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54:戦禍の爪痕

 ギルドの建物へ入ると、中は閑散としたものだった。いまここで、暇を持て余している人材はいないということだろう。

 カウンターには、いつもの眼鏡をかけた受付嬢がひとり。

 なにやら事務仕事をしていたようだが、俺の姿を見るや立ち上がり、こちらへと駆け寄ってくる。


「キリク様、お久しぶりでございますね! 皆様もおかわりないようで、なによりです!

 あ、こうしてはいられません。マスターに伝えてまいりますので、少々お待ちくださいませ」


 挨拶を済ませるとすぐさま踵を返し、奥へと引っ込んでいく受付嬢。

 彼女を待つあいだ、暇つぶしがてら依頼書の貼り付けられたボードを眺めておく。

 するとどこかからか視線を感じ、反射的にそちらへと目を向ける。


 視線の主は3人の子供であった。それもまだ、両の指で数えられるであろう幼い子供。

 みな一様に生気のない虚ろな目をしており、部屋の隅で身を寄せ合って座り込んでいた。

 普通ならば、元気に走り回っているであろう年頃。子供らしい活気溢れる姿とは、全くの真逆である。


「……あの子達は、今回の一件で親を失くした孤児なんですよ。

 他に身寄りもないので、落ち着くまではギルドで預かっているんです」


 ちょうど戻った受付嬢が、俺達に彼らの事情を教えてくれる。

 少なからず犠牲者がでたのだ。こういった悲劇が生まれるのも必然か。


「なるほど。……化物を倒して大団円とはいかないか」


「でも孤児の保護って、本来ならば教会の役目では? ぼくの記憶だと、この町にもありましたよね?」


「……残念ながら神官の方々もろとも、あの化物に潰されてしまったのです。ですのでひとまずはうちに、となりまして」


 保護する受け皿がなくなってしまって、かといって見捨てるわけにもいかない。

 所有する建物が大きく、かつ無事に残っており、組織的にも被害の少ないギルドが引き受けたってところか。


 子供たちの悲壮な姿に、イリスは放っておく事ができなかったのだろう。

 怖がらせないようゆっくりと近づき、しゃがみ込んで視線の高さを合わせてから、優しく声をかける。


「こんにちは。私はイリスっていいます。みんなのお名前、お姉ちゃんに教えてくれますか?」


「……」「……」「……」


 務めて明るく振舞い、慈愛に満ちた笑顔で語りかけるイリス。だが子供達は答えることなく、ちらりと視線を向けるだけ。

 イリスは堪らなくなったのだろう、腕を広げ子供たちを抱きしめた。


「もともとは明るい子達だったそうなのですが、いまはあのように塞ぎこんでしまって……。

 町はまだ復興の最中ですので、構ってあげる余裕も、あの子達を楽しませてあげられる娯楽もないのですよね」


「胸が締め付けられるね……。だからといって、僕達になにができるのかとなるとね。

 偽善だけで、下手に口を挟むわけにいかないもの」


「無事に生き残れて、保護までしてもらえてるですから、十分だと思うのです」


 すかさずシュリにでこぴんをかましておく。少し強めにしたため、デコを押さえて蹲ってしまった。

 たとえ言う通りであったとしても、なにも口に出す必要はない。本心であろうとなかろうと、いまは気遣う言葉が大事だろう。


「……なぁ。机の上にあるアプルの実、いくつか貰っていいか?」


 俺が指差した先には、弦で編まれたカゴにいくつも盛られた、アプルという拳よりひと回り大きい赤く甘い果実。

 受付嬢の返答を待たず、そのうちのひとつを手にとる。


「ええ、構いませんよ。ちょうど食べごろですので、お口に合うかと思います」


「いや、俺が食べるわけじゃないんだ。……トマス、ちょっとあそこに立ってくれるか?」


「え? はい。……ここでいいですか?」


「ああ。んで、頭に乗っけて……っと。落とすなよ?」


 壁際に直立させたトマス、その頭の上にアプルの実をそっと置く。

 俺は反対の端へと移動し、距離を開けてから投擲ナイフを取り出す。


「え、え、え!? ちょ、キリクさんまさか……!?」


「動くと危ないぞー。さて、ちびっ子ども! いまから俺が芸を披露すっから、瞬きせず見とけよ!」


 俺の声に反応し、視線をイリスからこちらへと向ける3人の子供達。

 動向を窺う眼差しは、微かながらも好奇心を宿していた。


「ほらみんな! あのお兄ちゃんが、すごいものを見せてくれるそうですよ!」


「んじゃ、いくぞ……っと!」


 構えた右手から、一本のナイフが放たれる。

 一瞬の風切り音を鳴らし、果実のど真ん中にストンと突き刺さった。


「ひっ!?」


 命中の際に身体をビクリを震わせ、小さな悲鳴をあげるトマス。

 短い沈黙ののち、受付嬢が拍手の音を鳴らした。彼女のあとに皆も続き、子供たちもつられるようにして拍手をし始める。


「おっと、まだ終わりじゃないぞ? アッシュとシュリも、トマスの横に並べ」


「え、僕も? 緊張するなー」


「はーいなのですー」


 こちらが指示するまでもなく、自らの手で頭上にアプルの実を乗せる2人。

 怖がっていたトマスとはえらい違いだ。あいつも本気で抵抗しないあたり、俺の腕を信じてくれてはいるのだろうが。


 背丈の違う3人が並び、バラバラの高さに位置する的の果実。続く2投目は、3本を同時に投擲して命中させるというわけだ。

 子供たちに見せ付けるようにして、3本のナイフをホルダーから取り出す。彼らは食い入るようにこちらを見つめ、唾を飲む音だけが静寂に響いた。


 視線の集まるなか、弧を描くように上へとナイフを放り投げ、器用にジャグリングしてみせる。

 締めに大きく投げたあと、落下する3本をほぼ同時に右手で掴み、勢いのまま投擲。

 別々の軌道を描き、3本ともが狂いなく果実のど真ん中へと突き刺さった。


 今度は時を置かずして、小さな手によって拍手の音が奏でられる。

 次いで今の今まで発せられることのなかった、幼き声で述べられる賞賛。


「……お兄ちゃん、すごーい!」


「かっくいー!」


「もっかいやって! もっかいやって!」


 先ほどの暗く沈んだ目はそこになく、子供達の瞳はキラキラとした輝きを取り戻していた。

 もちろんこの程度で、この子達の負った心の傷を完全に癒せたわけじゃない。だが一時とはいえ楽しませることで、気休めにはなっただろう。


「うふふ。ありがとうございます、キリク様。あの子達、少し元気を取り戻したようで安心しました。

 どうです? ご自慢の腕を生かして、町で大道芸を開かれては?」


「子供達だけじゃなく、イリスのためでもあったからな。

 ……大道芸は遠慮しておくよ。注目を浴びるのは好きじゃないし。食い扶持に困るようになったら、そん時はやるかもな」


「あら残念ですね。町のみんなにとって、いいガス抜きになるかと思ったのですが」


「ならなおさら、本職の芸人に頼んだほうがいいって。俺が披露できるのはこれぐらいだしさ。

 ……それはそうと、ギルドマスターは?」


「あ! いけません、失念しておりましたね。ですが多少待たせたとて、怒る方ではございませんのでご安心下さい。

 では遅くなりましたが、マスターのお部屋へご案内いたします」


 手の平をポンと叩き合わせ、わざとらしく振舞う受付嬢。

 せっかく子供達に興味を抱かせたのに申し訳ないが、すでに待たせてしまっている以上、先約を優先するとしよう。


「キリクさん、私はこの子達と遊んでいてもいいでしょうか?」


「ああ、わかった。じゃ、俺達で話を聞いてくるか」


「キリク様ー……。わたしもご一緒したいのですが、この子が尻尾を離してくれないですー……」


 活力が湧いたことで、子供らしい好奇心が蘇ったのだろう。

 シュリのもふもふ尻尾に興味を持ったのか、ひとりの子ががっちりと抱きついてしまっている。

 俺へと助けを求めるように手を伸ばしてくるが、引き剥がしてまた落ち込まれてはかなわん。


「よし、シュリもここで留守番な」


「見捨てられたです!?」


「ならぼくも、この子達と比較的年が近そうなので残ります」


 おっと、トマスも残るか。まぁ話をするだけだし、俺とアッシュの2人いれば事足りるだろう。

 受付嬢のあとに続き進もうとすると、俺の服をなにやら引っ張る感覚が。見れば、ひとりの子が裾を掴んでいた。

 男の子は悲しそうな瞳で、こちらを見上げてくる。


「お兄ちゃん、いっちゃうの?」


「……ここのおっちゃんと、ちょっと話をしてくるだけさ。戻ったら遊んでやっから」


「ほんと……?」


「ああ、約束だ」


 頭をわしわしと撫でてやり、約束を交わすことで、ようやく男の子は掴む手を離してくれた。

 振り返って後ろにいるイリスへと抱きつき、ばいばいと左右に振られる幼い手。

 少しばかり後ろ髪を引かれる思いだが、先で待つ受付嬢のあとを追い、この場をあとにした。


 あ、ちなみに的として使用したアプルの実は、イリス達が美味しくいただくとさ。

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