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「失礼いたしますわ。ギルドマスター様」
部屋で待つことしばらく。
扉が叩かれ、ギルドマスターが入室の許可を出すと、姿を現したのは大人びた雰囲気を醸しだす高貴な女性。そして後ろに追随するのは、彼女とひとまわりは年が離れているであろう、部下と思しき温和な顔つきをした男性であった。
「あんたらがヴァンガルの使者かい?」
「初めまして、私はカルナリア・ヴァンガルと申します。もうお察しでしょうが、ヴァンガル領の領主であるバルドス・ヴァンガルの娘ですわ。この度は多忙である父の代役として、馳せ参じました」
「私はお嬢様の付き添いである、ダリオ・ダランと申します」
細くしなやかな体型から繰り出される、見惚れるような美しい所作で、丁寧なお辞儀をするカルナリア嬢。彼女につられるようにして、俺たちは恐縮しつつも自己紹介を済ませる。
それにしても、まさか領主の娘がやってくるとは。
ギルドマスターも慌てて言動を訂正するが、普段どおりで構わないとの申し出に安堵していた。どうやら度量は広い人物のようだな。
全員が腰掛けたところで、受付嬢が彼女らに紅茶の注がれたカップを差し出す。
互いに喉を潤し、場が整ったとみるやギルドマスターが話を始めた。
「にしてもお嬢さんら、随分と来るのが早かったな? 報せが届いてまだ数日程度。身なりも土埃で汚れちゃいねぇし、無茶して馬を使い潰してきたわけでもないだろ?」
いったいどのような手段を用いたのか。ギルドマスターは湧いた疑問を晴らすため、彼女らに問いかける。
「あら、私達は魔導車に乗って来たんですもの。馬より早くて当然じゃない」
さも当前のように彼女は答えるが、魔導車なんて初耳だ。
しかし隣に座るアッシュやギルドマスターは、目を見開き驚きの顔。つまり知らないのは俺だけってか。
「魔導車って、遺跡で発掘された古代遺物だよね? 大型魔道具の一種で、貴重な代物なんじゃ……?」
なんと大型の魔道具ときたか。
話からして乗り物だと想像つくが、現物はどのような代物なんだか。
「ふふ、いい表情ね。その通り、本来なら貴重な物よ。でも、私達が乗ってきたものは複製品。……あ。もしかして、解析が進んで量産化できたって話自体、ご存知なかったかしら?」
「そいつは本当か!? 事実なら革命が起こるぞ……。やはり東のドワーフ国、シュタルアイゼンが?」
シュタルアイゼン。別名、火の粉舞う鉄と鋼の国だったか。人口の大半をドワーフという亜人種族が占め、手先が器用であり鍛冶を得意とする彼らの特性から、今も昔も技術大国として君臨している国。
もっとも、俺が知っている情報はこの程度。行ったことがなければ、実際にこの目でドワーフを見たことすらない。博識な神父様や、各地を旅する行商人から聞いた受け売りの知識だ。
「仰る通り、我が領主様が知己を頼って彼の国から輸入されたものです。ですが、複雑な構造ゆえ生産数は少なく、まだまだ広まることはないでしょう」
「国内だと王族を除けば、所持しているのは我がヴァンガル家くらいだものね!」
豊かに張った胸を反らし、フフンと鼻息を鳴らすカルナ嬢。
微塵も隠す様子のない誇らしげなドヤ顔に、なんだかあきれてしまう。
魔導車について、彼女らの話を纏め端的に表現するならば、馬より速く休みなく走り続けられる馬車……といったところか。
革命が起こるというのも頷ける。一般の商人にまで普及すれば、流通事情が大幅に変わるな。戦においても兵や物資、はては兵器の運搬と、素人の俺であっても様々な運用方法が考えつく。
「……魔導車、か。お嬢さんらがこれだけ早く訪れたのも、納得いったぜ。さて、疑問が晴れてすっきりとしたことだ。ここからは本題に入るとしようか」
まずはギルドマスターからカルナリア嬢らに、報せを送ったあとの出来事が説明される。
おぞましい異形の化物に町が襲われたところから始まり、現在に至るまでをだ。
「……町へ入った際、建物が崩れていたりしたけれど、そのような悲劇があったのね。亡くなられた方々の魂に、女神ミル様のお導きがあらんことを……」
カルナリア嬢はダリルさん共々、ごく自然な動きで手を組み、女神へと祈りを捧げる。
彼女らの黙祷によって流れる沈黙。この静寂を破ったのは、祈り捧げているカルナ嬢であった。
「ヘルマンおじ様……」
ぼそりと呟かれた言葉。声の主を見やれば、頬を雫が伝っていた。
涙の理由を問うに、うちの領主とは浅からぬ縁があったようだ。隣接する領主家同士、交流があってなんらおかしくはないのだから当然か。
「キリク君。このお嬢様どうだろう? 悪い人じゃなさそうだよ?」
小さな声で耳打ちをするアッシュ。
先ほどみせた、死者を憂う女神への祈りは、裏表のない穢れなきものだった。アルガード大教会にいた偽シスターの祈りと比べ、まさに天地の差。思い起こせば、あいつの祈りはなんだかぎこちなかったな。
うちの領主と接点があったということで、もしやと訝しんだものの、どうやら杞憂かもしれない。
ちらりとギルドマスターへ視線を送ると、示し合わせたように頷き返してくる。
「あー、そのなんだ。お嬢さんら、これからどうするんだ?」
「聖女様を保護するためにきたのだから、もちろん言葉通りに行動するつもりよ?」
「異教の者達が姿を消したといっても、身を潜め機会を窺っているだけかもしれません。我々は小隊を率いてきております。あとのことは、我々に任せていただきたい」
現状を聞いたいまでも、あちらさんはイリスを保護する気満々か。
いや、確かにダリルさんの言う通り。脅威は去ったと楽観視するのは早計だった。
「こちらとしては、聖女様を王都にお送りするべきだと思うのだけれど?」
なんと奇遇なことか。って、普通はその考えにいきつくよな。
つまるところ、カルナリア嬢は率いる小隊を伴い、魔導車を用いてイリスを王都まで護送してくれるってわけだ。まさに願ったり叶ったりの申し出。
俺たちもイリスの護衛を継続し同行したいと主張すると、渋い顔ひとつせず了承の意を返してくれた。
「さて、最後にお嬢さんにはこいつを書いてもらいたいんだが、構わねぇか?」
ギルドマスターが取り出したのは、一枚の上等な羊皮紙。
「これは……?」
「命約書つってな。魔道具の一種で、契約者の命を担保とし、記載された内容を遵守させるって代物だ。内容を簡潔に説明するなら、私は聖女様に一切の危害を加えませんっとなっている」
命約書。カルナリア嬢らが部屋を訪れる事前に、ギルドマスターの提案でこれを使い、嘘か真か見極める手筈になっていた。
もし彼女が異教の仲間であれば、拒否なり動揺なり、なんらかの反応を示すはず。
「珍しい魔道具ね。かまわないわ、ここにサインと……血印を押せばいいのかしら?」
「お、おう! 頼むぜ」
「お嬢様!? 内容をよく読まず、そうぽんぽんと……ああ、もう……」
躊躇なく書き込まれ、あっという間に書類が完成。
血印が押された瞬間に魔法陣が浮かび上がり、契約の証として紙面へ焼きついた。
……とまぁ仰々しくなっちゃいるが、実はこの命約書は真っ赤な偽物である。
おっさんが相手の真意を確かめる際に使う、所詮ジョークグッズだ。とはいえ実際過去に実在した魔道具であり、こいつは偽者とはいえ本物と瓜二つな出来なのだとか。
これをもってして、俺達はようやく彼女達を認めることができた。領主の娘に対し、何様だとも思うが勘弁願いたい。
いつここを発つかなどの予定は、すべてアッシュ達に任せ俺はひとり部屋を出る。
イリス達のいるロビーへ戻れば、片隅で敷物を敷き、子供たちと寝入ってしまっていた。どうやら遊び疲れたらしい。
俺の存在に気付いたシュリが、自慢の白い尻尾をぱたつかせる。なぜか獣化した白狼の姿であり、彼女の柔らかな腹を枕に女の子が寝息を立てていた。
『キリク様~。動けないですー。助けて欲しいですー』
「すまんなシュリ。そいつは無理な相談だ」
『そんなぁ~……』
助けを求める声を受け流し、椅子に座って机に突っ伏すトマスの隣へ腰掛ける。
こちらもうたた寝をしていたようだが、隣に俺が座ったことで目を覚まし、慌てて涎に塗れた顔を拭っていた。
「キリクさん! お話はもう終わりですか? 途中からお客さんも交えていたみたいですけど」
「ああ、あの人達はヴァンガルからの使者だ。それも領主の娘さん直々だぞ」
驚くトマスに、先ほど決まった内容を伝える。当事者であるイリスにも聞いてほしいのだが、子供たちと眠る無垢な顔を見ると、起こす気にはなれなかった。
待っていれば自然と目を覚ますだろうから、あとで話せばいい。
「じゃあ、次は王都に行くんですね。……キリクさん。ぼく……その……」
考え込むようにして、トマスは顔を伏せ口ごもる。
なにか思い悩むことでもあるのか。こちらから問いかけようとしたとき、トマスは顔をあげ、決心のついた目で口を開いた。
「ぼく、一緒には行けません。アルガードに残ります」




