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46:待ち望んだ言葉

 日が落ち、周囲一帯が夜の帳に包まれる。

 本来ならばどの家々からも光が漏れ、一家の団欒する喧騒が聞こえてくるはずだった。

 しかし今のティアネスでは、そのような楽しげな声が響くことはない。


 町を照らす光のほとんどが松明によるもの。

 聞こえてくる声は救助に当たる者か、求める者か。


 悲劇に見舞われた町の外れにある広場。

 かの上空には、巨大な魔法陣が構築されていく。


 幾何学模様を多分に含んだ複雑難解な魔法陣。

 やがて完成を迎えると、ひときわ強い輝きを放った。


 中心部から真下へ。

 炎で(かたど)られた槍が幾本も、まさに豪雨の如く降り注いだ。

 夜の闇を太陽の如く照らし、空気を伝う灼熱は大火を髣髴(ほうふつ)とさせる。


 やがてすべての火槍を吐き終えたのか。

 魔法陣は崩れるように塵と消え、赤熱し火の燻る大地が代わりとなって闇を照らし続けた。

 大魔法の残した爪痕は大きく、及ぶ範囲全域が灰燼と帰す。


「不浄を浄化する、聖火の如し……か」


「終わり、でいいんだよな?」


「だな。燃やす前から息絶えていたようだし、これで全部灰になっちまってるだろうさ。

 討伐完了だ。っても、まだ町の復興って大仕事が残っちゃいるがな」


「詳しく町中を見ちゃいないが、酷いあり、さま……」


 終了宣言に安堵したためか。

 急に全身から力が抜け落ち、その場に尻餅をつく。

 立ち上がろうとするも、身体が言うことを聞いてくれない。


「はっはっは! マナ切れだな! 欠乏症の兆候だ!

 そいつを着けてあんだけバカスカ投擲し続けたんだ。むしろよくもったもんだぜ?」


「……これじゃトマスのことを笑えないな」


「ははは。恥ずかしがる必要はありませんよ、キリクさん。

 ……我々魔導士組も同様ですから」


 振り返れば、地面に大の字で寝転がるジャスカ達4人。

 あちらは全て出し尽くしたのか、もはや身動きひとつとれないようだ。

 意識があるのも彼だけで、他3人のギルド所属魔導士たちは気を失っている模様。


「大魔法を放てるギリギリの人数でしたからね。余力なんて、これっぽちも残りませんでしたとも。

 でもおかげで仇をとれた。先に逝った皆も浮かばれる……」


 それだけを言い残すと、彼もまた意識を手放してしまった。

 閉じられた目蓋からは一筋の雫が流れ落ちており、表情は晴れやかなものだ。


 俺もいっそこの大地に寝転がろうか。

 炎で熱せられた空気はいまだ冷えることはなく、肌をじりじりと焦がすほどに暑苦しい。

 地面はさぞかしひんやりとしていて、心地いいことだろうな。


「はぁ〜よっこらせっと。

 ……俺も疲れちまったなぁ。今晩は気持ちよく寝れそうだ」


 隣に腰をおろし、身体を休ませるギルドマスター。

 お互い疲れもあり、とくに会話をすることなく燃える大地を眺めた。

 周囲に飛び火するようなものは何ひとつ無いので、安心して自然と鎮火していく様を見ていられる。


 しばらく無言で佇んでいると、ギルドに所属する冒険者達がこちらへと集まってきた。

 ギルドマスターは立ち上がり彼らに勝利を伝える。

 大きな歓声が沸き、中には喜びのあまり泣き出してしまう者もいるほどだ。


「さて。後始末はこいつらに任せて、俺達はギルドに戻るか。

 このままあいつらを寝かせてたら風引いちまうしな。……立てるか? キリク」


「あーすまん。無理だ、立てない。足に力が入らない」


「ならしゃあねぇな。……よっと!」


 肩を貸してくれるのかと思いきや、ギルドマスターは俺を抱き上げる。

 俗に言うお姫様抱っこというやつだ。


「ちょ!? 恥ずかしいからこれは勘弁してくれって!!」


「動けねぇくせになにぬかしてやがんだ。あいにく背中は盾を背負ってるからな。

 俺だって野郎よか美人の姉ちゃんを抱きかかえてぇよ。ギルドに着くまでの間くらい我慢しやがれ」


「だからってこの格好はないって!」


 もはや先ほどまでの緊張感などどこへやら。

 冒険者達から奇異の視線を送られ、中には指差しで笑う奴までいる始末。

 いや本当に勘弁して下さい。


 俺があまりにも口うるさく文句を言うものだから、結局は折れたギルドマスター。

 たくましい2本の腕から解放され、同行する冒険者の背に担がれる。

 同様にジャスカ達魔導士組もだ。


 ギルドに着くと個室のベッドに寝かされ、泥のように眠った。

 それこそ、目が覚めたのは翌日の昼になるほどに睡眠を貪った。




 額になにやら柔らかな感触をおぼえ、深い水底から浮上する。

 うっすらと目蓋を開けば、視界には寝入る前に見た天井。

 そしてベッド脇に腰掛ける、柔らかな雰囲気を醸しだす美しい少女だった。


「……おはようございます、キリクさん」


「んぁ……? なんだ、イリスか……。

 まだ身体がだるいからもう少し――って!?」


 布団を頭まで被り、二度寝をしようとしたところで一気に意識が覚醒する。

 睡魔の誘惑すらも吹き飛ばす衝動だ。

 勢いよく被った布団をめくり上げ、上半身を起こした。


「イリス、お前……ったく! やっと起きやがったのか。この寝ぼすけめ」


 本当はもっと優しい言葉をかけたかったが、どうにも浮かばない。

 ついついいつもの調子となり、照れ隠しとばかりにデコピンをしてやった。


「はぅ!? ふぇぇ〜痛……くないですね?」


「……疲れが抜けてなくて、力が入らなかっただけだ。

 それよりも……あらためておはよう、イリス」


「! はい、おはようございます。キリクさん!」


 聖女と呼ぶに相応しい、清楚可憐な笑顔で答えてくれたイリス。

 このために頑張ってきたんだと。再びこの笑顔を見れて良かったと実感する。


「私も少し前に、魔導士さんのお力で目を覚ましたばっかりなんですよー。

 ……私が寝ている間に、いろいろあったみたいですね。シュリちゃんから教えてもらいました」


 ということは、自分の置かれている状況やアルガードのことなど、大体はもう知っているわけか。

 きっと大きなショックを受けただろうな。信用していたはずの奴らが黒幕だったんだから。


「そっか。……身体の調子はどうだ? 大丈夫なのか?」


「はい。とくになんともありませんよ?」


「本当にか? ならいいんだが」


 加護を封じるだのと、厄介なことになっていたと記憶している。

 あの夜の救出時、残念ながら俺達は間に合わなかったはずなんだ。

 ……実はたいしたことなかったのだろうか?


「……んでトマス。覗いてないで、遠慮せず入ってこいよ」


 さきほどから感じていた、イリスとは別の視線。

 きちっと締まりきっていない扉。その隙間から覗く瞳。

 声をかけられた当の本人トマスは、おずおずと入室してくる。


「いやー、あはは……。ばれてました?」


「そりゃあな。やっぱり聖女様相手だと気が引けるか?」


 トマスは見習いとはいえ、女神ミルに仕える立派な神官だ。

 セントミル教の象徴ともいえる聖女様と、いざ言葉をかわせるとなれば気が気でないだろう。


「確かに緊張はしますが……。

 それ以上に甘酸っぱい雰囲気が漂っていて、入りにくかったわけでして……」


 甘酸っぱい? なんだそれ。

 俺とイリスとのあいだに漂っていたと?


 ちらりとイリスを見やれば、頬を赤くし顔を伏せてしまった。

 それらしい行動をされると、こっちまで急に小っ恥ずかしくなるんだが?


「あー、そ、そんなことはないぞトマス! 俺達は普段どおり話していただけだから。な?」


「え? あ、はははい! そうですよトマス君。さっきもデコピンされましたし!」


「せ、聖女様にデコピン!? キリクさん、あなたはなんて罪深いお方なんでしょうか……」


 信じられないといった目で俺を見るトマス。

 確かに普通は、聖女様にそんな無礼なことはしないだろうからな。

 とはいえ、いまさら距離感を改める気なんてないが。


「まぁそれはいいとしてだ。何か用があってきたんじゃないのか?」


「あ、そうでしたそうでした。

 えっとですね、シュリさんとギルドマスター様から、言伝を預かってきたんです」


「ふうん? なんだろう。聞かせてくれるか?」


「はい。まずはシュリさんから。

 ……言いにくいのですが、キリクさんに染み付いた臭いで、近寄りたくても近寄れないそうです。

 すぐ服を洗濯して、身体を洗い清めて欲しい、と」


「うげ。そういや昨日はあのまま寝たからなぁ。

 イリス、今の俺ってやっぱり臭うか?」


 対峙したのが、悪臭を放つ化物だった。

 奴の臭いが全身に染み付いていておかしくはない。

 嗅覚もバカになったままで、自分ではどうにもわからないからな。


「えっと、その……少し……?

 あ、でもでも! 決してキリクさんの体臭がクサいとかじゃないですよ!?」


「そんなに慌てて否定しなくとも、原因はわかってるから大丈夫だって。

 んで、ギルドマスターからはなんだって?」


「えっとですね、そちらの詳しい内容は聞いていないんです。話があるから、とだけ」


「そうか。よし、それじゃまずは身体を洗うかな。服も着替えないと。

 ついでに篭手も洗濯してって、あれ? ないぞ!?」


 確か寝る直前に外して、横の棚に置いたはず。

 あれもキツイ臭いを放っていたが、化物のおかげというべきか。気にせず眠れたってもんだ。

 しかし今の棚には小袋やホルダーが置かれてあるだけで、篭手だけが見当たらない。


「篭手なら僕がシュリさんに頼まれて、洗っておきましたよ。いまは天日にさらして干しています。

 ちゃんと傷まないように丁寧にやりましたから、安心してください」


「なんだ、そうだったのか。ありがとなトマス」


 ならさっさと身体を起こして、行動を開始するか。

 シュリに嫌われないうちにさっさと身体を清めないとな。

 

 トマスを通し受付嬢へ、湯の張った桶を頼む。

 同席されても困るのでイリスにはシュリのもと行ってもらった。


 ついつい昼まで寝てしまったが、まだ全てが終わったわけじゃない。天災として町を襲った化物を討伐しただけだ。

 アルガードからの追手が、いつこの町にやってきてもおかしくはないのだから。

 今後のことを皆で話し合わないといけないな。

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