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56:これからのこと

 受付嬢に案内された一室。そこはギルド長室であった。扉に掛かるプレートには『俺の部屋』と力強く書かれており、あのおっさんらしさが窺える。

 受付嬢がノックをすることで、応答と共に入室の許可が返ってくる。彼女によって扉が開かれ、促されるまま俺達は部屋の中へと足を踏み入れた。


「よぉ、元気そうだな。ろくにお構いできなくてすまんが、適当に腰掛けてくれや」


 室内では見かけに似合わず、机と向き合い事務仕事をこなすギルドマスターの姿があった。

 彼の机の上にはおびただしい数の書類が山と積まれており、処理すべき仕事量の多さに同情してしまう。

 目の下は隈が色濃く浮かび、心なしか顔もやつれ、自慢の筋肉も萎んでいるようだ。


「では、私はこれで失礼いたします。後ほどお茶をお持ちいたしますね」


「おう。頼むぜ」


 俺達が迎え入れられたことを確認すると、受付嬢は一瞥しこの場を去っていく。

 ギルドマスターはここらが休憩時と判断したのだろう。大きな手には似つかわしくない細いペンを置き、まるで力仕事を終えたかのように大きく伸びをした。


「……忙しそうだな」


「マスター、あんまり無理しちゃダメだよ? もう若くないんだしさ」


 俺とアッシュ。ふたりして気遣いの言葉をかけるが、帰ってきたのは耳を劈く怒声。

 もっとも本気で怒っている様子はなく、見くびるなといった意味のものだ。


「馬鹿野郎! 一線は退いたものの、俺はまだまだそこらの若造にゃ劣らねぇっ!!

 ……だがまぁ、心配してくれてありがとよ。アッシュから聞いちゃいると思うが、アルガードの街も大変な状況でよ」


「領主がいなくなってから、街の運営に携わる上層の奴らが全員、後を追うように失踪したんだろ?」


「ああ。で、いなくなっちまった奴のなかに、あっちのギルド長もいたもんだからな。おかげでしばらくの間、俺が代役で掛け持ちすることになってよ。参っちまうぜ……」


 椅子の背もたれに身を預け、大きなため息を吐く姿はまさに初老。

 元来の性分からして、事務仕事は好きじゃなさそうだしな。外に出て、体を動かすことを好むタイプだろう。


 それにしても、あの街には随分と異教を信仰する(やから)が入り込んでいたようだな。

 領地の頭が異教徒であったのだから、好きなだけ入れ放題なのも当然か。


 アルガードの街は一時混乱状況に陥るも、残った衛兵達でなんとか治めたそうだ。

 情勢が落ち着き余裕が生まれたため、化物の動向調査にティアネスへと兵を送ったのだと。

 なにせ向こうからすれば、この町の方角へと飛んで行ったのだ。様子を確認したかったのだろう。


「一部とはいえ崩壊したティアネスを見て、アルガードから来た人達は顔を青くしてたねー」


「自分らの拠点から野に放たれた化物が、ほかの地で惨劇を起こしていたんだからな。目を覆いたくもなるさ」


 とはいえこれ以上被害が広まる前に、すでに俺たちで討伐済み。

 この朗報に安堵した彼らは、人数を大きく減らした衛兵隊を手伝い、治安維持に尽力してくれることに。

 アルガードの兵がこの町にいたのは、こういった経緯があったからだ。


「そうだキリク。お前の村にいる神父に、ちゃんと話は通してくれたか?」


「んあ? あぁ、少しのあいだでいいから、アルガード大教会に来てくれないかってやつだろ?

 それなら大丈夫だ。神父様は快く了承してくれたよ。準備が必要だからってことで、あとから村のやつらが連れて来る手筈になってる」


 この話を伝えたとき、気落ちして虚ろとなっていたのが嘘のように、使命感に燃えた目をしていたっけな。

 老骨の身が最後に役立てるのなら、と息巻き、必ずや清く穢れない教会に戻すと宣言していた。神父様なら、アルガード大教会を立て直すのにきっと一役買ってくれる。

 ……今度は気合の入れすぎで、また倒れてしまわないかが心配だが。


「助かるぜ。あの一件で下っ端の神官しか残ってねぇらしくてな。なに、追い出された神官達が戻るまでの間だけさ」


 布教の旅に出されたという、元々務めていた人達のことだな。

 アルガードのほうで、行き先がわかる者に対し順次使いを送るのだそうだ。


 タイミングを見計らっていたのか、区切りのよいところで受付嬢が紅茶と茶菓子を持って現れた。

 彼女に礼を述べ、さっそく差し出されたカップに口をつける。

 淹れたての紅茶は鼻腔をくすぐる上品な香りがし、それが心地よい渋みと共に口の中で広がっていく。紅茶なんて親しみのない俺からしても、美味いと素直に言える落ち着く味。


 ギルドマスターもまた、机の上に置かれた、時間が経ちすっかり冷め切っているであろうティーカップに口をつける。

 半分ほど残っていた中身を一息に飲み干し、喉を潤すと、受付嬢によって空いた器におかわりが注がれる。

 彼女は役目を終えると、失礼しますと再びこの場を立ち去っていく。


 ギルドマスターは香り立つ淹れたてをひとくち流し込むと、長閑に流れた沈黙を破るように口を開いた。


「なにはともかく、ひとまずお前らにとっての脅威は去ったわけだ。

 ヘルマン領主らの企みも秘密も、全部露見し破綻したからな。一旦は身を潜めるしかないだろうさ」


「アルガードから、何人ものひとが姿をくらましたんだもの。それがいい証拠だよね」


 もし奴らがまだ諦めていないのであれば、もっと早いうちに襲撃があったはず。しかしモギユでもティアネスでも、ましてやアルガードですらなんの動きもみられなかった。すでに幾日もの時が経ち、いまさら再度仕掛けてくることはないだろう。

 さっさととんずらこいたとみて間違いないか。ギルドマスターもそう判断し、俺たちを再び呼び戻したようだ。


「んで話としては、お前らこれからどうするんだってことよ。

 俺が村まで赴きゃよかったんだが、あいにく余裕がなくてな。お前さんらには悪いが、わざわざこっちまで出向いてもらったのさ」


 これからについて、か。今後を左右する重要な話だな。

 正直なところ、俺自身も悩んでいた。いつまで逃げ続ければいいのか。どこに逃げればいいのか。

 話を聞いたいまとなっては、逃げて身を隠す理由はなくなった。だからといって俺はともかく、聖女であるイリスがずっとこの地に居続けるわけにいかない。


「これからイリスをどうするか……」


「じきに隣接するヴァンガル領かベルゼス領から、人が送られてくるはずだ。聖女様の今後の保護は彼らに任して、お前らは元の生活に戻ってもいいんじゃねーか?」


 元の生活ねぇ……。

 以前のように、家業の手伝いをしながら狩猟をする生活に戻るか。もしくは、冒険者を本業として独り立ちしていくか。


「僕は最後までお供したいな。それこそ、イリスさんから不要だと言われるまではね」


 腕を組み思案に耽る俺を横目に、アッシュは口を開き、迷いなく自身の思いを言葉にした。

 まったくもって熱心なやつだ。最初と違い約束された報酬などなく、無償の奉仕となりかねないのにな。


「キリク君はどうなのかな?」


「……ここまで一緒にいたんだ。お前と同じで、最後まで付き合うさ」


 もっとも、同じ選択をした俺にも言えることか。

 金銭などもはや関係なく、単純にイリス個人を放っておけないのだ。あいつひとりだと、ひもじくなれば平気で拾い食いすらしそうに思える。

 ……これはさすがに聖女様に対して失礼か。


 こちらの発言に対し、アッシュは顔を明るくし手を強く握ってくる。

 先ほど悩む素振りを見せたせいか、俺はここで辞退するのかと不安になったらしい。


「そうか。ま、お前さんらが決めたんなら、俺は口出ししねぇさ。

 だが、これからくる隣領のやつらはどうする? 俺としちゃ、彼らからの援助や保護は受けたほうがいいと思うんだがな」


「うーん、確かに守り手は多いほうがいいと僕も思うんだけれど……」


「……見知らぬ奴を信用できるのか、だな。ヴァンガルだかベルゼスだか知らないが、俺らは一度、裏切られているようなものだからな」


 任せて大丈夫と判断した司祭に、見事騙されたのだ。だからどうしても猜疑心が湧いてしまう。

 さすがにどちらも、邪神を狂信する同じ異教徒でしたってオチはないと思うが……。


「どっちの領主にも会ったことねぇから、信用して大丈夫とは言えねぇな。ヴァンガルの領主は噂を聞く限り、信望厚い人柄のいい人物らしいが」


 いまのところ、旅の中俺が出会った人で掛け値なしに信頼できる人物といえば、このギルドマスターだ。

 ……そのギルドマスターが、大丈夫と太鼓判を押してくれない以上、不安しかないわけで。


「ここの領主も似た評価だったから、当てにならないな」


 表の顔を評判良くすることで、隠れ蓑とし裏で暗躍する。アルガードの領主がそうであったように、ヴァンガルの領主も同類かもしれない。

 だからといって、民衆のあいだで悪評立つ領主であれば悩む以前の問題なのだが。

 ちなみにベルゼスの領主だが、こちらは良い評判を聞かないらしいので論外だ。


「……もし仮に、このまま俺達だけでイリスの護衛を続けるとなれば、次はどう行動すべきだ?」


「そいつはヴァンガルにベルゼス、どちらも信用しないということでいいんだな? ならあとはもう、セントミル教の総本山、王都にある大教会へ連れて行くしかねぇわな」


 ふむ、セントミル教の本拠地か。本来イリスが居るべき場所だな。確かに、そこに連れて行くのが一番か。

 もちろん総本山とはいえ、鼠が入り込んでいないと言い切れない。だが地方の大教会と違い、芯まで挿げ替えられているなんてことはあるまい。


「なら、僕達だけで王都行っちゃう? ここからだと長い旅路になっちゃうけど、のんびり身を隠して行けばいいしね!」


「止めはしないが、本当にいいんだな? もう一度言っておくが、もし援助を受けられるとなりゃ、これほど心強いもんはねぇぜ? なにせ領主、力のある大貴族だ。自分で言っちまうのもなんだが、地方のしがないギルド長なんかとは比べ物に――」


 舵取りに頭を悩ませる中、唐突に扉が叩かれる。返事を求め繰り返される、主を呼ぶ声。

 部屋の主が応答すると同時に扉が開かれ、姿を見せたのは受付嬢。息遣いの荒さから、なにやら慌てているようだ。


「マスター、お取り込み中に申し訳ありません! ヴァンガルから、お客様が参られております!」


「はぁ!? おいおい、いくらなんでも到着が早すぎるだろ!」


 ……噂をすればなんとやら、か。

 確か隣接するヴァンガル領は、普通ならば片道十日はかかるって話だったな。これは徒歩だけでなく、道中に乗り合い馬車なども利用したうえでの大まかな所要日数だ。馬を乗り継ぎほぼ休みなく走り続ければ、幾分か短縮できるだろうが……。


「よりによって、お前さんらを招いた日にやってくるとはな……。ったく、いったいどんな方法を使ったってんだ」


「ねぇキリク君。こうなったら、一度会ってみるのはどうかな? 不審に感じたら逃げちゃえばいいし」


「……だな。直接見極めてやるか」


 見た目や言動が少しでも胡散臭ければ、即却下しよう。

 人を見かけで判断しちゃいけないとは言うが、第一印象は大事だ。ひと目しただけじゃ、内面なんて見抜けやしないからな。


 意を決したことで、ギルドマスターは客人をこの部屋へ通すよう受付嬢に伝える。

 彼女が立ち去った扉の向こうで、廊下を小走りに駆けていく足音。これで時を待たずして、ヴァンガルからのお客様とご対面か。

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