64:鎧と剣
「あれが群れの全てでしょうか」
「さあ、どうかしら? でも王自ら出向いてくれたのですもの、歓迎しなくてはね」
数は先ほどの倍を超え、さらには王級の存在。
カルナリア嬢の引き連れる兵達は、ダリルさんを除き場数の少ない若手達だ。さすがに動揺が見られる。しかし不幸中の幸いか。第一陣が快勝だったおかげで、胸中からは勝つ想像を失ってはいない。
「そろそろ俺の射程に入るな。どれ、まず挨拶代わりに……」
「待ちなさいなキリク。手を止めて頂戴」
先手を切ろうと振りかぶった途端、カルナリア嬢から制止の声がかかる。
「カルナリア様、どうして止めるです? 早くキリク様にやっつけてもらうです!」
「駄目よ、シュリちゃん。……いい? 王を先に倒してしまえば、群れの配下達が統率を失い、四方に散ってしまう可能性があるの。そうなれば、後々厄介よ」
……なるほど。つまるところ、ゴブリンロードのときと同じか。生き残りがあちこち逃げ去ってしまい、残党の処理が面倒になると。また、逃げた先で新たな群れを形成しかねない。
「森狩りまでは面倒見きれないけれど、せめて確認できている範囲は殲滅しておかなきゃね」
「なによりキリク君の投擲が、風の鎧に通じるかまだわかりません。距離があるうちから攻撃して、もし仕留め損なえば……」
警戒して逃げられる、か。一撃で仕留める自信があるからこそ、攻撃を試みたのだが、万が一の場合も想定しておくべきだったな。
もちろん先ほどの雑魚達のように、逃げずに向かってくる可能性だってある。だが討伐の成功率をあげるためには、我慢が必要な場面だ。射程ギリギリではなく猶予ある距離をとっていれば、初撃をしくじったとて、離脱される前に続く二投目で補えるのだから。
「自信があるのは結構だけれど、勇みすぎるのはよくないわね。……あ。あなたたちは射程に入り次第、攻撃を始めなさいね?」
どうせ当たらないから、と弓兵達には手厳しいことで。
彼らは平常運転で射撃を開始するようだが、まあ腕前は傍から見ていてもお察し。魔鳥側もデタラメに矢が飛んでくるだけならば、踵を返したりはしないか。舐めてかかってくれればさらにいい。
「キリク君は切り札だからねー。もちろん僕も負けないよ? 地上に降りてきたら、一太刀で仕留めてみせるから!」
「もしキリク様が襲われそうになっても、わたしが守るです!」
頼もしいね、俺の仲間達は。ふたりが傍にいてくれるからこそ、安心して攻めに専念できる。
やがて王達は弓の射程範囲に入り、矢が五月雨の如く放たれる。
さきほどより数が多く、また慣れもあってか比較的当たりがいいようだ。もっとも矢が命中したからといって、敵が必ず落ちるとは限らないが。
「いいかお前達! ペアの状態を崩さず、必ずふたりで当たれ!!」
単独になれば危険。脆い部分が狙われるのが世の摂理。幸いにも俺にはアッシュとシュリという、優秀な剣と盾がついてくれている。
弓兵達にもダリルさんとカルナリア嬢、冒険者のスミスがついている。狙われたとて、むしろ返り討ちにしてしまうだろう。
何羽ものアルバトロスが地上目掛け、鋭い鉤爪を剥き出しにし急降下。一斉に強襲を仕掛けてくる。
兵達はひとりが盾で受け止め、相方が剣や槍で翼を狙う戦法を取り、空へ舞い戻る手段を絶っていく。
飛べなくなったアルバトロスは、地上では足で跳ね回るだけの雑魚と化す。当然ながら油断していると鋭いクチバシに啄ばまれるが、注意さえ怠らなければ問題ない。
とどめは二の次とし、兵達は着実に魔鳥の翼をもいで地上へと繋ぎとめていった。
しかし如何せん数が多い。兵士達の連携は見事だが、軽微ながらも負傷者が出始めている。
本来、魔鳥どもを空から引き摺り落とすのは俺の役目。王を仕留める前に数を減らさねばならぬのだから、いつまでも眺めていられない。
「俺も攻撃していいか? いいよな」
まずは戦場を無視し、村を目指した四羽を連続で仕留める。次いで、石ころを三つばかし篭手の力で砕き、空へと流星群を放った。
散弾となった石粒は、密集していた五羽のアルバトロスを地上へと落とす。絶命させるには至らなかったものの、そこは地上の兵達が止めを刺してくれる。
四度も繰り返せば、もはや空には王と数えるだけの配下達だけとなった。多数のアルバトロスが大地へと落ち、地上戦を余儀なくされ劣勢に数を減らしていく。
「よし順調だな。そろそろ王を討ち取っても……」
「キリク様、危ないです!」
突如上空から、風の刃が降り注ぐ。
咄嗟にシュリが盾で庇ってくれたおかげで、事なきを得る。
だが地面に傷跡を残すほどの刃は、なにも俺達だけを狙ったわけではない。地上にいる人間に、等しく無差別に振るわれていた。
兵士達は軽鎧を着用しているも、まともに受けた者は血飛沫を上げる。何人かが浅からぬ傷を負い、継戦不可を余儀なくされるも、幸いにして命を絶たれた者はいなかった。
「気をつけろ! 盾に身を隠せ!!」
スミスから喚起される注意の大声。即座に盾を持つ兵達が前に立ち、壁となり守勢に入る。
「キリク様、アッシュ様。わたしの後ろに下がってくださいです!」
「ありがとうシュリちゃん。でもこれくらいなら僕も剣で払えるから、キリク君だけに注力してあげて!」
アッシュはシュリの横に並び立つと、颯爽たる風姿で剣を振るい、飛来する風の刃を切り払っていく。前に立つふたりのおかげで、俺へは一刃たりとも到達しない。
ふたりに防御を任せ、あらためて王の姿を視界に納める。全身を陽炎が如き木枯らしが覆い、僅かばかり空間を歪ませていた。あれが風の鎧か。
これまで静観を決め込んでいた厳かな佇まいはなく、大地を睥睨し怒りを露わとしている。群れの配下を大勢殺されて、感情を荒げないはずがないのだから当然か。
漆黒の瞳に目が合いそうになった瞬間、背筋にゾクリと寒気が走る。直感で危険を察知し、咄嗟に視線を逸らした。
「キリク君、あの目は絶対に見ちゃ駄目だよ。意識を持っていかれてもおかしくないからね」
「すまん、気をつける」
迂闊に頭部を狙うのは避けるべきか。雑魚の個体と違い、王級が放つ眼光は桁が違う。まともに見つめ合ってしまえば、果たしてどうなるのやら……。
王が翼を溜め、大きく羽ばたけばその度に地上へと刃が放たれる。威力は盾で凌げる程度のため、生身で受けさえしなければ致命傷には至らない。
とはいえシュリの持つ盾は木製。頑丈に造られているとはいえ、いつまで役目を果たせるか。
「いい加減上から見下されるのは我慢ならないし、風の刃も鬱陶しい。……落とすぞ」
上空で悠然と羽ばたき、時折刃を放っては戦局を見下ろすアルバトロスの王。
異論が飛んでこないのを確認し、石ころを構えた。獲物は群れを率いる魔鳥の王。目を直視する危険を避け、翼を狙う。
鬼人の篭手にマナをこれでもかと喰わせ、対価に力を引き出す。石ころを握り潰さぬよう細心の注意を払い、渾身の一投を放った。
空間が強引に裂かれる音を置き去りにし、魔鳥の王へと襲い掛かる剛弾。だが翼先を掠め羽を数枚か散らすに留まり、石は空の遥か彼方へと姿を消す。
「くそ、しくじったか!?」
狙いは微塵たりともずれてはいない。多少傲慢であろうと、必中の投擲が的を逃すはずがないのだ。直前で不自然に捻じ曲げられた弾道。恐らく、風の鎧の影響を受けてしまったのか。
悪い結果を引き当て、巻き返しを図るべく連続して二投目を放つ。
……だが時すでに遅く。魔鳥の王は更なる高みへと位置を移しており、開いた距離の影響で次弾は掠りすら許されない。
想定以上に風の鎧は手強く、微妙に角度をずらされたのだ。僅か数度であっても、距離を進めば大きなズレを生む。
不測の事態に歯を軋ませる。だがそれは相手も同様で、よもや自慢の鎧を突き抜け身を掠るとは思っていなかったはずだ。大きく開けられた距離がなによりの証拠である。
遥か上空に身を移した王達は、不意に顔を別の方向へと逸らした。
奴らの視線の先にあるのは……
「……まずいわね。標的を私達から切り替えて、村を狙うつもりよ!」
「はあ!? ふざけんなよ!」
村にはイリスが居る。それも碌に身動き取れない状態でだ。
村人を餌として捕食するのか、はたまた配下を失った腹いせに蹂躙するつもりか。どちらにしろ、許すわけにいかない。
なんとしてもここで落とさねばと、焦る思考を働かせる。
手持ちの石ころでは風の鎧に流され、軌道をずらされた。恐らくは軽さが原因。同じく手持ちの投擲ナイフでも、多少重量が増した程度では結果が変わらないと予想できる。
もっと重みがあり、貫く形状であれば尚いい。拳大の尖った石でも落ちてないか見回すが、目に付くのは期待に添えぬ小物ばかり。
「キリク、これを!」
声に反応し、咄嗟に投げ渡された物を受け取る。それはカルナリア嬢が振るっていた槍であった。
ずしりと手に乗る重みが、いけるとの確信を告げる。光を放つ蒼の刃なら、必ずや風の鎧を貫いてくれるはずだ。
「いいのかよ? 下手すれば、どこか飛んでいって失くすかもしれないぞ!?」
自分では可能だと直感したものの、現実が許すかは別問題。仮に上手くいったとしても、貫きそのまま突き抜けて空の彼方へ……なんて可能性も大いにあり得る。
「いいから、逃げられる前に早くなさいな!」
「本当にいいんだな? どうなっても知らないからな!!」
再び篭手へとマナを喰わせ、渾身の投擲を行う。
豪速で放たれた槍。蒼光の刃が軌跡を残し、幻想的な一本の光線を空へと伸ばす。
今度は多少逸れても当たるようにと、翼ではなく的の大きな胴体の中心を狙った。貫けば致命傷には違いなく、翼が健在であろうと飛び続けられまい。
数羽の配下とともに、天高く上空から村を目指すアルバトロスロード。逃がさぬとばかりに槍が高速で後を追い、そして喰らいついた。
風の鎧から影響を受け、やはり僅かに軌道がずらされる。しかし胴体からは外れたものの、槍は左翼の中心を穿ち、大きな風穴を開けた。
悲鳴をあげた王は、次第に高度を保てなくなり地上へと落ち始める。
「見たか! 空が飛べるからって、俺からは逃げられないって心得とけ!」
「いいから、早く追うわよ!」
負傷者はその場に残し、戦える者だけが魔導車へと乗り込みあとを追った。




