48:少年の帰郷
「わぁ! ここがキリク様の故郷なのです?」
「ああ。牧場くらいしか自慢できるものがない、田舎村さ」
久々に帰ってきたモギユ村。といっても、離れていたのはひと月ほどだが。
短い期間だったはずなのに、とても濃厚な旅だったと思う。
全てを終えて凱旋、というわけではないのが残念だ。
「この村は勇者様の故郷でもあるんですよね? それって十分自慢できることだと思いますよ。
ぼくの故郷の村こそ、本当に何もないですし」
「……その勇者様は、村をでてから一度も帰ってきちゃいないからなー。
おかげで田舎過ぎるのもあいまって、名所にすらなってないし」
華やかな都会暮らしが快適すぎて、もう忘れてしまったのかもな。
でなければ忙しい勇者業だろうとも、旅の途中で立ち寄るくらいはできただろうに。
名所といえば、聖地としての泉も近場にはある。だが、ときおり聖職者が巡礼に訪れる程度。
わざわざ辺鄙な場所まで、泉や勇者の出生地を拝みに来る物好きなどいない。
おっと、アッシュとかいう変わり者がいたっけか。是非とも連れてきてやりたかったが、体力が戻ってからだな。
「身を潜めての移動を優先したせいで、もう真っ暗になっちまったな」
「仕方がないですよ。相手の出方がわからない以上、警戒するに越したことはないと思います」
「今はアッシュ様もいなくて、不安なのです……。
はっ!? もし襲われたら、前に立つのはわたしひとりだけなのです!?」
「がんばれシュリ。道中だって魔物相手に、しっかりと対応できていたじゃないか」
「はぅ〜……。ほとんどキリク様が瞬殺していたので、わたしなにもしてないです……」
「まぁ、ゴブリンとか数だけの雑魚相手だったからなー。
でもシュリが前に立っていてくれるからこそ、俺は安心して投擲できるんだぞ?」
「そうなのです? えへへ〜。……でも、武装した人相手には自信がないです」
急に肩の荷を重く感じたのか、オロオロとしだすシュリ。
確かに腕の立つ奴や、多人数相手では彼女ひとりじゃ無茶にもほどがある。
だが心強い剣士は療養中につきお休みだから、なにかあった際には頑張ってもらわないと。
二対一の状況ですら立ち回れるアッシュの存在は大きすぎたな。
「シュリちゃん、ファイトですよ! キリクさんがすぐなんとかしてくれますからね!」
「俺任せかよ。でもイリスの言うとおりだ。だから安心して盾を構えときゃいいさ」
「……はい! キリク様のこと、信じてるです!」
「ぼくも戦う術を持っていれば……。この機会に、杖術を習得しようかなぁ」
「あ! 杖術なら少し扱えるので、私が教えてあげますよ?」
「えぇ!? 聖女様直々に!? きょ、恐縮です!」
お、意外だ。イリスに武術の心得があったとは。
だが聖女様を前線に立たすわけにはいかないし、なによりこいつ杖なんて持ってねぇ。
実力も見習い程度らしいので、護身目的にしてもあってないようなものか。
危機に陥らないよう、やはり俺がしっかりせねば。
途切れぬ会話を続け、村の大通りを進んでいく。
こんな田舎村に、夜道を照らす洒落た街灯なんてものはない。
俺達のほかに外を出歩く人影もなく、光源は手に持ったランプに灯る火のみ。
小さな光だけが、自分達の存在を主張している。
ま、逆に都合がいいってものだ。昼間だったなら村の奴らに囲まれて、旅の話をせがまれただろうからな。
聖女の件について、なんと話せばいいものかわからん。まずは村長や神父様に事情を説明して、彼らの判断を仰ごう。
「キリク様のおうちはどれなのです?」
「ああ、うちならあれだ。村はずれの牧場脇にある家。もう日も落ちているし、家族全員揃っているはずだ」
窓やドアの隙間から、うっすらと光が漏れている。
夕食時だからか、いい匂いが漂い鼻につく。おかげで俺を含め、全員が腹の虫を鳴らした。
自宅なのだからと躊躇うことなく扉を開こうとしたが、施錠されている。夜だから当たり前か。仕方なくノックをし、開かれるのを待った。
「お? どちらさんって、キリクじゃねーか!?」
「ただいま兄貴」
「おうおかえり! ……後ろに居るのは?」
「ああ、こいつらは旅のツレだ。ちょっと事情があって、一緒に村に来た」
「そうか。立ち話もなんだし、中で話そうぜ。ささ、皆さんもどうぞ!
おーい親父、おふくろ! キリクがやっと帰ってきやがったぞ!!」
兄貴の上げた声で、何事かと両親も奥から姿をみせる。
再会した親父からは、頭をこれでもかというほどにぐりぐりと撫でられ、母さんからは強く抱きしめられた。
イリス達の見ている目の前で、この子供扱いはなんとも恥ずかしい。
だが両親からすれば、俺はいつまでたっても子供にはかわらないのだろう。
あたたかく屋内に迎え入れられ、連れて来た3人を紹介する。
外套のフードをおろし、素顔を晒すイリス。見覚えのある少女に、うちの家族は驚きを隠せなかったようだ。
「キリク、お前は聖女様を送りに行ったんじゃなかったんか?
なのに、なに連れ帰ってきとるんだ」
「そうだぜキリク。おまけに犬耳の可愛い女の子まで増えてるしよ」
「いやさ、色々と事情があって。ちゃんと話すから……」
「あんたたち! 話すのもいいけど、先に夕飯にしちゃいましょう!
帰ったばっかでお腹すいてるでしょ? すぐに用意するからね!」
「わぁい! ごはーん!」
「キリク様のお母様が作るごはん……ごくり」
「すみません。突然お邪魔したうえに、ぼく達までご相伴することになって」
イリスとシュリからは遠慮の「え」の字も窺えない。対して最年少であるトマスの、なんとできたことか。
とはいえ畏まるような席でもない。歓迎の意味を込めた食事なのだから、前者2人のほうがこの場では正しいのかもな。
本題は一旦頭の片隅に置いておき、親父と兄貴を交え他愛ない会話に花を咲かせる。
俺の昔話を語るのは勘弁してほしい。おねしょとか何歳の頃の話だよって。
その間にも、続々と食卓に並べられていく家庭料理。
立ち昇る香草と焼けた肉の香り。視線を釘付けにする、山のように盛りつけられた大皿。
急な来客にも即座に対応する、母の見事な手腕たるや。どうやら奮発し、あるだけの食材を全て使ったようだ。
いつのまにかシュリは会話の輪から外れ、配膳の手伝いを行っていた。
率先した行動はうちの母に受けが良いようだ。
気付いたイリスが、出遅れて自分もと名乗りをあげる。
「あのあの! 私もお手伝いします!」
「いえいえ、聖女様はどうぞ座って待っていてくださいな。
もうすぐ済みますので。さ、シュリちゃん。これも持っていってくれる?」
「はいです! お母様の料理、とても美味しそうで早く食べたいです!」
「あらあら。もう少し待ってちょうだいね」
「ぐ、ぐぬぬぅ……」
なぜか悔しがるイリス。どんだけ手伝いたかったんだよ。
面倒なだけだし、座って待っているだけで食事が出てくるのならいいじゃないか。
「まあまあ聖女様! ささ、キリクの恥ずかしい昔話は山ほどあります。
存分に語りますので、料理が出揃うまで一緒に待ちましょう!」
「ちょっと待て兄貴。俺の恥ずかしい話ってなんだよ。
冗談抜きにやめてくれ。そんな話で盛り上がんな」
ツマミとして出されていた小粒な木の実。2粒ほど指で弾くように投げ、兄貴の鼻に詰めてやった。
「ふごっ!?」とおかしな声をあげ、変顔となった我が兄。
その姿がどうやらイリスのツボに入ったらしい。トマス共々口を押さえ、笑いを必死に堪えていた。
親父の大爆笑がさらに2人の笑いを誘引する。
狙ってやったわけではないが、おかげでイリスの気が逸れてくれたな。
そうこうしているうちに準備が整い、母さんとシュリも食事の席につく。
夕食が始まり、こうなれば最早イリスの意識は食べることに集中される。
次々と料理の盛られた皿に手を伸ばし、うまうまと平らげていった。
「……さて、飯食って腹も膨れたことだ。いい加減、聖女様を連れ帰ってきた理由を教えろやキリク」
「そうね。お母さん達にちゃんと話しなさい?」
食後のお茶を飲み終え、両親がそろそろ本題を話せと詰め寄る。
ちなみに食器の後片付けは、今度こそはとイリスが声をあげた。今はシュリと共に洗っているところだろう。
「わかった。だけどその前に、兄貴に頼みがあるんだ。村長と神父様もここに呼んできてもらえないか?」
「? ああ、いいけどよ。わざわざ呼ぶほどのことなのか?」
「兄貴達が思っている以上に、とんでもないことになってんだよ。
ひょっとすれば、村中に迷惑をかけるかもしれない。だからこそな」
「おいおい、穏やかじゃないな。とにかく、すぐ行ってくるからちょっと待ってろ」
俺とトマスの真剣な面持ちに、兄貴は察しよくすぐさま行動に移ってくれる。
兄が村長と神父様の2人を連れて戻るのに、そう時間はかからなかった。
俺の帰還に喜び、傍らに居る聖女の存在に、親父と同じように疑問を浮かべる2人。
余計な前置きは抜きにして、早速本題を切りだす。
話を聞いた神父様は、アルガード大教会の不祥事を嘆き、村長は顔のシワをいっそう深くする。
だが密かに懸念していた、厄介者として扱われ、村を追い出されるということはなかった。
それどころか、村の男衆が交代で昼夜問わず警邏をしてくれるよう、取り計らってくれるのだと。
見慣れない不審者が目撃されれば、即俺達に報せがくる手筈となり、おかげですばやく遁走できる。
問題があるとすれば、村の奴らじゃ、ギルドからの使いと見分けがつかないかもしれないってことだな。
時間も遅いため、無駄話はせず報告だけに留め、今日は御開きに。
神父様は予想だにしていなかった事態に、意気消沈としていた。
椅子から立ち上がったあとの足取りが危うく、念のため兄貴と共に村の教会へと送っていく。
到着するなり神父様はすぐさま寝所へと。
老齢のおじいちゃんだから、ショックのあまり、このまま寝込んでしまはないかが心配だ。
家までへの帰り道、久々に兄貴と2人だらだらと歩く。
兄は鼻の下を伸ばし、イリスとシュリのことをこれでもかと褒め称え、なぜか俺に怒りを向けてくる。
羨ましいとか言うくらいなら、無理矢理にでも旅についてくればよかったのにな。




