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45:腐の結末

 一陣の風が吹く。

 舞い上がり、煙幕となっていた砂の粒子は風に飛ばされ、次第に隠していた姿を浮き彫りにさせる。

 地に落ちた化物は失った首を再生させている最中だった。

 すでに半ばまで伸びており、恐るべき速度に感心すらしてしまう。


 再生中でありながら、翼を大きく広げ大空へと舞い戻ろうと試みる化物。

 当たり前だが、今の俺がそれを許すはずがない。


「飛ばせるかよ! 地面に這いつくばってろ!!」


 右翼の根元を狙い石礫を投擲。

 威力が高いためか、それともあいつが柔らかすぎるのか。

 着弾付近を丸ごと抉りとり、もう1枚の翼もおまけとばかりに弾け飛んだ。


「おっし、2枚抜きだ!」


 片側の翼を失い化物は体勢を崩しかけるも、太い四肢で踏ん張る。

 この段に至り、ようやく首が元通りになったばかり。

 飛べぬ身となった化物は、次は大地を踏み鳴らし、こちらへと突進をしかけてくる。


 ギルドマスターはふらつく足で立ち上がり、再び盾を構えた。

 己が役目を全うするため、壁にならんとする矜持。

 一見無茶をしているように思えるが、おっさんなら意地でも止めきるだろうな。


 だが今の俺は、水を得た魚とでもいおうか。

 これ以上ギルドマスターに負担をかける必要もない。


 翼の次は奴の右前足を吹き飛ばし、強制的に地面へと寝かしつける。

 次いで左前足、右後ろ足、左後ろ足。

 太く強靭そうに見えても所詮は肉の塊か。面白いように千切れ飛ぶ。

 前言通りダルマにし動きを完全に封じてやった。


「さてと、あとは火の大魔法で焼き払うんだったか」


「すみませんキリクさん。先ほどの咆哮で詠唱が中断されてしまったのです。

 ですので、また最初からやり直しとなってしまい……」


「なんてこった。じゃあこいつどうすんだよ?」


 無事な部位が左翼だけとなり、再生した首と共に悪あがきのようにばたつかせる化物。

 異形さにより拍車がかかっているな。子供が見たら泣くぞ。

 右翼の1枚がもうすぐ再生を終えそうだから、またもいでおかないといけないな。


「とにかく、我々は再度詠唱を始めます。発動まで動きを封じ続けてもらえますか?

 キリクさんの攻撃力を見た限り、問題ないかと思うのですが……?」


 そう言いつつも、「我々は本当に必要か?」とでも問いたげな表情のジャスカ。

 とはいえ投擲だけで倒せるのかはわからない。

 彼も承知しているだろうし、あらかじめ焼却すると決めていた。それゆえ口にすることはなかったが。


「わかった、任せておいてくれ。

 ま、のんびり鼻歌混じりに詠唱してもらっても大丈夫さ」


「お言葉に甘えたいところですが、奴は未知の大型魔物です。

 お互いに最後まで油断なくいきましょう」


「……そうだな。ちょっと楽観過ぎた、反省する」


 相手は衛兵隊を退け、多くの命を喰らい、建物を吐く液で溶かし町を破壊した化物。

 ティアネスの歴史に深く刻まれるであろう、恐怖と不快の象徴なんだ。

 このまま何事もなく終わるとは限らないのだから。


 とはいえ、いまはとなってはただの肉ダルマ。

 あとは超強火で、燃えカスになるまでこんがりと焼くだけってな。

 仮になにかが起きたとしても、投擲により遠距離から対処できる。

 張り詰め続けた糸を、少し緩めるくらいはかまわないだろう。


「ふぅ、まだ頭がふらつきやがる……。

 なんだかんだマナをかなり消耗しちまったし、ダメージも貰っちまった。

 さっきの突進を受けきる自信はあったが、続く攻撃に耐えられたかどうか……」


「ギルドマスター。耳から血が出ているが、大丈夫なのか?」


「あ? なんだって?」


「耳は大丈夫なのかって!」


「ああ、鼓膜はいかれちまったが、なんとか聞こえはする。

 今みたいに大声で話してくれると助かるがな」


 それは大丈夫と言わないんじゃないか。

 眉間に深くシワが寄っているあたり、痛むのを堪えているんだろうな。


「ここは任せて、あんたは休んでてくれよ。

 なんならギルドに戻って治療を受けてきたらどうだ?」


 言っている傍から、翼の再生を終え飛び立とうとしている化物。今度は入念に4枚の翼全てを落としてやった。

 確かに異常な再生力ではあるが、観察する限り無敵とまではいかないようだな。

 ダメージ全てを同時には回復できないらしい。欠損した順に治りが速く、真新しい傷ほど遅い。

 今は右前足が徐々に形を成してきており、他の部位はまちまちだ。


「ったく、油断も隙もねぇやつだ。やはりギルドの長として、結末を見届けんとならん。

 あいつの最後を目に焼きつけん限り、落ち着いて休めやしねぇからな。

 なによりお前達だけじゃ、何かあったとき守りが不安だろ?」


「そっか。うん、その通りだな」


「……本体から切り離された部位はただの腐肉だな。

 やはりスライム系の魔物みたく、胴体に身体を形成する核があるのかねぇ。

 なによりこの再生力だ。果たして無限に続くと思うか?」


 腕を組みながら、俺へと問いかけるギルドマスター。

 俺も思っていたことだし、言わんとしている内容はわかる。


「詠唱が終わるまでの暇つぶしだな。

 とりあえず、手をつけていない胴体部をミンチにしてやるか」


 魔装具の篭手があり、その威力を知ったからこその発想。

 うまくいけば早々に片がつくかもしれない。

 横でギルドマスターが見守るなか、蹂躙を開始する。


「さて、お前の再生力がどれほどのものか。試してやるよ」


 復元しつつあった四肢を再度吹き飛ばしてから、胴体部へと一発。

 続けざまに2回、3回と石を投擲する。

 腐肉が小さな肉片となり飛び散り、溢れ出た気味の悪い体液で、大地に水溜りを作りだす。


 5つめの石を喰らわせたところで、無残な姿となった化物に変化が現れた。


「お? ちょっと手を止めろキリク」


「どうしたんだ、ギルドマスター?」


 ちょうど6投目を振りかぶったところで、ストップの声がかかる。

 要請に応じ、投擲することなく右腕をおろした。


「よく見てみろ。あいつ、再生する速度が落ちていやしないか……?」


「んー……確かに」


「ってことはだ。限界を迎えたのか、それか急所になる核を損傷したのかもしれねぇ。

 もう2〜3発喰らわせてみて、様子をみようぜ」


 彼の提案に頷きで返し、再生しかけの部位を優先し投擲。

 3回目の投擲を終えたところで再び手を止めた。


「ギルドマスター。あいつ、もうぴくりともしちゃいないが、倒したってことでいいのか?」


「……かもしれねぇが、油断はすんなよ。念のため、詠唱が終わるのを待って大魔法をぶち込む。

 安心するのはあの肉塊を消し炭にしてからだ」


「わかった。って、なんか中心部が盛り上がってきてないか?」


 指を差し、ギルドマスターへと気付いた変化を教える。

 なにやら肉塊のなかで蠢いており、外へ出ようともがいているようだ。


「恐らくは奴の本体……だろうな」


「ならさっさと潰してしまおうぜ? あの巨体のなかで、自分から主張してくれてるんだからさ」


「うーむ。今後のためにも、どんな姿をしてやがんのかを知っておきたい。奴がでてくるまで待ってくれ」


 ギルドマスターにそう言われてしまえば、振り上げた手を再び引っ込めるしかない。

 とはいえ石礫はしっかりと右手に握り、すぐ投擲ができように心構えはしておく。


 俺達が遠目で見守る中、ようやく化物の本体は肉壁を破り這い出す。

 ……それは人型をしており、下半身は投擲で千切れたのか、上半身のみの姿だった。


「うぉ!? 気持ち悪いのからまた不気味なのが出てきたな……?」


「人型の魔物が本体だったってことか。しかし随分と弱っているな。ここから本領発揮ってわけでもなさそうだ」


「それで、確認が済んだわけだがどうする? こっちに向かってきているが……」


 上半身のみの身体を這いずらせ、ゆっくりと迫ってくる。

 ときおり手を差し伸べる仕草をし、その姿はまるで救いを求めているようにも見えた。

 近づくにつれうめき声も耳に入り、苦しんでいるのがわかる。


「っておい! なにやってんだよ!?」


 何を血迷ったのか、ギルドマスターは這いずる本体へと歩み寄り、つぶさに観察を始めた。

 今後のため必要な情報収集なのかもしれないが、見ているこちらは気が気でない。


「ふむ、見た目はこいつを覆っていた腐肉と同じか。

 毛も皮もねぇし、顔も目と口だけで判別できやしねぇな……」


 しゃがみ込みまじまじと覗き込むギルドマスター。

 人型の上半身は彼が近くに寄ってくると、這いずりをやめ、顔を上げる。

 ……遠目からでも、その顔が、表情が、笑ったのがわかった。


 奴は両手を地につきバネとし、ギルドマスターへと飛びかかる。

 あと一歩で手が触れる距離まで迫ったとき、俺の投擲した石礫が頭部を破壊し、勢いで本体ごと弾き飛ばす。

 おっさんもちゃっかりと盾を構えており、こちらが手を出さずとも大丈夫だったようだが。


 頭部を無くした上半身は、地面へと何度か転がり跳ねた先でようやく制止。

 それからは腐肉の巨塊を含め、動く事はなかった。

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