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65:畏怖なる眼

 村を目前にして、憐れ大地で翼をばたつかせもがく魔鳥の王。

 追いついたこちらの存在に気付くと、翼を大きく広げ威嚇を放つ。そして深く息を吸い込むと、高らかに咆哮を発した。

 単なる威嚇だけでなく、空に残る配下への指示も含んでいたようだ。上で滞空するアルバトロス達が、急降下し次々と強襲を仕掛けてくる。

 俺は真っ先に魔導車から飛び降り、迫るアルバトロス達を淡々と迎撃していく。腰の袋が軽くなった頃には、太陽を遮る雑音はもはやひとつとなく、晴れ渡る青空が広がっていた。


 残すは飛べない王だけとなり、続々と魔導車から下車した兵達が囲い込む。

 武器を構え、じりじりと距離を詰める前衛達。巻き上がる風の鎧が彼ら歩みを阻み、迂闊に近づけず膠着状態となる。


 だがそれも時間の問題。

 威力が減衰せず、最大限に発揮できる位置を陣取る。この距離であれば、石ころであっても風を貫ける。

 ようやく引導を渡すときが来たのだと、視線に気をつけつつも胴体を強く睨みつけた。


 万事休すとなった魔鳥の王は、不気味な雄叫びをあげる。ずっしりと頭に響く咆哮。苦し紛れに発したのではなく、むしろ逆に挑発するかの意思が感じ取れた。

 突如纏われた風の鎧は勢いを増し、暴風を巻き起こすと周囲へと解放される。

 襲い来る強力な突風に姿勢を保てず、後ろへと吹き飛ばされるようにして転倒。なんとか受身をとり、かすり傷程度で済んだ。

 後方の位置であっても、これほどの風圧を受けたのだ。前衛達による包囲網は当然の如く瓦解。全員が等しく体勢を崩していた。

 しかし風の刃が飛来するわけでなく、ただの強風が放たれただけ。包囲を崩したとて、風穴の開いた翼では飛んで逃げるなど到底不可能。悪あがきにしてはなんともお粗末すぎる。


 即座に体を起こし、体勢を立て直して奴を睨みつけた。途端体が強張り、意思とは裏腹に強制的に動きが止まってしまう。

 再び視界に収めた王は風の鎧を纏っておらず、代わりに胴体の胸元が開き、大きな黒の単眼が瞳を覗かせていたのだ。

 体が動かない理由を瞬時に理解する。恐慌の魔眼と深く目が合ったのだと、嫌でも認識させられたのだから。

 不用意に目を見ないためにも、頭部には注意を払い、視線は胴体へと向けていた。まさにその心掛けが裏目にでてしまったのだ。胸元から単眼が現れるなど、誰が予想できよう。

 強風により一度視線を外してしまったのだから、敵を再び視界に納めようとするのは自然な行為。つまりは奴の思惑に、まんまと引っかかってしまったというのか。


 視界に映る周りの皆もまた、石像のように動きを止めてしまっている。若手の兵達に至っては、口から泡を吹き倒れこむ者までいる始末。

 魔鳥の王は無様に動きを止めた俺達を一瞥し、してやったりと、嘲笑とも思える短く小刻みな鳴き声を発した。

 予想だにしなかった状況。言うことを聞かぬ体に、芯から湧き上がる得体の知れぬ不気味な恐怖感。全身から冷や汗が流れ出し、湿った衣服が肌へと張り付く。呼吸さえも満足に行えない。


 王は胸元の単眼を開いたまま、鳥らしからぬ悠然たる足取りで歩き出す。

 ……奴が赴いた先は、前方で兵達を指揮していたカルナリア嬢であった。彼女こそが集団の長と認識し、真っ先に潰すべき相手だと判断したのだろう。

 カルナリア嬢は尻餅をつき、地面にへたり込んでいる。恐慌状態からか身動きひとつとれず、逃げることが叶わない。気丈にも意識を保っているからこそ、自身が標的になっているのだと自覚させられ、より与える恐怖に拍車をかけていた。

 彼女の股元からは薄っすらと蒸気が上がり、風に乗って微かに臭いが流れてくる。言葉にもならぬ僅かな悲鳴。見える横顔は絶望の色に染められ、顔中からも水分を溢れさせていた。


 王は彼女の無様な姿をひとしきり眺め、満足したのか歓喜に満ちた鳴き声をあげる。そして頭から喰らわんとして、クチバシを大きく開きゆっくりと近づけていった。

 開かれたクチバシは鋸状に鋭く尖っており、骨すら容易く砕くだろう。ひと思いに済ませないのは、自身が相手に与える恐怖を、意地汚くも余さず味わうつもりだからか。


「お嬢、様……!!」


「カルナ、リア……さん……!!」


 アッシュと彼女の腹心であるダリルさんが、重い足を引き摺るかにして駆ける。

 ふたりは自力で恐慌状態を解いたようだ。しかし一切の影響なしとはいかず、辛うじて動けるといった具合。全身の強張る筋肉が意思を阻害しているのか、ぎこちない走りが全てを物語っている。


 後方で弓兵達の護衛に当たっていたダリルさんと、同じく後方で俺の傍にいたアッシュ。とてもじゃないが届く距離ではない。

 隔たれた距離を意に介さず、現在の状況下で彼女を救う手段を持つのは俺だけ。

 なのに体は動かない、動けない。得体の知れぬ恐怖に自由を奪われたまま、情けなくも不動を貫いていた。

 自分の体へ懸命に動けと、右手に握った石を投げろと指示を送るが、まるで他人の体が如く命令に背く。風の鎧が消えたいまならば、渾身の一投げでなくとも通るというのに……!


 開かれた口中に、彼女の頭がすっぽりと入り込む。もうだめだ、間に合わないと、絶望の言葉が頭の中を埋め尽くす。

 諦めから、目を背け目蓋を閉じる。だが視界は暗転せず、脳内に誰とも知れぬ声が響いた。瞳に映る世界から色が抜け落ち、時が止まったのか全てが静止する。


『この……どで臆す……はなんと情……い』


 聞き覚えのない、重低音で響くドスが利いた声色。かすれて途切れ途切れとなった声の主へ、無意識に聞き返す。


『この程度で臆すとは、なんと情けない』


 今度ははっきりと聞こえた、確かな声。いったい誰が俺に呼びかけているのか。


『汝が望むのであれば、我が力を貸そう』


 望んでやまない救いの提案。

 どこの誰か知らないが、拒む選択などありはしなかった。覆し難い現実を変えられるのならば、ゴブリンの手でさえ借りたい。たとえ悪魔の甘言であろうと、上等だ、受けてやる。


『ククク……。心得た』


 思考を読み取っているのか、答えが肯定であると伝わったらしい。

 次第に声は遠のき、やがて消え入ってしまう。同時にモノクロの世界に色が宿り、意識は現実へと引き戻された。


 先ほどのやり取りは夢現だったのか。何事もなかったかのようにして、再び動き出す世界。

 変わらぬ絶望的な現状に、誰が力を貸してくれるのか。都合よく救世主なんて現れもせず、事態は進みゆっくりと閉じられていくクチバシ。

 力を貸すとはでまかせか。もしくは現実逃避が招いた幻聴だったのかと嘆く。


 しかしふと、右手に違和感を覚える。

 視線だけを動かし見やれば、篭手を纏った右腕が自分の意思とは関係なく、ひとりでに動き出していた。

 未だ体の自由が利かぬというのに、右腕だけが自動で持ち上がっていく。腕はそのまま大きく振りかぶると、握られていた石を投擲した。


 放たれた凶器は黒い靄を纏い、風を切る音すら発せず空間を貫いていく。

 そしてカルナリア嬢の首を喰い千切らんと、口が閉じられる間際。クチバシを根元から砕き、吹き飛ばした。王の鮮血が舞い、巨体は衝撃の勢いで轟音を響かせ倒れこむ。

 途切れぬ王の悲痛な絶叫は、駆けつけたダリルさんが胸部の魔眼を潰し、アッシュが首を刎ねたことで終わりを告げる。

 首を失った魔鳥の王。アルバトロスロードは屍と化し、二度と動きやしなかった。


 ようやく迎えた終結。王が死んだためか、はたまた時間の経過によるものか。恐慌状態は解け、徐々に体は自由を取り戻していく。

 ふらりと立ち上がり、虚ろげに自分の支配下へ戻った右腕を眺める。様々な方向へと曲げたり動かしたりするも、違和感は感じられない。


「あの声の主って……」


 別れ際に交わした、ギルドマスターの言葉を思い返す。鬼の声を聞いたか、もし聞こえても決して相手にはするな、と。


「碌なことにならんって、言ってたっけ……」


 しかし返事をしてしまった。選びようがない状況下で、甘言に乗らざるを得なかったのだ。声の主にどういった思惑があったかは定かでないが、少なくとも貸しを作ったのは事実である。

 今後どういった対価を求められるのか。はたまた善意からの行いで、これっきりなのか。不安が棘となって胸に刺さり、残り続ける。


 不意に意識が途切れかけ、足元がふらつく。誘いに乗った代償に、前触れもなくなにかをされたのだろうか。

 ……だがなんてことはない。以前にも経験した覚えのある、マナの使い過ぎにより起こる欠乏症の症状だった。謂わば単純な疲労だ。


「手を貸してくれた対価……ってわけないよな」


 篭手には相応のマナを喰わせている。所詮は力を使った分の消耗に過ぎない。倦怠感こそあるものの、動けないほどでもないしな。


「キリク様、お疲れ様なのです! 最後の攻撃、なんだかよくわからなかったですが、黒くて凄かったです!」


「あれって魔法との複合技なのかな? いつにも増して強力な一撃だったよね」


「俺はなにも……いや、なんでもない」


 ふたりは俺がなにか、奥の手でも使ったと思っているらしい。だがあの攻撃は、そんなご大層なものではない。

 嬉しいはずの賞賛だが、素直に受け止める気になれなかった。自力で成したのでなく、まるで他人の成果を横取りした気分だったからだ。


 自分に起きた不可思議な現象を、聞いた声を、仲間達に相談するべきか。

 ……いや、よそう。

 臭いものには蓋をしろと言わんばかりに、篭手を手放すべきと忠告されるに決まっている。

 まだ俺には篭手の力が必要なんだ。あの日以来、ずっと心中では大きな壁となり、立ち塞がり続ける障壁の防御魔法。再びあいまみえた際、頼らざるを得ないのだから。


「あの、キリク。少しいいかしら……?」


 なにはともあれと、仲間達と勝利の喜びを分かち合っていれば、不意に背後から声をかけられる。

 ダリルさんに肩を貸されたカルナリア嬢だった。腰には晒した醜態を隠すように布が巻かれ、顔は赤く染まり恥かしげな表情を浮かべていた。


「おう、お互い無事でよかったな。王級も逃さず討伐できたし、これで村も安心だろ」


 彼女の惨状をみるに、無事と評していいものか疑問に問われる。注目集まるなかで、頭となる人物が失禁という醜態を晒したわけだからな。体は無事であっても、心は大きな傷を受けたに決まっている。

 彼女に配慮して、ここは気付ぬ素振りで接すべき場面であろう。


「本当にね……。その、ありがとう。貴方のおかげで、こうしてまた言葉を交わせているのですもの」


「私からも礼を述べさせていただきます。お嬢様の窮地を救っていただき、感謝の念に堪えません」


 ……むず痒いな。果たして俺が彼女を救ったと断言していいものか。

 第三者からすれば、投擲を行ったのは間違いなく俺である。だが当の本人からすれば、自分がやったのではないわけで。

 どう説明したらいいものか。しかし適した返しが浮かばず、流れのままに彼らの気持ちを受けとる。


「あ、そういえば借りた槍だけど……」


 話題を変えたい一心から、ふと思い出す。カルナリア嬢から借り受け、投げ放った槍の存在を。

 王の翼を貫いたあと、槍はそのまま空の彼方へと姿を消している。

 蒼く光る刃からして、並みの代物でないことは俺でも理解できた。すぐにでも探しにいかねばならないが、最早どこに落ちたか見当もつかない。


「槍なら大丈夫よ。……帰っておいで、『リグレシオン』」


 彼女が名を呼び手を掲げると、光と共にどこからともなく姿を現した槍。刀身は輝きを放ち、まるで主の手元に戻ったのを、喜んでいるかに見受けられた。


「ふわ!? いきなり槍がでてきたのです!?」


「ふふ、当家に伝わる家宝なの。魔槍の一種で、マナを対価に召喚できるのよ。……そんな目をしても、あげないわよ?」


 おっと、物欲し気な目をしていたらしい。心を見透かされたのか、釘を刺されてしまった。

 だが何度でも投擲できる槍となれば、俺が欲しくなるのもしょうがなかろう。どこでも拾える石より強力かつ、同様にローコストな代物なのだから。

 家宝とあらば諦めるほかないが、今後は気兼ねなく借りて投げてもいいよな? なにせ彼女が呼べば戻ってくるのだ。一緒にいるとき限定であるが、強力な武器を得たも同然といえる。


 負傷者を回収し、村へと帰還する。夜明けに開始された討伐戦も、いまでは太陽が高く昇り、とっくに正午をまわっていた。

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