6:稼ぎ手の行く先
日が昇り、町の人々が活発に動き始めた早朝。
俺は宿にイリスを残し、一人とある建物へと足を運んだ。
冒険者ギルド。
そこは毎日様々な依頼が舞い込み、冒険者達がそれらを解決し、日銭を稼ぐ場所。
実力さえあれば、どんな奴でも成りあがれる組織だ。
木の扉を開き、早朝ゆえにいまだ人の少ない建物内へと入る。
おかげで誰一人として受付には並んでいない。
やはり朝一で来てよかった。
時間帯によっては人で溢れかえり、長い時間待たないといけないらしいからな。
もう少し時間が経てば、ここも冒険者達でごった返すことだろう。
「あ、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
眼鏡をかけた、そばかすの似合う若い受付嬢。
受付に近づくこちらへと、彼女は先に声をかけてくれる。
「ちょっと金を稼ぎたくてね。依頼を受けたいんだが、どうすればいい?」
「ですと、あなた様は冒険者登録がお済でないということでしょうか?
依頼を受けるためには、まず先に登録が必要となりますが」
「そうなのか。それならばお願いしたい。時間と金はかかるのか?」
「承りました。時間はすぐに済みますよ。代金は登録料として、銀貨5枚が必要となりますね」
「な!? 銀貨5枚もとるのかよ……?」
銀貨5枚。それは結構な大金だ。
少なくとも、一介の牧場の次男坊からすれば、な。
だが幸いにも、旅の費用として金は貰ってきている。
金を稼ぐために来たはずなのに、そのために金を支払うとは本末転倒ではあるが仕方がない。
それ以上に稼いでやればいいだけなのだから。
「いかがなさいますか?」
「登録するよ。頼む」
受付嬢に肯定を返すと同時に、彼女へと提示されていた銀貨5枚を支払った。
「はい、確かに。それではこちらの用紙に記入頂けますか?
必要であれば、私が代筆いたしますが?」
「いや、大丈夫だ」
受付嬢から渡された一枚の用紙。
そこに書かれた項目を次々と埋めていく。
名前年齢出身地から始まり、病歴や犯罪歴などだ。
全てを書き終えると、彼女へと手渡した。
用紙を受け取った受付嬢は、上から下まで漏らしがないように確認をしていく。
「……はい、全て問題ありませんね。
ではこの情報を元にギルドカードを作成して参りますので、少々お待ち下さい」
そう告げると彼女は席を立ち、奥の部屋へと引っ込んでいってしまった。
待ち時間を無駄にするつもりもないので、俺は壁にかけられたクエストボードを眺めることにした。
「さって、割のいい依頼はないかねっと……」
と言ったものの、登録したての今の俺ではたいした依頼は受けられないだろう。
EやDとかかれた、低ランクの依頼と思しきものにだけ目を走らせる。
その中でひとつ。良さげな依頼を見つけた。
『D級。西の森でゴブリンの目撃報告多数。コロニーを築いている可能性あり。至急調査求む。
報酬は情報次第で、銀貨1~5枚。
なおゴブリンを討伐された場合、1体につき銅貨1枚追加。討伐証拠は右耳とする』
「これ、なかなかいいんじゃないか? 他のに比べ割がいいな」
よし、これを受けよう。
そう心に決めた瞬間、受付から声がかけられる。
「キリク・エクバード様。ギルドカードが出来上がりましたよ」
先ほどの受付嬢だ。
その声に導かれるように、彼女のもとへと戻る。
「それでは、こちらがキリク様のギルドカードでございます。
カード上部に大きく書かかれた文字が、今のキリク様のランクとなります。
登録したての新人ですと、一番下のEランクから開始となりますのでご了承下さい。
依頼を受ける際は、ランクの一つ上まで受けることが可能となります」
矢継ぎ早に説明をしていく受付嬢。
正直、今はランクにはこだわってはいないので、適当に聞き流しておく。
「――で、最上位のランクはSとなります。
ランクの昇級は実績に応じ、ギルド側の判断で行います。
その際はこちらから連絡をしますので、気長にお待ち下さい。
……説明は以上となりますが、なにかご不明な点はございませんか?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう。それで早速なんだが、この依頼を受けたい」
俺はクエストボードから剥がしてきた、一枚の紙を受付嬢へと手渡す。
先ほど目をつけた依頼だ。
彼女はギルドカードと交換に受け取り、依頼書へと目を通す。
「こちらですね?
……あ、こちらはひとつ上のD級依頼となりますが、よろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ」
「……わかりました、受領いたします。
ですが、キリク様はまだまだ新人です。
できる範囲にとどめ、くれぐれも無茶はなさらないで下さい」
「わかっているさ。心配してくれてありがとな」
受付嬢から依頼の詳細を聞き終わると、ギルドをあとにした。
町で軽く軽食を取り、必要な準備を整えていざ西の森へ。
イリスには、待っているようにと女将に言伝を残してあるから大丈夫だろう。
――町から西側の森。
獣道へと踏み入り奥へと進むと、早々に目的のゴブリンを見つけることができた。
今視認できるのは8体。
とてもコロニーという数じゃないな。
さてどうしたものか。
これだけで調査完了と謳うには、まだまだ早計だろう。
最低でもおおよそどれほどの数が繁殖しているのか、調べなくては。
俺は息を潜め、ゴブリン集団の動向を窺うことにした。
ゴブリンたちはグギャグギャと、人間には理解できない言語で談話をしている。
時折起こる馬鹿みたいな笑い声。
まったく、何がおもしろいんだか。
ひとしきり会話をし満足したのか、奴らはようやく移動を開始した。
ばれることのないように、適切な距離を保ち、後をつける。
途中で別のゴブリン集団と合流し、その数は15体にもなった。
さらにまた別の集団と合流し、一様に同じ方向へと向かっていく。
「ここまで数が多いと、黒と断定してもいいかもしれないな」
恐らく、この情報だけでも依頼は完了となるだろう。
だが俺は引き返さなかった。
そのまま後をつけ続け、ようやく目的の場所にたどり着く。
「……やはりあったか。ゴブリンのコロニー」
森の奥地。
その開けた地に、あばら家と呼んでいいのかすら躊躇うボロ小屋がいくつも設置されている。
だが幸いにも、規模としてはまだ発足したてといったところ。
わらわらと沢山居るゴブリンだが、これでも少ないほうだ。
昔冒険者の人に聞いた話では、大規模なものとなれば、それこそ森から溢れるのだという。
そんなゴブリンの集団の中に一体、一回り身体の大きな個体を見つけた。
「あれは、ゴブリンロード……か?」
ゴブリンロード。
その名のとおり、ゴブリンの王だ。
コロニーを統べる長。
体躯の大きな個体であれば、オーガをも凌ぐという。
「だが聞いていた特徴よりも小さいな。まだ若い王、か」
小さなコロニーなだけあってか、王もまだ小さい。
潰すなら今のうちという状況だ。
「確認もとれたし、引き上げるか。
場所まで発見したんだ、情報料として最大額の報酬が貰えるだろ」
むしろこれ以上の情報などないだろう。
これならば、登録料の銀貨5枚もすぐに取り戻せるな。
そうほくそ笑みながらその場を去ろうとした時、あるものが目に入ってしまった。
「あれは……女の子!?」
二体のゴブリンに担がれた、少女を見つけてしまった。
彼女は意識を失っているのか、ぐったりとした様子だ。
……聞いたことがある。
ゴブリンやオークといった種は、雌の個体が極めて少ない。
それ故、様々な人型種の雌と繁殖できるようになっている、と。
ならば、あの少女はそのための……?
少女を担いだ二体のゴブリンは、王のもとへまるでお供え物を捧げるように、彼女を地に寝そべらせた。
ゴブリンの王はそれを大層に喜び、唯一身に纏っているボロの腰蓑を取っ払う。
露出する、見たくもないグロテスクな一物。
「あいつ、今から生殖行為をするつもりか……!?」
奴らゴブリンやオークから陵辱を受け、母体とされた人はどうなるのか?
簡単な話だ。
それからの人生、例え助かったとしてもまっとうに生きられない。
教会がそういった女性達を一時的に保護しているらしいのだが、彼女達の大抵は精神を病み、自ら幕を閉じるのだそうだ。
一般社会に出たとしても、周りは穢れた女として彼女達を見る。
化物の子を孕んだ女、と。
だから化物に犯された女性達には、復帰のしようがないのだ。
「あーくそ。こういった時、見捨てられない自分にイラ立つな……」
はっきり言って、俺が今一人で手をだしていいような状況じゃない。
つい先日、痛い目を見たばかりではないか。
そう思っても、動く身体を止めることはできなかった。
否、止めるつもりなんてなかった。
「ここで見捨てたら、絶対に後悔するからなっ!!」
――俺は手に持った石礫を、ゴブリンロードへと怒りを込めて投擲した。