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50:魔物棲まう聖地

「おー、いやがるな。ったく、呑気に水浴びなんてしやがって」


 まずオークの姿を確認するため、高い木のてっぺんから泉周辺を見渡す。

 目の良さには自信があり、木登りも得意な俺の出番だ。


 捕まえた獲物を貪る個体や、昼寝をする個体など、複数のオークが各々好き勝手に行動している。

 家と形容していいのかすら危うい、ボロの掘っ立て小屋まで建てている始末。

 放っておけば、間違いなくオークの集落へと発展していくだろう。


「ここから狙撃して、さっさと仕留めちまうか? いや、駄目か」


 我ながら良案だと自画自賛したくなるが、足場の悪さから即断念する。地に足を着いた状態でないと、満足に力を込めて投擲できないからだ。

 おまけに木にしがみつきながらでは、素早く連投もできない。半端に傷を負わせて、森に散り散りに逃げ込まれては面倒だからな。


 偵察にとどめ、大人しく木から下り、結果を下で待つ皆に報告する。


「……よっと。ふぅ、目視できる限りじゃ、7頭確認できた。

 あいつら、棲家の小屋まで建てていやがったぞ」


「完全に定住するつもりですねー」


「イリス様が泉へ通うのに、邪魔なのです!」


 まったくだ。

 こちらがお邪魔しますと言って、争う意思なく訪れたとて、相手は言葉の通じぬ魔物。問答無用で襲われることだろう。


「数が多いな……。村で報告されている目撃数は4頭だったが、やっぱそれ以上にいやがったか」


「オーク達が行動範囲を広げて、村を見つけてしまうと危ないですよね……」


「なぁキリク。ここは引いて、駄目もとでもギルドに依頼をだしたほうがいいんじゃねーか?

 俺達だけじゃ荷が重いって」


「いや、むしろ早いうちに処理しておくべきだろ。

 トマスの言うとおり、奴らが村を見つければ、襲撃してくるかもしれないんだぞ」


「そりゃそうなんだが。そん時は村総出で撃退……できるかわからんよなぁ」


「ギルドがすぐ対応してくれたとしても、ここまで距離がありますもんね。

 キリクさん、いけそう……ですか?」


 不安げな顔をし、俺の反応を伺うイリス。

 彼女だけじゃなく、全員がこちらの返事を待っていた。


「ま、なんとかなるだろ。とりあえず俺が、先制で一発かましてから突っ込む」


「キリク様、やるです!? やっちゃうです!?」


「シュリ、お前もやるんだぞ? 俺と一緒に、盾役としてついてきてくれ。

 イリスとトマスは待機で、兄貴は2人の護衛な」


 即席の作戦ともいえない愚案。

 堅実にいくのなら、俺が木々に紛れ狙撃し、1頭ずつ仕留めていくのが一番なんだ。

 だがここに至って、少し自分の実力を試してみたくなった。

 以前の、石ころを投げていただけの俺ではなく、今はちょっとした装備が揃っているのだから。


「え、わたしもですか!? わ、わかりましたです! キリク様のことは、わたしが命を賭けて守るです!」


「いや、命までは賭けんでいい」


「ちょっとキリクさん、危なくないですか!?

 もっとこう、キリクさんの強みを生かして、遠くからとかでいいのでは……?」


「そうだぜ! 2人だけで突っ込むって、無茶にもほどがあんだろが!?」


 おっと、非難轟々の嵐。まぁそうなるよな。

 しかしながら、何の考えもなしに言ったわけではない。

 決して自惚れなどではなく、確信ともいえる、勝てるという自信があるからこそだ。


「大丈夫だって。そりゃもちろんイリスの言うとおりなんだが、この機会にシュリに経験を積ませておきたい。オークなんて実戦にはもってこいだろ。あいつら動きは遅いらしいから、駄目だと思ったらすぐ逃げるさ。俺とシュリなら身のこなしが軽いし、余裕だろ」


 鈍くさそうなイリス。戦力として期待できないトマス。大柄で俺より足の遅い兄貴。

 この3人だと、万一のとき逃げるのに不安があるが、シュリならば問題ない。

 鈍重だというオーク相手なら、彼女の素早さをもってすれば翻弄することも可能だろう。

 ま、逃げるなんて選択肢をとるようなヘマ、するつもりはないが。


「はいです! 足には自信あるです! ……え、わたしの訓練なのです?」


「シュリにも強くなってもらわないとな。さ、善は急げだ。さっそく行動に移ろうか」


「……わかりました。お2人とも、気をつけてくださいね? 危なくなったら、絶対に逃げてくださいよ?」


「ぼくも、シュリさんが無事なように、ミル様へお祈りしておきますから!」


 俺の無事は祈っておいてくれないのか、トマスよ。

 いや、心配する必要がないほどに、信じてくれているのだと思うことにしよう。


 見送る3人に、立ち去る背中越しに右手を上げることで応えた。

 振り返りながら手を振るシュリに、気を引き締めるよう促し、いざオークが棲みつく聖地へ。




「ブモォ!』


「ブフゥ、ブモモォ」


「ブモフゥ、ブギャフゥ」


 焚き火を囲み、捕らえた獲物を屠る3頭のオーク。

 肉の焼けた香ばしい臭いが漂うが、他のオーク達は見向きもしていない。

 すでに食事を終え満腹なのか、くつろいでいる有様。


 食事中の、和気藹々と談笑をしているさなか。

 大口を開き、骨ごと肉にかぶりつこうとした1頭の頭が、下アゴだけを残し突如弾け飛んだ。

 血を噴出させ、前のめりに火の中へと倒れこむ(むくろ)


「ブギッ!?」


「ブギャ!? ブギャー!!」


 突然目の前で起こった惨劇に、輪を囲っていた仲間のオークが困惑の声をあげる。

 騒ぎを聞きつけ、寝転んでいた他の4頭も何事かと駆け寄る。

 人には理解できえぬ言語で言葉を交わすオーク達。

 彼らの疑問が晴れぬなか、茂みから2人の少年少女が姿を現した。




「さて、団欒中にすまないが、駆除の時間だ。

 人間側の勝手な都合だが、ここに棲みつかれると迷惑なんでな」


 左右の手、両の指間に挟み込まれた3本ずつの投擲ナイフ。

 俺は残る6頭のオークへ向け、投擲の構えをとった。


 こちらの姿を視認するや否や、襲撃者と判断し、大きな咆哮をあげるオーク達。

 なかには棍棒を持つ個体もおり、武器を振り上げ怒りを露わとしている。


「キリク様、やっちゃって下さいなのです!」


 奴らがこちらへと向かって走り出したとき、シュリの一言を合図に構えたナイフを投擲。

 放たれたナイフは最短距離を直進し、狙いを外すことなく、それぞれの眉間へと突き刺さる。


 だが大地を揺るがし、倒れこんだのは3頭のみであった。残りは攻撃により足を止めたものの健在。

 見れば眉間に生えたナイフは、刃先が三分の一ほどまでしか突き刺さっていない。転がる死体には、ナイフの柄まで深く刺さっているというのに、だ。

 恐らくは脂肪と皮に阻まれ、頭骨を貫くに至らなかったのだろう。


「キリク様、まだ生き残りがいるです! 倒しきれてないのです!」


「わかってるよ。やっぱ左で投げたのは威力不足か……。

 シュリ、危ないから一旦俺の後ろに下がっていろ」


 倒せないであろうことは想定内だ。

 すでに右手には石礫が2個握りこまれており、篭手の怪力をもってして手中で砕く。

 細かな小粒となった小石群を、振りかぶり、オーク達の頭部を目掛けて投げ放った。


 散弾となった小粒の石は面となり、広く無差別にふりそそぐ。

 上半身を小さな穴だらけにし、襲う強烈な痛みでうめくオーク達。特に顔面の損傷は酷く、ぐちゃぐちゃになっている。

 この攻撃でも仕留めることはできなかったが、こちらの狙いは奴らの目を潰すことだ。


 視界を奪われたオーク共は、闇雲に両腕を振り回し始めた。敵を前にし、現状においてできる限りの抵抗なのだろう。

 その様はまるで駄々をこねる幼子。まったくもって可愛くないが。


「よしシュリ。あとは、お前があいつらに止めを刺せ」


「はいなので……えぇ!? わたしがなのですぅ!?」


「ちゃんと援護するから安心しろ。

 それとも、振り回される腕をかいくぐるのは怖いか? 魔物とはいえ、自分の手で殺すのが怖いか?」


 シュリに無理強いをさせるつもりはない。

 この問いに頷くのであれば、自らの手でオークに止めを刺すつもりだ。

 なにせ要求が段階飛ばしであり、壁が高すぎるのだから。


「……いえ、大丈夫なのです。ご命令とあらば、やってやるのです!」


 臆すことなく、決意の炎を目に灯すシュリ。

 べつに命令として指示を下したわけではないが、本人にやる気があるようでなによりだ。


 シュリは腰に下げた、刀身が長めのナイフを左手で抜き放ち、静かに構える。

 心を落ち着けるため、深く深呼吸をすると、近くのオークへと駆けていった。


 とはいえ、以前に確認したシュリのステータスを鑑みるに、目を潰しただけではまだ不安が残る。

 念のためオークの腕を1本、石礫を投擲し吹き飛ばしておく。

 さらなる痛みにうめきながらも、瀬戸際であるオークは暴れる動きを止めはしなかった。


 シュリは小柄な体躯と素早さを生かし、振り回される腕を器用にかわして、間合いを詰める。

 そして握られたナイフを、勢いのままに全身の体重を乗せ、押し込むかのようにして喉元へとつきたてた。

 捻るように刃を引き抜き、オークの肥えた胴体を足場に跳躍し離脱。

 開いた傷口からは大量の血飛沫が舞い、雨の如く降り注ぐ。


「キリク様、ありがとうございますです!」


「まだ2頭残っているから、気を抜くなよ!」


「はいなのです!」


 鮮血で濡れることを意にも介さず、シュリは次なる獲物へと駆ける。

 残るオークも同じように、先に片腕を吹き飛ばしておく。

 途中危うい場面こそあったものの、彼女は右腕に装着した盾で凌ぎ、同じ流れで残る2頭も仕留めてしまった。


 最後のオークが、膝から崩れ落ち力なく大地へと倒れこんだ。

 轟音と土煙を最後に、静寂が辺り一帯を包む。

 穏やかな水せせらぎと鳥の鳴き声、少女の息遣いだけが耳に木霊する。

 かくして、この聖地に棲みついたオークの討伐が終わりを迎えた。


 想定よりも、あっさりと終わってしまったな。

 にしても訓練とは銘うったものの、シュリのポテンシャルには驚くばかりだ。

 初めて自分の手で敵を仕留めたとは思えない動きであった。戦闘への素養が高いのか。それとも白狼族という種ゆえなのか。

 なんにせよ、これは今後の成長に期待できるというものだな。

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