52:手荒い歓迎
オークより聖地を奪還して早数日。
あの日からは毎日、朝の牧場仕事だけを全員で手伝っている。終えてからはシュリと訓練をし、午後は泉に行って水浴びといった流れでの生活だ。
俺達が訓練をしているあいだは、イリスが、トマスになんちゃって護身杖術を教えていた。
傍から見れば、ただ闇雲に棒を振っているだけにしか……。
表情は真剣そのものだったんで、余計な水をさすマネはしなかったけどな。
ちなみにオークの死体だが、人手を連れて来た兄と共に、泉から離れた場所にちゃんと埋葬した。
その際にちゃっかりと魔石を回収しておいた。巨体に似合わず、小指ほどの大きさでしかなかったが、いい小金にはなる。
ただ、森には他にも肉食の獣が存在しているので、そのうち掘り返されるだろうが……。
絶景を逃した兄についてだが、以降は俺達に同行していない。
イリスが警戒したため、不審に思ったうちの両親に、俺がそれとなく告げ口してやったからだ。
以来兄は牧場仕事を抜けさせてもらえず、大人しく従事している。
イリスやシュリに対する目つきに関しても、俺から注意はしたのだが……。
反省はしているが、正すつもりはこれっぽちもない様子だったな。
そして今日も今日とて泉へ赴き、現在はのんびりと村へと戻る道中だ。
「……なぁイリス。まだ封印とやらは解けていないのか?」
「ふぇ? んーと、そうですねー。村の人たちに、何度か神聖術を施す機会はあったのですが……。
結論を言いますと、よくわからないですねー」
「なんだそりゃ」
「だって大怪我をされた方や、重病を患われている方は、誰もいらっしゃいませんでしたのでー」
「刃物で指を切ったとか、ぼくでも治せる程度の方々ばかりでしたよね」
「わたしも擦り傷くらいしか、怪我してないのですー」
なるほど。聖女様の御力を発揮するまでもなかったってことか。
まぁ死ぬほどの大怪我を負ったり、不治の病にかかっているやつが、ほいほいいられても困るんだが。
うちの村の連中はいつも元気なやつばかりだし、病気にかかっても、早いうちにに神父様が治していたものな。
「あ。そういや、神父様が寝込んじまっているけど……?」
「すでに治療し終えてますよ? 軽い風邪でした。
いまの神父様は気落ちなされているだけで、病気ではないのですよー」
「そっか。あのまま、ぽっくりと逝っちまわないかが心配だったんだが、大丈夫なのか」
しかしながら、ずっと寝込まれるのは考えものだ。なにかしら、発奮させる出来事があればいいのだけれど……。
いまは時間という、最高の治療薬に頼るしかないか。
村へ帰ると、入り口で村長とうちの兄が俺達を待っていた。
どうやら留守の間に、なにやらひと騒動あったらしい。
「おぉ、やっと帰ってきおったか!」
「ああ、ただいま。2人して、こんなところでどうしたんだよ?」
「いやの、お前さんらが出かけとるあいだに、村を訪ねてきおった者がおるんじゃよ」
「よくわからん変な奴でよ。1人だけだったんで、有無を言わさずとっ捕まえてやったぜ!」
えぇー……。問答無用で捕らえるとか、なにしてんだよこいつら。
その人物がギルドからの使いだったり、ただの旅人であったりとかは考えなかったのだろうか?
詳しく話を聞くに、ちゃんとその懸念はあったらしい。
だが、とりあえず捕まえてから考えるという、短絡すぎる結論にいたったのだそうだ。
「やたらとキョロキョロしておったからの。まぁ疑わしきは罰せよ、じゃ。
いまは村の周りに人を配置して、他に怪しい奴が潜んでおらんか探っておる。……誰からも報告はきておらんが」
「勇者がなんだとか、変に興奮してやがったしなぁ」
ん? なんか引っかかるな……。
「なぁ兄貴。ちなみに、どんな奴だったんだ?」
「あ? んー、特徴としては長めの赤毛で、女装したら似合いそうな女顔の野郎、かね。
腰にゃ、なかなか立派な拵えの剣を下げていたな」
「キリク様。わたし、知っている人かもしれないです!」
「私も、心当たりのあるお方がひとりいますねー」
「ぼくもなんとなく想像が……じゃなくって予想が、です!」
トマスよ、お前は何を想像したんだ……。
にしても奇遇だな。俺も特徴に当てはまる人物ならひとり知っている。
とくに、この村に来て興奮する奴とくれば……。
「んで、そいつはいまどこに?」
「村の蔵に、見張りを立てて監禁しているぜ」
蔵か。あそこは共有の農具などが仕舞われている、石造りのボロ小屋だ。
しかし実際のところ、使わないけれど、捨てるのも忍びない物が仕舞いこんであるだけ。
中は真っ暗でかび臭く、子供のあいだでは「お仕置き小屋」と呼ばれている。理由は言わずもがなだ。
「ならすぐに行こうか。たぶん、俺達の知り合いだろうから……」
俺が先頭に立ち、兄を含め村の蔵へと向かった。
監禁されてからどれだけ経つのかはわからないが、もしあいつだとすれば、今頃さぞ心細くなっていることだろう。
「……ん? おう、キリ坊。やっと帰ってきたがったか」
「フレッドも一緒ってことは、もう話は聞いとるんだな?」
見張りに立つのは、ご近所さんである顔見知りのおじさん2人。
なんでも、中からずっと俺やイリス達の名を呼ぶ声がしていたらしい。
自分達では判断つかないため、取合うことはせず、俺達の帰りを待つことに。
時間が経つにつれ、声は次第にすすり泣くものへと変わり、だんだん不気味になってきたんだと。
『……しくしく……しくしく……うぅ、暗いよぉ……』
試しに扉へ耳をあてると、確かに聞こえてくる。
か細い声は聞き覚えのあるもので、心当たりが確信へと変わる。
「あ、これ間違いないな。
おじさん。捕まっている奴に会いたいから、鍵開けてもらえるか?」
「ああ、わかった。しっかし、お前の知り合いだとしたら、悪いことしちまったな」
「良いやつだから、ちゃんと謝れば許してくれると思うよ」
開錠された古く頑丈な扉に手をかけ、そっと開く。
重い音をたて、徐々に開かれていく隙間からは光が差し込んでいった。
暗い蔵内に差し込む光の先には、縄でぐるぐる巻きにされ、寝ころがされている人影。
こちらに気付くと、がばっと上体を持ち上げ、みるみる表情が喜色になっていく。
「うわーん! キリク君、やっと来てくれたんだねー!!」
「やっぱりお前だったか、アッシュ」
手足が縛られているというのに、器用に飛び跳ね、再会の喜びを身体で体言するアッシュ。
牢獄のような蔵のなかで、よほど心細かったのだろう。俺にも覚えがあるだけに、気持ちがわかる。
すぐ縄を解いてやり、イリス達を含め改めて再会を喜びあった。
「あちゃー、弟の知り合いだったか。こりゃすまねぇな」
「僕ちゃんと言ったんだけど……。キリク君や聖女様の仲間だって……」
「いやな、そう騙って弟達に近づこうとしているんだと思ってよ。ま、勘弁してくれや」
「悪かったな、アッシュ。ほら、俺達の状況が状況だけに、さ。
身体はもう大丈夫なのか?」
「うん、おかげさまでね。ずっと寝ていたから、鈍ってしょうがないくらいだよ!」
「アッシュ様がお元気になられて、わたしも嬉しいのです!」
「ふふふー。アッシュさんが戻られて、嬉しくない方なんていませんからねー」
「ですね! アッシュさんがいると、すごく心強いですから!」
「いやぁ、皆にそう言ってもらえて僕も嬉しいな!」
「で、アッシュ。お前がここに来たのは、観光のためじゃないだろ?」
もし「早く逃げろ」ということならば、呑気にしている場合ではない。
急ぎ仕度を済ませ、村を離れなければならないからな。
「僕としては、じっくり観光したいところだよ?
悪い報告を持って来たわけじゃないから、安心してほしいな。むしろ朗報だからね!」
「へぇ? そいつは楽しみだな」
ふむ。アッシュの表情からも、切迫したものは感じられない。
もし俺達に危険が迫っているのであれば、こんな悠長にしてはいないだろうし。
「なんにしても、こんなカビ臭い場所で話し込むことじゃないよな」
「だねー。僕も喉が渇いちゃったし、その……お花を摘みにいきたいんだよね」
「花なら村のどこにでも咲いて……」
「キリクさん! 違いますよ!」
「あ? あぁ、すまんすまん! すぐ案内するよ」
ったく、ややこしい比喩表現などしなくていいだろうに。
むしろ男らしくそこらで済ませば……って、大きいほうなら仕方がないか。
見張り役のおじさん達と兄に、アッシュは敵ではないことを証言し、身柄を解放してもらう。
ひとまず自宅に案内し、アッシュが事を終えてから、のんびりミルクでも嗜みながら話を聞くとしようか。




