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61:希望を握るは聖女

「っ!? こいつはえぐいな……」


 冒険者達のもとへ駆け寄ると、彼らの酷い有様に、カルナリア嬢とふたりして絶句してしまう。

 厳密に言えば、彼らがふたり掛かりで肩を貸している男。怪我が酷いなんてものではなく、まだ生きているのかと疑問に思えるほど。なんせ全身をくちばしで啄ばまれたのか、体中が血に塗れ赤く染まっていたのだ。


 彼は皮の簡素な防具を身につけているのだが、すでに役目を果たし終えており、保護されていない部位は所々に穴が開き骨が見え隠れしてしまっている。

 顔を覗き込めば片目をやられたのか、窪んだ左目蓋からは、血の涙を絶やすことなく流し続けている。目だけでなく耳や鼻も激しく欠損しており、歯茎がむき出しとなった口から漏れる、小さなうめき声だけが生存を教えている状態だった。


 肩を貸す仲間のふたりも決して無傷ではないが、彼と比べれば軽症といえる。ただ疲労と憔悴からか、助けを懇願するのが精一杯の模様。

 アルバトロスを全て始末して彼らを助けたといい気になり、呑気に話し込んでいる場合じゃなかった。


「とにかく、急いで村に連れ帰りましょう! キリク、この人を背負ってもらえる? 私は後ろから支えるから!」


「わかった! さ、そいつを俺の背に……」


 背をかがめ、引き受けた瀕死の男を背負う。彼はしがみつくことなく人形のようにおぶさるだけであり、立ち上がった拍子に横へとずり落ちそうになるのを、すかさずカルナリア嬢が支えてくれた。


「ほら、しっかりなさいな! ……あなた達は自分で歩けるわね?」


 カルナリア嬢の問いかけに冒険者ふたりは頷き、俺達は駆け足で村へと戻った。村人の案内で、小さな集会所へと怪我人を運び込む。

 大きな机の上に瀕死の男を寝かせ、ひと息つく暇もなくカルナリア嬢は衛生担当の兵を呼びに走った。一刻を争う事態とあってか、彼女はものの数分で魔導車に積まれていた医療品一式と、臣下の衛生兵を引き連れ舞い戻る。


「酷い怪我ですね……!? とにかく、血を止めないと!」


 ボロ切れと成り果てた防具や衣服を剥ぎ取り、手際よく全身の血が拭われていく。処置を施され、最終的に全身包帯でぐるぐる巻きとなった男。だが無数の啄ばまれた傷からは、血止めの薬を塗られたにも関わらず滲み、純白の姿を真っ赤に変色させていった。


「駄目ですお嬢、これ以上は手の施しようがありません……」


「そんな!? 頼む、こいつを助けてやってくれ!! 俺のたった一人の弟なんだよ!!」


 お手上げ状態となった衛生兵へと、仲間であり兄と名乗る茶髪の男が食って掛かった。肩を掴んで激しく揺さぶり、涙ながらに必死に懇願する姿はあまりにも悲痛である。


「ちょ、落ち着いて下さい! 神聖術の使い手が居ない以上、応急処置だけじゃどうにもならないんですよ……!」


「やめろって! とにかく手を離せ!」


 もうひとりの仲間である金髪の男が割り入り、窘めることで彼はなんとか落ち着きをとり戻す。力なく地面へとへたり込み、身内の絶望的な未来に声を押し殺し泣きはじめた。

 もう助からない。死を待つだけ。共通の認識に、重い空気が場を支配する。


「……あいつを呼んでくる」


 ただひとつ。彼を死の淵から救い出す希望があるとすれば、彼女しかいない。神聖術の使い手ならばこの村にひとり、俺たちと共に滞在しているのだ。


「ちょっと待ちなさいなキリク! 聖……あの方は、酷く体調を崩されているのよ!? 御自身を癒すことすらできないのに、無茶よ!」


「だからといって、可能性を捨てることはないだろ」


 自分を癒せないほどに弱っているのはわかっている。連れて来たところで、正直助けられるのか不安だ。もし駄目だった場合、体だけでなくイリスの心にも負担をかけるのだから。だからといって、なにもせず見殺しにするわけにはいくまい。

 イリスが村長宅で寝入ってからすでに数時間。いまは幾分か体力は回復し、調子もよくなっているはず。


「あのお方……? この際誰でもいい、頼む! すぐ連れてきて、弟を救ってくれ!」


 僅かに差し込んだ光明に、今度は俺がしがみつかれてしまう。またも仲間の金髪が引き剥がし、後ろから羽交い絞めにしながら彼を窘めた。


「だから落ち着けって! ……そのお方は、神聖術を使えるのですか?」


「あ、ああ。実力のある神官だから、なんとかなるかもしれない。だけど彼女がさっき言ったように、体調を崩して寝込んでいる状態だ」


 それゆえ必ずしも助かるとは限らない。むしろ男が負った傷の深さを鑑みるに、いまのイリスではまさしく賭けだ。

 簡潔にそのことを伝えるも、当然の如く返答は是であった。


「かまわねぇ、頼む……! このまま見殺しにするよか、僅かな希望でも縋りてぇんだ!」


 兄である男は仲間の腕を振り払うと、跪き額を地面へと何度もこすりつけた。

 もはや時間の問題といえる風前の灯火。躊躇するカルナリア嬢の制止を振り切り、村長宅へと走った。

 俺としても弱ったイリスを頼りたくはない、休ませておきたい。だが弟を思う彼の姿が、うちの兄と重なりどうにも放っておけなかった。

 なにより、イリス本人が見捨てるなんて選択肢をとるはずがないのだから。


 村長宅に着くや否や、ノックをし返事を待たずに玄関の扉を開く。

 村長自身も騒ぎを聞きつけあの場にいたため、事前に入る許可は貰っている。だが自宅で待つ夫人は露とも知らないので、突然の強引な押し入りに悲鳴をあげられてしまった。


「驚かせてすまない、物盗りじゃないから安心してくれ。ここで厄介になっているうちのツレに用があるだけなんだ」


 両手を上げこちらは無害だと主張しながら、イリスとシュリが借りている部屋へと入る。

 扉を開けば、ちょうどシュリが様子を確認するため飛び出そうとしたようで、鉢合わせることに。


「はぶっ!? いたた、ごめんなさ……あ、やっぱりキリク様です!」


 勢いよくこちらへと飛び込み、顔面からぶつかった少女。赤くなった鼻をさすり、少し涙目だ。咄嗟に抱き寄せ、軽く頭を撫でつける。


「おう、俺だ。突然ですまんが、イリスは……」


「慌てているみたいですけど、どうされたのですかキリクさん?」


 丁度いいことに目的の聖女様は目を覚ましており、夕食をとっている最中だった。彼女の手には消化によさそうなスープ。熱々なのか湯気が立ち昇り、腹の空く香りが部屋中に漂っている。

 見たところ自力で匙を使い、起き上がって食べられるほどには回復している様子だ。


「……イリス、体調はどうだ?」


「え? そうですねぇ……まだ頭がふらつきますけど、おかげ様でだいぶよくなりましたよー。カルナさんから、解熱に効く薬を頂いてますし。しっかりと休めたことで、ようやく効いてきたみたいですー」


 心配させまいとしてか、優しい笑みを浮かべる。

 確かに当初と比べ随分と元気にはなっているようだが、まだ顔は赤く熱が下がりきっていないのは明らか。

 ベッド脇に立ち覗き込むようにしてイリスの顔を凝視すれば、さらに赤みは増していく。しまいには顔を逸らされてしまった。熱がぶり返したのかと心配して気遣うものの、本人は大丈夫の一点張り。視線が泳いでいるあたり、強がっているだけにしか思えない。

 ……事情を話し、無理をさせていいものか躊躇われる。

 まごつくうちにシュリが自慢の鼻をひくつかせ、俺の背後へと回り込むなり大声をあげた。


「スンスン……キリク様から、血の臭いがするのです! もしかして怪我をされたです!?」


「ふぇ!? キリクさん、大丈夫ですか!? すぐに治療を……」


 やはりシュリにはばれるか。

 血塗れの怪我人を背負ったのだから、当然着ている衣服にはべっとりと付着してしまっている。着替える暇がなかったために、そのままだ。集会所を飛び出す際に、村人から長布を借り受け外套代わりに纏っていたが、漂う血の臭いまでは隠せやしないか。

 イリスは慌てて立ち上がるも、足に力が入りきらないのかふらつき、転びそうになってしまう。すぐさま体を受け止め、支えてやりゆっくりベッドへ座らせた。


「安心しろ、これは俺の血じゃない。俺はなにひとつ怪我していないから……」


「では、その血はいったい……?」


 落ち着いて聞くよう前置きし、何が起こったのか、誰が負傷しているのかをざっくりと説明していく。全てを話し終えると、イリスはなぜ俺がここに来たのかを即座に察してくれたようだ。


「キリクさん、早く私をその方のもとへ連れて行ってください! 急ぎ私の力が必要なんですよね?」


「ああ、その通りだ。その通りなんだが……」


 イリスの体調だが、まだまだ復調とはほど遠い。先ほど立ち上がった際にもふらついていたし、この調子ではとてもじゃないが、死に際の人間を救えやしない。


「イリス、確かにお前の力をアテにして来たんだが、正直に言ってくれ。……いま、まともに神聖術が使えるのか?」


 この問いかけにイリスは返事をすることなく、行動で示して見せた。詠唱を唱え、自らに神聖術を施し始めたのだ。


「……はい、大丈夫です!」


 術を施し終えると、ベッドから跳ねるようにして立ち上がり、くるりとその場でひと回り。もう心配する必要はないと振舞ってみせる。

 しかし俺の目をごまかすことは叶わなかったようだ。

 彼女が自身に施した神聖術。放たれた治癒の光。以前の元気だった頃に比べ、その光ははっきりとわかるほどに弱々しかったのだから。


「さぁ、早く私を連れて行って下さい!」


 強がって急かすも、引け切らぬ熱で上気した顔には汗が浮かんでいる。間違いなくやせ我慢をしているな。

 このまま連れて行っていいものか。

 一瞬の逡巡をするも、結局選択肢はひとつしかなかった。

 本人がやれる、できると断言してくれたのだ。なれば多少の無茶を承知のうえでも、彼女を信じるほかない。


「……わかった。じゃあ急ぐぞ!」


 イリスに神聖術を施してもらうことを決め、彼女を抱き上げる。以前に俺がギルドマスターにされたことのある、お姫様抱っこだ。

 腕に感じる柔らかな感触と重み。お姫様抱っことは、本来こうあるべきだと認識する。間違っても男にやるもんじゃないよな。


「はひゃっ!? ちょちょちょっとキリクさん!?」


「病み上がりのお前を連れ歩くより、このほうが速いからな。我慢してくれ」


「でもでもでも、恥ずかしいですよぉー……」


 恋人同士じゃあるまいし、抱き上げる側の俺だって恥ずかしい。本当ならば背負って連れて行きたいのだが、布を纏っているとはいえ背中は血で汚れているからな。


「……イリス様、ちょっと羨ましいのです」


 羨望の眼差しを向け尻尾を振る犬っ娘。

 羨むほどのものか疑問だが、シュリの発言は聞かなかったことにし、村長宅をあとにした。

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