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5:後衛の弱み

「おいイリス、俺から離れるなよ……?」


「ふぇぇ……。離れたら食べられちゃいますよ〜……」


「モ、モォ〜!」


「だからって密着すんな! 石投げれねぇだろがっ!!」


 俺達は今、結構なピンチに陥っている。


 森の中、周りを取り囲む9頭の狼。

 奴らは森狼(モックウルフ)といい、森の中で偽装するために体毛が緑葉のようになっている。

 その特殊な体毛以外は普通の狼とさして変わらない。

 だがその特異性故か、分類上は魔獣とされている。


 どうして俺達はこんな状況に陥ったのか。

 自分の注意力の無さを恨みたくなる。

 それとも、森狼の隠密性の高さを褒めるべきか。


 ビノワ村から出発して2日。

 次に目指すのはティアネスという町だ。

 我がエクバード家は、年に2回ほどそこまでモギュウを売りに行く。

 俺もその度について行かされたから、町までの道はよく知っていた。


 ちょうどティアネスの町までもう少しという距離で、大きな森がある。

 道もその森を迂回するように伸びており、森歩きに慣れている俺からすれば、ただの遠回りだ。

 今回は連れ立っているモギュウも一頭だけなので、森を突っ切って近道しようと獣道へと分け入った。


 結果はご覧の有様。

 見事に森狼の群れに目を付けられてしまったわけだ。

 これでも奮戦して、半数近くまでは減らしたんだがな。


「あー、くそっ……。囲まれて距離を詰められると、俺だけじゃ対処できねぇ」


 いつもは見つかる前に仕留めるか、遠距離から一方的に蹂躙の二択しかしてこなかった。

 ピンチになって初めて思い知った自分の弱点。


 今もすぐにでも投げられるように構えてはいるのだが、俺が石礫で一度に倒せるのは最大で4頭が限界。

 考えなしに投げてしまえば、その隙に残りの5頭に飛び掛られて終わりだ。

  

 森狼もこちらの手を理解しているのか、一息に飛び掛かってはこない。

 タイミングを見計らい、じりじりと包囲の輪を狭めてきている。


 奥の手でひとつ、一度に多数を仕留める手はある。

 だが広範囲に及ぶため、この距離だとこちらにも甚大な被害がでてしまう。

 それにあれは纏まっている相手に対し、有効な手段だからな……。

 適度に距離を置き、均等に配置されたこの状況では、どの道死に手だ。


 ……こうなれば、もう覚悟を決めるしかないだろう。

 今一番守らなければならないものは、自分の命。

 あとついでにイリスの命だ。


「……イリス。俺が4頭仕留めるから、その隙に逃げるぞ。覚悟と走り出す準備、しとけ」


「は、はい! し、信じてますからね? キリクさん……」


 了承が得られたところで、進行方向上の森狼目掛け、石礫を投擲する。

 前回ゴブリン相手に使用した散射投擲だ。


 4つの石礫は見事に森狼の頭部を吹き飛ばし、道を開く。

 それと同時に、残った5頭が一斉に飛び掛ってくる。

 だがその様子を尻目に、イリスと二人、開いた道へ全力疾走だ。


『ガルルォ!!』


「グモォーッ!!」


 後方から、ハナコの叫び声が聞こえてくる。


「キリクさん!? ハナコちゃんが!?」


「しょうがないだろ! あいつを囮にするしかないんだ! 今は自分の命だけ考えてろ!!」


「そんな……!? あんまりですよぉ!!」


 振り返りそうになるイリスの手を掴み、無理矢理に連れて走る。

 後ろでは激しさを増す森狼の声に比例し、ハナコの声はか細くなっていき、最後には聞こえなくなってしまった。

 モギュウの成体であるハナコは食べ応えがあるだろうし、奴らもそれ以上の獲物を欲するほど貪欲ではないだろう。


 二人息を切らしながら、なんとか森を抜けることが出来た。

 予想通り、森狼は追ってくることはないようだ。

 拓かれた道にまで辿りついたところで、ようやく一息入れる。


「はぁっはぁっ、なんとか切り抜けられたな……」


「……」


「森の中を全力で無理矢理突っ切ったから、あちこちボロボロになっちまったな」


「……」


「……イリス。聖女様として大切に扱われていたお前にはわからんだろうが、外の世界で生きていく以上、ああいった犠牲が必要な時もあるんだ。

 この方法だって、うちの牧場がモギュウを売りに行く時に、獣に襲われた際は何度か使われた手なんだ。群れを生かすために、個を犠牲にする。仕方ないだろ?」


「……わかってますよ。ハナコちゃんのおかげで、私達二人が無事に逃げられたんだって……」


「そうか、ならいい。ハナコには悪いが、自分達の命を守るためだ。

 うちの親父も、そういった役割も込めて餞別にくれたんだ」


 こちらの言葉に、一応の理解は示してくれるイリス。

 だが、やはり腑には落ちないのだろう。

 ここまでの道中、とてもハナコのことを可愛がっていたからな。

 泣かないように堪えてくれているだけマシか。


 目の前の町に入るまでの道中、イリスはずっと黙したままだった。


 そんなイリスを横目にやれやれと思いつつ、自分でも今回の件を振り返る。

 ハナコを犠牲にすることで、難を逃れることができた。

 が、次も同じ状況になればそうはいかない。


 浮き彫りになったのは、やはり遠距離を主とする後衛たる俺の弱み。

 これが複数人でパーティを組んでいる冒険者達であれば、前衛が居たり、仲間が補助したりと問題ないのだろう。


 だが生憎こちらのパーティメンバーは、同じ後衛で支援職の聖女様一人だけだ。

 ただし彼女は戦闘行為において、不慣れすぎてまったく役に立たない。

 盾となれる騎士でもないのに、護衛しなければいけない足手まといを連れている訳だな。


 うん、きつい。

 どうしても一人、壁役を張れる仲間が欲しい。

 傭兵でも冒険者でもいい。ティアネスの町で、誰か雇うべきだな。

 火力は求めていない。

 単純に攻撃を受けきり、耐えられる人物が欲しい。


「……っと、ようやく町だな。イリス、今日は早めに宿をとって休もうか」


「……はい」


 町の宿屋で、個室をふたつとって休むことに。

 宿の女将さんに体を拭くための湯を二人分頼む。

 俺もイリスもドロドロのボロボロだったからな。


 だが、ここでもうひとつ問題があったことを思い出す。

 旅用品や着替えなどの荷物一式は、全てハナコに積んでいたことだ。

 幸い財布や常用道具は自分で所持していたので、どうしようもないという訳ではないのだが。


「あー、着替えとかが何も無いんだよな……」


「どうしましょう、キリクさん?」


「なんだいあんたら? 荷物全部無くしちまったのかい?

 うちも布ぐらいなら貸してやれるけど、服や下着なんかは自分達でなんとかしておくれよ」


 財布は無事で金に困っていないといっても、それは宿代や食事代においての事だ。

 余計な出費をすれば、これから先の旅費が吹っ飛んでいく。


 ハナコを見捨ててしまったのは早計だったか……?

 いや、あの場合はそれしかなかった。

 自分の選択を後悔するんじゃない。


「とりあえず、代えの服と下着だけは買いに行くか。イリスもそのままなのは嫌だろ?」


「そうですね。汗でべたべたですし。でも、お金は大丈夫なのですか……?」


「なんとかなるさ。ただちょっとこの町に滞在して、稼ぐことになりそうだけどな」


「稼ぐ……? あの、私は自分でお金を稼いだことがありません。それでも大丈夫でしょうか?」


「ああ、それは任しておいてくれ。イリスは宿で食っちゃ寝しとけばいいさ」


「な!? それじゃ、私がおデブさんになっちゃうじゃないですか!?」


 ぷんすかと子供っぽく怒るイリス。

 その様に、なんだか昔のアリアを思い出すな。


「デブになるほど休ませねーよ。ほら、さっさと買い物に行くぞ」


「あ、ちょ、待ってくださいよ〜!」


 二人連れたって宿を出て、町の商店へ。

 そこで必要最低限の衣類を買い込み、ついでに夕食を外でとる。


 宿に戻って改めて女将さんにお湯を二人分頼み、ようやく身体を綺麗にすることができた。


 ……今日は一悶着あったせいで疲れた。

 世話をしていたハナコも失ってしまった。

 俺だって、決して悔しくない訳じゃない。

 ただ、現実問題、どうしようもないことだってある。


 綺麗に整えられたベッドへと身体を投げる。

 ふかふかの布団が気持ちいい。

 悶々とした気持ちが、眠気で押し流されていく。


 明日は早朝から稼ぎにでたいし、早めに寝るとしようか。

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