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7:首輪の少女

 右手から放たれた石礫。

 それは当然の如く、ゴブリンロードの頭部――ではなく、恥部へと命中した。


 吹き飛ぶ棒と2つの球。

 下半身を血塗れにし、ゴブリンロードはけたたましい悲鳴をあげる。


「はっ! これで子供なんざ作れねぇだろ!!」


 投げ終えた俺はすぐさま別の地点へと移動する。

 狙撃場所を悟られないように、との浅い考えだ。


 移動しては石礫を投擲し、少しずつだが数を減らしていく。

 ゴブリン達は、どこから攻撃を受けているのかわからずに困惑したままだ。


 ただその場を逃げ出さないのは、負傷した王を守るためなのだろう。

 二投目でゴブリンロードを仕留めようとしたのだが、それは叶わなかった。

 配下のゴブリン達が王へと群がり、奴を隠してしまったからだ。


「変な意地はらず、素直に頭をふっ飛ばしておけばよかったな……」


 今更しても遅い後悔。

 だがあんな汚いものを見せられれば、誰だってそっちを潰したくなるだろう。

 おかげで気分はスッキリとしたものだ。


 目測で50体以上はいたゴブリンが、その数を半数へと減らした頃。

 ようやく奴らはこちらの存在を発見できたようだ。

 生き残りの大半が、一斉にこちらへと奇声をあげ走り寄ってくる。


「……くそっ。馬鹿な魔物らしく、あのまま全滅まで気付くなよな」


 せめてもう少し減らしておきたかった。

 さすがにあの大群相手となれば、近寄られるまでに全て殺しきるのは無理だ。

 間違いなく数で圧されるだろう。


「これ高かったんだから、できれば使いたくなかったんだよな……」


 そう言って、取り出し手に握ったものは、綺麗な宝石のような石。

 それはまるで、赤く燃える炎のような輝きを放っている。


 俗にいう、魔石というやつだ。

 ただし、これは燃料として使う魔石ではなく、魔法が封じ込められた魔法石。

 一回限りの使い捨てではあるが、どんな人でも魔法を放てるという高価な代物。


 だが俺はこれを使って魔法を放つわけではない。

 ならばどう使うのか?


「これでも、喰らいやがれ!!」


 答えは決まっている。

 俺の得意とする投擲だ。


 迫るゴブリンの大群。

 その中心目掛け、魔法石を投げつける。


 それは1体のゴブリンへと命中すると同時に、着弾の衝撃で砕け、大きな爆発を起こした。

 真っ赤な魔法石。あれには、火の魔法が込められていたのだ。


 衝撃と爆音、熱波が周囲にいるもの全てに襲い掛かる。

 その爆風に吹き飛ばされないように、俺も木を盾に身を隠し堪える。

 かなりこちらへと接近していたので、少女にまでは及ばないはず。


 巻き起こる炎が静まると、地には焼け焦げた穴が。

 先ほどまでいた大勢のゴブリン達は、その殆どが木っ端微塵に。

 中心部にいた個体など、跡形もなく消し飛んでいた。


 残すは負傷しているゴブリンロードと、王を守る数体の配下だけだ。

 奴らも爆風の影響を受けたのか、体勢を大きく崩している。

 その隙を逃すほど、俺は甘くない。


 そこからは消化試合といっても過言ではなかった。

 真っ先にゴブリンロードを仕留め、後は順番に残りを始末していくだけ。

 いざ終わってみれば、小規模なコロニーとはいえたった一人で壊滅させてしまった。


「つっても、とっておきの高い魔法石使っちまったしな。

 ……大赤字もいいところだな」


 だがそれも仕方のないことだ。

 目の前に、手を伸ばせば救える少女の命があった。

 その代価が、たかだか魔法石一個だったんだ。

 なにも迷うことなんてないだろうが。


 今だに気を失っている少女を、優しく抱き起こす。

 近くで見ると、少女の儚げな美しさに眼を奪われる。


 ボロのチュニックだけを纏った、薄汚れた少女。

 肩にかかるほどの髪は、青みがかった白銀色をしており美しい。


 ただその頭には、人間には存在しない獣の耳がぴょこんと自己主張している。

 同じく、腰の辺りからは獣人を象徴する白銀の尻尾が生えていた。

 犬のような三角の耳に、狐のようにふっさりとした尾。


 彼女の顔立ちは、イリスと比べても少々幼さが残る。

 俺やイリスと年はそう違いなさそうなのだが、栄養が足りていないのか体がか細い。

 発育もあまりよくないようだ。


「獣人だったのか。しかしこの首輪は……奴隷?」


 少女の首に付けられた、金属製の特殊な黒い首輪。

 これは、奴隷となった者達へと強制的に着けられる隷属の首輪。

 契約主の命令に背いたり、危害を加えるようなことがあれば首が絞まる魔道具だ。


 ただし、奴隷自体はさして珍しいものではない。

 うちの村にも、時折訪れる行商の商人が連れていたくらいだ。

 大きな街や都市であれば、普通に街中に奴隷商の店があるらしい。


 奴隷である彼らのその多くは、犯罪者であったり、食い扶持に困って身売りした者などだ。

 だがこの二者では扱いがまったく異なり、犯罪奴隷には人権など無いのだという。


 逆に、身売り奴隷には低いながらも人権があり、賃金も少ないながら支払うよう決められてる。

 彼らには自らを買い戻し、身分を取り戻す権利が認められているのだ。


 これらは国が奴隷商を管理し厳しく取り締まっており、違法な奴隷堕ちをさせないように努めている。


 しかし、中には村落からは離れて暮らす少数の部族などを、奴隷狩りと称して違法に捕獲する連中がいる。

 狙われるそのほぼ全てが獣人族であり、一般に広く存在する種とは異なったタイプばかり。

 同じ犬人や猫人種であっても、特異な毛色や特徴を持つ一族などだ。


 その中でも特に標的となるのが若い女性獣人。

 彼女らは金持ちの愛玩奴隷として人気が高く、裏で飛ぶように売れるのだとか。

 当然国の管理から外れた位置にいるため、違法奴隷に人権などありはしない。


 ……そういえば昨年のことだが、大規模な組織が摘発されていたな。

 希少種の獣人族を囲い、子供を生ませ売買する獣人牧場なるものを経営していたのだと。

 国中を賑わせた一大ニュースだったので、うちの田舎村にもその報せが届くほどだった。

 しかも、あのアリアが勇者として貢献したとかいう話だったから驚きだ。


 話を戻そう。

 疑問なのは、なぜこのような所に奴隷の少女がいるのかということ。

 ティアネスは小さな町だ。

 それゆえに、奴隷を扱う商店などは存在していない。


「どこかで奴隷狩りにでもあったか? それとも逃げ出してきた……?」


 思いつく可能性としてはその二つ。

 足が付きにくいよう、店舗を持たず移動して販売する奴隷商が多いと聞く。

 そいつらに捕まって、移送中に逃走をした可能性が高いか。


「この首輪、まだ主従の印が刻まれていない……?

 という事は、まだ未登録の奴隷……捕まったばかり、か?」


「……う……ん……? こ、こは……?」


 思案に浸っていると、ようやく少女が目を覚ました。

 開かれた目は暗い紅色をしており、見ていると吸い込まれそうになるほど美しい。

 伸びた銀の睫毛が少女の目の大きさを強調しており、その顔立ちからしてなんとも愛らしい。

 汚れを洗い流して、身奇麗にすればきっと化けるぞ。


「目を覚ましたか。気分はどうだ?」


「! 人間!?」


 こちらを視界に収めると、少女は瞬時に飛び起き、距離をとる。

 どうやらとても警戒している様子だ。

 これは奴隷狩りの線が濃厚かもしれないな。


「落ち着けよ。お前をゴブリン共から助けてやったのは誰だと思ってんだ?」


「ゴブ、リンに……?」


 その名を聞いた途端、少女の顔から血の気が引いていき、みるみる青くなっていく。

 病的なほど白い肌から、血色が見受けられないほどにだ。

 途端、彼女は自分の身体を抱え、ガクガクと震えだす。


「わ、わたし、ゴブリン、に?

 いや、やだぁ……いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 急に取り乱し、叫び声を上げる少女。

 恐らくは、すでにゴブリンに手をつけられたと思ったのだろう。

 髪を掻き乱し、自らの爪で肌を傷つけ自傷する少女。


「落ち着け! 大丈夫だ! 俺がそのまえにお前を助け出したから!!」


 痛々しいその姿を見ていられず、咄嗟に少女を抱き寄せる。

 不安に駆られている人を癒せるのは、人の温もりだろう。


「もう大丈夫だ。お前は穢されてなんていない。助かったんだ」


 こちらの温もりに触れ、暖かい言葉を受け、少女はようやく気を落ち着ける。

 すると今度は安心してしまったためか、胸の中で泣き出してしまった。


「うっ……うぐぅ……はうぅ……」


 俺はこの少女が泣き止むまで、彼女を離さず頭を撫で続けた。

 ……髪は少々べたつくが、獣耳はとても柔らかった。


「……どうだ? そろそろ泣き止んでも――」


 いつまでもこうしているつもりもない為、声をかける。

 だが少女は眠ってしまったようだ。

 なるほどな。

 緊張から解き放たれ、安心して泣いて、それで疲れて寝てしまったわけか。


「とんだ戦利品を拾っちまったな……」


 ひとまず少女を地面に寝かせ、俺は先ほど倒したゴブリン達の右耳を切り落としていく。

 これが討伐の証明となるのだ。一個につき銅貨一枚。

 決して馬鹿にはできない。

 といっても、大方のゴブリンは爆発で消し飛んでしまっているのだが。


 特にゴブリンロード。

 こいつはまだ若いようだが、体内を漁れば親指サイズの魔石がでてきた。


「あった、これこれ! このサイズなら、銀貨5枚なんて軽く超えるな」


 取り出された緑色の魔石にうっとりとする。

 先ほど使用した魔法石もそうなのだが、魔石の類は基本的に高価なのだ。


 魔物や魔獣にも、冒険者と同じようにランクがつけられている。

 当然ランクが高いほど強く、比例するように内包する魔石も大きくなる。

 だが、必ずしも魔石を持っているわけではない。

 そのうえランクが低いほど、所持率も低下する。

 ゴブリンロードは確かCランクに分類されていたはずなので、もしやと思って漁ってみたのだ。


「さてと。必要なものは回収したし、町に戻るか」


 先ほど寝かせた少女を背負い、町へと戻った。

 思いがけない拾いものに、あの聖女様に何を言われることやら……。

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