53:食う子は育つ
「町の復興、順調に進んでいるみたいだな」
「でしょ? 沢山の人たちが集まって、手を貸してくれているからねー」
伝令役として、モギユ村まで俺達を追いかけてきたアッシュ。
あの日無事再会を果たし、彼がギルドマスターより託された言付けを聞きとどけた。
内容を端的に纏めると、もう逃げ隠れしなくとも大丈夫、とのことだ。
この報告を持って来たのがアッシュでなければ、罠と判断しただろうな。
話を聞いた翌日は、アッシュにとっての聖地である村を、一日かけて堪能させてやることに。
俺も引くほどの興奮っぷりで、不審人物と称されても仕方がないほどであった。
そして今は、ギルドマスターからの召集があり、再びティアネスへと舞い戻った次第だ。
「話に聞いていた通り、アルガードの兵士達もいますね。……ぼくたち、本当に大丈夫なんですよね?」
ティアネスに常駐する衛兵と違って、均一に整えられた装備。その鎧に刻まれた、アルガード所属を示す刻印。
治安維持のためか、衛兵と共に町中を巡回している姿が見られる。
「アッシュ様が嘘を吐くとは思えないですが、ちょっと不安なのです……」
「一応念のためだ。イリス、フードで顔を隠して、俺の後ろにいとけ?」
「は、はい! 頼りにしてますからね? キリクさん」
先頭を堂々と歩き、道を進んでいくアッシュ。俺達は挙動不審になりながら、彼の後ろに追随する。
シュリの言うように、アッシュが俺達を騙しているとは考えられないが、それでもアルガードの兵士は警戒してしまうのだ。
「大丈夫だってばー。彼らは領主や教会の深部とは、本当に無関係だった人たちだよ?」
「そうはいってもなー。この町を襲った化物だって、アルガードの教会から現れたんだろ?」
「らしいよ。すでに皆にも話したけど、あの日から領主様も司祭様も、行方知れずなんだって。
アルガードから派遣されてきた、兵士の人が言っていたことだよ。
ちなみに2人ともちょうど教会にいたらしいから、たぶん化物に食べられちゃったんだろうねー」
「他にも、多くの神官がいなくなっているんですよね? ぼく、教会を離れていて本当によかった……」
「でも、化物さんはどうして教会から現れたのでしょうね?」
「教会で飼っていたのです?」
いくらでかい教会だったとはいえ、あの巨体を飼育できる環境があったとは思えないのだが。
なにより、あんなのが存在したならば、醸しだす強烈な臭いで丸わかりだろう。
「さぁどうだろう? ごめんね、そこまでは僕も知らないんだ。
後ろ暗い連中なんだし、変な実験でもしていたんじゃないかな。聖女様を奪われて、焦って解放しちゃったとかかもね」
「人の手で生み出された、人造の魔物ってことですかね?
ぼくみたいな下っ端じゃ、立ち入れない部屋がいくつかありましたし、可能性はあるかもしれません」
「んで逃すくらいなら、あの化物を放っていっそ殺してしまえって発想か? おっかねぇな」
「どうだろうねー。聖女様だけは、確保する手立てがあったのかもしれないよ」
だが、結果は失敗。ろくに制御できず、暴走させたってところか。
功を焦るあまり、逆に自分達が食われてこの世からおさらばしたんじゃ、笑えないな。
「……化物さんは、私を追ってきたのですよね?
私のせいでこの町は襲われて、犠牲になってしまった人が……」
「イリス、深く考えんな。もう済んだことなんだから」
「あくまで僕らの予想であって、そうと決まったわけじゃないからね」
イリスはフードを被った状態で俯いてしまったものだから、その表情がうかがい知れない。
察するに責任を感じ、落ち込んでしまっているのだろう。
ムードメーカーが沈んでしまったことにより、流れる空気が重く感じる。
「えとえと……あ! イリス様、串焼きの屋台があるです!」
「あ、本当だね。この状況でも店を出す商魂、さすがだよね!」
「むしろこういう状況だからだろ。他にやっている店も少ないだろうし、稼ぎ時だわな」
「……」
「い、いい匂いがしてきますね! ぼく、すごく食べたいなー!」
「ちょうど小腹も空いてくる時間だし、行こっか!」
「わーい、なのですー!」
「……」
「ほれ、行くぞイリス」
食魔人らしくなく、なおも俯いたままの聖女様。
俺はおもむろにフードの上から、頭を乱暴になでつけてやる。
「あうぅ〜!? やめて下さいぃ〜」
「お前も腹減ってきてるだろ? 好きなだけ食っていいから、行こうぜ」
「……本当ですか?」
「ああ」
「何本でも?」
「……常識の範囲でならな」
ようやく思考が食い気に移りはじめたのか、イリスの腹が可愛らしい鳴き声をあげる。
この音を聞くのも慣れたものだが、本人はいまだ恥ずかしいようだ。
照れを隠すかのように、先を行くアッシュ達のもとへ駆けていってしまった。
「キリクさーん! おいてっちゃいますよー!」
「わかってるって! ったく、現金なやつだな」
一切を気にするな、というのは無理な話。だが、気持ちの切り替えはできたようだ。
屋台を見つけたシュリを、あとで褒めてやらんとな。
「はぁ〜、美味しかったです! ご馳走様でしたぁ!」
「いやお嬢ちゃん、よく食べたねぇ。気に入ってもらえたようで、おっちゃんも嬉しいってもんだ」
「いやいや、ひとりで20本は食いすぎだろ」
俺、常識の範囲でって言ったのにな?
軽食のつもりが、ひとりだけがっつり食ってやがる。
「えっと、これでも遠慮したつもりなのですよ?」
「え」
「え?」
俺達の食べた串焼きは、角兎の肉を秘伝のタレとやらに、じっくり漬けこんでから香ばしく焼きあげたもの。
大きめに角切られた肉が、4きれも串に刺さっており、1本だけで十分な食いでがあった。
それを20本ぺろりだ。うーむ、あらためて聖女様の胃袋、恐るべし。
俺がその量を食ったら、腹いっぱいどころか胸焼けをおこすな。
「あはは、さすがイリスさんだね!」
「店のおじさんが少しまけてくれて、よかったですね。
それにしても聖じょ、ごほん! ……イリス様が食べられたものは、どこに消えてしまうのでしょうか?」
おっとそうだった。
アッシュとトマスがイリスのことを聖女様と呼ぶので、用心のためと親しくなった意味を込めて、名前呼びに変えたんだったな。
アッシュは最初のころ普通に呼んでいたので、すぐに切り替えて順応。だがトマスはなかなか慣れないようだ。
「太っちゃいないし、おおかた胸と尻にいってるんだろ」
「余分な肉にならないって、素直に羨ましいよねー」
「胸、ですか……ごくり」
「おいトマス、目がちょっと怖いぞ」
「もう! みなさんどこを見ているんですか!?」
イリスは顔を真っ赤にし、腕で自慢の胸部を隠してしまった。全員の視線が一身に注がれたものだから、当然か。
胸と言われれば、泉で見たあの光景を思い出し、つい重ねてしまう。恐らく、トマスも同じことを考えているんじゃなかろうか。
……鼻を摘んで背を向けたあたり、予想は当たったようだな。
「……わたしもいつか、大きくなれるです?」
イリスと比べ起伏の乏しい膨らみに手をあて、自分の未発達な身体を憂うシュリ。
この娘は気にしないクチだと思っていたが、ちゃんと悩める少女だったんだな。
「だ、大丈夫ですよシュリちゃん! いっぱい食べれば、大きくなりますから!」
「シュリちゃんもトマス君も、まだまだ成長期だからねー」
「でもイリスの真似はするなよ? こいつが特別なだけで、普通の人はオークになるからな」
「あわわわ! オークになっちゃうです!? 狩られちゃうのです!?」
「シュリさん、キリクさんが言ったのはあくまで例えですから……。
でも、もし仮にそうなったとしてもぼぼ、ぼくが……! あ、いえ決して変な意味ではないですよ!?
シュリさんに、安心してほしいからであってですね……」
「おーい、トマス! なにひとりでぶつぶつ言ってんだ、おいていくぞー!」
「え!? あ、ちょっと! 待ってくださいよー!!」
屋台の串焼きを堪能し終え、ちょっとのんびりしすぎたな。
本来はまっすぐギルドに向かう予定だったのに、寄り道をしたため、遅くなってしまったな。




