには髭と長髪で毛むくじゃらの小さいおっさんがこちらを見上げていた。武具屋の店主とくればガチムチの巨漢となぜか決め付けていただけに、小柄な姿に驚いてしまったのだ。


「らっしゃい。……小僧、その様子じゃドワーフを見るのは初めてか?」


「い、いや。街中では何度か見かけたことがある。だけど、実際に接するのは初めてだな」


 さすがに故郷の村では人族以外だと獣人族しか接する機会はなかったが、アルガードの大きな街ならばちらほらと通りを歩く姿を見かけた。勿論、この王都においても同様である。

 あえていうのなら、容姿端麗と噂のエルフ族はまだ拝んでいないな。


「それで、この剣は魔剣だって? どういった代物か、聞いても?」


 魔剣とは魔と名付く通り、魔法的な力を持った剣の総称。カルナリア嬢が振るっていた槍も同じ類だな。ちなみに防具は魔装具と一括され、鬼人の篭手はこっちの分類になる。……攻撃に特化した武器としての篭手は、魔篭手とされるので少々ややこしいが。

 武器と防具、どちらも併せて総称するならば魔具となる。


 この手の知識には疎かったが、ちゃんとギルドマスターやアッシュから仕入れてある。アッシュが身につける軽鎧も実は魔装具らしく、軽快に動くための補助を担っているそうだ。

 どれもが基本的に貴重で高価な代物であり、作れるだけの技術を持った鍛冶師も少ない。遺跡から見つかった昔の強力な魔具ともなれば、その扱いは国宝級にもなってくる。


「もちろんだともさ。といっても、そいつはちょっとした衝撃波を放つ程度だがな。魔剣としちゃ、低級の代物よ」


「へぇ。……低級って割には、札に書かれた値段がとんでもないな」


 つけられている小さな値札には、金貨のさらに上、白金貨での額が提示されている。格上の魔剣ともなれば、値すらつけられないんじゃなかろうか。

 鬼人の篭手もなにやら曰く有りげだが、性能だけを鑑みれば一級品。今にして思えば、自分には不要だからと気前よくくれたギルドマスターのなんと豪気なことか。


「がっはっは! 小僧程度じゃとても手が届かんだろ! ……それよりもだ。お前、珍しい魔石を持っとりゃせんか? どうも匂うのよな、わしのドワーフとしての鼻が反応しとる」


「え? あ、あぁ、確かに持ってるけど……」


 鋭い目つきに圧倒されて、つい正直にも質問に答えてしまった。この店主が尋ねているのは、俺が所持している王級の魔石についてだろう。別段隠す理由もないので、素直に見せることに。


「ほぅ……? こいつぁ、立派な魔石だなおい。どちらも生半可な質じゃねぇ」


「そりゃ、どっちも王級が所持していた魔石だからな。小さいほうがゴブリンロードので、大きいのがアルバトロスロードだ」


 王級の単語に一瞬怪訝な目で睨まれるも、現物が嘘ではないと物語っている。店主のドワーフは、俺が手に入れた経緯までには興味がないらしく、すぐにまた魔石へと意識を戻した。


「……なぁ小僧よ。お前、この魔石を使った魔具を欲しくはないか? わしもドワーフの端くれ、鍛冶の腕には自信がある。提案なんだが、こいつをわしに任せてみんかね?」


 新しい玩具を与えられた子供みたく、目を輝かせる店主。上質な素材を目の当たりにし、職人魂に火がついたようだ。


「あぁ、金については安心しな。法外な額を吹っかけたりはしねぇから。王級の魔石なんて希少なものを扱わせてもらうんだ、可能な限り勉強させてもらうぜ」


「……そこまで言うなら、任せてみようかね。当たり前だが、変なもん作ったら怒るからな」


 元より王都で、鍛冶屋を訪れたいとは考えていた。奇遇にもこの武具屋の店主はただの商売人ではなく、鍛冶の技術を持っている。それもドワーフという、その道を得意とする亜人種族。これもなにかの縁だとして、彼に託してみるのも悪くない。


「あ、でも出来上がるのに時間がかかるよな? 俺は長くても、あと数日のうちに王都を発つ予定なんだが……」


 詳しい日取りは決まっていないものの、グスクス司教は急ぎ旅を再開してほしいと言っていた。ならばあと二、三日が滞在できる期限とみていい。


「そうさなぁ……。こっちのゴブリンロードの魔石を用いた簡単な武器であれば、二日くれりゃ作れる。王級の魔石であってもこのサイズじゃ、付与できる能力に限界があるからな」


 二日か。それならば出発までに間に合いそうだ。


「だが、こっちの魔石はもっと時間が欲しいな。こりゃ滅多とない良質の魔石だ。焦ってせこい魔具なんかで終わらせず、大作として仕上げてやりてぇ」


 もう一方は王都滞在中に完成は無理か。ならば返却を求めたくあるが、店主の有無を言わさぬ熱意は辞退を許しちゃくれなそうだ。さきほどから興奮で鼻息荒く、今もきっと想像を働かせ、脳内に図面でも引いているに違いない。


 結局ふたつの魔石を彼に託し、魔具の製作を任せることに。どのような武器、防具にするか希望を伝え、向こうも可能な限り要望に応えてみせると啖呵をきっていた。


 あ、ちゃんとこの店を訪れた当初の目的も果たした。軽量な金属で出来た鎖帷子を購入し、体格に合わせて調整をしてもらったのだ。ちょうど服の買い物を終えたシュリとカルナリア嬢も来店。ついでにシュリの分の鎖帷子も見繕ってもらう。

 それだけでなく、紛失したり磨耗したりで数の減った投擲ナイフも買い足した。使い捨てを前提に運用する武器なのだから、予備も含めよくもったほうだと思う。新たに仕入れた投擲ナイフは元からあったものと少し形状が違うが、大きさは同程度。試しに投擲してみたが使用感はさして変わらないし、十分だな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ